『壱路』(二稿目)冒頭

 一

 

早朝のひかりがしだいに熱を帯び空もうっすらと白みはじめているのには気づいていたが特に注意をはらうことなく足をすすめていた。山肌に沿ったゆるくおおきなカーブを超えると目の前には麓の、さらに視線を奥にやれば盆地の悠然とした景色が立ちこめた霧のうちでぼんやりとかすんでいた。一帯の山々の輪郭も今やはっきりとし、麓へと向かうにつれて多くなる民家や街灯の明かりは蛍のようなつつましさをうしなっていたものの霧のうちで大気にあわい染みをつくりながらひかるさまは盆地全体を巨大な船と見立てることを可能していた。

「あそこの窓からリバー・フェニックスが顔をだせば完ぺきやんな」

かすれた独白はつめたく湿った空気にすばやく溶けて、鶯のすんだ鳴き声を喚起した。鳴き声は伝染し、ガードレールの一歩外からきわめて濃密に展開する森を稲光のように疾走し、やがてどこかで途絶えた。霧の晴れる気配はなく、十数分後にひかえた来光を前に他の場所がいっそう明晰になるだけ、深くおおわれた部分の不透明はいやますばかりだった。そのやわらかな変化に目を凝らすうち盆地を巨大な船と見立てることは不可能となっていた。

今年買ったばかりの安物のサンダルは鼻緒の部分が接合もふくめあらく製造されているため親指と人差し指のあいだの皮膚が歩くたびに痛み、擦れて赤紫色になっていた。履く位置や足の置き方を工夫しても焼け石に水、いっそのこと血が出れば痛まないのではないかと馬鹿なことを考え鼻緒に指のあいだをきつく押しつければ苦痛で眉間にしわが寄った。足を止め、しばしの間を置いた分だけ痛みはあざやかになっていた。出血には至ってないもののそれも時間の問題だとおもえた。普段の大股ぶりを自覚させるような足さばきでこまかくゆっくりと歩を重ねた。昨年の秋の登山をおもいだした。

あの時、両足につま先から踵まですき間なく痛みがあった。慣らすことなく使用した新品のウォーキングシューズとの相性が最悪だった。顔見知りのスポーツショップの店員にも足しげくかようバーで出会った名前も知らない自称アルピニストにも、ウォーキングシューズには気をつかえ、とさんざん注意されていたにもかかわらずそんなへまをやらかしたのは慢心と言うより他なかった。足裏の異変を感じはじめたのはまだ二合目だった。おもえばあそこで引き返すべきだった。その判断を誤ったのもやはり慢心からだった。ピッケルで身体を支えながら足をはこぶ小細工じみた技術もしだいに険しくなる道では通じなくなり、ひとり苦痛にうめく時間がおとずれた。景観をたのしむ余裕も、首から下げたカメラを使う余裕もまるでなかった。疲労と苦痛に限界を感じて足を止めたのは小休憩をはさんでしばらく歩いた、わりに平坦な登山路の上だった。汗をかきづらい体質にもかかわらず肌着が表裏ともびっしょり濡れていた。足裏そのものがガラス板になってしまったかのような、歩くたびにそれがひび割れていくような、そんなにっちもさっちもいかない状況ではもはや笑うことしかできなかった。空を見上げると秋の高い空がふだんとほとんど変わらない距離感で認識された。八合目付近まで来ていたはずだがとふしぎにおもいながら頂へと視点をうつせば雲のかかった残りの道のりがとほうもなく険しいものに見えた。いびつに尖った鈍角の頂上は雲群から顔をだし、容赦なくふりそそぐ日光をたたえた青空の下で堂々と息をしていた。

口をぽかんと開け肩で息をするみずからの小ささをまざまざとおもいしらされた。数分前に小休憩を取った場所へと視線をやると、ほんのすこししか前進していないことがおのずと理解された。前へ、すこしでも前へと仕事にのめり込むかつての同窓らに上昇志向に露骨な嫌悪をしめした飲み会での暗澹とした気持ちがよみがえり、おれもあいつらも結局変わらないではないか、と自嘲の笑みがこぼれ、ふと涙がにじみそうになった。じぶんだけが人生に悩んでるなんておもうなよ、おなじような文言を浴びたのは一度や二度ではなかったが、ことさらきびしくひびいたのはかつて親しくした時間が長かったからだと、飲み会での長嶋のしずかな怒りに満ちたまなざしを、つづけてアパートの居間で膝をかかえて泣くいつかの里実の姿をおもい浮かべた。紅葉に追い打ちをかける秋風がきびしく頬を打った。ねばり気のない汗がとめどなく流れる背中は冷たくなることを忘れたように熱を持ちつづけていた。

あれから引き返すまでそう時間はかからなかったはずだ、そんなことをおもいながら目の前の道を歩いていた。夏の勾配のない舗装された道路の上で秋の登山をおもいだすのは馬鹿げていると感じながらも笑う気にさえならなかった。下山をはじめると足裏は傾斜をふんばるため余計に痛んだ。人気のない東北の山を作為的にえらんでおきながらだれとも出会わないことを苛立つ身勝手さを、身勝手だと知りながら呪いのことばをひとりごちた。しかしその元気も日が暮れはじめるころにはうしなわれていた。

やっとのおもいで連泊していた宿につきすぐに足裏の手当をしたもののその時にはすでに人当たりのいい女将が顔をゆがめるほどの怪我となっていた。土踏まずから踵のもっとも固い部分まで、また指の付け根から足刀部の中ほどまでべろんと皮は剥け、ことごとくの指だけでなく足そのものが赤く腫れ上がっていた。全身にまで微熱が回っていたようだが、本人としてはさほど意識されなかった。

靴だけでここまでの状況になるものか―そんなそんな、たかが靴、されど靴ですよ。

深い眠りの中で女性同士の粘着質な話し声を聞き、目が覚めるとすっかり朝になっていた。身体中の痛みとひどい喉の渇きが否応なしに自覚された。七面倒な人間関係に巻き込まれた悪夢の詳細はすぐに頭から抜けた。当日に帰宅するつもりだったが足裏の調子が芳しくないこと理由にもう一泊することとした。世話好きらしく介抱してくれた女将の、無理強いともとれるすすめが決め手となった。医者を呼ぶべきだと何度もすすめられたが、元来の医者嫌いからていねいに断わった。熱は下がっており、疲れだけが全身にわだかまっていた。これまで登山で怪我をしたことは一度もなかったのに不運に見舞われてしまった、と下山当初はとらえていたものの、時間の経過にしたがい、これまでの登山で怪我をしなかったことが幸運だったのだ、とおもい改めるようになった。用意された胃にやさしい朝食を半分ほど食し、歯をみがいて横になると眠気がふたたびおそってきた。ふだんの寝付きの悪さが嘘のようだった。気絶するように眠り、目を覚ますと陽はすでに高くのぼっていた。音や振動で廊下に掃除機をかけているのがわかった。ふたりの女性従業員の親し気な話し声が断片的に聞こえた。やかましいとは感じず、彼女らも寝ているこちらを気づかい抑えたトーンで発声していた。ふだん冗談でも言い合っているのだろう、折ふし漏れる嬌声にも似た笑いがほほえましかった。学生さんはまだ寝てらっしゃるんかな、とこちらのことを学生さんと呼ぶ声にあどけなさを感じ、じぶんの方がよっぽどか学生さんらしいではないかと口元をゆるませながら目をつむり、布団を掛け直し、体勢をととのえた。しばらくすると掃除を終えたふたりは去り、足音もなく廊下を歩いてきた女将が部屋の扉をノックし、かしこまった挨拶と共に入室した。昼食のすすめだったが、腹がすかないとことわり、そのまま他の客がチェックインしてくる夕刻まで部屋でだらだらとすごした。里実に帰宅できない旨をメールで伝えたのはその時間内だった。仕事中のため返信はないだろうとふんでいた。窓辺によって前日使わなかったカメラでどことない淋しさのただよう景観をおさめたり、日常ほとんど目にしないワイドショーをぼんやりと視聴したり、持参した文庫本にぱらぱらと目をやったりした。じぶんはなんて気楽な身分なんだろう、いつまでもだらだらと学生をつづけて、平日にこうやって縁もゆかりもない田舎でゆったりとした時間をあじわっている、同窓や恋人は今ごろせっせと働いているというのに……そんなことをおもうと情けなさとかるい優越感と、将来に対していだきがちな漠然とした不安が混然一体となりひどくみじめな気分になった。木枯らしが窓枠をかたかたとゆらした。急激にくもりはじめた空に浮かぶ雲はどれも早く流れていた。

はっきりした物影のない道路では白線のゆるやかな湾曲がうつくしく際立った。サンダルを打ち付けるようにして歩けば足音が小気味よくひびいた。道路脇からすぐにはじめる、左右で高さのことなる森から何かしらの生物のうごく気配を感じた。鴉の鳴き声が高い位置からこだますると、別の場所からも似た声がかすかに聞こえた。色褪せたクリーム色のTシャツと一昨年タイで購入した安物のタイパンツは生地がうすいせいで微風にもよくなびいた。鼻緒と擦れる部分が痛むせいで完治した足裏に汗をかいていた。振りかえりつつ空を見上げれば来光のきざしとして山吹色やうす紅色がほんのりとしのびはじめていた。その分付近の山々は暗い翳を帯び、よく育った茄子のような色をしていた。麓にちかい場所から蝉の鳴き声が聞こえた。これも鳥にならって伝染するかとおもいきや、ひとつの鳴き声だけが同じ場所から発されつづけた。人家の合間にひろがる田園の苗がうす暗い中でも風に青々とうねるのがわかった。人気のない畦道で夜行性の牛蛙が眠たげな目でおとなしく重低音をひびかせているのを想像したものの距離があまりにもひらいているせいで何も聞こえなかった。荷物のあるペンションの近くでは牛や鶏を放牧していたが、それらの鳴き声もやはり聞こえなかった。まだペンションからはそう離れていないはずだと、ありとあらゆる事象から確信をうばう不眠の、あやふやな感覚の今現在だと知りながらつよく断定した。

畦道と牛蛙のイメージはそのまま祖父の営む児童養護施設での記憶とむすびついた。奈良県の辺鄙な田舎にある古い一軒家をそのまま使用しつづけてもう云十年になると聞いていた。小学生の時分から夏休みのうちの数日かをそこで過ごすのが習いとなっていた。四方を田畑や小川に囲まれているため牛蛙の大合唱だけでなく青蛇や狸とも遭遇した。生活用水を兼ねているものの透明度の高い小川ではウグイやオイカワ、ドジョウ等が優雅に泳いでいるため、他の子どもたちと柄の長い網で捕まえて食材の足しとすることもあった。一度、あれも早朝だったか、青蛇が川の流れに逆らって泳ぐのを目撃したことがあり、その時の記憶は鮮明な映像として脳裏に焼き付いていた。実家のある大阪の住宅地ではまず目にしない生物とたわむれることが夏休み明けの自慢となる年頃を過ぎても夏休みのたび、奈良へと足をはこび老けていく坊主頭の祖父(昔から和服を好んで着用した。右目元の痛々しい傷はかつて養護していた高校生があばれた際に負ったものだと父親から聞いた。最近は耳がとおくなり、足腰もよわってきたためあまり外出しないという)、ヤクザ風の強面だが根のやさしい男性職員(元々この施設で高校卒業まで養護されていたが、何年かの社会経験を経て住み込みの職員として働くようになった)、長年の交際を経て男性職員とついに籍を入れた素朴な顔つきの母性あふれる女性職員(小学五年から中学三年までこの施設で養護されていた。再婚した母親と義理の父親に引き取られたものうまく折り合えず高校卒業後にはひとり暮らしをはじめ、二十代半ばまで水商売で生計を立てていた。四歳年上の男性職員は初恋のひとだったと、以前はかくすことなく口にしていたがそうした話題を嫌う男性職員への配慮、ひいては児童への影響も考慮して語ることはすくなくなった)、顔を合わすたびに身長を伸ばす年下の子どもたち(年齢には最大で十五歳ほどひらきがあったが、男女問わず再会をよろこんでくれた。その表現がいびつな者もいたが、どこかでふたりきりの時間をつくれば煙草の煙と素直なことばが髭のない口元からふわりともれた。顔ぶれに変化があると、そのたびにそれをどう受け止めるべきなのかがわからなかった。小学生にせよ中学生にせよ、子どもたちはみな内面に抱えた、いや不条理に押しつけられた暗さと常に格闘していた)と再会した。今年も二週間後には足をはこぶと告げてあった。里実も一緒に行きたいと言っていたが、彼女の仕事に都合がつくかはまだ不透明だった。両親より先に祖父と恋人を会わせることにぎこちなさはあったものの、手前勝手にはかった親和性で比較すれば当然かと腑に落とした。

何故あそこに行きたくなるのか。行かなければならないと若干の義務感をおぼえてしまうのか。自問自答はくりかえしてきたし、男性職員にも父親にもことなる文言でたびたび訊かれた。特に父親は回数をかさねるほど非難の色を濃くした。父親が生家でもあった児童養護施設のことをよくおもっていないのも、祖父との間に溝があるのも幼いころから肌身で感じてきた。金と仕事を何よりも尊ぶ―父親の世代では常識とされる認識を煮つめ、凝りかためたような人間だと思春期以降には解釈していた。いつまで学生やっとるつもりや、正直な、おれにはおまえの考えとることがわからんのや、何がそんなに不満なんや、目を緋色に充血させた父親の直視がふかく胸に刺さった。酔いの助長した怒りを押しこらえた口調での問いかけに何も返せないのがふがいなく、きつくにぎった拳のうちで故意に爪を立てた。

なんでこんなに生きづらいんやろ、なんでみんな普通に生活できるんやろ、おれがおかしいんやろか、今年の三月に挑んだ雪山登山の際にしろい息を吐きながらひとりごちたことを、口にはしてないもののおなじ強度でおもい直していた。あの日も今現在もひたすらに歩くことで漠然と何かを流している感覚があった。秋の怪我があったせいか、里実は出発前日までつよく反対していたが、当日の朝には無理につくった笑顔で送り出してくれた。お願いだから無事に帰ってきてね、そう言いながら涙にぬれる目元をかるく押さえた。かたく積もった雪面にピッケルをふかく突き立てながら、あわい輪郭の光景をファインダー越しでとらえながら何度も里実のことを想った。風のない曇天のなか音もなくふりしきる雪、一面あやしくひかる月白色の雪、それらをまとう樅林の合間から幻視かのようなあざやかな人参色をたたえた狐が凛とした表情でこちらを見つめていた。藪から棒の出会いに足を止めてしばし放心して見つめ合った。絶好の被写体を前にシャッターチャンスをみすみす逃していた。相手が樅林へと一歩あとずさった時にようやく首から下げたカメラの存在をおもい出したが、時すでにおそく全身をとらえた写真は一枚しかとれなかった。しかもあわてて撮ったためピントもうまく合わせられなかった。これじゃあ写真家なんて自称できるわけもないとみじめさもなく、晴れ晴れとした心境でみじかく笑った。

「一郎、おまえはおまえのしたいようにせぇ」

一年前の祖父のことばがふいによみがえった。父親との関係に愚痴をこぼした際の、応答とも慰めともつかぬことばだった。雨の日は傷口が今でもうずくわ、業がふかいんじゃ、頬をさすりながらなおのことひとり言めいたことを口にすれば、返事をするのも無粋におもえた。いくら考えどもじぶんのしたいことというのがまるで浮かばなかった。夢も希望も特別なかった。あてどなく生きるのに苛立ち、かといって将来のためと割り切って就職に有利な勉強をすることも生来の怠惰な気質からこばんだ。カメラで小銭をかせぐ二浪中の大学四年生、将来が見えないと里実が嘆くのももっともだ。

「一郎くんはただ逃げてるだけじゃん。もっと向き合ってよ、わたしとも」

ヒステリックに泣きわめいた数時間後にはきまってあちらから謝罪してきた。きつく肩を抱きしめながら愛のことばをささやいてきた。甘やかな、どこか焦燥をあおる愛撫に身をまかせれば男女の関係を転回させていくような浮遊感が生じた。この孤独に満ちた世界で理解し合える唯一の存在なのだと相互陶酔し、なしくずしに性へとおぼれた。そうした夜にはたいてい雨がふっていた。白藤色の無機質な常夜灯に照らされた窓ガラスを垂れながれる幾筋もの滴を目で追いながら布団の中で無防備に眠る里実のほそい髪をなでた。

 

 

七部構成の中編にするつもり。今回こそは書き切りたい。