無題(仮)

母は蜥蜴を飼っていて、それは物心ついた時からずっとそうだったので、母親というのは蜥蜴を飼うものだとおもいこんでいた。蜥蜴は母にだけなついて、指先で頭部をなでられても嫌がらず、というよりむしろよろこんで、檻がなくとも逃げることなくそのしろい肌の上を這い、肩の上にとまったり、衣服の中にかくれたりした。あのぎょうぎょうしい真四角の檻は他の家族への配慮ではなく、あくまで蜥蜴を守るためのものだったと知ったのは、ずいぶんとあとのことだった。母はきっと、ぼくが蜥蜴をひそかににくんでいたことを知っていたのだろう。

母の飼う蜥蜴はあざやかな青緑のしっぽをしていた。つやつやとしていて、そこだけ作り物みたいだった。青蜥蜴というのだとおしえてもらった。蜥蜴の子ども。青蜥蜴のしっぽはずっと青いままだったから、ぼくもずっと子どものままなのだとおもっていた。それはとても自然な勘ちがいだった。

母はよくひとり言を言っていた。蜥蜴に向けて話していたけど、きっとあれはひとり言だった。蜥蜴はいつもトルコ石みたく目をくりくりさせて、どこを見ているのかぜんぜんわからなかった。先の割れた細ながい舌をちろちろと出して、何をかんがえているかぜんぜんわからなかった。

じっさい、ぼくは何度も蜥蜴を手にかけていた。さいしょは母のいないあいだ外に逃がすだけだったけど、いつも勝手に家の中へともどってしまうから、次は土に埋めるようになった。これでだいじょうぶだとおもって安心しながらもどると、蜥蜴は何事もなかったかのように母の愛撫を受けているのだ。ぼくはとてもおどろいた顔をしていたにちがいない。母はそんなぼくの様子などたいして気にとめず、いつもどおり「おかえり」と言ってくれたけど、ぼくにはじぶんがうまく返事をできたかすらわからなかった。次の日になって土をほじくり返してみると、やっぱり蜥蜴はいなかった。しばらくはそれをくり返していた。埋め方や穴の深さを変えても、結果はおなじだった。それでも土に蜥蜴を埋めるということ、わずかながらでも家の中から、あるいは母の視界から蜥蜴を消せたことにはよろこびがあった。くり返しているうちに、ぼくは埋めるという行為自体を信用しなくなっていた。仮にじぶんが土に埋められたとしても、そんなことは罰にも嫌がらせにもならないのだとおもうようにもなった。じっさい、土に埋めるというのはたいした行為ではないのだ。ぼくだってかならず自力で這い上がれるだろうし、それはどんなにちいさな生物でもおなじなはずだった。いや、むしろちいさければちいさいほど、土の中からたやすく抜けだせるのかもしれない。なんせ土には無数の穴が空いていて、それはどんなに上からきつく押してもなくならない、ある意味普遍的なものだった。だから身体のおおきな父なんかは、土に埋めてしまったら出てこられなくなるかもしれない。

さいしょに蜥蜴を殴殺したのは、とても暑い日だった。暑すぎて、いらいらしていた。出先からもどると、家にはだれもいなかった。母は働いていないから、家にいないとなればだいたいは買い物に行っているのだった。あの日もたぶん買い物に行っていたのだろう。陽はまだたかくのぼっていたのに母はどこかへ出かけていたのだ。ふだんあんなにも肌が焼けるのをいやがっているくせに。たぶん行きつけの喫茶店で優雅にアイスクリームでも食べていたのだろう。母はアイスクロームのよく似合うひとだった。ふくよかな深緑の髪はいつもつやつやとしていて、ほそい目やちいさくて赤いくちびるをきわだたせていた。父は母の髪を海中の若布のようだと言ったことがあって、それは褒めているのかけなしているのかわからなかった。なんせぼくはまだ海を見たことがないのだ。海の音を聞いたことはあった。それは父がむかし取ってきたという法螺貝の殻を耳に当てた時だった。海の音を聞いていると、たまらなくなつかしい気もちになった。帰れないのに帰りたくなる場所なのだと直感した。ぼくはなつかしさが嫌いだから法螺貝の殻は友だちにあげた。父は法螺貝のことなどまるで忘れていたから、ぼくに行方をたずねなどしなかった。たぶん父は、じぶんがこわしたとでもおもっていたのだろう。

母は手足だけでなく、指も一本一本がながかった。母の蜥蜴への愛撫が他人を不快にするのは、そのせいかもしれない。近所の主婦たちのあいだでも母はうしろ指を指されていた。父の稼ぎはさほどよくないのに母は働きもせずしゃれこんでいる、どこかに他の男がいるにちがいない、彼女たちの口にすることばは嫉妬にみちみちていて、おなじ内容がくり返されていた。

「さふあれは 蜥蜴を飼っている女」

地方新聞に載っていた俳句はあきらかに母を意識したものだった。じっさい投稿者の住所はこの近辺だった。父も母もそんなのぜんぜん気にしていなかったけど、ぼくは母がはずかしめられているようで、耐えがたかった。

「さふあれは 狐化けたままの女 そんな句じゃなくてよかったな」

酒を飲んだ父は母から目をそらしながら笑った。母は聞いていないふりをして蜥蜴を愛でていた。父はぼくの生まれる前から母を化狐だとおもっていた。

居間まで行くと檻にはいった蜥蜴がちろちろと舌を出して、こっちを見ているのに気がついた。ぼくはそれだけで激昂して、檻を強引に開けて蜥蜴をわしづかみにして、脱いだばかりの靴を履きなおして近くの空き地まで連れて行った。空き地というものがおうおうにしてそうであるように、かわいた黄土色の砂と丈のみじかい雑草とだれかの捨てたゴミで地面をなしていた。余計なものは何もなかった。すくなくともぼくにとっては余計なものは何も。空き地をかこむ家々の屋根は暑熱のせいでふくらんで、ゆらいでいるように見えた。あやふやな屋根の継ぎ目と一体化していた鴉がとうとつに飛び立って、ちいさな穴があいた。その奥の空は水色にくすんでいた。空き地にだれもいないのは都合がよかった。もっとも、あの時は他人のことなどまったく気にしていなかったけど。そこで右手ににぎったままの蜥蜴を落ちていた適当な石で殴り殺したのだ。ぼくは左利きだから殴るのは簡単だった。左利きなのに蜥蜴を右手で持っていたのは、たぶん偶然ではなかった。右手も自由に使えるようにしようと努力していた時期だったのだ。きっかけみたいなものはほとんどなくて、母にも父にも矯正など一度もされなかった。両手をおなじようにうごかせたら、いろんな局面で役に立つだろうと想像できるくらいにはかしこかったし、それで決意して両手を自在にうごかせるようになるくらいには努力家だった。努力家だから蜥蜴を殺すことくらいお手の物だった。骨のくだけるなまなましい感覚があった。その感覚がどちらの手からつたわったものか判断する間もなく蜥蜴は死んでいた。頭はこなごなにつぶれていて、顔はあとかたもなかった。トルコ石みたいな目はなくなっていて、それにひどく安心したのをおぼえている。ぼくはきらきらした小粒のものが苦手で、それはもしかすると蜥蜴の目をこわいと感じたいつかの瞬間からずっとそうなのかもしれない。そういう意味ではぼくは鴉と真逆の生きものだと言えるかもしれない。じっさい、ぼくは空も飛べないし、あんなに黒くもなかったし、ひとびとから忌み嫌われてもなかった。死骸を空き地の端に投げ捨ててから家にもどるとまだ母は帰ってなくて、ぼくは開けっぱなしにしていた檻の上扉を閉じて、関節のない腕のようなつくりの錠をおろした。証拠をいんめつするつもりなどなく、たんに開けっぱなしにしておくのが嫌だった。そういう几帳面なところは父とよく似ていた。母の嫌いな父の一面がそのままぼくの思考にもぺたりと貼りついていた。夕刻、陽が沈みかけたところで母は帰宅した。あついあついと口ぐせのように言っていたけど、表情はいつもどおりすずしげだった。大窓を開けると閉じ切った空気がながれ、湿気をはらんだ風と共に庭のにおいと鳩のものかなしげな鳴き声が入りこんできた。空気が閉じ切っていたのを、その時になって知った。蜥蜴が檻にいないことはすぐにばれるとおもったけど、母はぜんぜん気がつかなかった。いつばれるだろうとずっとそわそわしていたけど、いっこうにばれる気配はなかった。まるでこれまで家に蜥蜴などいなかったようだとおもうと、めまいがしそうになった。鼻歌混じりの母が丹精こめてつくってくれた夕飯はいつもどおりおしかったけど、まともに味がしなかった。ぼくは食べものを口にはこぶので精一杯だった。包丁でまな板をたたく音がずっと頭の中で反響していた。調理はもうとっくに終わっているのに。母はおだやかな表情で何かしゃべりつづけていたけど、まったく意味を取れないからてきとうにうなずいて聞きながした。ぼくは右手を使うルールをわすれて、なれた左手をうごかしていた。それくらい動揺し、緊張していたということだ。けれど、左利きのぼくが左手を使って夕飯を食べているという事実は、とてもたのもしかった。すべてがあやふやになっても、ぼくはいつでもこの左手の事実にかえってこられるという確信が胸の中で燃えていた。その炎のおかげで、ねばついた汗をかきながらも母とのやり取りをどうにか切る抜けることができた。そのうち父が仕事から帰ってきた。父は上機嫌で、もしかするとそれはぼくが蜥蜴を殺したことと何か関係があったのかもしれない。父が上機嫌だと、母も自然とよく笑うようになる。ぼくは母の笑顔が大好きだから、つられてふやけたように笑う。一家団らん、めでたしめでたし、というわけだ。理想的な家族像が目の前で成立していることを素直によろこべないのは何故だろう? ぼくはかんがえることを放棄したとき、ふやけたように笑うくせがあった。つまりそれはぼくが母の笑顔の前では何もかんがえていないことを意味していた。ぼくはそのままながれに身をまかせて時間をたゆたった。時間の奴隷として、すべてに従属した。習慣どおり風呂場で身体を流し、口をゆすぎ、大量の水を飲んでから寝床で横になって、眠った。気がつくと朝になっていた。雀たちの声で目が覚めたのだ。寝ぼけ眼のまま居間へと移動した。父も母もまだ眠っているらしく、家の中は早朝特有のすんだ空気に満たされていた。部屋の一角に沿うかたちで置かれた檻にそっと近づいた。一見するだけだと檻は箱のように映る。朝のひかりが柵の線や陰影を消してしまうのだ。中をのぞくと蜥蜴がいた。青蜥蜴だった。腹と四本の足を柵につけたまま、目をくりくりとさせていた。きのう殺した蜥蜴とはべつの一匹なのだと、身体のおおきさからさとった。ぼくが檻の前でじっとすわりこんでいると、父より一足先に布団を抜けだした母がうしろに立っていた。母は寝ぐせの髪を手でときながら、やさしい目で笑っていた。おはよう、今日もいい一日になりそうね、そう言ったのにただだまってうなずくことしかできなかった。紅を塗っているわけでもないのに、母のくちびるは躑躅色に染まっていた。いやに腫れぼったく見えたそれは何かのつぼみのようだった。

母は蜥蜴のことを「あなた」と呼んでいた。母が「あなた」と呼ぶのは蜥蜴と父だけだった。父はそのことにひどく不快におもっていて、母と口論になっているのもしばしば見た。けんかの原因はどれもささいなことだったけど、父はいつも蜥蜴を捨てろと叫んでいた。母はそのことばを無視して、蜥蜴を指先で愛でていた。父はどれだけ怒っても決して母に暴力をふるわなかったけど、その代わり物にはよくあたった。家にある物のほとんどは一度父に放り投げられていた。あの檻も。金属でできているから、かえって床が傷ついただけで檻には何の支障もなかった。母は片づけるのが得意だったので、父があばれてもすぐにきれいになった。障子が多少やぶれようが、たたみが傷つこうがそんなことはどうでもよかった。すべては消耗品だというのがぼくと母の認識だった。

母はぼくのことを「ひき」と、父は「かえる」と呼んだ。父はぼくが蛙の子だと信じていた。だから蜥蜴を見るのとおなじ目つきでいつもぼくのことをながめた。父が蜥蜴を捨てろ、と言うのは同時にぼくのことを捨てろ、とも言っているのだ。それを面と向かってぼくに言えないのが父の弱さだった。ぼくだって、父が真正面からそう告げるならいつだってこの家を去るつもりでいた。ぼくがこの家にいるのはある意味善意からだった。ぼくだって厄介ごとはごめんだ。父はかつてぼくのことを忌み子だとののしった。そう口にしたあと、すぐに目をそらして苦い顔をした。ぼくは父のこういう顔がとても嫌いだった。父はきっと、世界にただしさを求めすぎているのだ。だから母とぼくと共に生活をするのは父にとってただしいことではあるけど、おおきな苦しみであるにちがいない。

名前がふたつあるということは、けっしてわるいことではなく、むしろほこらしいことなのだと次第にわかってきた。どうやら社会的なのは「かえる」で、「ひき」は母だけの使う呼称らしかった。だからぼくは名を名乗る時はいつも「かえる」と口にし、必要に応じては文字をなぞった。この名前に文句をつけてくるやつは友だちの中にもたくさんいたけど、そんなことはどうでもよかった。名前というのはどうしたって記号で、ぼくは記号じゃないけど、名前はぼくを瞬間的に切り取って、それを記号まで押しつぶしてしまう力をもっていて、母にとってぼくはずっと記号で、ただの記号にすぎなくて、母が固有の名前でぼくを固有に押しつぶすなら、それは何か特別な意味をになって、ぼくの胸で鼓動をきざむ記号となる。ひどく抽象的で、ぜんぜんうまいことは言えないけど、そんなことはどうでもよかった。名前はずっと前から抽象的なものだったはずで、肉体にきざまれると共に両者を永遠にへだてるものだったにちがいないのだから。つまるところ、ぼくは極端で、かつ単純でいたいのだ。抽象と具体とをできるだけ引きはなして、そのあいだにおおきな空洞をつくりたかった。

「ねぇあなた、あなた」

と母の話す声で目を覚ましたことがあった。ぼくは居間の座布団を枕にしてうつらうつらとしたみじかい眠りを取っていて、そういう時はいつもそうなのだけど、じぶんが家の中のどこでどういった向きで寝ているのかわからなくて混乱するから、ぱちりと目を開けた時にはまずじぶんの位置を確認するようにしていた。足を折りたたむようにして横になっていた。母は麻の暖簾で区切られた台所にいるようで、そこでずっとひとり言を言っていた。部屋は夕陽のせいで真っ赤に染まっていて、台所からは並行してまな板を包丁でたたいている音も聞こえた。ぼくはやけに身体がおもいせいで頭を持ちあげることさえできなかった。真っ赤に染まった部屋の空気は凍てついたようにしずかで、母の様子は直接見えずとも手に取るようにわかった。たたみの上を一匹のちいさな蟻が歩いていた。その蟻をぼくは指先でそっとつぶした。ぼくの指がたたみにふれる瞬間と母の奏でる包丁の音はかさなっていた。井草の向きに沿ってこすりあげた。手を裏返すと、蟻はちいさくていびつな点と化していた。それを確認してから目を閉じた。眠たかったわけではないけど、目を閉じるとふたたび眠気はおそってきた。いつの間にか包丁の音は止んでいて、油で何かを炒める音がしていた。母はまだひとり言を言っていた。真っ赤に染まっていた部屋に夕闇がしのびこんでくるのをまぶた越しに感じていた。物同士の輪郭がうばわれていくのを想像してよろこんでいた。ぼくもこの部屋の闇に溶けてしまいたい、それができないなら母の炒める鍋の中に入れてほしい、そんなことをかんがえていた。当時のぼくは想像力がゆたかで、すべてのひとやものの気もちになれるのだと、馬鹿げたことをおもいこんでいた。

『ぜんぶマーフィーのせい』

わたしたちは、みんな転校生だった、だから、うまれた場所も、ある程度おおきくなるまでそだった場所も、ぜんぶちがったけど、わたしたちの顔は、どれも、とてもよく似ていて、似すぎていて、だから似ている、という事実すら、わすれてしまうほどだった、だいぶ前にだれかが、わたしたちは、みんな顔が、似ているから、ここにあつめられた、と言っていたけど、そんなはずはないに、きまっていた、そんなわけないぞー、そんなわけないぞー、わたしたちは、ぜんりょくで抗議して、その声は、がっこうぜんたいをつつみこんで、しまった、ゆみりん先生が、三階から、こらーうるさーい、とどなったから、わーわー、とさけびながら、ちりぢりになった、わたしたちの、はしりかたは、それぞれ、どくとくで、世界中のはしりかたを、ぜんぶあつめても、まだ足りないくらいだった、でも、はやさは、そんなに変わらないと、知っていたから、だれも、競わなかった、だれかと、だれかが、はしりかたを、交換することも、よくあった、はしりかたを、たくさんおぼえておくのは、いいことだと、だれもが、知っていた、そのうち、変なことを言っただれかは、どこかに消えてしまった、まるで最初から、いなかったみたいだった、わたしたちの中に溶けたんだね、おかえり、そう口にした、だれかの声が、聞こえたけど、それもまた、だれか、わからなかった、だって、わたしたちの顔は、どれもひどく似ているから、あたり前のように、声も、似ていた、ふりむく必要も、なかった。

 

わたしたちは、みんな八歳から十二歳のあいだの、ねんれいだと、言われていた、でも、それがせいかくだと知る方法は、なかった、だって、がっこうの中に、カレンダーは、ないし、わたしたちが、カレンダーの存在を知ったのは、ついさいきんのことで、その時も、おやじどのは、カレンダーなんてぜんぶウソっぱちなんだと、わたしたちに、おしえたから、わたしたちは、やっぱりせいかくなことを、知ることが、できなかった、ここに来て一年だと言われても、三年だと言われても、はたまた十年だと言われても、わたしたちは、そのことばを、しんじるしかなかった、そんなことは、一度も、言われなかったけど、けど、どうかんがえても、十二歳を超えていたものもいた、きっと、わすれられていたんだと、おもう、でも、身長は、ある程度の、たかさから、ずっと一定で、ゆみりん先生や、おやじどのには、てんでとどかなかった、わたしたちは、もうずっとこのままのおおきさなのだと、わたしたちの中でも、中くらいの身長のだれかが言った、言ったあと、へんな沈黙がうまれて、がっこうの中をはしる、風の音が、きこえるみたいだった、ひゅるるるー、わたしたちは、肩を寄せ合って、教室のかたすみで、じっと、息をおしころしていた、べつべつの場所を見て、何かを警戒していた、これは、わたしたちの習性だった、ゆみりん先生にも、おやじどのにも、おしえられたわけでは、なかった、わたしたちは、ばらばらの背のたかさで、声のうわずりかたも、ちょっとちがったけど、みんなやせていて、肌は、たまご色で、目が、ぎょろっとしていて、歯は、黄ばんでいて、八重歯のあるものも、いたけど、顔は、似ていて、やっぱり声そのものも、似ていて、見た目は、ぜんぶ、かわいかった。

 

わたしたちは、まずここに転校してきてから、すぐ、はだかにさせられて、あのきたない、ゆがんだペンチで、おやじどのに、奥歯をいっぽん、あるいは、にほん、抜かれた、血を、止める処置も、されないから、ずっと血の味が、していて、最初の食事は、みんな、血の味しかしなかった、と口をそろえた、最初の夜は、りゆうも、なく、ずっと泣いていたけど、つぎの日には、みんなが、友だちになってくれるから、さみしくなくなった、歌をうたった、はじめてうたったのか、それとも、以前にも、うたったことが、あったのか、よくわからなかった、ただ、だれにも、おしえられはしなかった、みんなが、うたっている歌をおぼえるのは、いつも簡単だった、歌が、うまいというのは、わたしたちの、とりえだった。

 

わたしたちは、授業のあいだ、だれも、ノートを取らないから、テストの時は、みんなひどくこまった、みんな、勉強は、好きなのだけど、授業のあいだ、だれも、ノートを取る、という発想にならないのだ、ゆみりん先生は、基本的に、ずっと黒板のほうを向いていて、チョークで何か書いては、消す、何か書いては、消す、という作業をくりかえしていた、しんじられないことに、ゆみりん先生は、黒板に書くことと、しゃべっていることが、てんでばらばらだった、わたしたちは、ノートを取らないぶん、耳をすましていたし、目をもぱっちりと開けていたから、情報を追うので、せいいっぱいだった、ある意味、いったいどうすれば、ノートなど取れるだろう? わたしたちは、分業、というものが、苦手だった、分業すれば、はかどる、とわかっていることでも、いざ分業しようとすると、かたほうにかたよってしまう、もし、だれかがノートを取りはじめたら、わたしたちは、いっせいに鉛筆を持って、だれも、授業の内容など、理解しようとしなくなるだろう、それに、わたしたちにあたえられた、鉛筆は、それぞれ最初からみじかくて、卒業生のおさがりだと、おやじどのはおしえてくれたけど、とぎかたはおしえてくれなかったから、わたしたちは鉛筆けずりを、何の器具だが理解するのに、一年以上かかった、つまり、最低でも一年は、鉛筆をつかわなかった、ということになる。

あの頃は、よく雷が、鳴っていた、近くに落ちたことも、あった、地面が、ばりばりと割れて、そのままぜんぶ落っこちてしまうかとおもった、けど、雷が、落ちても、地面は、ちっともゆらがなかった、竜が、空にのぼっていくのを見た、と言うものもいた、大声をだして、泣いていたと言う、竜のなみだ、世界は、ぜんぶ、竜の何かしらでできている、と聞いたことがある、竜の子、人の子、土くれにかえしてやろうかね、絵本売りの、ゼブラおばあさんの、せりふ、ゼブラおばあさんは、きっと宇宙でいちばん、かしこいにちがいない、キャンプファイヤーの火の粉を見ながら、わたしたちは、しずしずと泣いた、りゆうは、それぞれちがった、かえる場所が、ない、とか、ふざけんな、だれかが、だれかに、なぐりかかれば、もみくちゃになって、いつの間にか、キャンプファイヤーは消えかけていた、ほんとうのことを言えば、わたしたちは、キャンプなんてしたことが、なかった、マーフィーが、来るまでは、ただ、どういうわけか、校庭でやる、キャンプファイヤーは、得意だった、それも、これも、ぜんぶ、おやじどののせいだし、おかげだった、おやじどのは、火が、好きだった、だから、わたしたちの髪は、しばしば、おやじどのによって、燃やされた、ジッポライターをカチカチやる音は、わたしたちにとって、恐怖以外の、何ものでも、なかった、おやじどのは、けじめだ、と言った、よく笑う人なのだと、笑顔が似合うのだと、はじめて知った、ゆみりん先生は、けじめの時になると、いつも目をそらしていた、おもえば、あの頃のわたしたちは、とても元気だった、だれも、ノートを取らないから、テストの時は、みんなひどくこまっていた。

 

マーフィーが、転校してきた日は、絵本売りの、ゼブラおばあさんが、ちょうどがっこうに、来ていたから、ふたりは何か、関係が、あるかとおもったけど、何もないんだと、あとになって、わかった。

マーフィーが、転校してきた日は、ふだんどおりで、べつに変わったことは、なかったけど、あの日は、朝から空が、ずっとピンク色で、昼になっても、ピンク色、夕がたになって、やっとオレンジが、まじったとおもえば、すぐに陽が、しずんで、くらくなった、マーフィーは、初めて来た日なのに、まったく泣く気配が、なかった、夜になって、マーフィーの肌の色が、わたしたちより、ずいぶんと、それは、もう病的なほど、しろいのに気がついた、マーフィーは髪の毛も、しろかった、それは転校してきたその瞬間から、わかっていたから、おどろかなかった。

 

マーフィーは、わたしたちと見た目が、すこし、いや、かなりちがった、けど、これは以前にもあったことで、そういったものも、時間がたてば、しぜんと、わたしたちの中に溶けていく、と知っていたから、あせらなかった、けど、マーフィーは、いくら時間がたっても、ぜんぜん、わたしたちの中に溶けなかった、顔はある程度、わたしたちに、似ていた、けど、肌や、髪は、しろいままだし、かんがえることも、なかなか、奇抜だったし、何より、話しことばから、妙なくせがぬけなかった、

きみたちはなんでそんなに変なしゃべりかたをするんだい? 

とマーフィーが、聞いたことが、あった、わたしたちは、はじめ、くすくすと笑って、そのうち、笑いが、こらえきれなくなって、口をけんめいに閉じながら、ふーふー、とけものみたいに、息を吐いて、そのうち、笑いそうになっている、という事実そのものが、おかしくなってきて、一分後、くらいには、聞いたこともない、見たこともない、巨大な笑いのうずが、できあがっていた、それは、ほとんど泣きさけんでいるのと、変わらなかった、わたしたちは、むせたり、なみだを、ながしたりしながら、その笑いのうずに、ただのまれつづけた、ゆみりん先生は、きっと何か言っていたけど、わたしたちには、無意味で、いくらぶたれても、注意されても、わたしたちは、笑うことに、熱狂していた、こうした熱狂は、たぶん三十分もしないうちに、あとかたもなくなってしまった、おさまるのに、きっかけなんてなかった、台風と、おなじようなものだ、とだれかが、口にして、たしかにそうだと、みんな首をたてにふった、わたしたちは、笑いつかれてしまった、ただ笑っていただけなのに、教室の中は、ぐちゃぐちゃに、ちらかっていて、それにちょっとだけうしろめたさを感じて、だれともなくかたづけはじめて、ああ、この気持ちが、うしろめたさなんだなー、とわたしたちは、きわめて瞬間的に、学んだのだろう、きわめて瞬間的に学ぶ能力を、わたしたちは、いつものばそうと努力していた、こんなにも、わたしたちを笑わせるなんて、マーフィーは、きっと天才にちがいない、教室が、きれいになりかけたころ、だれかが、マーフィーをほめようとしたのに、マーフィーは、どこにもいなかった、ゆみりん先生も、どこにもいなかった、わたしたちは一瞬、とんでもない恐怖感に、おそわれた、けど、すぐ、あたまをはたらかせた、きっとふたりは、わたしたちが、あまりに熱狂的に笑うから、あきれて、どこかに行ってしまったんだろう、空をぶあつい、雲が、おおっているせいで、時間が、わからなかった、教室の中は、こんなにもくらかったっけ、ってくらいくらくて、黒板の上の、時計の針をよみとることもできなかった、わたしたちは、みんな目が、わるかった、がっこうのそとの、森が、ざわざわと、ゆれていた。

 

わたしたちは、マーフィーが、溶けないことを、ずっとふしぎにおもっていたけど、べつにいやなことだとはおもわなかった、ただ、マーフィーが、溶けないせいで、わたしたちは、以前よりずっと、おしゃべりになった、他愛もないことを、話すようになった、たとえば、天気のこと、気温のこと、そんなこと、わたしたちには、どうでもいいことだし、それは一生変わらないはず、なのに。

 

マーフィーは、せきよくしていた、せきをするたびに、くびすじに、血管がういた、わたしたちは、やさしいし、やさしくなろうと、つねに努力しているから、せなかをさすってあげることが、おおかった、マーフィーは、いつもよくたべては、やすんだけど、わたしたちのだれよりも、やせていたし、体力が、なかった、でも、中くらいだった背は、ぐんぐんのびた、そのうち、わたしたちのだれよりもたかくなるんだろうと、だれもがおもっていた、マーフィーは、はい色の、ひとみをしていた、そのことに気がついたのは、せきをしすぎた、マーフィーが、血をはいた夜のことだった、あの夜のことは、よくおぼえている、がっこうで、つまらない映画をみたあとだったから、マーフィーのひとみは、ずっと、青色だと、おもいこんでいた、マーフィーは、わたしたちとおなじで、青い服ばかり着ていた、だって、わたしたちは、青色の服しか、もっていなかった、ちょうどそのころ、わたしたちは、月を見て、その経過を、日によっての、みちかけや、きどうの変化を、こまかく観察しはじめたところだった、今はもう、すっかりなくなった習慣だった、わたしたちには、こうやって、なくしていった習慣が、たくさんあった、マーフィーは、いっしょに、月を見てくれたけど、風にあたると、さむい、と言って、わたしたちの観察日記だけを、勝手によみあさるようになった、そういうずるいところが、わたしたちは、いやで、たびたびけんかした、手がでると、マーフィーは、かならず鼻血をだした、だれかが、なぐったのか、それとも、勝手にマーフィーが、血をだしたのか、わからなかった、マーフィーの血は、いつも、くろくにごっているように見えた、ぜんぜん、さらさらとしていなかった、その血を見ると、わたしたちは、もう何も、できなくなった、そんなにも、しろいからだで、髪の毛で、はい色のひとみで、どうしてそんなにくろい血が、流れているのか、ぜんぜん、意味が、わからなかった、わたしたちは、いつしか、マーフィーを、なぐらなくなった、そういうルールが、いつの間にか、できあがっていた、わたしたちは、マーフィーを、すごく、たいせつにおもっていた。

 

がっこうは、とても、ひろかった、ぜんぶの場所を、行きつくすことは、きっと、だれにも、できないまねだった、なんとなく、がっこうは、巨大化している、ような気がした、じっさい、おなじ場所、おなじ教室、おなじ校庭には、二度と行けなかった、でも、きっと、それは、かんちがいだった、おやじどのは、がっこうのそとだと、校長先生、と呼ばれていたけど、わたしたちは、校長先生、と口にしなかったし、おやじどのも、それをのぞんでいなかった、さいきんだと授業は、ぜんぶ、ゆみりん先生が、うけおっていた、わたしたちは、なぜか、授業ごとに、教室を移動した、その移動で、時には、授業が、まるまるつぶれてしまうことも、あった、ゆみりん先生は、わたしたちより、さきに教室をでているはずなのに、かならず、わたしたちより、おそく、教室にはいった、それなのに、わたしたちの遅刻を、ひどくせめた、ちんぷんかんだ、けど、わたしたちは、おこられている時は、ちゃんと反省するように、していたから、いつも、落ちこんだ、あとになって、どうやって遅刻せずにすむか、かんがえてみたけど、ぜんぜん、わからなかった、まよっていたわけではなかった、ただ、たんじゅんに、教室と、教室のあいだが、とおすぎるのだ、かとおもえば、すぐとなりの、教室で、つぎの授業を、おこなうことも、あって、わたしたちは、たくさん歩かなくて、すむから楽だ、と、その時には、ふかくかんがえない、いろいろと、わからないことが、おおい、きっと、おとなになったら、もっとおおくのことが、わかって、わたしたちは、ルールに、当てこまれるだけの存在から、ルールを、当てこむ側の、ちからと、知恵をえるのだろう、それにしても、ゆみりん先生は、どうして、あんなにも、もの知りなんだろう、そして、もの知りなのに、どうして、いつも不機嫌で、急にやさしくなったと、おもったら、さみしそうな顔をするのだろう、ゆみりん先生は、きっとじぶんのことを、たのしくする方法が、わからないのだろう、それなら、わたしたちに、聞いてくれれば、かんたんに、おしえてあげるのに、ゆみりん先生は、とくべつだから、ゆみりん先生は、わたしたちを、決して、とくべつあつかいなんか、しないけど、授業が、おわると、ゆみりん先生は、三階にある、じぶんの部屋に、もどって、それから朝まで、わたしたちと、顔をあわせることは、ない、ゆみりん先生は、結婚していないのか、とたずねると、していないけど、いずれするわ、とおしえてくれた、恋人は、どうやら、ずっととおくにいるらしい、ずっととおくにいるということは、死んでいることではないか、と、わたしたちは、おもったけど、それを口にするのは、勇気が、ひつようで、その時は、勇気が、たりなかった、年をとって、うしなうものが、あるということは、なんとなく、わかっていた、おやじどのなんて、わかりやすく、前歯がなかった、それでも、わたしたちは、おとなになりたかった、何より、おおきなからだが、ほしかった、いろいろと、わからないことが、おおい、わからない時は、ねるにかぎるから、おやすみ、わたしたちは、はっきりと、声にだして、きょうにわかれを告げるのだ、そうすると、わたしたちは、すぐに、どこかに、なげだされる、目をとじていても、わかる、屋根と、カーテンが、あるだけで、ほんとうに、どこかに、なげだされていた、日付が変わる前、わたしたちは、いつも、とほうにくれていた。

 

わたしたちは、みんな転校生で、このがっこうに来るまで、かきあげを、食べたことが、なかった、給食の、いちばん、人気で、月に、いっかいほどの、ペースで、でた、かきあげには、なすと、エビと、玉ねぎと、みつばと、ホタテが、はいっていた、かきあげを、うまくつくれるのは、いいコックさんだと、おもったし、おやじどのも、そう言っていた、食堂で、給食を、つくってくれるのは、ワックスさんで、ワックスさんは、絵本売りの、ゼブラおばあさんの、むすことも、おとうととも、言われていた、けど、あまり似てなかった、どちらにせよ、ワックスさんには、あまり、きょうみが、なかった、ワックスさんは、だまって、料理だけ、つくっていればいい、というのが、わたしたちの、意見だった、ワックスさんは、たぶん、ゆみりん先生のことが好きで、むかし、ろうかで、話しこんでいるのを、見た、なんで、あなたばかり、つらい目に、あうんでしょうね、と、言いながら、ゆみりん先生の、手を、おおうようにして、あのでかくて、ごつごつの手で、さすっていた、ゆみりん先生の手に、キスまで、しようとするものだから、わたしたちは、がまんできなくなって、ワックスさんに、とっしんした、ワックスさんは、ちょっとだけういて、とても、びっくりしていた、まるで、ばけもの、でも見るみたいに、こっちを見ていた、ゆみりん先生のほうは、見なかったけど、きっと、わたしたちのことを、ありがたがっていると、おもった、そのあと、ふたりが、話しているのは、見たことが、ない、ワックスさんは、料理が、うまいから、きらいになれない、というか、むしろ好きだ、なのに、とっしんしてしまったから、気まずかった、でも、とっしんしたあとに、すぐ、かきあげが、でたから、ゆるしてあげることにした、ワックスさんは、基本的に、ぼらんてぃあ、なのだと、あとで聞いた、ぼらんてぃあ、というと、生きていることは、ぼらんてぃあ、になるのか、とおもった、ぼらんてぃあは、やさしいひとしか、できないと、おやじどのが、おしえてくれた、わたしたちは、いつか、ぼらんてぃあに、なって、じぶんたちいがいの、ぼらんてぃあを、ぜんぶ、この世から、けしてあげたいと、おもった、やさしいひとは、どうやら、つらい目に、あうらしいので。

 

わたしたちは、授業のない日だと、日曜日以外、だいたい、はたらいていた、ひろい学校の敷地内には、せんようの、さぎょう場があって、そこは、体育館に、似ていたけど、中にはいれば、ぜんぶちがった、すこしも似ていなかった、そこで、わたしたちは、いろんなものを、つくった、高級ソファーも、自動車のドアも、本場ドイツ顔負けの、本格的なソーセージも、いかにも安っぽいバッグも、コンドームのパッケージも、わたしたちは、みんなぶきようだけど、何かになれるのは、たぶん、はやかった、いわば、わたしたちは、ひとつの工場のようなもの、だった、最初のだんどり、しくみさえできてしまえば、こっちのものだった、わたしたちに、つくれないものは、なかった、わたしたちは、ある意味、それくらいには、じゅくれんしていたのだ。

この工場、つまりわたしたちを、とりしきっているのは、エドワードだった、エドワードは、ゆみりん先生と、おなじで、先生だったけど、わたしたちは、先生と、よびたくなかった、それにはおもに、ふたつのりゆうがあった、ひとつは、エドワードが、もとは、わたしたちの中に溶けていた、というまぎれもない事実に、ゆらいするもので、そう、エドワードは、たしかに、ある時期までは、わたしたちの中にいた、それなのに、いつの間にか、エドワードは、先生になっていた、あの、先生として、はじめてわたしたちの、前にすがたを、あらわしたとき、あの時の、何とも言えない、勝ちほこったような、とくいげな、顔つきが、わたしたちの、さげすみに、火をつけた、ライターなど、なくても、わたしたちは、かんたんに、何かを、燃やすことが、できる、こころの中での、話となれば、なおのこと、そうだった、そもそも、わたしたちは、おやじどのは、べつとして、先生は、ゆみりん先生以外、まるでみとめていなかった、どれも、わたしたちの、先生を、名のるには、よわすぎた、エドワードの前にも、先生は、何人かいたけど、みんな、わたしたちが、いやだったのか、それとも、がっこうや、にんげん関係が、いやだったのか、すぐに、やめてばかりだった、つづかなかった、その点、エドワードは、なかなか、よくやっていた、とおもう、わたしたちにも、ほどよいきびしさと、やさしさで、せっし、作業のこうりつは、あがるいっぽう、だった、エドワードは、いつの間にか、わたしたちより、すいぶんと、おおきな、からだをしていた、わたしたちのなかに、いた時は、あんな、おおきな、からだを、していなかったのに、きっと、何か、わるいりゆうが、あるに、ちがいない。

ふたつ目の、りゆうは、エドワードが、ひどくバカだ、という点に、ゆらいするもので、じっさい、エドワードは、まともに、たし算や、かけ算が、できなかった、ひき算だけが、うまくできるというのが、すごく、エドワードらしい、だから、さぎょう場で、どれだけのものを、どれくらいのペースでつくるか、という計算を、わたしたちは、それぞれ、じぶんで、やらないと、いけなかった、こんなことは、はじめてだった、こんなかんたんなことが、できなくなるのだったら、わたしたちは、ずっと、ちいさいままで、いい、ほんきで、そうおもった、でも、エドワードは、わたしたちを、なかなか、うまくつかうから、作業のこうりつは、あがるいっぽう、で、それをおやじどのに、ほめられると、もっととくいげな、顔をした、それが、いちばんの、さげすみの、たねだった、わたしたちの、きげんをそこねたのが、わかったのか、あとでぜんいんに、アイスキャンディーを、こっそりと買いあたえてくれた、それくらいへでも、ないほどの給料を、もらっているというしょうこでも、あった、味は、レモン、ソーダ、ピーチ、オレンジ、で、レモンが、いちばん人気だった、アイスキャンディーを食べるのは、みんな、ひさびさだったから、よろこんだ、けど、やっぱり、エドワードを、先生と、呼ぶことは、なかった、エドワードは、授業なんて、できないし、ただ、さぎょう場で、指示を、だすだけ、いや、どうだろう、まともに、指示すら、だしていないのかも、しれない、ただ、わたしたちを、かんししている、だけ、エドワードは、時どき、アイスキャンディーを、買ってくれるようになった、もらえるものは、もらっておく、というのが、わたしたちの、やりかた、だったから、わたしたちは、いつも、それを、よろこんで、うけとった、ただ、マーフィーは、アイスキャンディーがきらいだ、と言って、食べなかった、どうだ、おいしいだろう、と笑いながら、言ってくる、エドワードの顔は、もう、ぜんぜん、わたしたちに、似ていないけど、やっぱりどこか、わたしたちに似ていた、チョコレート色にそめた髪の毛は、くるくると、なまいきにも、パーマをかけて、ほっぺや、鼻には、にきびができて、あごは、しゃくれていて、目も、わたしたちより、ずいぶんと、たれさがっているけど、それでも、どこか、わたしたちに似ていた。

 

マーフィーは、左耳が、ほとんど聞こえなかった、だから、わたしたちは、いつもマーフィーの、右側から、話しかけた、だから、わたしたちは、マーフィーの、右顔ばかり、覚えている、壁画みたいな顔の、マーフィーは、何をかんがえているか、ぜんぜん、わからなかった、やっぱり、壁画みたいな顔だった、あと、いちじくを、きれいに半分に、切った時の、感じにも、よく似ていた。

 

わたしたちは、時どき、三階の、おやじどのの部屋によびだされ、買い物を、たのまれた、いわゆるおつかい、というやつだ、おやじどのは、見るたびにふとっていく、くろいサスペンダーが、しずむように食いこんで、うごきづらそうに、なっている、もとからすくない歯は、ますます黄ばんで、鼻息も、ずいぶんとあらくなって、じぶんのことばを、さえぎるかのようだった、目は、ひどい血ばしりのせいで、ひとみの位置が、わかりづらかった、どこを見ているのか、よくわからなかった、そんな状態でも、おやじどのは、おやじどのだし、おつかいは、わたしたちにとって、がっこうをでる、数すくないきかいの、ひとつだった。

がっこうには、正門と、裏門が、あって、どちらを、抜けても、いずれ、町には、つくと聞いていた、けど、わたしたちは、いつも、正門から、でた、はじめのおつかいで、正門を、つかったから、そうしないと、町にたどりつけないような気が、していた、それに正門は、正門と言うだけあって、辛気くさくて、ちゃちな裏門より、がっしりしていて、たよりがいがあった、正門から、町までは、がっこうの窓から見える、たんちょうで、ふかい森が、あったけど、道は、一本で、しかも、ふとかったから、まようことはなかった、けど、歩いている時は、いつも、まよっている気分だった、森は、あまりにもしめっていて、木のにおいが、しすぎていた、そのせいで、寒気がした、とちゅう、どうかんがえても、町になんか、たどりつけないと、何度もおもった、けど、ふとした瞬間に、森は、おわって、目の前には、町があった、森と町は、ちかすぎて、森から来たにんげんは、町のりんかくを知ることが、できなかった、町のひとたちは、みんな、ふしぜんなほど、しんせつだった、わたしたちを、一目見ただけで、がっこうから来たのだと、わかるようだった、町中の道は、ぜんぶ石だたみに、おおわれていて、とてもあるきづらかった、気になる場所は、たくさんあったけど、町につくと、いつも夕がたになっていたから、ささっと買い物をすませて、帰るくらいのことしか、できなかった、買い物のだいたいは、薬屋や、本屋ですむものだったから、町中の景色は、ある意味、見なれていた、どこかの家からシチューや、からあげのにおいがもれると、ものすごく、せつなくなった、帰り道は、いつも影が、こく落ちて、空は、まだオレンジ色をしているのに、道は、ひどくくらかった、カラスが、いやみなくらい鳴きまわった、わたしたちは、こわくなって、最後は、はしった、汗をびっしょりとかきながら、はしった、そうすると、ふとした瞬間に、森は、おわって、門をくぐり抜けていた、おなじ道を往復したはずなのに、裏門からもどっていることが、多々あった、りゆうは、わからないし、こわいから、だれにも、言わなかった、裏門のほうから、がっこうをながめると、いつも、ぜんぜん、べつの場所に見えた、昼間に森を歩けば、きっとたんじゅんなりゆうが、見つかるにちがいない、そう言い聞かせて、わたしたちは、ますます裏門を、さけるようになった。

 

森は、ひどくふかく見えるのに、時どき、ものすごくちかくで、パトカーのサイレンが、聞こえた、がっこうにサイレンは、ないけど、がっこうのどこかに、パトカーがいる、という可能性は、あった、ただ、わたしたちとしては、パトカーは、森のそとに、あってほしかった。

 

年に二度、夏やすみと、冬やすみに、わたしたちは、ふるさとに、かえることが、ゆるされた、わたしたちの半分は、行きさきも告げず、ふるさとに、かえった、けど、もう半分は、かえる場所が、なかったから、そのままがっこうにいた、ゆみりん先生も、ふるさとに、かえったから、がっこうには、わたしたちの半分と、おやじどのと、あと、マーフィーだけが、いた、給食は、ないから、食べるものは、ぜんぶ、じぶんたちで、つくった、絵本売りの、ゼブラばあさんがくれた、おかしばかり、食べて、晩ごはんを、つくらないこともあった、おやじどのは、そういうことでは、おこらなかった、おこるのも、やすんでいたのだろう、ちなみに、食堂の、だいどころは、いつも、きれいにしていた、ワックスさんには、かりをつくりたくなかったのだ、マーフィーは、いつも、どこかの教室にいて、じゅぎょうも、しごともないから、窓のそとを、じっとながめて、絵本も、教科書も、よまずに、かわいたせき、ばかりしていた、くびすじに、ういた、血管は、わるさをするヘビの、ようだった、そのヘビが、だんだんと、ふとく、くっきりと、もりあがっていることを、わたしたちは、知っていた。

ゆみりん先生の、ふるさとは、ほっかいどう、らしい、とてもさむいと、うわさ、だから、こごえて、かちんこちんに、ならないでね、と、いつも約束、してから、見おくった、おみやげで、いつも、しろいこいびと、をくれた、マーフィーが、いつも、じぶんのぶんを、くれたから、すこし、むねが、いたかった、マーフィーも、おなじ、しろいこいびとだ、と言うと、

よく意味がわからないなぁ

と、かえして、

あまいのは、あんまり好きじゃないんだ

と、つけくわえた、マーフィーは、ずっと、しろいこいびとだった。

 

がっこうには、さまざまなしゅるいの、鳥が、やってきた、ぜんしゅるいの、名前を、ゆみりん先生に、おしえてもらったけど、ぜんしゅるいわすれてしまった、わたしたちに、そんなささいな、ちがいは、ひつようなかった、鳥は、鳥、花は、花、それだけで、じゅうぶんだった、だいたい、名前をつける、ということじたい、いいことだとは、おもえなかった、ものすごい、ごうまんだ、とマーフィーに言うと、めずらしく、マーフィーは、

そのとおりだね

とやさしく、笑いながら、言ってくれた、マーフィーは、そのあと、すぐに、せきこんで、目を、ねむたげに、あけたり、とじたりした、わたしたちは、そっと布団を引いて、マーフィーを、横に、させた、マーフィーは、やがて、ひとりになった、わたしたちは、部屋からでたのだ、ドアをとじたあと、そこにもたれて、マーフィーの、笑顔を、おもいかえした、ろうかの窓から、満月が、わたしたちを、まっすぐに、なんのしょうがいもなく、まんべんなく、てらしていた、わたしたちと、月の、あいだには、何もなかったのだ、なんてしずかで、すきとおった夜なんだ!  わたしたちは、そうさけぶのを、やっとのことで、こらえた、窓をゆらす、風さえも、ふいていなかった、がっこうのそとの、森も、まったく、うごいていなかった、わたしたちは、そこから、しばらく、うごくことが、できなかった、こんな時に、うごくなんて、ひどく場ちがいな、気がした、まばたきも、なるべく、すばやく、最小限の数で、すませた、月は、しだいに、かがやきをましていくようで、空気は、みるみる、すみわたっていくようで、わたしたちは、きんちょうしていく世界に、つよく感動していた、ところが、一羽の鳥が、そのきんちょうをといた、ほーぉ、と森の手前から、まぬけな鳴き声が、ひびいた、たぶん、ふくろうだとおもった、ふくろうは、夜行性だと聞いていたから、じっさい、その鳴き声は、わたしたちを、すくったのかもしれない、どれだけの時間、じっとしていたのか、今となっては、知るよしもないけど、歩きはじめると、からだのふしぶしが、いたんだ、もし、あのまま、朝までじっとしていたら、わたしたちは、きっと、石像になっていただろう、それは、それで、わるくないか、そんなことを、おもいながら、なるべく足音を、たてずに歩いた、マーフィーを起こさないように、細心のちゅういを、はらっていた、さっきまで、背中にあった、ドアにしみる、じぶんの体温を、マーフィーの寝息に見立てていた、と、じぶんたちの、部屋について、とじたドアにもたれたとき、気づいた、わたしたちは、うたがいようもなく、マーフィーに、恋していた。

雨と埃(仮題)

透明

 

陽のささない廊下の空気はどことなく硬く、冷たく、そして青みがかっていた。晴れた空の青さを、雲が太陽をかくした時の翳りをそのままうつしていた。地上三階、トイレの脇の手洗い場、しまりのわるい蛇口からもれる水滴がちいさくしきつめられたタイル、しろくくすんだ正方形のひとつをぴちりぴちりと一定の間隔で打ちつづけていた。音はきわめてちいさく、ひびかなかった。しずくとしずくの間隔もひろいため、意識しなければその律動をたやすくつかみそこねてしまうだろう

階段をのぼったさき、見なれたはずの一本道をふと意識をうばわれ、どれくらいたたずんでいたのだろう。おそらく一分にも満たない静止だったが、この場所から知りうるすべてを見つくしたような気になった。人気のない校舎、だれもいない校舎というのはこんなにも人をまどわせる。外で部活動にいそしむ上級生らの声が、大会を間近にひかえたマーチングバンドの気合のはいった練習のさまがとおくに聞こえる。廊下に面した窓はおしなべて閉じ切っており、なでつけるように吹く風にがたごととふるえた。おおきく息を吐きだしてから廊下を歩きはじめた。やたらとおおきくひびく足音に禁忌を犯すかのごとくあまく、かさねればかさねるほど強気になった。のどからしぼりだすように声をはなった。それは歌だったかもしれない。あるいははなってから歌になったのかもしれない。声も最初はかすれ、いかにもたよりない具合だったが、慣れてくるとふだんどおりの鼻歌程度の声量となった。各教室前のロッカーの上には空気の抜けかけたバレーボール、引き解け結びでまとまったピンクやオレンジのビニールひも、使い古された縄跳び、図工の授業でつくった何かしらの作品や筒状にまるめられたポスター、やたらと分厚い資料や教科書、その間にはさまれたプリント、体育館用のシューズ、絵の具や粘土、赤白帽など、さまざまなものが雑多に置かれていた。すべてがどことなく硬く、冷たい空気におかされ、青みがかっていた。廊下から空をのぞいても太陽は見えなかった。校庭の外につらなる水田、稲は青々としげり断続的に吹く風に波打っていた。その奥の冗長にながい車道をオレンジの自動車がはしっていた。反対車線から鈍い銀色をした大型トラックが近づいて、両車はスピードをゆるめないまますれちがった。こういう光景を目にすると、いつもぶつからないか心配になった。いや、心配というよりぶつからないことがふしぎにおもえた。あの道の幅も、二車線あることも、きちんと知っているはずなのに。陽をかくしていたおおきな雲がながれたのか、とおくの景色から順に陽光をあびていく。じょじょにこちらへと移動する陽光に、そのためらいのなさに、圧倒的な力づよさに、すこしだけ身体がこわばった。本人すらこわばったことを認識しないほど、ほんのわずかに。校舎の影がうきぼりとなり、とおくの景色からはふたたび陽光が消えていた。晴れてはいたが、雲のおおい一日だった。初夏のさわやかな日だったのか、梅雨時の晴れた一日だったのか、もはや正確な日付をおもいだすことは不可能だった。歩調をゆるめて窓の外をながめ、別の二台が何事もなくとおりすぎたのを確認してからもとのように廊下をすすんだ。

午前中で授業の終わる土曜日、廊下の一番奥の教室に忘れ物をしたのだと、友だちと歩く通学路で気がついた。ながく弛緩してつづく列の最後尾をだれよりもだらだらと歩いていたゆえに、振りむいてもと来た道をたどってもだれともすれちがわなかった。正門を抜ければ、校庭で部活にそなえた上級生らがおのおののペースで持参した弁当を食べすすめたり、器具やら楽器やら測定器やらさまざまなものをはこんだりするさまが見えた。校舎、校庭の奥の裏門あたりの一階部分には職員室があり、そこから直接外に出られるつくりとなっているため、数人の教員が上級生らの様子を見るともなしに何かしらの話をしているのがうかがえた。まっすぐに校舎へと近づいて、そのまま吸いこまれるように昇降口から侵入した。だれにも気に留められず、とがめられることもなかった。人気のない昇降口はひんやりとしていた。すがたは見えなかったものの、上級生らのさわぎ声がちかくから聞こえた。たぶん音楽室から楽器を運搬するマーチングバンドだったかもしれない。兄の声がそこに混じってないか、注意ぶかく聞いたもののわからなかった。

ひとつ年上の兄がいた。兄は上級生で、マーチングバンドの練習に参加していた。夕食や風呂の際に話を聞くのが好きだった。大会に向けて懸命に励む兄はすなおにかっこうよく、あこがれの対象だった。それはあくまで努力のさまを見て感じたもので、音楽そのものに食指はうごかなかった。生来ひどく不器用で、手先のものとなれば最悪の出来だった。当然興味も関心も湧きづらかった。また兄の専門となればちがう道をさがすのが筋だろうといかにも弟らしい発想をした。ソフトボールひいては野球にいっそう打ちこみはじめたのはやはり一年後だった。音楽や美術に正当な興味を抱くころにはもはや歳を取りすぎていたし、今さら何かをはじめるには情熱も時間も足りなかった。当時身長がおなじくらいで、体格もおなじくらいだったゆえか、はじめに兄弟と紹介された時にはどちらが兄かわからないとよく言われた。そこにどことない恥ずかしさと申し訳なさを感じていたのはこの時期前後一年くらいだったとおもう。成長期をすぎ、たがいに親元をはなれ一人暮らしをするようになれば、どちらがはた目に年上らしく見えるかなど気にもしなくなった。ふたりで会うたびに変わらないと言われたが、こちらから見れば兄は順当に歳をかさねているように見えた。いや、兄もほんとうはこちらの加齢を実感していたのかもしれない。それでも口癖のようにおなじ科白を放ったのだとすれば、読み取れるさまざまな感情に哀愁が付与される。生活の苦労を心配されたが、それはお互いさまだと杯を合わせかさねるなかでぽつりと漏らした。

渡り廊下や音のやたら反響する躍場を抜け、階段をのぼるうちに喧騒はとおくなった。ひんやりとした空気はつづいていた。陽のささない廊下の透きとおった青みがかった印象ははじめてではなかった。ひとりでここを通るのも教室に忘れ物をしたのもあの日がはじめてではなかった。もちろんわざと忘れ物などしなかった。そこまで賢しくもなれなかった。忘れ物を気づいた時にはいつでもはっとし、悔やみ、面倒くさがった。くり返した印象の総合なのか、おもいだせる場面はほとんど画一的だった。それもまた一貫してきたかと言われればあやしいが、たしかめる術を持ちあわせるはずもなかった。忘れたのは体操着と算数のテクストだった。テクストのほうはべつに忘れてもたいしたことなかったが、体操着は前日の忘れ物だったゆえにどうしてもこの日持ち帰る必要があった。母親の説教と父親のおだやかな嫌味は前日だけでもう充分だった。上履きが床をぺちんぺちんと打つ音が力なくひびくのに耳を、いや身体全体をあずけていた。前進するというより、その音に沿う感覚で足を前後にうごかした。荷物のすくない背中のランドセルの、肩ベルトや背当てのかるい感触までもがいやにはっきりと意識された。のぼってきたのとは別の階段と面したトイレを通りすぎれば、目的の教室はすぐそこだった。横目にのぞいたトイレは仄暗く、どことない陰気くささを感じた。行くつもりのない踊り場に上履きの音が反響した。その余韻にひたるうちに閉じた木製の二枚扉を前にしていた。足を止めることなく片方をいつもどおりの力で横にスライドさせた。その瞬間に風が吹いて、かぶっていた黄色い通学帽が頭から落ちかけた。ベランダに通じる奥の窓と、その手前の二枚が全開だった。だれかいるかとおもったが、だれもいなかった。麻色のカーテンがおおきくゆれ、うしろの黒板の上に四隅を画鋲で留められた書道用の半紙、クラス人数分の「星雲」の二文字がぱりぱりとかん高い音を立て、なかには今にも外れ落ちてしまいそうなものもあった。教室には陽がさしこんでいた。外からチューバの低音がひびき、それにつづいてスネアドラムの軽快な音が鳴った。だれかがだれかに指示を出しているのが聞こえる。まだ部活の午後練習のはじまる時間ではなかった。何故窓が開いていたのかはわからなかった。閉じ忘れにしてはあまりに大胆で、信じがたい開き方だった。ゆえに閉じるのもよくないとおもわれ、そのままにしておいた。通学帽がいやにうっとうしく、脱ぐと前髪が汗でしめっているのがわかった。汗をかくほど暑かったのか、それとも単純に蒸れていたのか、記憶の中で温度というものはあいまいで、ただ吹いていた風がここちよかったことはおぼえている。教室の真ん中あたりにあった席から算数のテクストと脇のフックにかかった体操着入れを取った。その前に椅子を引いた。ふだんと同じもののはずなのに、ふだんより重く感じた。床とこすれる音がうるさかった。お気に入りのコンパスで掘った机に消しゴムのカスがみっちりとたまっていた。指で表面をなぞればまるで穴など空いてないようだと授業中にひとり満足してにやけることがおおかった。もう決してあたらしくはない金属と木でできた机椅子、ひいては校舎そのもの、そこでの生活には金属と木のにおいが染みついていた。机に鼻をよせると鉛筆の芯のにおい、汗のようなすっぱいにおいがした。椅子に座り、ひざを机の裏面、教科書や道具箱をしまう金属部分にあてるとひんやりした。あの日鼻をよせて嗅ぎ、膝をひんやりする部分にあてたかは定かではない。椅子に座り、机に頬と耳をあてた。ベランダのほうを向き、金属製の柵と青い空と陽のひかりをぼんやりとながめた。おそらくトランペットだとおもわれる音が主旋律らしきメロディを奏でていた。兄かもしれない、とおもったが、それにしてはうますぎるとおもった。二年後の兄は非常に上手だったが、当時はまだはじめて数か月しか経っていなかった。兄は立派なトランペット奏者だった。サッカー部がゴールをうごかす時の掛け声が聞こえてきた。お腹がすいていないわけでも、昼食を食べたくないと意固地になっているわけでもなかった。ただ一度机につけてしまった頬と耳がここちよく、次にうごくだけの力が身体から抜けていた。……

 

 

滅びの日

 

回想していたのか夢うつつだったのかよくわからぬまま目をひらくと部屋が真っ赤に染まっていた。冷えた床に直接しいた座椅子に座り、背もたれをすこしだけ倒し足をのばしていた。口がやたらとかわいていた。物干し場に面する窓から西日が狙いすましたかのごとくするどくさしこんでいた。住宅に囲まれた日当たりのわるい部屋なのに晴れた日の夕暮れ時には真っ赤に染まることが多々あった。赤くなった部屋に身を置くとき、肉体や物々の濃くなり長くなった影をじっと見つめるのが常套だった。その先には玄関があった。明かりがないゆえ暗く、安アパートの木造建築らしく陰気だった。いや、そもそもが異常な陰気で、たとえ明かりがあったにせよそれは視界的にある程度の鮮明さをもたらすだけで、陰気さそのものはかえって白々しく増してしまう。ドアポストに広告や光熱費の請求書が容赦なく投げこまれると、その大げさな音に逐一におどろいた。廊下からひびく足音でこちら近づいているのを察知するだけでどことなく気味がわるかった。築四十年木造のすえたにおいと下見に来た時からぬぐえない線香くささ、冬でもどことなくしめった空気がただようこの玄関からは死や腐敗といった印象を拭い去ることができなかった。極端にうすい壁のせいで、隣人のまた隣人のくしゃみや咳まで聞こえることがあった。ロフトがある分天井は高かったが、真上に住む者の生活音もひどくひびいた。二階建ての一階、角部屋の物干し場には雑草の生い茂った塀の脇を抜ければ簡単にたどりつくことができるし、そもそも塀自体がたよりなく低い。それに各部屋との区切りは気もち程度の衝立があるだけでまったくもって明確ではない。こうした特徴のせいで建物の掃除に来た大家に中を何度ものぞかれたことがあった。ふと窓の外をのぞくと知らない人間が物干し場にいるというのは単純におそろしくおもえた。じっさい華奢な大家とは別の、太った男性らしき人影がこちらをうかがっていたこともあり、その時にはあまりの緊張で身うごきすら取れなかった。陽のささない昼下がり、遮光カーテン越しに目は合っていた。しばらくすると人影は隣の部屋の衝立の方へと消えていった。見た瞬間に泥棒だと直感したが、それをたしかめることもうったえることもしなかった。しばらく緊張したまま窓際をうろついた。この部屋においてはセキュリティやプライバシーという概念がまるで無視されていた。そのせいか、周辺で暮らす野良猫との遭遇率は異常だった。物干し場に出ればかならずと言っていいほど野良猫と出会った。塀の角に乗ってこちらを見つめるものもあれば、積まれたブロックコンクリートのくずれた部分からひょっこり顔をだすものもいた。毎回出会うものは変わった。愛想がよく、もう一度会いたいとおもったものはもう二度とやってこなかったが、不細工で何をするでもなくふてぶてしく去っていくものとは二三度同じ場面を演じた。性格から見た目までさまざまな猫が物干し場には来た。ほとんどの猫が痩せていた。こちらを警戒していないようならば部屋にある牛乳や菓子パンを適当にあたえ、それを摂取するさまを見ていた。餌付けしようなどとはおもっていなかった。痩せているものに食料をあたえるのは何か当然の義務のようにおもえた。一度塀の向いがわの住宅の主婦と目が合い、ひどく気まずい想いをした。忠告はされなかったが、あからさまにこちらの行為を責める侮蔑的なまなざしだった。平日の昼間から何をしているんだとあきれてものも言えなかったのかもしれない。夜になればさかった猫特有のやかましさが近隣にはひびくのをかんがみれば、一見してこちらをとがめたくなる気持ちも理解できた。しかしここに住みはじめた当初から猫はさかっていたし、そもそも餌付けしていたわけでもなかった。玄関扉の向こうで遮断機がかんかんかんと鳴りはじめ、建物全体がかるくきしんだ。一分後、窓はふるえ電車が都心から郊外へと抜けていくのがわかった。夕暮れ時から午後八時すぎくらいまでは頻繁に電車が往来し、そのたびにかんかんかんと遮断機は機械的に無機質に音をたて、安アパートの窓はゆれた。住みはじめた当初はなれない電車にかんするもろもろをわずらわしくおもったが、一か月もすればほとんど気にならなくなり、半年もすれば部屋にこもりがちな生活においてのゆるい外部との接続のように感じられた。しかし気持ちがふさぐ時期には当初のわずらわしさがよみがえり、通過する電車からそれにかかわる人らへ、人らから社会へと嫌悪感がふくらみ、やがてそれが収縮すると自己嫌悪へと帰着し、無性にみじめな気もちになった。

真っ赤に染まった部屋からさしこんだ西日のするどさを見つめるうちに遮断機が鳴りはじめたのに必然性を感じていた。ひかりの向こうの塀の上、ちいさな影がうごくのがわかった。表の道路、ぱゆんぱゆんとはねるおおきめのゴムボールを投げてあそぶ子どもの声が聞こえた。数十秒後に遮断機が鳴りおえると、静寂がひろがった。西日がすこしずつ沈み行くのに並行して、部屋の中には夕闇がしのびつつあった。目をひらいた時には明確に見えた机の上の小物や書類の輪郭が影と一体化し消えていった。そのさまをながめるうちに西日が直接部屋をさす時間はおわっていた。窓の外は赤かったが、部屋の中は相当暗くなっていた。陽が落ちきる前に買い物に行こう、そうおもいながら立ちあがった。今日は魚が食べたいと午前中からかんがえていた。魚は近くのスーパーでも売っているが、新鮮で扱う種類が豊富なのは国道沿いのすこしはなれた場所にある専門店だった。そこまで行くには線路を超えたすぐさきの霊園を抜けるのが一番早かった。線路沿い、ついで霊園という立地、さらに築四十年という条件が相まったがゆえの家賃の安さで、その安さゆえに生活が成り立っていた。部屋着と外着を兼ねたタイパンツのひもを結びなおし、水道水で口をゆすいでから、サンダルを履いて部屋を出た。陽の当たらない暗い廊下は室内と空気の質感が同じだった。それは季節を問わずいつでもそうだった。入り口付近、部屋の数だけある郵便受けにはどれもぎっしりと広告がつまっている。素通りして表に出ると、また遮断機が鳴りはじめた。その前で待つのも退屈だろうとゴミ捨て場の横の自動販売機で烏龍茶を買った。手に取ると冷えていて気持ちよかった。栓を開けて飲めば、身体に染みわたるのがわかった。左後方から電車が近づきつつあった。遮断機が一定のリズムを刻むなか、錠を解いた自転車に乗ってペダルをこいだ。数メートルすすめば遮断機の前で、足をおろす前から目の前を電車が走り抜けていた。風が前髪をゆらすと、すこし肌ざむかった。夏はもう終わりかけているのだとあらためておもった。部屋にも冷房は入れてなかったし、なんとなく着ていた七分袖のうすい麻地のシャツの感触がここちよかった。あの部屋で冷房を入れるのは真夏のどうしようもない暑さの時だけだった。基本的に陰湿で、常にひんやりとした空気があった。ずっと陽のささない木造だとかえって蒸れるはずだと気味悪がった兄は一度だけ部屋をたずねたきりもう二度と敷居をまたがなかった。冬ではなおのこと冷え、帰宅してすぐの部屋の中心は外よりもずっと冷たい空気が流れているようにおもえた。線路を超えるとすぐに霊園を囲む高い木々が見えた。赤い空に貼りつけた手の込んだ切り絵のようだと感じた。烏の鳴き声が聞こえたが、姿は見えなかった。

巨大な霊園には自動車の入れる正門以外にもいくつかの入り口があり、そのうちのひとつから自転車に乗ったまま侵入した。本来ならば一度降りなければならなかったが、二輪車進入禁止の柵のあいだ、車体をまっすぐにしたままするりと抜けた。タイヤの細いスポーツタイプであるがゆえに動作もなかった。木々の影にまぎれて土や木の葉を轢いてすすんだ。犬を散歩させる老人、端に設けられた水汲み場でタオルをぬらす別の老人とすれちがった。そうとおくないどこかで烏が鳴いていた。碁盤の目のごとく規則正しく区切られた通路に出てからは徐行してすすんだ。迷惑にならぬようにとひとつ目の角を曲がり、中央にひろく設けられた十字路を行くことにした。園内中ほど、トイレや簡易警備室ちかくの木々に何かしらのほどこしをくわえる業者らのすがたが目についた。あたりを見わたせば等間隔でならぶ墓のうちのいくつかには花が供えてあり、さらにそのうちのいくつかの前にはひとのすがたがみとめられた。街灯はまだともっておらず、ひとの顔もうまく読み取ることができなかった。地上のものは霊園を囲む背の高い木々の陰影に染まり、見えていたはずの色は個性をうしなっていく。園内はいつにもまして静かだった。業者らの声や専用車の作動する音は聞こえていたが、それ以外耳に入るものといえば風にゆれる木々のざわめきくらいだった。国道を行くはずの自動車、都心と郊外を行き来するはずの電車、走行音がまるで聞こえなかった。耳が詰まっているようだとおもったが、そんなことはなく園内の空気の質感が硬くとどこっているのだとわかった。この空気のせいでやけに静かなのかと、腑に落ちぬ論理と知りつつ腑に落とした。自転車をゆっくりとこぎながらライトをつけるべきかなやんでいた。前を歩く人も何かとぶつかりそうな予感もなかったが、これだけ暗ければ点けるのが常識的な行動なのかとおもわれた。ぼんやりと目の前の道にだけ集中して足をうごかしていると、突然後方から大量の烏の鳴き声が聞こえておもわず振りかえった。黒と赤を入り混ぜたあまりに邪悪な様相の空に三十羽ちかい烏が一斉に木々から飛び立ったようだ。何がきっかけかはまったくわからなかったが、あの烏たちはもう二度とこの霊園を訪れないだろうと直感した。去りゆく数十羽の姿を目で追いながら、まるで滅びの日のようだとおもった。地球最後の日、こんなふうにあっけなくむかえてしまうのかもしれない。烏が視界から消えたところで地面におろしていた足をふたたびペダルに乗せた。ついでにライトも点けた。今日が滅びの日でもべつにかまわないとおもいながら一本道を突き当りまですすんだ。

滅びの日を見たのは二回目だったと魚屋で買い物しながらおもい返していた。一度目は大学生の時分、雪の降る日だった。帰省した際に地元の田園風景を兄とふたりで散歩していた。県外の大学に進学したこちらとは対照的に県庁所在地にある音楽の専門学校に通う兄は当時実家に住んでいた。家を出た時からすでに空の色はうす紫で、風がないせいか、さほど寒くなかったが雪はしんしんと積もることなく降っていた。ふたりで他愛もないことを話し合っていた。兄の音楽観、学校でどういった音楽をつくろうとしているかという話を興味深く聞き、奏でることも作ることもできない素人らしい感想や質問をくり返した。雪の降る音が録りたい、ふいにそう言った兄は人目のつかない公園のしげみにボイスレコーダーを設置した。今おもえば田舎ならではふるまいだった。小学校を超え、さらにその奥の二級河川に沿って歩けば土ばかり目立つ畑がつづく田舎道にいたった。ここにくると多少気温が下がり、風も頬にふれるようになった。このあたりから、たがいの恋愛に関する話をするようになっていた。おたがいうまくいかぬことといくことの狭間にゆれ、誠実に愛を語るものと不誠実に快楽を語るものにわかれた。ここでならばとある種の告白がなされれば、突き放すこともけなすこともせず、ただたんたんと受けとめ合った。この頃は将来に対するあわい期待がたしかにあった。しかしそれよりも不安の濃度がはるかに高く、人生にぼんやりと絶望し、犯しつづけているはずの途方もない間違いを見て見ぬふりする日々を流していた。どちらもみじめさを自覚しながらもつよがり、手袋をした両手をポケットにしまい、さみしい目をしながら逆風を浴びていた。目的はなかったがサイクリングロード沿いの小高い丘のような場所にいたると、そこから往路と復路が切り替わった。滅びの日を見たのはその瞬間だった。暗澹とした、あらゆる紫の類をちりばめ、斑にし、さらに濃い灰色と、一滴の白と黒をそれぞれ足し、筆で全体をかき混ぜたかのような、あまりに邪悪な、しんしんを雪が降りつづけていること自体何かの間違いかのごとく感じさせるような、今にもあの渦の中心から魔王なり悪魔なりが下りてきてもおかしくないと冗談半分本気半分でおもいながら、ふたりして空を見つめ、なんだあの空はどうしたんだと言い合った。確実に冷えつつある身体で興奮していた。空を観察しながら人気ない道を歩いた。本当に交わりたい人とは交われないものだと、肉欲ともプラトニックな意味合いともとれることばをどちらともなく言い合いながら、今日が地球最後の日でもおれはかまわん、とみじかく突き放すように言った。あの時突き放したもの、突き放したふりをしたもの、あるいは突き放したようでその実突き放されていたもの、そうしたことにぼんやりと想いを馳せていた。深くうなずきながらも兄の生きづらさを当時はまだ真摯に想像できていなかった。呼吸とともに白く立ち昇る息を見て竜になったかのようだとふいにはしゃげば、高校生の時分も毎年同じ科白を口にしていたと指摘された。その白さにふいに気づいたのは空の暗さが増す中で、息の白さだけが際立ったのかもしれない。しんしん降るものも土や植物の上にあさく積もったものも一様に鈍い銀色をしていた。ともりはじめた家々の明かりにも反応せず、ひかりを帯びることをみずから禁じているかのようだった。この空から生まれたものが白さをまとえないのは至極当然のこととおもわれた。帰り際に公園の茂みに寄るのを忘れかけたものの忘れなかった。録音されたもの聞けば、ぬれた路面を行く自動車の走行音くらいしか挙げるものはなく、基本的には風にゆれる茂みががさごそとうるさかった。そもそも雪の降る音など録れるはずもないのだと、あとになって母親と三人笑い合った。この日の夕食は母親らしい味をしたビーフシチューだった。

買ったのは勘八と烏賊の刺身、鮪の中落ち、くずれ明太子で、もともとは舌平目でも買ってムニエルにしようかとおもっていたもののいざ品を見ながら回るうちに小麦粉をつけて焼くのが手間に感じてしまい、ならば常備してあるチューブの山葵もあることだしと手を抜くことした。……

 

中途も中途、すべてが中途半端。二つの小編を同時に書いている。四つの小編をまとめてひとつの小説にしようと企てている。あとの二つも並行して書く予定。{2+2=4}=1の小説。記号の使い方があやしい。もう女性の一人称の語りで小説を書くことはないだろうと最近よく思う。前作でもうやりつくした、というのもあるけど、そうやって書くことにまるっきり興味がなくなっている。

千年前に書かれた小説を読みながら時の帝など生まれながらに絶大な権力を持ったものは蚊に一度も刺されることなく一生を終えたのかとふと夢想した。肉体をたえず駆けずりまわる血液が一度も肉体の外にもれずに生を閉じたものがいるとすれば、その死因はあきらかにその血を目にしなかったことだろう。もしもそんな人間がいるとすればの話だが。仮に自負をかかげるものがあらわれたとしてもいやはやあやしい。身勝手のすぎる朝焼けの前例がだれに聴かすでもない警鐘を鳴らしている。

二月にしてはあまりにあたたかな、二か月後をさきどったようなそんな陽気の中、思わず目をうたがったのは低い空にうかぶしろさが入道雲に見えたからで、何度見直しても小ぶりな夏雲としかとらえられないのをいぶかしんだ。耳に挿したイヤフォンから流していたのは桜の散り際をうたった異国語の曲で、どこにも秋がないのに必然を感じたのはその一季とかぞえるにはあまりに短命な時期をこよなく愛するがゆえの特別視か、それとも二重の春がうらがえしの秋とも取れるとする餓鬼じみた論理を持ちだしたがゆえの自嘲か。薄手のコートのポケットに手を突っこめば、おとといもらった土産物のもみじ饅頭が包装ビニールごと人肌ほどにあたたまっていた。

四季を問わず年に一度ほどの頻度で異性の肉体を買った。その都度の心身の調子をととのえてから臨むもののついに一度も果てることがなかった。行為の最中にふとした何かしらにつまずけば持ちなおすことができなかった。相手にも自身にもはげしい嫌悪がつのり胃がきりきりと痛んだ。回数をかさねるほどに緊張し、萎縮し、傲慢になった。かろうじての数十分でさえ純粋な歓びはなく安心と欺瞞だけが腰のあいだにぶらさがった。金を渡す時の馬鹿馬鹿しさは思いかえすだけで眉間に皺が寄る。帰り道にはいつも疲労とみじめさで死にたくなった。帰宅してから何をするでもなく横になって眠ることのできない肉体を持て余した。楽な姿勢で本を読めども憂鬱で集中を欠いた。思い出したかのように異性のにおいのしみついた衣服を脱ぎ捨て、なんのためらいもなくなでられた髪を洗うために浴室にこもる。その際にいつも果てを得なかった性器をはげますようにさわるのだが、ある時肉体が完全な不感症に陥っていることをさとった。大声を出して笑った。十秒後の欺瞞が腹立たしく浴槽にあさくたまった湯を拳でたたいた。天井まではねて張りついてから一滴ずつ床面へとたれるものらがその間隔でしかかぞえられぬ静寂をかぞえた。数時間前の調子のよさはなるほど灯滅せんとして光を増すということだったのかとあとになって気づいた。使い物にならぬとわかればかえって悩むことも焦れることもないとおもうのにどことない哀しさがあふれた。どうせ、どうせ資本主義なら金で愛情を買えればよかった、と濡れた両手で顔をおおいながらつぶやいた。あたたまった五体との温度差で胃が冷たい液を喉元まで押し上げた。最後に肉体を買った日はすこし気の早い春の嵐が吹きすさんでいた。花粉と砂埃は舞いつづけ、ゆられた都内の電車ども、乗車時刻は押しに押し、狭苦しい車内ではだれもかれもが押しに押された。

 

 

頭いてえ。目のチックがヤバい。だのにぜんぜん眠れねぇ。どうすりゃええねん。小説書くのはここまでにする。漢字のひらき具合でまよっている。どうしよう。

そういえば今朝、別の小説の推敲がおわった。明確に完成した感じがある。この感じはなかなか味わえないけど、なぜか達成感はまったくないんだよな、いつも。

 

『ゆらるゆらり』

味のないガムを噛んでいるみたいだと口にした。ほんとうに味のなくなったような気がした。あれからずっと噛みつづけている、味のないガムを。

生活は平々凡々、やろうとおもえば何でもやれると勘ちがいした時期はとうにとおりすぎて、何にもできないとすべてをあきらめる時期すらとおりすぎようとしている。何か、ポジティブな自己肯定につつまれる日々、もしかするとこれが歳をとるということなのかもしれない。

仕事は平々凡々、だれにでもできる仕事を馬鹿にしていた時期はながかったが、けっきょくはその場所に埋没するのが一番いいやり方なのだとおもう時期にさしかかった。仕事に期待することがらをすくなくすれば人生における負担の何割かはのぞけるのだとさとった。仕事をアイデンティティとするのは途方もないまちがいだとさけびたくなることがあった。そんな時は毒杯をあおるようにウィスキーをぐっと飲み干すのが一番いいやり方なのだとさとってからの数年がある。

朝焼けを見たことがなかった。正確には朝焼けを見たことがないと思いこんでいた。それもそのはずで早起きがむかしから苦手だった。高校から大学にかけては遅刻の常習犯だった。そんな為体でも三年四年とできっちり卒業できるのだから楽なものだとおもった。学生でなくなってからは一度も遅刻をしていない。どれだけ酒を飲もうが、疲れていようが、たとえ休日だろうが毎朝七時二十五分、きまった時刻に目がさめるようになった。一年目の桜が散る頃、生活と仕事をぬい合わせる機械になったかのようだとあわく感じたが、その感覚をどことなく引きずるうちに機械の役割を心身ともに引き受けることになった。つまり機械のような人間なのではなく、人間のような機械へと経年変化を遂げた。これらの隠喩のうちに煮え切らぬ化し切らぬジレンマがある。今もまだ無限に散りつづける桜の片が舞っている。

朝焼けをはじめてみた時に、これがはじめてではないのだとさとった。睦月、真冬の冷めた空気の中、すべての色をたたえた空のもっとも低い位置で太陽があまりにもまぶしかった。見なれた街のかたちは消え、首を上にかしげば雲雲が天使のように浮かんでいた。十歳、初夏、学校から三十キロほどはなれた山での自然教室、同級生たちと泊まったテントから抜け出してトイレに行こうと際の記憶がよみがえった。それは山山の向こうから唐突にさした強烈な、あまりに強烈なひかりだった。そのひかりに関するもろもろをなぜ今の今まで忘れていたのか。おそらくあまりにつよさに思わず目をつむったこと、しろさだけが霞のごとくのこったこと、その一連の流れにこたえを見ることができるだろう。テントに戻るまで道のりうんぬんはどうしても思いだせなかった。記憶はよみがえった瞬間からたちまち輪郭をうしない、ひかりの印象を中心にぼんやりとした映像として胸の内にちいさく折りたたまれてのこった。一度ひらいてしまったびっくり箱のようなもので、ひろげるのは他愛もない動作だった。朝焼け、おそらくは何度も夢に見ていたのだと、しばらくしてからさとった。平々凡々な仕事からの、ひとり酒におぼれてからの帰り道でのことだった。空風が吹けば首や指さきはさむかったが、顔は火照ってあつかった。歌をうたいたくなったが、何をうたっていいのかわからずに鼻をおおきくすすった。歩きながら振りむけば住宅の向こうでしろく浮かぶ小舟のような三日月がじっと息をひそめていた。

声もなく 晴天に伸ぶ 枯れ木の手

高校生の頃、大人に見られようと粋がった苦闘の日日があった。多少きらわれようとも同級生とはむやみにまじわらず教師やアルバイト先の大学生と背伸びした会話をしては悦にひたり、休日には歳不相応の恰好ばかりして喫茶店で煙草も吸えぬくせにあさく区切られた喫煙席にあえてすわっては向こう側での同い年らしきにぎわいに侮蔑のまなざしをおくった。はじめのうちはただひとりでカフェラテをたのしむだけの無意味な時間だったが、しばらくすると無沙汰を解消するために流行りの小説を持ちこむようになった。その趣味の悪さを自覚するに至るまでどれだけの駄文をむさぼり、どれだけの副流煙で肺を黒く染めたことか。化け物になりたい、とつよくおもったことは外見のみに固執した他人からの判断にゆだねる稚拙な認証欲求だった。禁煙席でひとりコーヒーを飲みながら窓の外をながめるひとみのうちに棲まう化け物を自覚する時期に至れば、ぶあつく区切られた向こう側に過去の似姿を横目ながらに探すこともそうむつかしくはない。