12/9 sat

労働。休憩もとれないほどいそがしかった。コース用の煮物だけでも八十五人前くらい提供した。ファック、と思うすきさえなかった。とりあえずおわったことに安堵した。前日四時半まで起きていたが、ふしぎと眠気はなかった。背中と肩にまた痛みがはしるようになっている。休日に銭湯でジェットバスを利用するべきなのかもしれない。仕事終わりで社長にさそわれ、日本酒やビールを計三杯ほど付き合った。社長はたぶん八杯くらい飲んでいた。パントリーでの立ち飲みで、他に三人ほどいたが、途中三者三様着替えやトイレなどのタイミングがかさなり、社長とふたりで話す時間があった。社長はほんとうによくしてくれるし、ありがたいのだが開口一番に、おまえ次の仕事考えてるのか? と聞かれたのにはかるく辟易としてしまった。仕事からはなれて読み書きや勉強と向き合うために離職するのに次の職を決めているわけがないだろうと内心反論しつつも、ながしてそのまま聞き手となった。話の展開につれ、社長がじぶんの退社をほんとうに悲しんでくれているのがわかって切なくなった。ふだん涙など見せないひとなのに、どうしてこうもたやすく瞳を潤ませるのだろう。心配されると悲しくなるし、もうしわけないし、せつないし、いたたまれない。まともな社会人として生きていけない性格なのだとあらためておもった。はなから建設的な、構築的な人生を捨てているのだ。おれはただ生きて、ただ死にたい。ノマドでいたい。クソみたいな人生においてせめてもの自由意志(たとえスピノザのような運命論を支持するとしても)を持っていたい。流されたくない。自立し、そこそこに孤立していたい。最近ながらく顔を出さなかった希死念慮がふとをこころに落ちることがある。おれは基本的に人類の営みや人生というものに価値を認めていない(正確には価値がないというより、これ以上なく胸糞悪いと感じている)ので、いつも人生をやめたい=死にたいという気持ちを持っているのだが、それはじぶんにとってあたり前の感覚で、ゆえに「人生なんてくだらなくて滑稽で悲しくて死んでしまいたくなるほど残酷でもう死んでしまいたいけど、終わらせるのはべつに今日じゃなくていい、今日である必然性はない、ほんとうに辛くなったXデーにはいつでも死ねるような身軽さでいたい」はいつも抑圧されていてふだん意識することもほとんどないのだけど、確実に基底となっている。

 

なんだこれ、どうでもいいな。寝落ちしていた。例のごとく炬燵で。まったく読み書きしないまま一日が終わった。朝だ。ファック。いつも、いつでもいろんなものに中指を立てている。じぶんという存在の暴力性にどうしてみんな耐えられるんだろう、と本気で死にたかった四年前によく考えていたことを思い出した。

12/8 fri

労働。さすがに師走とあっていそがしい。休憩中に國分功一郎『中動態の世界』を読みすすめる。フーコーの権力論に言及していたのはおもしろかった。能動態ー中動態の対立内であれば彼の論理をスムーズに読み解けるという指摘は簡潔かつしっくりときすぎて、どこかに落とし穴があるような気さえした。アレントとの比較も興味深かった。國分功一郎は前著『暇と退屈の倫理学』も読んでいるが、今作の方がよりロジカルというか隙がないというか、全体的に巧妙な印象がある。前作はどうもさきに設定した結論を述べるためのテキスト、という印象をぬぐえなかった。今作もさまざまな学者を召喚しダイナミックに論理をはこびはするのだが、それに無理がない。ほどよく脱力しているようにおもえる。読んでいて無理がないとおもえるのは批評や論文において非常に大切なポイントなのではないか。仕事終わりに近所のクラフトバル・ココペリでビールとワインと日本酒を一杯ずつ飲み、豚肉と野菜のクリーム煮をいただいた。ビールはうまく、ワインはふつうで、日本酒は趣味に合わない味だった。豚肉と野菜のクリーム煮は非常に美味だった。こまかに切ったマッシュルームを最初何故かエリンギと勘違いした。野菜をそれぞれ別処理(焼・茹・揚ーー和食であれば地漬けするところだが、おそらく洋食の仕事ではちがう)して最後にクリームと煮込んでいるのだろうけど、それぞれしっかりと食べ応えがあってよかった。素揚げした茄子や蓮根ととろみのすくないクリームとの相性が抜群だった。クリームのレシピは今度教えてもらおう。たぶん小麦粉をほとんど使わず、生クリームとチーズ、野菜やキノコのブイヨンをうまく活用しているのではないか、そんな気がする。次回の来店時にもおそらく食べるだろう。来店する前からいた熟年女性二人組があまりにもかしましいため、夫妻とはほとんど会話できなかった。芸術にも食にも他国文化にも一応それなりの教養はあります、みたいな顔をして決してみずから口を閉じないプチブル層ほど苦手な人々はいない。そういう人たちを客としてむかえなければならない仕事を生業とすることに、もう何度目とも知れない一抹の不安と不快をおぼえる。最後むーさんと顔を合わせたものの、会計を済ませていたため挨拶だけして帰宅した。かるくネットサーフィンをした際に昨夜更新したはずのブログの文章がそのままになっていることに気がつき、苛立った。おもえば昨夜もまたフリーズを起こしていた。テキストファイル内の文章が無事だったのは幸いだった。ほんとうにこのPCはクソだ。ポンコツだ。どうしようもない。シャワーを浴びて今現在。読書するか作文するかで迷っているが、おそらく読書をとるだろう。

『壱路』二稿目 第一部草稿

 一

 

目の慣れる速度がそのまま夜の明け行く速度だった。いつからかはじまっていた夜と朝の汽水域で星々はあわい大気におぼれ、音もなくしずんでいく。不眠の気だるさは解消されないものの、夢かうつつかといったあやうい浮遊感はしだいに立ち消えていた。山脈の果ての果て、広い空の片すみでしずみそこねた白浜色の月が中途半端に残っていた。エアガンの銃痕のようだった。幼いころ、あれは地球の影だと母親から聞いたことがあった。ながらくそれを信じていていた。ぬるい風が前髪をゆらすと頬をなでる何本かがくすぐったく、もとよりひらけていた視界がさらにひらけた。意味のない嘘を信じる季節があまりにも長かったのもしれない、そんな台詞めいたことをふと考えたのは思考がまだぼやついている証拠だった。おおきく口をあけて意図的に猫を真似た欠伸をした。喉からもれる野太さはまちがえようもなく人間の、さらに言えば男性のものだった。どうも聞きおぼえのない声だとおもえた。まばたきとともに両目からすばやくこぼれた涙をTシャツのみじかい袖でぬぐった。

早朝のひかりがしだいに熱を帯び空もうっすらと白みはじめているのには気づいていたが特に注意をはらうことなく足をすすめていた。山肌に沿ったゆるくおおきなカーブを超えると目の前には麓の、さらに視線を奥にやれば盆地の悠然とした景色が立ちこめた霧のうちでぼんやりとかすんでいた。一帯の山々の輪郭も今やはっきりとし、麓へと向かうにつれて多くなる民家や街灯の明かりは蛍のようなつつましさをうしなっていたものの霧のうちで大気にほのかな染みをつくりながらひかるさまは盆地全体を巨大な船と見立てることを可能にしていた。

「あそこの窓からリバー・フェニックスが顔をだせば完ぺきやんな」

かすれた独白はつめたく湿った空気にすばやく溶けて、鶯のすんだ鳴き声を喚起した。鳴き声は伝染し、ガードレールの一歩外からきわめて濃密に展開する森を稲光のように疾走し、やがてどこかで途絶えた。霧の晴れる気配はなく、十数分後にひかえた来光を前に他の場所がいっそう明晰になるだけ、ふかくおおわれた部分の不透明はいやますばかりだ。そのやわらかな変化に目を凝らすうち盆地を巨大な船と見立てることは不可能となっていた。

今年買ったばかりの安物のサンダルは鼻緒の部分が接合もふくめあらく製造されているため親指と人差し指のあいだの皮膚が歩くたびに痛み、擦れて赤紫色になっていた。履く位置や足の置き方を工夫しても焼け石に水、いっそのこと血が出れば痛まないのではないかと馬鹿なことを考え鼻緒に指のあいだをきつく押しつければ苦痛で眉間にしわが寄った。数分前に足を止め、しばし間を置いた分だけ痛みはあざやかになっていた。出血には至ってないもののそれも時間の問題だとおもえた。普段の大股ぶりを自覚させるような足さばきでこまかくゆっくりと歩を重ねた。昨年の秋の登山をおもいだした。

あの時、両足につま先から踵まですき間なく痛みがあった。きちんと慣らすことなく使用した新品のトレッキングシューズとの相性が最悪だった。顔見知りのスポーツショップの店員にも足しげくかようバーで出会った名前も知らない自称アルピニストにも、トレッキングシューズには気をつかえ、とさんざん注意されていたにもかかわらずそんなへまをやらかしたのは慢心と言うより他なかった。足裏の異変を感じはじめたのはまだ二合目だった。それなりに標高は高いものの、さほど登頂のむつかしい山ではないと勝手な先入観を持っていた。おもえばあそこで引き返すべきだった。その判断を誤ったのもやはり慢心からだった。ピッケルで身体を支えながら足をはこぶ小細工じみた技術もしだいに険しくなる道では通じなくなり、ひとり苦痛にうめく時間がおとずれた。足元でこともなげに群生するミヤマダイコンソウの黄色い花弁に顎をつたった汗がぽとりと落ちた。景観をたのしむ余裕も、首から下げたカメラを使う余裕もまるでなかった。疲労と苦痛に限界を感じて足を止めたのは小休憩をはさんでしばらく歩いた、わりに平坦な登山路の上だった。汗をかきづらい体質にもかかわらず肌着が表裏ともびっしょりぬれていた。足裏そのものがガラス板になってしまったかのような、歩くたびにそれがひび割れていくような、そんなにっちもさっちもいかない状況ではもはや笑うことしかできなかった。空を見上げると秋の高い空がふだんとほとんど変わらない距離感で認識された。八合目付近まで来ていたはずだが、とふしぎにおもいながら頂へと視点をうつせば山旗雲のかかった残りの道のりがとほうもなく険しいものに見えた。いびつに尖った鈍角の頂上はみぞれ色の雲群から顔をだし、容赦なくふりそそぐ日光をたたえた青空の下で堂々と息をしていた。

口をぽかんと開け肩で息をするみずからの小ささをまざまざとおもい知らされた。振りかえって数分前に小休憩を取った場所へと視線をやれば、ほんのすこししか前進していないことがおのずと理解された。前へ、すこしでも前へと仕事にのめり込むかつての同窓らの上昇志向に露骨な嫌悪をしめした飲み会での暗澹とした気持ちがよみがえり、おれもあいつらも結局変わらないではないか、と自嘲の笑みが、涙がにじみそうになった。じぶんだけが人生に悩んでるなんておもうなよ、おなじような文言を浴びたのは一度や二度ではなかったが、ことさらきびしくひびいたのはかつて親しくした時間が長かったからだと、飲み会での長嶋のしずかな怒りに満ちたまなざしを、つづけてアパートの居間で膝をかかえて泣くいつかの里実の姿をおもいうかべた。紅葉に追い打ちをかける秋風がきびしく頬を打った。ねばり気のない汗がとめどなく流れる背中は冷たくなることを忘れたように熱を持ちつづけていた。

あれから引き返すまでそう時間はかからなかったはずだ、そんなことをおもいながら目の前の道を歩いていた。夏の勾配のない舗装された道路の上で秋の登山をおもいだすのは馬鹿げていると感じながらも笑う気にさえならなかった。下山をはじめると足裏は傾斜をふんばるため余計に痛んだ。人気のない東北の山を作為的にえらんでおきながらだれとも出会わないことに苛立つ身勝手さを、身勝手だと知りながら呪いのことばをひとりごちた。しかしその元気も日が暮れはじめるころにはうしなわれていた。

やっとのおもいで連泊していた宿につきすぐに足裏の手当をしたもののその時にはすでに人当たりのいい女将が顔をゆがめるほどの怪我となっていた。土踏まずから踵のもっとも固い部分まで、また指の付け根から足刀部の中ほどまでべろんと皮は剥け、ことごとくの指だけでなく足そのものが赤く腫れ上がっていた。全身にまで微熱が回っていたようだが、本人としてはさほど意識されなかった。

靴だけでここまでの状況になるものか―そんなそんな、たかが靴、されど靴ですよ。

ふかい眠りの中で女性同士の粘着質な話し声を聞き、目が覚めるとすっかり朝になっていた。身体中の痛みとひどい喉の渇きが否応なしに自覚された。七面倒な人間関係に巻き込まれた悪夢の詳細はすぐに頭から抜けた。当日に帰宅するつもりだったが足裏の調子が芳しくないこと理由にもう一泊することとした。世話好きらしく介抱してくれた女将の、無理強いともとれるすすめが決め手となった。医者を呼ぶべきだと何度もすすめられたが、元来の医者嫌いからていねいに断わった。熱は下がっており、つかれだけが全身にわだかまっていた。これまで登山で怪我をしたことは一度もなかったのに不運に見舞われてしまった、と下山当初はとらえていたものの、時間の経過にしたがい、これまでの登山で怪我をしなかったことがむしろ幸運だったのだ、とおもい改めるようになった。用意された胃にやさしい朝食を半分ほど食し、歯をみがいて横になると眠気がふたたびおそってきた。ふだんの寝付きの悪さが嘘のようだった。気絶するように眠り、目を覚ますと日はすでに高くのぼっていた。音や振動で廊下に掃除機をかけているのがわかった。ふたりの女性従業員の親し気な話し声が断片的に聞こえた。やかましいとは感じず、彼女らも寝ているこちらを気づかい抑えたトーンで発声していた。ふだん冗談でも言い合っているのだろう、折ふし漏れる嬌声にも似た笑いがほほえましかった。学生さんはまだ寝てらっしゃるんかな、とこちらのことを学生さんと呼ぶ声にあどけなさを感じ、じぶんの方がよっぽどか学生さんらしいではないかと口元をゆるませながら目をつむり、羽布団を掛けなおし、みずからのぬくもりにうもれた。しばらくすると掃除を終えたふたりは去り、足音もなく廊下を歩いてきた女将が部屋の扉をノックし、かしこまった挨拶とともに入室した。昼食のすすめだったが、腹がすかないとことわり、そのまま他の客がチェックインしてくる夕刻まで部屋でだらだらとすごした。里実に帰宅できない旨をメールで伝えたのはその時間内だった。仕事中のため返信はないだろうとふんでいた。節々や足裏はやはり痛んだが、じっとしているのも退屈で、窓辺によって前日使わなかったカメラでどことない淋しさのただよう景観をおさめたり、日常ほとんど目にしないワイドショーをぼんやりと視聴したり、持参した文庫本にぱらぱらと目をやったりした。じぶんはなんて気楽な身分なんだろう、いつまでもだらだらと学生をつづけて、平日にこうやって縁もゆかりもない田舎でゆったりとした時間をあじわっている、同窓や恋人は今ごろせっせと働いているというのに……そんなことをおもうと情けなさとかるい優越感と、将来に対していだきがちな漠然とした不安が混然一体となりひどくみじめな気分になった。木枯らしが窓枠をかたかたとゆらした。急激にくもりはじめた空にうかぶ畝雲はどれも速く流れていた。

はっきりした物影のない道路では白線のゆるやかな湾曲がうつくしく際立った。サンダルを打ち付けるようにして歩けば足音が小気味よくひびいた。道路脇からすぐにはじめる、左右で高さのことなる森から何かしらの生物のうごく気配を感じた。鴉の鳴き声が高い位置からこだますると、別の場所からも似た声がかすかに聞こえた。色褪せたクリーム色のTシャツと一昨年タイで購入した安物のタイパンツは生地がうすいせいで微風にもよくなびいた。鼻緒と擦れる部分が痛むせいで、とうに完治した足裏に汗をかいていた。振りかえりつつ空を見上げれば来光のきざしとして山吹色やうす紅色がほんのりとしのびはじめていた。その分付近の山々は暗い翳を帯び、よく熟れた茄子のような色をしていた。麓にちかい場所から蝉の鳴き声が聞こえた。これも鳥にならって伝染するかとおもいきや、ひとつの鳴き声だけがおなじ場所から発されつづけた。人家の合間にひろがる田園の苗がうす暗い中でも谷風の濃い名残に青々とうねるのがわかった。人気のない畦道で夜行性の牛蛙が眠たげな目でおとなしく重低音をひびかせているのを想像したものの距離があまりにもひらいているせいで何も聞こえなかった。宿泊しているペンションの近くでは牛や鶏を放牧していたが、それらの鳴き声もやはり聞こえなかった。まだあのペンションからはそう離れていないはずだと、ありとあらゆる事象から確信をうばう不眠の、あやふやな感覚の今現在だと知りながらつよく断定した。

畦道と牛蛙のイメージはそのまま祖父の営む児童養護施設での記憶とむすびついた。奈良県の辺鄙な田舎にある古い一軒家をそのまま使用しつづけてもう云十年になると聞いていた。小学生の時分から夏休みのうちの数日かをそこで過ごすのが習いとなっていた。四方を田畑や小川に囲まれているため牛蛙の大合唱だけでなく青蛇のするどいまなざしや狸の狼狽とも遭遇した。生活用水を兼ねているものの透明度の高い小川ではウグイやオイカワ、ドジョウ等が優雅に泳いでいた。日によっては他の子どもたちと混じって柄の長い網で捕まえてはまずしい食材の足しとすることもあった。一度、あれも早朝だったか、青蛇が川の流れに逆らって泳ぐのを目撃したことがあり、その時の記憶は鮮明な映像として脳裏に焼き付いていた。実家のある大阪の住宅地ではまず目にしない生物とたわむれることが休暇明けの自慢となる年頃を過ぎても夏休みのたび、奈良へと足をはこんだ。年々老けていく坊主頭で弁柄色の和服がよく似合う祖父、ヤクザ風の強面だが根のやさしい男性職員、長年の交際を経て男性職員と今年ついに籍を入れた素朴な顔つきの女性職員、まばらに身長を伸ばしつづける年下の子どもたちと顔を合わせれば、それぞれ表現はことなるものの再会をよろこんでくれた。よろこんでくれることが素直にうれしかった。今年も二週間後には足をはこぶと告げてあった。里実も一緒に行きたいと言っていたが、彼女の仕事に都合がつくかはまだ不透明だった。両親より先に祖父と恋人を会わせることにぎこちなさはあったものの、手前勝手にはかった親和性で比較すれば当然かと腑に落とした。

何故あそこに行きたくなるのか。行かなければならないと若干の義務感をおぼえてしまうのか。自問自答はくりかえしてきたし、男性職員にも父親にもことなる文言でたびたび訊かれた。特に父親は回数をかさねるほど非難の色を濃くした。父親が生家でもあった児童養護施設のことをよくおもっていないのも、祖父との間に溝があるのも幼いころから肌身で感じてきた。金と仕事を何よりも尊び、現状の生活に耳かき一杯ほどのうたがいさえいだかない性格―父親の世代では常識とされる認識を煮つめ、凝りかためたような人間だと思春期以降には解釈していた。いつまで学生やっとるつもりや、正直な、おれにはおまえの考えとることがわからんのや、何がそんなに不満なんや、目を緋色に充血させた父親の直視がふかく胸に刺さった。酔いの助長した怒りをかろうじて押しこらえる口調での問いかけに何も返せないのがふがいなく、きつくにぎった拳のうちで故意に爪を立てた。

なんでこんなに生きづらいんやろ、なんでみんな普通に生活できるんやろ、おれがおかしいんやろか、今年の三月に挑んだ雪山登山の際にしろい息を吐きながらひとりごちたことを、口にはしてないもののおなじ強度でおもい直していた。あの日も今現在もひたすらに歩くことで漠然と何かを流している感覚があった。秋の怪我があったせいか、里実は出発前日までつよく反対していたが、当日の朝には無理につくった笑顔で送り出してくれた。お願いだから無事に帰ってきてね、そう言いながら涙にぬれる目元をかるく押さえる姿が印象的だった。里実さんはおおげさやな、そう言いながら笑い、頭をぽんぽんとやさしくたたいた。かたく積もった雪面にピッケルをふかく突き立てながら、あわい輪郭の光景をファインダー越しでとらえながら何度も里実のことを想った。そもそも雪山登山と銘打ちつつも登頂するつもりなどみじんもなかった。あくまでも写真を撮ることが、さらに言えばひとりでだれもいない雪原を歩くことが目的だった。素人に毛が生えた程度の自身の実力は充分にわきまえていた。風のない曇天のなか音もなくふりしきる雪、一面あやしくひかる月白色の雪、それらをまとう樅林の合間から幻視かのようなあざやかな人参色をたたえた狐が凛とした表情でこちらを見つめていた。藪から棒の出会いに足を止めてしばし放心して見つめ合った。絶好の被写体を前にシャッターチャンスをみすみす逃していた。相手が樅林へと一歩あとずさった際にようやく首から下げたカメラの存在をおもい出したが、時すでにおそく全身をとらえた写真は一枚しかとれなかった。しかもあわてて撮ったためピントもうまく合わせられなかった。これじゃあ写真家なんて自称できるわけもないとみじめさもなく、晴れ晴れとした心境でみじかく笑った。あらためて息がしろかった。

「一郎、おまえはおまえのしたいようにせぇ」

一年前の祖父のことばがふいによみがえった。父親との関係に愚痴をこぼした際の、応答とも慰めともつかぬことばだった。雨の日は傷口が今でもうずくわ、業がふかいんじゃ、右頬の刀傷―かつて養護していた男子高校生が起こした園内トラブルの際に受けたものだと噂に聞いたが真偽のほどはわからない―さすりながらなおのことひとり言めいたことを口にすれば、返事をするのも無粋におもえた。いくら考えどもじぶんのしたいことというのがまるでうかばなかった。夢も希望も特別なかった。あてどなく生きるのに苛立ち、かといって将来のためと割り切って就職に有利な勉強をすることも生来の怠惰な気質からこばんだ。

「お前は頭で考えすぎなんや、良くも悪くもの」

屋台の熱燗とおでんで鼻っぱしらや目元を赤くしながらするどいまなざしを向ける男性職員のぶっきらぼうなやさしさが胸にしみた。電動のおでん鍋から絶え間なく立ちのぼる湯気が顔をぼうっとあたためた。いじめ煮の状態をうまく保った鍋はくつくつとちいさな音を立て、わずかに沸騰していた。背を丸めて腰かける男性職員のサングラスが何故くもらないのかとふしぎだった。威圧的にも見える貧乏ゆすりが苛立ちではなく寒さに起因した所作だと知っていた。おおげさな咳ばらいのあとこちらの猪口へと無言で酒をくみ、それ以上説教じみた話をしないところがありがたかった。あつあつの大根や厚揚げにはよく味がしみていた。カメラで小銭をかせぐ二浪中の大学四年生、将来が見えないと里実が嘆くのももっともだと猪口をあおった。なんしか婚約おめでとう。おう。冴子さん幸せにしてやってや。だれにもの言うとるんじゃ。たがいに顔を見ず声を交わした。

「一郎くんはただ逃げてるだけじゃん。もっと向き合ってよ、わたしとも」

ヒステリックに泣きわめいた数時間後にはきまってあちらから謝罪してきた。きつく肩を抱きしめながら愛のことばをささやいてきた。甘やかな、どこか焦燥をあおる愛撫に身をまかせれば男女の関係を転回させていくような浮遊感が生じた。この孤独に満ちた世界で理解し合える唯一の存在なのだと相互陶酔し、なしくずしに性へとおぼれた。そうした夜にはたいてい雨がふっていた。白藤色の無機質な常夜灯に照らされた窓ガラスを垂れながれる幾筋ものしたたりを目で追いながら、布団の中で無防備に眠る里実のほそい髪をなでた。

ふと手のうちに里実の髪の感触をおぼえた。反射的にひらくも何もにぎっていなかった。しめった手のひらにきざまれたしわをそっとなでる風にさらわれるものは何もなかった。数時間前、ていねいにメイキングされたベッドの上で里実と抱きしめ合い、くちびるをかさねた。完全に消灯し、布団にもぐってから手をつないだ。酒に酔うと気分が高揚して早々にまどろんでしまうのはむかしからだったが、そうした状況でも入眠できなくなったのは最近ことだった。寝酒は眠りがあさくなり、つかれが抜けないため、もとより好んで使う手段ではなかったものの、時おり前ぶれもなくおとずれる不眠に悩まされると体質の変化をうらめしくおもった。まどろんでいるのに眠れない、酔いが引けば何かに呪われたような不快に取りつかれるのは毎度のことだった。暗闇の中でひびく置時計の聞きなれない秒針の作動音がたえがたかった。カーテンを閉じた部屋の中では目を閉じていても開けていても何も変わらなかった。記憶とも妄想ともつかぬ鮮明な映像が脳裏をたえずかけずり回っていた。喜怒哀楽に表情はゆがみ、叫びの衝動に何度もかられた。すべての映像はじっと横たわるひとりの人間の脳内で発生した不安に起因していた。不安は接するものすべてを飲みこみ、もはやその中心がどこにあるかさえわからなかった。一郎は不安という感情をにくんでいたが、憎悪がますほど不安はより巨大化した。時間という概念が一時的に死んでいたため、時刻がさっぱりわからなかった。充電し忘れた携帯電話はリュックサックの中で息絶えていた。じっと身を固くしながら何度も里実の手を握りなおした。ふたりの手のうちには小鳥のようなあたたかさがやどっていた。ちいさなうめきとともに数時間ぶりに身体をおこしたとき、それが数時間ぶりの行動だということだけがわかった。体勢をおおきく変えると、それだけで何かすくわれたような気がした。ふたつのこめかみをむすぶように痛みがはしった。すこしは寝たんやろか―眠りの実感はほとんどなく、欠伸をかみ殺した。瞳がうるめば闇はぼやけた。部屋の中はあまりにも暗いため、里実の姿さえ見えなかった。おこさないようにそっと手をはなし、ベッドを抜けだした。

出張で慣れているとは言え四時間以上の移動づかれもあったか、里実は日付が変わってすぐに寝付いていた。寝息がすやすやとしずかなところも好きなところのひとつだと告げた過去の、どこかむずがゆくなるやりとりをほほえましくおもった。

地産地消は料理だけじゃなくて地ビールと地ワインにも力を入れているんです、とやさしいまなざしのままマスターは語った。キャラメル色のサマーニット帽、発語に合わせて別の生き物のようにうごく白髪交じりの口髭が特徴的だった。提供する料理のことごとくが美味なため、洋酒全般さほど好まないものの、すすめられるがままにマリアージュをたのしみ、つい杯をかさねてしまった。フランスで三年修業したんです、まぁほとんど観光みたいなものでしたが、とソムリエのように片手でワインを注ぎながら持ち前の低い声で告げた声にいやみな自慢ったらしさはまったくなかった。各テーブルの上から吊るされたランプの明かりのみに照らされた食堂の非日常的な雰囲気もふたりに良い影響をあたえていた。こうやってのんびりした時間をつくることも最近はなかったと日常の没交渉を申し訳なくおもいながら、オレンジ色のランプの明かりの下では目立たない顔の赤らみを気にする里実の目元にうかぶやわらかさに自然なほほえみで応えた。

里実さんはやっぱり美人やな、派手やないけど、そうおもいながら酸味のうすい赤ワインを一丁前にあじわうのを翁くさい趣味だと自覚しながらも口角がいっこうに下がらないのを仕方ないとあきらめていた。栗色の長い髪を丸めて頭にのせる、いわゆるお団子ヘアーにしていたので長い首とうなじのうつくしさが際立っていた。里実は一郎の長らく目にしなかったほがらかな様子を見てよろこんでいた。ただ単純にじぶんの予約した宿を気に入ってくれたのだと解釈していた。きのうまでのどこか緊迫した重苦しい雰囲気が嘘のよう、ふだんより饒舌にしまうのを止められなかった。きっと一郎くんには退屈な話よね、つい付け足してしまう余計な枕詞も口から漏れなかった。ふたりの食事が終わるまでのあいだ、交わした会話のことごとくが心地よかった。たがいの声を聞きながら、その声に親しみと恋慕にも似た気もちをつのらせた。最後に頼んだチェイサーをそろって飲み終わったところで席を立った。一郎の提案とマスターの助言により星を見に行くことが決まっていた。外に出ると、標高が高いため八月とはおもえないほど冷えていた。里実はマドラスチェックの大判ストールを肩から掛け、一郎は小豆色のカーディガンを羽織った。それぞれ空気の涼やかさをよろこび、肩を寄せ合った。エントランスを抜けた瞬間から都会ではおよそ想像もつかないほどの星々が澄みわたった空にまたたいているのがわかった。そこからさらに歩き、ペンションのつらなる一画からはなれた広場まで行くと、かがやきはますます数を成し、よりつよくひかった。うかぶ数が多すぎて星座をむすぶことさえできなかったが、空をどこまで横断する天の川を明晰に確認できた。ふだんまったく目にできないものがたしかに存在しているという事実に里実は胸を打たれた。幽霊も神様もUFOも、まったく信じてこなかったけど、今ならどんな奇跡だって信じられる気がする、だって、こんな、こんな……上を見ながら歩く里実が暗い足元にかくれた段差でよろけた。やばい、わたしバカになってる、一郎の肩にもたれながら笑った。ここまで酔った里実を見るのは久しぶりかもしれない。祖父の営む養護施設へと定期的に足をはこび、登山のためにさまざまな場所に出かける一郎にとってもこの場所の夜空のうつくしさには目を見張るものがあった。神様か、里実のことばに反応して勝手に口をついて出た独白だった。うつくしいもの、奇跡的なものを目にして神の存在を想起したことなど一度もなかった。そうしたものにふれて感じるのはおのれの小ささ、宇宙のかぎりない広さ、時間という存在の不可思議さだけだった。ネガティブな思考などなく、むしろすがすがしい気分で孤独を、人生のはかなさをあじわった。夜風に波立つ背の高い木々がさわがしかった。しろい息など吐けるはずもないのにおのれの呼気が宙に溶けていくのを明視し、おもわず目をうたがった。魂でも抜けたかんかな―反射的に視線を落とせば、にやつきながら夜空に感動しつづける三歳年上の里実がやたらと子供っぽく見えた。不吉なことを口にして興を削ぐのも無粋だとカーディガンを羽織りなおし、ふかい呼吸で暗闇の森を見据えた。

付き合うきっかけなどなく、気づけば同棲をはじめていた。たがいに失恋の直後だった。大学内のサークルの先輩後輩だったが、里実の在学中にさほど交流があるわけでもなかった。ふたりで酒を飲んだのは偶然行きつけのバーで再会したからで、たがいにひとりで来店したため自然と会話ははずんだ。里実の方がさきに席についており、すでに当たりはずれのあるオリジナルカクテルを何杯か飲んでいた。里実は一郎のリュックサックに入ったカメラを布地の不自然なふくらみから敏感に察知し、そういえば一郎くんってカメラやってるんだっけ? 彼女の写真とか撮ってたの? とあやしく瞳をうるませた。一郎はよくされるくだらない質問に、ひとを撮るのは趣味じゃないんです、と素っ気なく答え目元だけで笑った。里実に合わせて頼んだ飲みなれないモヒートにうかぶミントがいやにきつく感じられた。再会した当日には恋愛観を語りはしなかったものの、その週の別日に待ち合わせた近場の居酒屋では安酒と串物ばかり胃におさめながらたがいに踏みこんだ質問をぶつけ、愚痴を言い合った。里実の相手は職場の上司だった。さわやかなエリートサラリーマンとのありきたりな不倫に、ありきたりに傷ついていた。入社二年目にしては大胆な、そう言いかけて一郎は口をつぐんだ。なんだかんだあのひとは奥さんと娘が大事なのよ……繁盛する居酒屋の喧噪にまぎれ、ふとこみ上げた感情に声をふるわせる場面があった。今はもう交流のない先輩から、ひかえめで清楚な容姿やさばさばした言動とは似合わず里実が過去に派手な男遊びをしていたと聞いたのをおもい出した。悪意のある吹聴だと切って捨てていたが、おもい出した瞬間にそれが本当になのだとわかった。たっぷり汗をかいた焼酎グラスが卓上にちいさな水たまりをつくっていた。からめた指先に力をこめると氷がからんとうごいてアルコールがわずかににじんだ。それから会計を済ませた数十分後の路上でふたりは口づけを交わしていた。点滅しかけた常夜灯の下、酒のいきおいを借りた二本の舌はよくうごいた。首元に巻いたマフラーやストールがほんのりと熱を帯びた。街中を春の嵐が吹き荒れていた。底の黒ずんだゴミ箱はばたんとたおれ、くしゃくしゃに丸まったチラシや段ボールの破片がアスファルトの上をころがった。花粉のせいでかるい鼻づまりをおこしていた一郎はすでに夢を見ているような感覚だった。口づけの際には目をはっきりと開けていた。

里実のマンションにころがりこんで、そのまま二泊した。きみはずるいね、行為が終わり裸のまま背を向けた里実がそっとつぶやいた。痩せた身体に浮き上がった背骨がどこか痛々しかった。返事をせずにうしろから抱きしめた。使い慣れない枕のいやにくたびれた具合が頭になじんだ。女性らしい二の腕や乳房の感触がやわらかく、向けられたことばの苦さなどすぐに忘れて髪のにおいを嗅いだ。使用したばかりのトリートメントの芳香の奥から赤子のようなにおいが、母乳をおもわせるあまさが香った。しとしとと窓を打つぬるい雨がふっていた。

 大気を染める山吹色やうす紅色は徐々に濃くなっていた。夜闇はもうほとんどなく空全体は使いこんだ白磁のような色をしていた。山脈の輪郭はいくぶんかするどさをうしなっていたものの木の一本一本がしだいに浮き彫りとなった。さまざまな場所から鳥や蝉の鳴き声が、あきらかに数分前より活発に聞こえていた。それでもさわがしいというにはほどとおく、朝の澄んだ空気が余韻を残しつつもすべてをやさしく吸収すると静寂はかえって強調された。道はふたたび山肌に沿ったおおきなカーブへと差しかかっていた。来光のきざしを確実に感じていたものの、振りかえれども光源の方角は山にかくれていた。鼻緒と擦れる皮膚はやはり痛んだもののそれにも慣れはじめていた。悪化しない怪我は身体のあらゆる律動と同期して思考から何かしらの正常性をうばうようだった。しかし意識そのものははっきりとしつつあった。気づけば額に汗をかいていた。気温が上がっているのか、それとも歩行や怪我により身体が熱を持ったのかはわからなかった。とおくから心脈よりも速いテンポの重低音がひびいてきた。それを知覚するとより明晰に聞こえ、しばらくすればダンサブルなメロディと自動車のかん高い走行音も耳に入ってきた。かなりのスピードを出していることは車体を確認せずとも理解がおよんだ。この自動車がおれを轢いてくれればいい、ふとそうおもった。冗談とも本気ともつかぬ強度だったが、自動車が近づくにつれ確信的にじぶんを轢くべきだ、いや、轢くにちがいないと考えるようになった。こうした直感はするどい方だと自負していた。これは必然、ふいに訪れた運命なのだとおもった。そこに喜怒哀楽の介入する余地などなかった。ただ受け入れるしかなかった。足を止めることなく、かといって速めることもなく一歩一歩と確実に踏みだした。思考とは裏腹に顔の筋肉が緊張していくのがわかった。自動車との距離は確実にちぢまっていた。複数の乗車員による若者らしい喧噪も聞こえていた。路上からはさきほどよりも拓けた景色が見わたせた。いくつもの麓の成す壮麗な景観や船に見立てた盆地のすき間から幹線道路や国道、その奥の二級河川と市街地がのぞいた。朝靄の中でうすくひかる街並みは人生の希望そのもののようだった。来光がいよいよ近いと肌で感じていた。できれば日の当たる前に来てほしかった。日陰でひっそりとくたばりたかった。

「それより雨がふればええのに」

深呼吸とともに森の香りを嗅ぎながらそうひとりごちた。声はやはりかすれていた。高校時代に買ったリバー・フェニックスのブロマイドを、ついで里実のほほえんだ顔をおもい出した。もっとも好きな顔だった。右目元の黒子と左頬にだけできるえくぼがいとおしかった。申し訳ない気もちになったが、何をどうあやまるべきなのかわからなかった。自動車が最後の急カーブを超えて向かってきた。ヘッドライトのうるさいほどの光度にげんなりとしながら目をほそめた。あそこの窓からリバー・フェニックスが顔をだせば完ぺきやんな、そうおもったものの声にならなかった。温度のない風が一郎の頬をつよく打った。

 

12/12 更新。こまかな修正。

『壱路』(二稿目)冒頭

 一

 

早朝のひかりがしだいに熱を帯び空もうっすらと白みはじめているのには気づいていたが特に注意をはらうことなく足をすすめていた。山肌に沿ったゆるくおおきなカーブを超えると目の前には麓の、さらに視線を奥にやれば盆地の悠然とした景色が立ちこめた霧のうちでぼんやりとかすんでいた。一帯の山々の輪郭も今やはっきりとし、麓へと向かうにつれて多くなる民家や街灯の明かりは蛍のようなつつましさをうしなっていたものの霧のうちで大気にあわい染みをつくりながらひかるさまは盆地全体を巨大な船と見立てることを可能していた。

「あそこの窓からリバー・フェニックスが顔をだせば完ぺきやんな」

かすれた独白はつめたく湿った空気にすばやく溶けて、鶯のすんだ鳴き声を喚起した。鳴き声は伝染し、ガードレールの一歩外からきわめて濃密に展開する森を稲光のように疾走し、やがてどこかで途絶えた。霧の晴れる気配はなく、十数分後にひかえた来光を前に他の場所がいっそう明晰になるだけ、深くおおわれた部分の不透明はいやますばかりだった。そのやわらかな変化に目を凝らすうち盆地を巨大な船と見立てることは不可能となっていた。

今年買ったばかりの安物のサンダルは鼻緒の部分が接合もふくめあらく製造されているため親指と人差し指のあいだの皮膚が歩くたびに痛み、擦れて赤紫色になっていた。履く位置や足の置き方を工夫しても焼け石に水、いっそのこと血が出れば痛まないのではないかと馬鹿なことを考え鼻緒に指のあいだをきつく押しつければ苦痛で眉間にしわが寄った。足を止め、しばしの間を置いた分だけ痛みはあざやかになっていた。出血には至ってないもののそれも時間の問題だとおもえた。普段の大股ぶりを自覚させるような足さばきでこまかくゆっくりと歩を重ねた。昨年の秋の登山をおもいだした。

あの時、両足につま先から踵まですき間なく痛みがあった。慣らすことなく使用した新品のウォーキングシューズとの相性が最悪だった。顔見知りのスポーツショップの店員にも足しげくかようバーで出会った名前も知らない自称アルピニストにも、ウォーキングシューズには気をつかえ、とさんざん注意されていたにもかかわらずそんなへまをやらかしたのは慢心と言うより他なかった。足裏の異変を感じはじめたのはまだ二合目だった。おもえばあそこで引き返すべきだった。その判断を誤ったのもやはり慢心からだった。ピッケルで身体を支えながら足をはこぶ小細工じみた技術もしだいに険しくなる道では通じなくなり、ひとり苦痛にうめく時間がおとずれた。景観をたのしむ余裕も、首から下げたカメラを使う余裕もまるでなかった。疲労と苦痛に限界を感じて足を止めたのは小休憩をはさんでしばらく歩いた、わりに平坦な登山路の上だった。汗をかきづらい体質にもかかわらず肌着が表裏ともびっしょり濡れていた。足裏そのものがガラス板になってしまったかのような、歩くたびにそれがひび割れていくような、そんなにっちもさっちもいかない状況ではもはや笑うことしかできなかった。空を見上げると秋の高い空がふだんとほとんど変わらない距離感で認識された。八合目付近まで来ていたはずだがとふしぎにおもいながら頂へと視点をうつせば雲のかかった残りの道のりがとほうもなく険しいものに見えた。いびつに尖った鈍角の頂上は雲群から顔をだし、容赦なくふりそそぐ日光をたたえた青空の下で堂々と息をしていた。

口をぽかんと開け肩で息をするみずからの小ささをまざまざとおもいしらされた。数分前に小休憩を取った場所へと視線をやると、ほんのすこししか前進していないことがおのずと理解された。前へ、すこしでも前へと仕事にのめり込むかつての同窓らに上昇志向に露骨な嫌悪をしめした飲み会での暗澹とした気持ちがよみがえり、おれもあいつらも結局変わらないではないか、と自嘲の笑みがこぼれ、ふと涙がにじみそうになった。じぶんだけが人生に悩んでるなんておもうなよ、おなじような文言を浴びたのは一度や二度ではなかったが、ことさらきびしくひびいたのはかつて親しくした時間が長かったからだと、飲み会での長嶋のしずかな怒りに満ちたまなざしを、つづけてアパートの居間で膝をかかえて泣くいつかの里実の姿をおもい浮かべた。紅葉に追い打ちをかける秋風がきびしく頬を打った。ねばり気のない汗がとめどなく流れる背中は冷たくなることを忘れたように熱を持ちつづけていた。

あれから引き返すまでそう時間はかからなかったはずだ、そんなことをおもいながら目の前の道を歩いていた。夏の勾配のない舗装された道路の上で秋の登山をおもいだすのは馬鹿げていると感じながらも笑う気にさえならなかった。下山をはじめると足裏は傾斜をふんばるため余計に痛んだ。人気のない東北の山を作為的にえらんでおきながらだれとも出会わないことを苛立つ身勝手さを、身勝手だと知りながら呪いのことばをひとりごちた。しかしその元気も日が暮れはじめるころにはうしなわれていた。

やっとのおもいで連泊していた宿につきすぐに足裏の手当をしたもののその時にはすでに人当たりのいい女将が顔をゆがめるほどの怪我となっていた。土踏まずから踵のもっとも固い部分まで、また指の付け根から足刀部の中ほどまでべろんと皮は剥け、ことごとくの指だけでなく足そのものが赤く腫れ上がっていた。全身にまで微熱が回っていたようだが、本人としてはさほど意識されなかった。

靴だけでここまでの状況になるものか―そんなそんな、たかが靴、されど靴ですよ。

深い眠りの中で女性同士の粘着質な話し声を聞き、目が覚めるとすっかり朝になっていた。身体中の痛みとひどい喉の渇きが否応なしに自覚された。七面倒な人間関係に巻き込まれた悪夢の詳細はすぐに頭から抜けた。当日に帰宅するつもりだったが足裏の調子が芳しくないこと理由にもう一泊することとした。世話好きらしく介抱してくれた女将の、無理強いともとれるすすめが決め手となった。医者を呼ぶべきだと何度もすすめられたが、元来の医者嫌いからていねいに断わった。熱は下がっており、疲れだけが全身にわだかまっていた。これまで登山で怪我をしたことは一度もなかったのに不運に見舞われてしまった、と下山当初はとらえていたものの、時間の経過にしたがい、これまでの登山で怪我をしなかったことが幸運だったのだ、とおもい改めるようになった。用意された胃にやさしい朝食を半分ほど食し、歯をみがいて横になると眠気がふたたびおそってきた。ふだんの寝付きの悪さが嘘のようだった。気絶するように眠り、目を覚ますと陽はすでに高くのぼっていた。音や振動で廊下に掃除機をかけているのがわかった。ふたりの女性従業員の親し気な話し声が断片的に聞こえた。やかましいとは感じず、彼女らも寝ているこちらを気づかい抑えたトーンで発声していた。ふだん冗談でも言い合っているのだろう、折ふし漏れる嬌声にも似た笑いがほほえましかった。学生さんはまだ寝てらっしゃるんかな、とこちらのことを学生さんと呼ぶ声にあどけなさを感じ、じぶんの方がよっぽどか学生さんらしいではないかと口元をゆるませながら目をつむり、布団を掛け直し、体勢をととのえた。しばらくすると掃除を終えたふたりは去り、足音もなく廊下を歩いてきた女将が部屋の扉をノックし、かしこまった挨拶と共に入室した。昼食のすすめだったが、腹がすかないとことわり、そのまま他の客がチェックインしてくる夕刻まで部屋でだらだらとすごした。里実に帰宅できない旨をメールで伝えたのはその時間内だった。仕事中のため返信はないだろうとふんでいた。窓辺によって前日使わなかったカメラでどことない淋しさのただよう景観をおさめたり、日常ほとんど目にしないワイドショーをぼんやりと視聴したり、持参した文庫本にぱらぱらと目をやったりした。じぶんはなんて気楽な身分なんだろう、いつまでもだらだらと学生をつづけて、平日にこうやって縁もゆかりもない田舎でゆったりとした時間をあじわっている、同窓や恋人は今ごろせっせと働いているというのに……そんなことをおもうと情けなさとかるい優越感と、将来に対していだきがちな漠然とした不安が混然一体となりひどくみじめな気分になった。木枯らしが窓枠をかたかたとゆらした。急激にくもりはじめた空に浮かぶ雲はどれも早く流れていた。

はっきりした物影のない道路では白線のゆるやかな湾曲がうつくしく際立った。サンダルを打ち付けるようにして歩けば足音が小気味よくひびいた。道路脇からすぐにはじめる、左右で高さのことなる森から何かしらの生物のうごく気配を感じた。鴉の鳴き声が高い位置からこだますると、別の場所からも似た声がかすかに聞こえた。色褪せたクリーム色のTシャツと一昨年タイで購入した安物のタイパンツは生地がうすいせいで微風にもよくなびいた。鼻緒と擦れる部分が痛むせいで完治した足裏に汗をかいていた。振りかえりつつ空を見上げれば来光のきざしとして山吹色やうす紅色がほんのりとしのびはじめていた。その分付近の山々は暗い翳を帯び、よく育った茄子のような色をしていた。麓にちかい場所から蝉の鳴き声が聞こえた。これも鳥にならって伝染するかとおもいきや、ひとつの鳴き声だけが同じ場所から発されつづけた。人家の合間にひろがる田園の苗がうす暗い中でも風に青々とうねるのがわかった。人気のない畦道で夜行性の牛蛙が眠たげな目でおとなしく重低音をひびかせているのを想像したものの距離があまりにもひらいているせいで何も聞こえなかった。荷物のあるペンションの近くでは牛や鶏を放牧していたが、それらの鳴き声もやはり聞こえなかった。まだペンションからはそう離れていないはずだと、ありとあらゆる事象から確信をうばう不眠の、あやふやな感覚の今現在だと知りながらつよく断定した。

畦道と牛蛙のイメージはそのまま祖父の営む児童養護施設での記憶とむすびついた。奈良県の辺鄙な田舎にある古い一軒家をそのまま使用しつづけてもう云十年になると聞いていた。小学生の時分から夏休みのうちの数日かをそこで過ごすのが習いとなっていた。四方を田畑や小川に囲まれているため牛蛙の大合唱だけでなく青蛇や狸とも遭遇した。生活用水を兼ねているものの透明度の高い小川ではウグイやオイカワ、ドジョウ等が優雅に泳いでいるため、他の子どもたちと柄の長い網で捕まえて食材の足しとすることもあった。一度、あれも早朝だったか、青蛇が川の流れに逆らって泳ぐのを目撃したことがあり、その時の記憶は鮮明な映像として脳裏に焼き付いていた。実家のある大阪の住宅地ではまず目にしない生物とたわむれることが夏休み明けの自慢となる年頃を過ぎても夏休みのたび、奈良へと足をはこび老けていく坊主頭の祖父(昔から和服を好んで着用した。右目元の痛々しい傷はかつて養護していた高校生があばれた際に負ったものだと父親から聞いた。最近は耳がとおくなり、足腰もよわってきたためあまり外出しないという)、ヤクザ風の強面だが根のやさしい男性職員(元々この施設で高校卒業まで養護されていたが、何年かの社会経験を経て住み込みの職員として働くようになった)、長年の交際を経て男性職員とついに籍を入れた素朴な顔つきの母性あふれる女性職員(小学五年から中学三年までこの施設で養護されていた。再婚した母親と義理の父親に引き取られたものうまく折り合えず高校卒業後にはひとり暮らしをはじめ、二十代半ばまで水商売で生計を立てていた。四歳年上の男性職員は初恋のひとだったと、以前はかくすことなく口にしていたがそうした話題を嫌う男性職員への配慮、ひいては児童への影響も考慮して語ることはすくなくなった)、顔を合わすたびに身長を伸ばす年下の子どもたち(年齢には最大で十五歳ほどひらきがあったが、男女問わず再会をよろこんでくれた。その表現がいびつな者もいたが、どこかでふたりきりの時間をつくれば煙草の煙と素直なことばが髭のない口元からふわりともれた。顔ぶれに変化があると、そのたびにそれをどう受け止めるべきなのかがわからなかった。小学生にせよ中学生にせよ、子どもたちはみな内面に抱えた、いや不条理に押しつけられた暗さと常に格闘していた)と再会した。今年も二週間後には足をはこぶと告げてあった。里実も一緒に行きたいと言っていたが、彼女の仕事に都合がつくかはまだ不透明だった。両親より先に祖父と恋人を会わせることにぎこちなさはあったものの、手前勝手にはかった親和性で比較すれば当然かと腑に落とした。

何故あそこに行きたくなるのか。行かなければならないと若干の義務感をおぼえてしまうのか。自問自答はくりかえしてきたし、男性職員にも父親にもことなる文言でたびたび訊かれた。特に父親は回数をかさねるほど非難の色を濃くした。父親が生家でもあった児童養護施設のことをよくおもっていないのも、祖父との間に溝があるのも幼いころから肌身で感じてきた。金と仕事を何よりも尊ぶ―父親の世代では常識とされる認識を煮つめ、凝りかためたような人間だと思春期以降には解釈していた。いつまで学生やっとるつもりや、正直な、おれにはおまえの考えとることがわからんのや、何がそんなに不満なんや、目を緋色に充血させた父親の直視がふかく胸に刺さった。酔いの助長した怒りを押しこらえた口調での問いかけに何も返せないのがふがいなく、きつくにぎった拳のうちで故意に爪を立てた。

なんでこんなに生きづらいんやろ、なんでみんな普通に生活できるんやろ、おれがおかしいんやろか、今年の三月に挑んだ雪山登山の際にしろい息を吐きながらひとりごちたことを、口にはしてないもののおなじ強度でおもい直していた。あの日も今現在もひたすらに歩くことで漠然と何かを流している感覚があった。秋の怪我があったせいか、里実は出発前日までつよく反対していたが、当日の朝には無理につくった笑顔で送り出してくれた。お願いだから無事に帰ってきてね、そう言いながら涙にぬれる目元をかるく押さえた。かたく積もった雪面にピッケルをふかく突き立てながら、あわい輪郭の光景をファインダー越しでとらえながら何度も里実のことを想った。風のない曇天のなか音もなくふりしきる雪、一面あやしくひかる月白色の雪、それらをまとう樅林の合間から幻視かのようなあざやかな人参色をたたえた狐が凛とした表情でこちらを見つめていた。藪から棒の出会いに足を止めてしばし放心して見つめ合った。絶好の被写体を前にシャッターチャンスをみすみす逃していた。相手が樅林へと一歩あとずさった時にようやく首から下げたカメラの存在をおもい出したが、時すでにおそく全身をとらえた写真は一枚しかとれなかった。しかもあわてて撮ったためピントもうまく合わせられなかった。これじゃあ写真家なんて自称できるわけもないとみじめさもなく、晴れ晴れとした心境でみじかく笑った。

「一郎、おまえはおまえのしたいようにせぇ」

一年前の祖父のことばがふいによみがえった。父親との関係に愚痴をこぼした際の、応答とも慰めともつかぬことばだった。雨の日は傷口が今でもうずくわ、業がふかいんじゃ、頬をさすりながらなおのことひとり言めいたことを口にすれば、返事をするのも無粋におもえた。いくら考えどもじぶんのしたいことというのがまるで浮かばなかった。夢も希望も特別なかった。あてどなく生きるのに苛立ち、かといって将来のためと割り切って就職に有利な勉強をすることも生来の怠惰な気質からこばんだ。カメラで小銭をかせぐ二浪中の大学四年生、将来が見えないと里実が嘆くのももっともだ。

「一郎くんはただ逃げてるだけじゃん。もっと向き合ってよ、わたしとも」

ヒステリックに泣きわめいた数時間後にはきまってあちらから謝罪してきた。きつく肩を抱きしめながら愛のことばをささやいてきた。甘やかな、どこか焦燥をあおる愛撫に身をまかせれば男女の関係を転回させていくような浮遊感が生じた。この孤独に満ちた世界で理解し合える唯一の存在なのだと相互陶酔し、なしくずしに性へとおぼれた。そうした夜にはたいてい雨がふっていた。白藤色の無機質な常夜灯に照らされた窓ガラスを垂れながれる幾筋もの滴を目で追いながら布団の中で無防備に眠る里実のほそい髪をなでた。

 

 

七部構成の中編にするつもり。今回こそは書き切りたい。