『夜の釣り』

完成したものの、あまりに中途半端な長さのため、扱いに困っている掌編。

じつを言えば、もうこの小説に飽きてしまった。そんなに悪くはないとおもうけど。

 

 

「いつかさよなら、僕は夜に帰るわ」

好きな曲の、冒頭を口ずさみながら波止場を歩いていた。目当ての赤灯台は、ほそい桟橋の先端ですでにライトアップされていた。夜も深まれば涼しくなるとおもっていたものの、見とおしが甘かった。腕時計で時刻を確認すると、もうあと五分で午後十時になるところだった。潮風は肌に吸いつくようにぬるく、下がりつつある湿度はどことなく引き潮をおもわせる気味の悪いものだった。じっさい、目をやるまでもなく海面は低かった。夜になれば潮は満ちていくものだとおもいこんでいたが、潮や釣りに関しては素人であるがゆえ深くかんがえることも、ふしぎととらえることもなかった。兄の使い古した釣り具や小型のクーラーボックスを背負いながら、さほど重くないことをうれしくおもっていた。帰りにはどれだけ重くなっているかと期待する声も内にはあった。伸ばしもせぬうちに蓋のない竿の先が歩調に合わせてかしゃかしゃと跳ねた。海面にうつる街の明かりが、移動する船の信号めいた明かりが、とても愛おしくおもえた。とおくで回るちいさな観覧車は下からオレンジに照射されているせいでおどろおどろしく、おばけ屋敷のおばけのように見える。いや、回っていないのか。静止しているがゆえの迫力だった。観覧車でありながら、観覧車でないもの、観覧車の残骸、そしてふたたび観覧車として機能するもの、朝日を浴びてうごきはじめる際のきしみ……そんなとりとめのないことをかんがえながら鼻歌をうたっていた。

開港都市の近未来的できらびやかなそれとはまるでちがう、あの陰気な、それでいて見るものの気もちを落ち着ける観覧車こそが、この街のよさなのだ、深みなのだとほこらしげにおもった。観覧車の手前には工場があり、地つづきに無機質なかわいたひかりをはなっていた。国道を行く自動車らのヘッドライトがかぼそい線をつむいでいた。さらに手前には突いて出たかのような不自然さで湾のいびつな描線を為すちいさな風俗街あり、地理的にも意味的にも一線をかくす風情だった。夜に溶けきらぬあでやかで安っぽいネオンの光彩が波のおだやかな部分をもてあそぶように反射していた。さらにもう半里ほどこちらに寄ると、しゃれた雑貨屋やレストランのならぶ隠れ家じみた一画があった。日中はそこでコーヒーを飲み、なんとなく気に入った和柄のポストカードを買った。四年住んだ街を、すっかり異邦人のまなざしで観察していた。もともと異邦人だったか、と鼻で笑う。四年住む前は海のないちいさな町に住んでいた。

群島の家から漏れるひかりや灯台が星よりも低い位置で、明確にあった。山々の輪郭が、あまりにも明晰だった。彼岸にある明かりを見ると、そこでの生活があたり前に存在していることにおもいがいき、そのあたり前が、ちからづよさが逐一胸にしみ、感動してしまう。いつまで経ってもなれることができなかった。それは四年前と何も変わっていなかった。人気のない波止場を照らす街灯が規則的にならんで赤灯台へとつづいていくのを目で追ったあと、空を見あげた。冷えた汗が首筋をすべりおちた。星がきれいに見えた。とはいえ、開港都市と比較して、というだけの話であり、ほんとうにきれいに見えたわけではなかった。ここも一応、名の知れた県庁所在地ではあるのだ。星名はおろか、星座すらほとんど知らなかった。夏の大三角だけは迷いなく理解できた。

駐車場からつづいていた海辺の景観と地中海料理を売りにしたレストランからただよう薫香がいつしか途絶えていた。漁港らしい魚介らのすえたにおいがきつくなっていた。アスファルトの芯までしみついているかのようなこのにおいにすら、どことない郷愁の念をおぼえていた。

今日は夜釣りをすると、前々から決めていた。いや、ほんとうに決意したのは二時間前だったかもしれない。この街に来てから、釣りのことはつねに頭の片すみにあったものの、祖母の家で共にこしらえた早めの夕飯を食らったあとは、近所を散歩するか、缶ビール片手に読書でもするか、あるいはここに来ていることをまったく知らせていない友人知人らに声をかけるか、適当に商店街をぶらついてひとり飲みなおすかと、うだうだと身を休ませながら悩んでいた。それ以外の選択肢をさがすつもりもなかったものの、釣りという片すみにあった思考がふと前面に出てきたのだ。おそらく煙草を吸いがてら気候をたしかめようと外に出たことがきっかけだった。シガーケースから取りだした一本に勝手のわるい百円ライターで火をつければ、焦げついたにおいと共にオレンジがともり、たちまちほそい煙が立ち上る。煙草を一日一本にすると決めてから半年が経過しており、仕事日はすべての業務が片づいてから一服するのだが、休日には飲んだ帰りに吸うことがおおかった。このような六日間の休暇というのは煙草に関する自己規定ができてからは初だったため、吸うタイミングがうまく見つからなかった。ましてやこの街にいた頃には煙草など一本も吸ったことがないのだ。歳をとったなぁと感慨深くなる感性は持ちあわせておらず、ただうしろめたさだけが影のように伸び、あてどなくしこった。シガーケースを買ったのも、つい最近のことだった。一本をより大切に、とにじむ女々しさにかこつけた見栄だった。しみったれた喫煙だったが、それでも情けなくなるほど煙はうまかった。空を見上げればほれぼれするほど見事に割れた上弦が、ぽつんと空に取りのこされているようにかがやいていた。その時は何故か星々が見えなかった。上弦だけが、雲のほとんどない空で身をかくす術もなく、恥じらいながらたたずんでいると感じた。十五夜ほどつよいひかりならばかえって堂々としていられるものを、と同情じみた気もちになるのがおかしかった。この上弦を見ながら散歩がしたいとおもったものの、足をうごかしていればきちんと追うこともできないかとあやしむうちに、ひとところで見つめられる場所、行為と連想して釣りをおもいうかべたのだ。みじかい一本をあわくあじわい、何度もうすい煙を吐いた。当然ながら、巨大な半球をおおいかくせるわけもなかった。あちらこちらで犬の遠吠えが聞こえた。むかしから野良犬のおおい地域だったと、身を置いて二日目にしておもいだした。

居間にもどり、安楽椅子に深く腰かけながらTVを見ていた祖母に、兄の使っていた釣り具はどこにあるかと聞いた。だいたいの位置を教えてくれれば、あとはじぶんで見つけると言ったものの、祖母はにわかに身体をおこし、みずからさがしはじめた。いいから、いいから、じぶんでやるから、と再度口にするもまったくとどかず、釣り竿やろ、たしかな、ひとつにしてここに置いたとおもうんやけど、納戸へと足をはこんだ。その際の足取りのおぼつかなさ、かつてまっすぐ伸びていたはずのたるんだ腰もと、昨日祖母と一年ぶりに対面した時にもおぼえたひと回りちいさくなったという印象が相まって、さみしい気もちになった。長生きしてほしいと単純に願った。一式は、納戸のすみでまとめて保管されていた。腰に負担のかかる姿勢で取りだそうとする祖母を制して、手足を伸ばした。この時点でおもいのほか軽かった。目にしたこと、さわったことのあるはずなのに、ただたんに使い古されているとしか感じなかった。釣り具を手にしても、こころがおどらない時点で、夜釣りは楽しめないかもしれないと直感し、いっさいが面倒くさくなりかけたものの、今さら引っ込みもつかないかと道具の点検をはじめた。なんやあんた、これから釣り行くんか、それやったらアツ子にクルマだしてもらおか、と祖母は心配した声色で言ったが、叔母にわざわざ自動車を出してもらうのも申し訳なく、いいよ、近場でやるから、と嘘をついた。夜釣りをするなら駅裏の赤灯台だとはじめから決めていた。そこが釣れるからという打算はなく、思い出のしみついた場所でやりたいという欲望だった。疑似餌がないため、どちらにせよ釣具屋で餌を買わないことにははじまらない話ではあった。

荷物を整理し、楽で運動のしやすい服装に着替え終え、いよいよ出かけるかというところで、二階から二世帯同居している叔母が下りてきた。叔母もやはりこの数年で老け込み、半回りほどちいさくなっていた。両者とも痩せたというわけではなさそうだ。こちらにはない頬の丸みは変わらなかったし、昨日も叔母は体重が落ちないとぼやいていた。なに、あんた、これから釣り行くん? じゃあクルマだすわよ、と言うので、はじめはことわったものの、なんでよ、そんな遠慮せんでええけん、そうやそうや、荷物持ってなんかあぶないのに、とふたりに説得され、けっきょく釣具屋に寄って、漁港近くの駐車場まではこんでもらうながれとなった。え、ていうか、あの釣具屋さんってまだやってるん? と叔母に言われ、あわてて番号を調べ最寄りの釣具屋に電話するも、すでに留守電になっていた。やってしまったと落ち込んでいると、叔母が、お城さんの角の道な、もうちょっと行ったとこにおそくまでやっている店があるけん、そこに寄ろか、と言ってくれた。そのことばに甘え、叔母の軽自動車に乗り込んだのは一刻前のことだった。

叔母は車内で昨日とおなじくビートルズをながした。さしてくわしくないこちらにも耳なじみのあるヒットナンバーばかりだった。叔母はサビのメロディを口ずさんでいた。歌と自動車の運転がうまいことは、むかしから知っていた。国道沿い、最寄りの釣具屋の前を通るとやはり明かりはなく、シャッターも下りていた。友人らと足しげくかよったボウリング場も、その手前の信号待ちの理不尽な長さも、回避させるために設けた歩道橋の鳥居のような出で立ちも、坂道をのぼるのにアクセルをきつく踏む感じも、その頂上から見える街の景色も、海際のひときわ高いシンボルタワーの孤独なたたずまいも、入ろうとおもってけっきょく一度も入らなかった焼肉屋の野暮ったい看板も、ぜんぶおぼえていた。おなじような高さの建物がひしめく一画に、四年住んでいたマンションの一端が見えた。あそこに住んでたんやなぁって、このへんとおるたびにおもうわぁ、と運転しながら言うのに、そうですね、なつかしいですね、と返した。この会話は以前にもしたことがあった。いつかふたたびおなじ会話をするのだろうと、みじかい頂点を超え、坂道をくだりながらおもった。通ったことのある道ばかりがつづいており、変わらない景色にやんわりとたじろいでいた。時は一度たりとも静止などしたことがないと言うのに。変わらない景色、というのは変わらないとおもって見ているから変わらないだけなのに。なつかしさとは、おそらく反復されることで強度を増すのだろう。あと何度、叔母と似たような会話をするのか。話題は聞きもしない従弟の非行におよび、相変わらずあいまいなことしか言えないのが、ほんのりとくやしかった。今は首都に身を置く従弟とは一度、絶交も辞さない覚悟で話す必要がある、そう感じてからもう二年以上が経過していた。おそくまでやっている店、というのは想定しているよりずいぶんと近かった。曲がれば漁港へといたる角を折れずに私鉄の線路を超え、海沿いにまっすぐ行った先で突然目に入った。看板や店内の様相で、遠目にも営業しているのがわかった。叔母を車内に待たせ、遠投用の錘と石ゴカイだけを適当に見つくろって買った。店員に話を聞けばもっとましな買い物や近場のスポットなどをおしえてくれたのであろうが、叔母を車内に待たせているのが申し訳なかった。いや、早くひとりになって釣りがしたかっただけかもしれない。帰りはどうするん? と駐車場の入り口付近で訊かれ、とりあえず深夜までやるつもりなんで、そのへんのタクシーつかまえてもどります、と適当にかえした。えー、あぶないやん、大丈夫? もしかしたら起きとるかもしれんから連絡してみて、と言われたものの、たぶん頼ることはないだろうとおもいながらうなずいた。

ゆっくりと海を行くフェリーの鳴らした汽笛の音が牧歌的にひびいた。ふだん開港都市で聞くものは一段と低く、長くおおきいためか、威圧的なひびきで、そもそもこの時間帯に聞くこともなかった。波止場を超え、無数の足跡でくすんだ木目のうすい木材と煉瓦で組まれた階段をのぼり、おなじ素材で構成された桟橋を歩いていた。木々のすき間にサンダルのかかとの引っかかる感覚がなつかしかった。数年前にここで釣りをした時も、サンダルが引っかかって歩きづらかった。桟橋では柵に身をあずけて語らう恋人らがちらほらと見受けられた。何人かいると想定していた釣り人はひとりも見受けられなかった。やはり今日は釣れないのかと、準備をととのえる前から弱気なことをおもった。ライトアップされた赤灯台に近づくにつれ、夜闇が濃くなっていくように感じた。じょじょに静寂がひろがっていくのがわかった。歩調に合わせてかしゃかしゃと跳ねる竿の先の気ままさが、やたらとうるさくおもえた。赤灯台の赤さは過度に強調されているせいであからさまに人工的なのに、とおくに見える観覧車とおなじようにおどろおどろしい。赤灯台に恋人と行くと別れてしまう、と言う迷信じみたことばをかつて耳にしたのをおもいだした。当時はそんな馬鹿げたことをと取り合わなかったが、今となればその迷信じみたことばもまともにひびいた。現にこちらも過去ふたりでここに来て、別れた片われだったのだと、わが身を振りかえるまでもなく、赤さは深まる夜闇の中でまがまがしさを帯びていた。いや、このまがまがしさがかえって海の邪気を払うのかと、古代の法典のごとく力には力で応ずるかたちを採るのかと、いやまし迷信めいたことをおもった。じゃっかん歩き疲れたこともあり、桟橋の八分目で立ち止まった。赤灯台の下で肩を寄せ合うふたりがいた。後姿だけだと大学生のようにも、中年夫婦のようにも見えた。いくぶんか涼やかになった風が頬をなで、前髪をゆらした。この場所だと観覧車が赤灯台に隠れて見えないのだと、しばらくしてから知った。

肩から掛けたクーラーボックスや釣り具を足元に下ろし、竿を横たわらせるようにそっと置いた。その場にしゃがみこむと、視界が一気に暗くなった。足裏に汗をかいていた。街灯のよわい明かりに目が慣れるまで時間がかかった。目が慣れてから、釣り具の入った箱を開けて準備をはじめた。途中でアキレス腱を伸ばした両足がきつくなったため、ええいままよと、どっしり腰を下ろし、おおきく息を吐きながら胡坐をかいた。靴の行きかう路上に尻をつけることにむかしから抵抗がなかった。行儀が悪いと見なされるのは承知していた。ゆえにふだん人前では行わないようこころがけていた。今もたしかに人影はちらほらと見受けられるものの、おのおのの内面世界に没頭しているにきまっていた。否が応でもそうさせるのが夜、すべてをつつみこむ夜の大気なのだ。この状況この暗さで気に留めるものなどいないだろうとたかをくくっていた。装着したリールから蛍光色の釣り糸をしぼませた状態の竿の先まで一気にとおす。しだいにちいさくなる六つの輪をまとめて貫通し、毒々しいまでに青々とひかる糸をらせん状にたわませてから、買ったばかりの遠投用の錘や使い古して錆びついた針をつけるのにひどく手間取った。むすんだつもりでも、力を入れればたやすく抜けてしまった。もう一生むすべないのではないかと過度きわまりなく焦ると、年甲斐もなく泣きそうな気分になった。泣き言を言いたくなった。それを口にしない代わりに何度も舌打ちを打った。何度目かの挑戦で、唐突にうまくいった。特段やり方を変えたわけでもなかった。おおきく息をついて、首を回してから空を見上げた。やはり夏の大三角しかこの目は像をむすべなかった。だが、それでよかった。勝手にむすばれた星座など、知らなければ知らないほどいいのだとつよきなことをおもった。正直なところ、何が勝因で、何が敗因だったのか、まるでわからなかった。まちがいではないかと何度も引っ張ったものの、むすび目はますます固くなるばかりで、たのもしかった。

生きのいい石ゴカイにちいさく苦戦してから立ちあがると、街灯のぼうっと青白んだ明かりが手元をやさしく手元を照らしてくれた。立ちあがるまで、この等間隔にならぶ明かりが青白いということにさえ気がつかなかった。ハナムグリのような甲虫と羽根のぎょうぎょうしい蛾が、本能のままひかりにたかっていた。甲虫のこつこつとぶつかる不規則なかん高さは、後方を左から右へと抜けて行くジョガーの足音よりずいぶん耳をついた。低くはずみながらとおざかる背中の汗じみは異国の地図のようであり、そのひとが背負う業のいびつさの顕在のようだった。何を勝手な、と自嘲しながら、ていねいに竿を伸ばすと、身の丈ほどあった。先端のしなりがやけにわるく、くろいスポンジを巻いた持ち手にもきしみがつたわった。この部分のしなりが何よりも大事なのだと、兄か友人に教わったのをおもいだしたものの、不快な気分にはならず、むしろ堂々としていた。もうここまで来てしまえば、目前の水面と釣り人として向き合うしかないのだ。それ以外いったい何ができるというのか? 経験や実力の有無、素人であろうと玄人であろうと、もはや関係なかった。柵に近より、あらためて海を見つめれば漆黒だった。街の明かりやおだやかな波のおかげで緩和されていたものの、見れば見るほど海はつやめく漆黒だった。ひかりの加減によるものか、全体に油膜が張っているようにも見える時間もあったが、しばらく見つめるうちにそれは消え、そのまま二度とあらわれなかった。水面に浮きかけた巨大な海月だったかと、数瞬してからおもいなおしたものの、その発想の幼稚さは自覚していた。漆黒は、そのままたゆたう波のかたちをしていた。

手元のリールを操作して、遠投の準備をととのえる。目をひらいたまま波の音に耳をかたむけたあと、おおきく息を吸いこんでから数歩下がり、投げるべき方向をなんとなく見定めつつ、上体と反らし、腕のうごきと重心の移動を意識しながら遠心力を利用し、錘を、糸の先の石ゴカイをできるだけ、とおくへ放り投げた。おまえはこれから暗い海の中をさまよい、命と引き換えに死臭をただよわせ、出会った何ものかに食いちぎられ、その身を呈して相手に必殺の罠に掛けるのだ。投げるものはことなれど、思春期のさかり、弱小野球チームで投手をしていた時の感覚が刹那的によみがえり、そのまま手元からはなれていった。どこから発しているのか、いまいち判別のつかないしゅるしゅるという摩擦音をひびかせ、糸は雲のない夜空に伸びていく。竿の先が神経質にぶるぶるとふるえるのが、うっとうしかった。錘をしたがえた糸の先は低い穹窿をえがきながら飛んでいき、すぐに視界からはずれた。その軌道を正確に追うことはできないが、竿の先から伸びていく蛍光色の緊張からあらかたを知ることができた。やがてどこかで着水し、緊張はゆるんだ。しばらくそのゆるんだ感触にひたりつつ、錘が海を切りながら落ちていくのを指先の感覚で知る。海底まで落としたあと、すこしだけ巻き上げて糸にふたたびほどよい緊張をもたらす。竿をうごかしながら、リールをゆっくりと巻いていく。第一投目にしては上々だった。ひとまずは安心だと、ほっとひと息ついた。しかし集中力は切れていなかった。魚たちとの格闘は今ようやく狼煙が上がったところなのだ。これからあと何度投げるかもわからないし、何匹釣れるかもわからない。一寸先は闇、ということばがうかんだ。五秒後のことすら予想はつかないものの、竿の先の青くひかる糸は四十寸ほど見えた。錘が地を這い、砂をはじき、岩にぶつかるのがわかった。何ものかが食いついてくる気配は一向になく、一定のリズムで身体をうごかした。どれほどとおくまで投げたのか、見当もつかないがゆえに一定のリズムで身体をうごかすしかなかった。疲れ知らずの、期待に満ちた反復だった。まだ一投目なのだから当然と言えば当然だった。途中から糸のみじかくなった感覚が明確にわかり、リールを早く巻いた。だいぶ手前まで来ている証拠だった。桟橋のを両側からはさむ防波堤にぶつからないように最後は竿をうまく振りながら引き上げた。針の先に石ゴカイが相も変らぬ姿でぶらさがっているのが見えた。海底を引きずりまわしたせいでよわっていた。うごきはにぶく、幾十もの体節が弛緩したせいでかえって長くなったようにもおもえた。針の形状に沿うよう引っかけなおしたあと、ふたたび海に投げた。しゅるしゅると出どころの不明な音がふたたびひびき、おなじような軌道が夜空をはしった。一投目よりもすこしだけとおくまで飛んだようだと着水までの時間で推しはかった。

疲れ知らずの反復は、いつからか期待をうすめ、退屈を帯びはじめた。人気はいっそうなくなり、赤灯台の付近に二組のつがいをのこすだけとなった。近くにはだれもおらず、まただれかが通りすぎる気配もなかった。やはりどこにも釣り人のすがたは見えなかった。時間の間のびしていく感覚と共に静寂がじんわりと、緊密にひろがっていった。二投目でも石ゴカイはその姿を変えず、ただただくたびれただけだった。三投目でようやく何ものかにかじられ、肉体の五分の四をうしなったが、竿にその感触はまるでなかった。中途半端な肉片を柵の外へとぶっきらぼうに投げ捨て、針先にあらたな石ゴカイを装着しなおした四投目は一投目と何も変わらなかった。五投目以降はよくおぼえていなかった。石ゴカイはかじられたりかじられなかったりだったが、わずらわしいことに竿に感触がつたわることはなかった。ただ、砂をはじき、岩とぶつかるのがわかるだけだった。おなじように飽きもせず、いや、飽きていたのかもしれないが、それでもおなじように竿をうごかし、リールを一定の速度で巻きつづけた。ナイロンの袋に入った石ゴカイは一見減っているようで、その実まったく減っていないようにおもえた。酸素のうすい場所で、まとったことのない砂をまとってうごきまわる生きものをひたすら海に放り投げていくこの作業は何なのだろうかと、ぼんやりと罪悪感にも似た気もちをかかえていた。竿を振る位置や場所、方向を多少変えてみたところで、効果はいっこうにあらわれなかった。

喉が無性にかわいたものの、持っていたのは釣具やクーラーボックスといっしょくたに背負ってきたちいさめのショルダーバッグから顔をだすペットボトルに入った麦茶だけで、最初に口をつけた時点ですでにぬるかった。祖母の家の冷蔵庫から取りだした時はあんなにも冷えていたのに、今は結露をたらすこともやめて、常温になじむだけの液体と化していた。もったいないからちびちびと飲みすすめた。波止場までもどれば、自動販売機があったが、荷物を置いてそこまで行くのも気が引け、かといってすべてをたずさえて足をはこぶ気にもならなかった。クーラーボックスの上で死んだ犬のように横たわる革製のショルダーバッグの奥にはペットボトルの他に財布と携帯電話が入っていた。メールの着信を知らせるみじかい振動が二回ほどあった。しかしこの桟橋の上で携帯電話をひらくにはなれなかった。海に近い場所で機械や貴重品のたぐいを操作するのが、ひどくためらわれた。それは四年住んでいた時分から、ひいては海のない町に住んでいる時分からそうだった。海に落として取りかえしのつかなくなる妄念がいつも頭をよぎり、手にふれることすらためらわれた。四年住んでいた時分に、一度べつの防波堤の上で操作せざるを得ない状況になり、生きた心地がしなかったのを今もはっきりとおぼえている。その時の手に汗にぎる感覚がよみがえると、竿を持つ手に力が入った。すでにしめっていたのは過剰になった汗腺のはたらきのせいだった。

じっさい、空気は蒸しはじめていた。むかしから湿度の上昇には敏感なたちだった。ひたいにねばついた汗をかいていた。五分丈の穿きものの裏ポケットにしまったハンドタオルで押さえるようにして拭いた。ほどよくながれていた風はとどこおり、波のうごきもいっそうおだやかになっていた。海面はすこしずつ上昇し、夜空にうかぶ星のまたたきもほんのりと目立ちはじめていた。波音はこころをしずめろと言わんばかりの、ひととの会話ほどの音量で防波堤をやさしくもてあそんでいた。もと来た通路の方を、まじまじとながめてみた。長い桟橋の上にはだれもおらず、街灯が青白く灯りながら波止場の景色を消していた。波止場のさらに奥には現代アートのモニュメントなどの設置された遊歩道付きの広場があり、そのみじかく刈られた芝生を超えた車道の先には縦ではなく横に長くどっしりと陣取ったファミリータイプのマンションがそびえていた。百近い窓々から漏れるオレンジ色のひかりに目をこらした。かつてねんごろだったひとと夜風を浴びながら遊歩道を歩いた際に、おなじマンションを見て、おおくの眼を持つ化け物のようだと話したことをおもい出した。笑わせようとした比喩ではなく、直感的に口にしていた。あの時の親愛のこもったほほえみの裏ではあきれ返っていたか、とかんがえたことのない自虐的な思考がふいによぎった。今こうしていくら目をこらせども、マンションを化け物と見ることはできなかった。窓のほとんどはカーテンが閉じており、そこからひかりが漏れていた。まったく明かりのないものと、カーテンを開けっぱなしにしているがゆえの四角いひかりをはなつものがのこりの半々をしめていた。ベランダの詳細まで知ることはできなかったが、あちらから赤灯台や桟橋をながめているひとはおそらくいるだろうと想像した。視線は中空で交差しているはずなのに、互いにそれを感知し合えないのだ。上弦がマンションとこちらの正面とのあいだ、左前方の海の上でしろくかがやいるのが見えた。にじむこともよどむこともしない無数の光線は不動のまま夜のすべてをあわくつつもうとしていた。上弦は、上弦のままみずからの移動のみを緊密さの中で許容するかのように堂々としていた。一条の、いや一束と形容したほうが適切な光線が海面のゆるいうねりをあばきながらまっすぐとこちらへと伸びていた。この双眼と上弦をむすぶ直線上には何も存在しなかった。だまって見つめていれば、しだいに近づいてくるかと期待しながらながめたものの、表面の凹凸が明晰になるだけだった。

一向に手ごたえのないまま時間はながれた。湿気を払うかのような冷ややかな風が断続的に吹き、やがて止むと、夜はしだいに温度をうしないはじめた。竿は五度ほどおおきくしなったが、たんに岩と岩の間にひっかかっただけだった。三度はうまくはずせたものの、二度は無理に引きちぎった。あらたなむすび目をつくる作業には相変わらず苦戦した。ただ、一度できたことが気だるい自信となり、過度な焦りをうまなかった。ふしぎなことに何度失敗しても、ふいに成功するのだ。要因はやはりわからなかった。減ることのないようにおもえた石ゴカイはすこしずつ減りつつあった。錘の予備はあとひとつだけだった。何度もあくびがでて、涙が頬をつたい落ちた。退屈しているわけではなかった。いつからか退屈はどこかへ消え去っていた。赤灯台の付近のつがいは別々に、それぞれ腕を組みながら右から左へと背面を抜けて行った。リールを回すでもなく、柵に体重をあずけながらうだつの上がらない竿を夜空に突き刺していた。何度も煙草を吸いたくなったものの、シガーケースを祖母の家に置いてきていたため、どうしようもないとあきらめた。首や肩を回し、伸びをして身体をほぐした。みっともない声をだしても、まったく気にならないほど人気はなかった。クーラーボックスの上に腰かけたくなったものの、すでに置いてあるショルダーバッグをどける気にもならなかった。おっくうと言うより、そこはショルダーバッグの定位置であり、自己都合でその領域に割り込むのもちがうと感じていた。

そういえば、クーラーボックスに海水を張るのをすっかり忘れていた。大量に詰めた氷だけがおとなしく眠っていた。今さら水汲みバケツを広げてどうこうする気にもなれなかった。そもそも釣れる見込みもないし、今となっては釣ろうとしているのかさえ定かではなかった。腕時計で時刻を確認すると日付の変わる五分前だった。もう二時間もここにいるのだと、時間のながれの早さにおどろいた。おおきく息を吸うと、あらためて潮のにおいが鼻孔にきつく食い込んだ。ショルダーバッグの中で、携帯電話がふたたびふるえた。振動音の長さから着信だとわかった。三十秒もしないうちに鳴りやんだ。

針先の着水音がいっそう澄んでひびきはじめた。竿を全力で振らなくなり、近くで落ちるようになったためかもしれない。最初は見えなかった着水の際のしぶきと波紋がくっきりと見えた。おさない頃にCMで見たようなきれいな紋様はできず、不格好に海に吸収されるだけの運動だった。海底の深さはあまり変わらず、錘が海を切る感覚も、それがなくなるまでも時間もほとんどおなじだった。数分前もそうだったように、投げたはいいものの、リールを巻くのはおろか、糸に緊張をもたせるのもおっくうだった。かろうじて糸に緊張をもたせたあとは何もせず、竿をゆるくにぎりしめていた。疲れのにじみはじめた身体をもてあまし、ぼんやりと、さまざまなことに想いをめぐらせていた。射程のひろい多岐およんだ思考は、目の前から景色をうばっていた。頭を使っているようで、その実まったく何もかんがえていなかった。すべては以前に感じていたことをうかべなおしているだけの単純な作業で、あたらしい発見も接合もなかった。ふいに、いつかに読んだ新聞の投書をおもいだした。近頃の若者は他者とのコミュニケーションにおいて過剰に沈黙をこわがっている、建設業をいとなむ六十代男性からの主張だった。これに対してはふたつの意見があった。ひとつは何も若者にかぎらないのではないかということ、もうひとつは「他者とのコミュニケーション」におかずとも現代人は沈黙=暇を「過剰にこわがっている」のではないかということだ。特別付け足すことはない。こうやって釣り竿をにぎり、ぼんやりとすることがいいのだと得意になっているわけでもない。ただこの双眼には現状がそう映ると言うだけの話であり、それ以上でも以下でもなかった。そもそもこうやって時間と金と石ゴカイと資源を消費して何の釣果もあげられないこの行為をよしとできるわけがなかった。しかし、このぼんやりとできるこの時間を憩いと見なし、目の前でたゆたう波のごとくおだやかなこころに満足しつつあるおのれには気づいていた。躁も、鬱も、気だるさも、睡気もない、調和的な時間がここにはながれていた。まるで時はその歩みを止めてしまったかのようだ。深く呼吸をすることさえためらわれた。

波止場の方で大学生とおもわれる数人の男女が花火を持ちこんでさわぎはじめた。うるさいと感じるには距離がひらきすぎていた。だれかが火のついた花火を両手で持ち、ぐるぐると腕を回してはあざやかな黄と緑の円をえがいた。こちらもこの場所からおなじように円をなしてやりたいものだと、首をやって見つめながらおもった。酔った女性のものとおもわれる笑い声がここまで明確にとどいていた。しばらくはああやっているのだろうとおもい、ふたたび目を前に向けると、いつの間にか声は消え去っていた。おどろいて振り向くと、やはり波止場に人影はなかった。彼らはひっそりと退散していたのだ。距離があるとはいえ、あれだけの音がなくなればすぐに気づきそうなものを、といぶかしんだ。手持ちがわずかしかなかったかと想像したが、おそらく巡回中の警官に注意されたのだろう。自転車に乗った警官が、クリーム色に点灯したライトの丸い明かりと共に五分もしないうちにこちらにやってきた。桟橋の板をかたかたと律動的にゆらしながら近づいてくるのに耳をかたむけていた。そのまま通りすぎよと念じたこちらの期待を裏切り、そばでふいに前進を止め、片足をついて声をかけてきた。三十代後半ほどか、ずんぐりとした体形の男性だった。

こんばんは、釣れますか? 

いや、ぜんぜんです。

あー、今日は潮が悪いですもんね。

そんなもんですか、ひとがいないんで、そうなのかなぁとはおもってましたけど。

最近はここもめっきり釣れなくなりましたよ、むかしは時期によっちゃ太刀魚とか鱸なんかもあがったんですがね。

そうなんですね。

こちらがそう返したきり警官はだまり、両手を腰に置きながら海に目をやり、深いため息をついた。股間と右足でかたむいた自転車を支えるのがさまになっていた。海を見つめる眼鏡越しの双眼や、真横にきつくむすんだものの下あごのふくらみのせいでどこかゆるんで見える口元からは何の感情も読み取れなかった。帽子の下はもしかすると髪がうすくなっているのかもしれない。口まわりの青髭と中途半端な長さの襟足を見て、適当な予想をした。

では、がんばってください。

警官は腰に置いていた両手をハンドルにもどしながら視線をこちらに投げかけた。その瞳は数時間前に見た海の漆黒よりもさらに深い暗闇をはなっていた。いや、暗闇とははなたれるものではなく、吸いこむものか。見つめられているとより、とらえられているのだと感じ、身の毛がよだった。こちらの全身が戦慄しおえる前に警官はサドルに腰をかけ、前進を再開していた。視線はすぐさま逸れ、赤灯台へと向いていた。濃くなる夜闇の中で様子を変えない赤灯台は、そのまがまがしさを増しているように見えた。クリーム色の明かりはすぐさま先端までたどりついて折りかえし、気を付けてくださいねー、と言いながらこちらの背面を右から左へと抜けて行った。ちいさく返事をしたものの、おそらく聞こえていなかった。

桟橋の律動が止んでしばらくしてからふたたび腕時計に目をやった。さきほどとおなじく日付の変わる五分前を指していた。秒針を確認すると、うごきは完全に止まっていた。いつから止まっていたのか、皆目見当もつかなかった。予兆など、みじんも感じていなかった。正確な時刻を知りたくなったものの、携帯電話を手に取るのはやはりためらわれた。クーラーボックスの上のショルダーバッグはいっそう生気なく横たわり、そのまま白骨化でもするかのようだった。ほとんど飲み終えたペットボトルが開いた口からのぞくさまは、ぱっくりとひらいた傷口に異物がささっているようで、まともに見ることができなかった。しばらくしずかにしていた甲虫が、ふたたび街灯にぶつかりはじめた。不規則にひびく、かわいた音は止まった秒針の代わりに夜をかぞえていたか。

時刻のことうんぬんを気にしているうちにも、上弦はますますひかりをつよめていた。いつしかこちらの正面まで移動しており、こころなしか海面に近づいたようにおもえた。一束の光線はよりふとくなり、まっすぐにこの身体をつつむかのように伸びていた。生まれては消える波の頂点はきらりきらりとかがやき、みじかい生を祝うようにおどりつづけた。無口な妖精が、ひそやかに海面とたわむれていた。上弦に近い場所で大魚が唐突に跳ねた。頭部と尾でなした重たい弧は、かくれた上弦の半分かとおもえるほどきれいな半円をえがいた。ふたたび身を沈める際の水をたたく音が明確に聞こえた。月明かりをもろに受けたシルエットから察するに鱸かとおもわれたものの、それをたしかめる術はなかった。何せきざしなき瞬間の出来事だった。あんな場所まで針先を飛ばせないことも自明だった。それでも助走をつけて全力で遠投をした。よわりきった石ゴカイは錘と共に今までより高い穹窿をえがき、上弦までとどきそうな勢いでしゅるしゅると摩擦音をひびかせたものの、数秒後には失速し、檸檬色に照らされた海面の、ちょうど真ん中に落ちた。その音もおなじく明晰だった。今夜最長の遠投だったものの、魚が跳ねた場所までは半町ほどあった。そんな場所で跳ねた魚など見えるものかと、今さらながらわが目をうたがった。投げてからしばらくは糸に緊張をもたせることさえせず、ただ目の前の幻想的な光景を堪能していた。正面でやわらかいひかりをはなちつづける上弦がすこしずつ移動し、やがて群島のならぶ水平に呑まれていくという事実が信じがたかった。まともにかんがえれば切なくなり、やたらとかるい竿をきつく握りしめた。このまま正面に居つづけてくれれば精一杯の愛情を注いであげるのに、理にかなわぬことと知りながら口にした。口にすると、その分切なさが増した。満ちてもいないお前をこんなにも愛せるやつなど他にいないだろう、呑みこんだことばはずっと呑みこんできた想いに端を発していた。愛の対象を固有化することで自身の存在意義を補強するいつかの狡猾から何も変わっていなかった。かわいた汗が首元にねばついた。ここちよい夜風でもぬぐいきれない不快がたしかにあり、それは汗を吸っていくぶんか重くなったサンダルから飛びだした爪先の冷えなども同類と見なせた。幻想的な光景を目にしつつ身体の不快に意識をやることで心身にともなう感情が分裂するのを感じていた。引き裂かれることで、いや、引き裂かれるのをこらえる場所で、今ここに生きているのだという実感が逆説的ながらもじわじわと湧いた。ここでこのままじっとしていたいのは上弦どうこうにかこつけたわが身なのだと、目頭が腫れぼったい熱を帯びる中で冷静におもった。

深呼吸をしてからゆっくりとリールを巻きはじめた。手にうまく力が入らないと感じた。

二三周したところで、手元に急激な重みがかかった。竿が痙攣しながらしなった。また根がかりかとおもいつつも反射的に引き上げると、どうやら魚がかかったようだと反発する力の生物的なうごきからさとった。もはや期待などにしていなかったのに、かかったとなればかかったで爆発する高揚をおさえきれず、口元にふやけた笑みを浮かべる。手ごたえや折れんばかりの竿のしなりから相当な大物だと理解した。糸をちぎられることをおそれ、リールを操作し一度糸をおおきくゆるめた。しばらく泳がせ、よわらせるのだ。岩にひっかからぬよう細心の注意を払いながら、竿をうごかした。魚は相変わらずつよい引きのまま大海を縦横無尽に泳ぎ回った。月光に照らされた糸は視界からたやすく消えてしまう。魚の位置は魚の引きでしか知ることができなかった。どちらも真剣そのものだった。ひたいから雨粒のような汗がつるりとすべり落ちた。首元でねばつくものとはてんで似つかぬさわやかさで肌着に吸収された。掌や足裏に汗をかいていたものの、暑気を感じているわけではなかった。リールを三分の一周だけ回し、様子をうかがってからそろりそろりと巻きはじめる。まるで泥棒のようだ、とおもった。抜き足差し足、とかぞえながら手元をうごかした。いや、傍らで眠る異性の身体にふれる際の手つきにも似ているか、と途中でおもいなおした。したことのない行為、あるいはしばらくとおざかっている営為との類似点を発見し、嬉々とする心中が謎だった。すべてはしずかに熱をおびる高揚のせいだった。引き寄せているはずの糸がまったく見えないせいで、魚との距離がどれほどかまったくわからなかった。ゆっくりと糸を巻くだけの自動装置になったような気もした。魚が明確によわりはじめたのをさとると、巻く速度を上げた。きらりとかがやいた糸の陰影が確認できる頃には、もうだいぶ防波堤まで近づいていた。魚影はまだ見えなかったものの、太刀魚だと直感していた。手につたわる引きの感触で種別を判断できるほどの経験を積んでいるわけでもなかった。そもそも太刀魚を釣ったことなどなかった。以前開港都市で食した時には舌に合わなかったと記憶している。

リールを巻く手がしだいに疲れてきた。あとすこしだからと鼓舞するために咳ばらいをしたものの、効果はうすかった。糸と竿のなす鋭角がよりするどくなると、檸檬色にそまった海面に魚影らしきものが見えた。ぼんやりと細長くうごめくそれは緑がかっていた。実感なく見つめていると視界から逸れるように防波堤へと近づき、竿はきしみながらつよくしなった。まだこんな力がのこっているのかとおどろいた。防波堤の際にはテトラポットやおおきめの岩があるため、それに引っかかって糸が切れぬように注意しながらじりじりとリールを巻いた。汗が目に入るのがうっとうしかった。夜風ではどうにもならぬほど芯から火照っていた。高揚と疲れの入り混じった熱が全身を釣り針のごとく貫通していた。

ふいに糸の先が海面から抜け、魚の宙でゆれる感触が竿越しにつたわった。目じりに汗ののこった双眼を向けると、にじんだ視界にうつったのはやはり太刀魚だった。引きのつよさどおりふとい胴を持つ大物だった。銀色にかがやく肌をはげしくうねらせ、七色をちりばめながら身にまとった海水を豪快に振り落としていた。波の音にまぎれながらも、海水を海へともどす断続的な着水音が底気味わるく、かつ下品にひびいた。透明な血をだまって振りしぼっているようにも見えた。虚空を見る目は活力に満ちているのに絶望を貼りつけているかのように暗かった。太刀魚のがむしゃらなうごきのせいで糸がブランコのようにゆれていた。しかし、そんな抵抗にもはや意味はなかった。糸をたぐり寄せるように確実に巻き、ゆれをちいさくしていく。近づく太刀魚はやはりどこか緑がかって見えた。興奮から自然と笑みがこぼれた。笑い声も漏れていたのかもしれない。今夜はこの一匹で充分だとおもった。これまでの時間がすべて報われた気がした。この釣りに割いた時間だけでなく、定住した四年のあの歳月や、今日ここに至るまでの迂回めいた道程も、三度変えた職業も、何の気なしの出会いや別れも、祖父の死も、自閉的な努力も、あるいは怠惰も、すべて、ことごとく……しかし、やはり釣りは釣りなのだ。釣果がなければ何の意味もないのだと、今までどこにもなかった感情が怒涛のごとく押し寄せた。いや、これまで蓋をしていただけで潜在していたか。

いやいや、今日はほんとうにありがとう。

太刀魚に対する優越感と感謝の念を口にした。お前がそんな生意気な目をするなら、とことばとは裏腹に陰険でかわいた視線を投げかけていた。

リールの巻く速度をさらに上げた。いよいよ一間ほどにつまった距離、手を伸ばせばとどきそうな距離にいる太刀魚をはげしく欲望しながら見つめた。内なる野性とふだん顕在しない殺意が皮膚を突き破らんばかりにたけっていた。口元からよだれがこぼれそうだった。この時点で食すことを想像していたわけではなかった。うつぶせて寝る際にゆるんだ口元から漏れるのとおなじように自然なことと受け止めていた。太刀魚のうねりはおさまりつつあった。ようやく観念したか、底抜けに暗い目はいっそう深い絶望をやどしていた。一間が半間となり、長い胴を柵超えさせるために釣り竿をおおきく振り上げた刹那、釣り針からふいに口は抜けた。それはあっとも言わせぬ瞬間の出来事だった。気づいた時には太刀魚は宙を舞い、体勢をととのえる間もなく落下し、容赦なく海面とぶつかり、そのまま浮き上がることなく消えた。しろく泡立った場所をしばらく呆然と見つめていた。痕跡すらも波に呑まれて、やがて月光に照らされた均一な海面となった。ことばも出なかった。いや、何と言っていいかもわからなかった。

やわらかい一陣の風が赤灯台から波止場に向かってまっすぐ吹き抜けた。前髪の分け目にしたがったその風を受けて右を向くと、マンションの明かりのすくなさにはっとした。潮のにおいのしみついたシャツのみじかい両の袖口で顔面の汗をぬぐった。熱は針のごとく抜け、高揚は去った。汗のじめつきと疲れだけがどんより肢体にしこっていた。おおきくため息をついた。喉がかわいていた。振り向くとクーラーボックスとショルダーバッグが街灯の青白いひかりを微動だにせず浴びていた。石ゴカイくさい指先で中身のほとんどないペットボトルを押しのけ、奥で眠る携帯電話を手に取った。夜が明けるまでまだ時間はあるようにおもえたものの、祖母の家で身体をながせばすぐに眠れるような気がした。上弦はいつしかこちらの真正面をとおりすぎ、夜の大気と海面をひかえめに照らしていた。

『ぜんぶマーフィーのせい』

わたしたちは、みんな転校生だった、だから、うまれた場所も、ある程度おおきくなるまでそだった場所も、ぜんぶちがったけど、わたしたちの顔は、どれも、とてもよく似ていて、似すぎていて、だから似ている、という事実すら、わすれてしまうほどだった、だいぶ前にだれかが、わたしたちは、みんな顔が、似ているから、ここにあつめられた、と言っていたけど、そんなはずはないに、きまっていた、そんなわけないぞー、そんなわけないぞー、わたしたちは、ぜんりょくで抗議して、その声は、がっこうぜんたいをつつみこんで、しまった、ゆみりん先生が、三階から、こらーうるさーい、とどなったから、わーわー、とさけびながら、ちりぢりになった、わたしたちの、はしりかたは、それぞれ、どくとくで、世界中のはしりかたを、ぜんぶあつめても、まだ足りないくらいだった、でも、はやさは、そんなに変わらないと、知っていたから、だれも、競わなかった、だれかと、だれかが、はしりかたを、交換することも、よくあった、はしりかたを、たくさんおぼえておくのは、いいことだと、だれもが、知っていた、そのうち、変なことを言っただれかは、どこかに消えてしまった、まるで最初から、いなかったみたいだった、わたしたちの中に溶けたんだね、おかえり、そう口にした、だれかの声が、聞こえたけど、それもまた、だれか、わからなかった、だって、わたしたちの顔は、どれもひどく似ているから、あたり前のように、声も、似ていた、ふりむく必要も、なかった。

 

わたしたちは、みんな八歳から十二歳のあいだの、ねんれいだと、言われていた、でも、それがせいかくだと知る方法は、なかった、だって、がっこうの中に、カレンダーは、ないし、わたしたちが、カレンダーの存在を知ったのは、ついさいきんのことで、その時も、おやじどのは、カレンダーなんてぜんぶウソっぱちなんだと、わたしたちに、おしえたから、わたしたちは、やっぱりせいかくなことを、知ることが、できなかった、ここに来て一年だと言われても、三年だと言われても、はたまた十年だと言われても、わたしたちは、そのことばを、しんじるしかなかった、そんなことは、一度も、言われなかったけど、けど、どうかんがえても、十二歳を超えていたものもいた、きっと、わすれられていたんだと、おもう、でも、身長は、ある程度の、たかさから、ずっと一定で、ゆみりん先生や、おやじどのには、てんでとどかなかった、わたしたちは、もうずっとこのままのおおきさなのだと、わたしたちの中でも、中くらいの身長のだれかが言った、言ったあと、へんな沈黙がうまれて、がっこうの中をはしる、風の音が、きこえるみたいだった、ひゅるるるー、わたしたちは、肩を寄せ合って、教室のかたすみで、じっと、息をおしころしていた、べつべつの場所を見て、何かを警戒していた、これは、わたしたちの習性だった、ゆみりん先生にも、おやじどのにも、おしえられたわけでは、なかった、わたしたちは、ばらばらの背のたかさで、声のうわずりかたも、ちょっとちがったけど、みんなやせていて、肌は、たまご色で、目が、ぎょろっとしていて、歯は、黄ばんでいて、八重歯のあるものも、いたけど、顔は、似ていて、やっぱり声そのものも、似ていて、見た目は、ぜんぶ、かわいかった。

 

わたしたちは、まずここに転校してきてから、すぐ、はだかにさせられて、あのきたない、ゆがんだペンチで、おやじどのに、奥歯をいっぽん、あるいは、にほん、抜かれた、血を、止める処置も、されないから、ずっと血の味が、していて、最初の食事は、みんな、血の味しかしなかった、と口をそろえた、最初の夜は、りゆうも、なく、ずっと泣いていたけど、つぎの日には、みんなが、友だちになってくれるから、さみしくなくなった、歌をうたった、はじめてうたったのか、それとも、以前にも、うたったことが、あったのか、よくわからなかった、ただ、だれにも、おしえられはしなかった、みんなが、うたっている歌をおぼえるのは、いつも簡単だった、歌が、うまいというのは、わたしたちの、とりえだった。

 

わたしたちは、授業のあいだ、だれも、ノートを取らないから、テストの時は、みんなひどくこまった、みんな、勉強は、好きなのだけど、授業のあいだ、だれも、ノートを取る、という発想にならないのだ、ゆみりん先生は、基本的に、ずっと黒板のほうを向いていて、チョークで何か書いては、消す、何か書いては、消す、という作業をくりかえしていた、しんじられないことに、ゆみりん先生は、黒板に書くことと、しゃべっていることが、てんでばらばらだった、わたしたちは、ノートを取らないぶん、耳をすましていたし、目をもぱっちりと開けていたから、情報を追うので、せいいっぱいだった、ある意味、いったいどうすれば、ノートなど取れるだろう? わたしたちは、分業、というものが、苦手だった、分業すれば、はかどる、とわかっていることでも、いざ分業しようとすると、かたほうにかたよってしまう、もし、だれかがノートを取りはじめたら、わたしたちは、いっせいに鉛筆を持って、だれも、授業の内容など、理解しようとしなくなるだろう、それに、わたしたちにあたえられた、鉛筆は、それぞれ最初からみじかくて、卒業生のおさがりだと、おやじどのはおしえてくれたけど、とぎかたはおしえてくれなかったから、わたしたちは鉛筆けずりを、何の器具だが理解するのに、一年以上かかった、つまり、最低でも一年は、鉛筆をつかわなかった、ということになる。

あの頃は、よく雷が、鳴っていた、近くに落ちたことも、あった、地面が、ばりばりと割れて、そのままぜんぶ落っこちてしまうかとおもった、けど、雷が、落ちても、地面は、ちっともゆらがなかった、竜が、空にのぼっていくのを見た、と言うものもいた、大声をだして、泣いていたと言う、竜のなみだ、世界は、ぜんぶ、竜の何かしらでできている、と聞いたことがある、竜の子、人の子、土くれにかえしてやろうかね、絵本売りの、ゼブラおばあさんの、せりふ、ゼブラおばあさんは、きっと宇宙でいちばん、かしこいにちがいない、キャンプファイヤーの火の粉を見ながら、わたしたちは、しずしずと泣いた、りゆうは、それぞれちがった、かえる場所が、ない、とか、ふざけんな、だれかが、だれかに、なぐりかかれば、もみくちゃになって、いつの間にか、キャンプファイヤーは消えかけていた、ほんとうのことを言えば、わたしたちは、キャンプなんてしたことが、なかった、マーフィーが、来るまでは、ただ、どういうわけか、校庭でやる、キャンプファイヤーは、得意だった、それも、これも、ぜんぶ、おやじどののせいだし、おかげだった、おやじどのは、火が、好きだった、だから、わたしたちの髪は、しばしば、おやじどのによって、燃やされた、ジッポライターをカチカチやる音は、わたしたちにとって、恐怖以外の、何ものでも、なかった、おやじどのは、けじめだ、と言った、よく笑う人なのだと、笑顔が似合うのだと、はじめて知った、ゆみりん先生は、けじめの時になると、いつも目をそらしていた、おもえば、あの頃のわたしたちは、とても元気だった、だれも、ノートを取らないから、テストの時は、みんなひどくこまっていた。

 

マーフィーが、転校してきた日は、絵本売りの、ゼブラおばあさんが、ちょうどがっこうに、来ていたから、ふたりは何か、関係が、あるかとおもったけど、何もないんだと、あとになって、わかった。

マーフィーが、転校してきた日は、ふだんどおりで、べつに変わったことは、なかったけど、あの日は、朝から空が、ずっとピンク色で、昼になっても、ピンク色、夕がたになって、やっとオレンジが、まじったとおもえば、すぐに陽が、しずんで、くらくなった、マーフィーは、初めて来た日なのに、まったく泣く気配が、なかった、夜になって、マーフィーの肌の色が、わたしたちより、ずいぶんと、それは、もう病的なほど、しろいのに気がついた、マーフィーは髪の毛も、しろかった、それは転校してきたその瞬間から、わかっていたから、おどろかなかった。

 

マーフィーは、わたしたちと見た目が、すこし、いや、かなりちがった、けど、これは以前にもあったことで、そういったものも、時間がたてば、しぜんと、わたしたちの中に溶けていく、と知っていたから、あせらなかった、けど、マーフィーは、いくら時間がたっても、ぜんぜん、わたしたちの中に溶けなかった、顔はある程度、わたしたちに、似ていた、けど、肌や、髪は、しろいままだし、かんがえることも、なかなか、奇抜だったし、何より、話しことばから、妙なくせがぬけなかった、

きみたちはなんでそんなに変なしゃべりかたをするんだい? 

とマーフィーが、聞いたことが、あった、わたしたちは、はじめ、くすくすと笑って、そのうち、笑いが、こらえきれなくなって、口をけんめいに閉じながら、ふーふー、とけものみたいに、息を吐いて、そのうち、笑いそうになっている、という事実そのものが、おかしくなってきて、一分後、くらいには、聞いたこともない、見たこともない、巨大な笑いのうずが、できあがっていた、それは、ほとんど泣きさけんでいるのと、変わらなかった、わたしたちは、むせたり、なみだを、ながしたりしながら、その笑いのうずに、ただのまれつづけた、ゆみりん先生は、きっと何か言っていたけど、わたしたちには、無意味で、いくらぶたれても、注意されても、わたしたちは、笑うことに、熱狂していた、こうした熱狂は、たぶん三十分もしないうちに、あとかたもなくなってしまった、おさまるのに、きっかけなんてなかった、台風と、おなじようなものだ、とだれかが、口にして、たしかにそうだと、みんな首をたてにふった、わたしたちは、笑いつかれてしまった、ただ笑っていただけなのに、教室の中は、ぐちゃぐちゃに、ちらかっていて、それにちょっとだけうしろめたさを感じて、だれともなくかたづけはじめて、ああ、この気持ちが、うしろめたさなんだなー、とわたしたちは、きわめて瞬間的に、学んだのだろう、きわめて瞬間的に学ぶ能力を、わたしたちは、いつものばそうと努力していた、こんなにも、わたしたちを笑わせるなんて、マーフィーは、きっと天才にちがいない、教室が、きれいになりかけたころ、だれかが、マーフィーをほめようとしたのに、マーフィーは、どこにもいなかった、ゆみりん先生も、どこにもいなかった、わたしたちは一瞬、とんでもない恐怖感に、おそわれた、けど、すぐ、あたまをはたらかせた、きっとふたりは、わたしたちが、あまりに熱狂的に笑うから、あきれて、どこかに行ってしまったんだろう、空をぶあつい、雲が、おおっているせいで、時間が、わからなかった、教室の中は、こんなにもくらかったっけ、ってくらいくらくて、黒板の上の、時計の針をよみとることもできなかった、わたしたちは、みんな目が、わるかった、がっこうのそとの、森が、ざわざわと、ゆれていた。

 

わたしたちは、マーフィーが、溶けないことを、ずっとふしぎにおもっていたけど、べつにいやなことだとはおもわなかった、ただ、マーフィーが、溶けないせいで、わたしたちは、以前よりずっと、おしゃべりになった、他愛もないことを、話すようになった、たとえば、天気のこと、気温のこと、そんなこと、わたしたちには、どうでもいいことだし、それは一生変わらないはず、なのに。

 

マーフィーは、せきよくしていた、せきをするたびに、くびすじに、血管がういた、わたしたちは、やさしいし、やさしくなろうと、つねに努力しているから、せなかをさすってあげることが、おおかった、マーフィーは、いつもよくたべては、やすんだけど、わたしたちのだれよりも、やせていたし、体力が、なかった、でも、中くらいだった背は、ぐんぐんのびた、そのうち、わたしたちのだれよりもたかくなるんだろうと、だれもがおもっていた、マーフィーは、はい色の、ひとみをしていた、そのことに気がついたのは、せきをしすぎた、マーフィーが、血をはいた夜のことだった、あの夜のことは、よくおぼえている、がっこうで、つまらない映画をみたあとだったから、マーフィーのひとみは、ずっと、青色だと、おもいこんでいた、マーフィーは、わたしたちとおなじで、青い服ばかり着ていた、だって、わたしたちは、青色の服しか、もっていなかった、ちょうどそのころ、わたしたちは、月を見て、その経過を、日によっての、みちかけや、きどうの変化を、こまかく観察しはじめたところだった、今はもう、すっかりなくなった習慣だった、わたしたちには、こうやって、なくしていった習慣が、たくさんあった、マーフィーは、いっしょに、月を見てくれたけど、風にあたると、さむい、と言って、わたしたちの観察日記だけを、勝手によみあさるようになった、そういうずるいところが、わたしたちは、いやで、たびたびけんかした、手がでると、マーフィーは、かならず鼻血をだした、だれかが、なぐったのか、それとも、勝手にマーフィーが、血をだしたのか、わからなかった、マーフィーの血は、いつも、くろくにごっているように見えた、ぜんぜん、さらさらとしていなかった、その血を見ると、わたしたちは、もう何も、できなくなった、そんなにも、しろいからだで、髪の毛で、はい色のひとみで、どうしてそんなにくろい血が、流れているのか、ぜんぜん、意味が、わからなかった、わたしたちは、いつしか、マーフィーを、なぐらなくなった、そういうルールが、いつの間にか、できあがっていた、わたしたちは、マーフィーを、すごく、たいせつにおもっていた。

 

がっこうは、とても、ひろかった、ぜんぶの場所を、行きつくすことは、きっと、だれにも、できないまねだった、なんとなく、がっこうは、巨大化している、ような気がした、じっさい、おなじ場所、おなじ教室、おなじ校庭には、二度と行けなかった、でも、きっと、それは、かんちがいだった、おやじどのは、がっこうのそとだと、校長先生、と呼ばれていたけど、わたしたちは、校長先生、と口にしなかったし、おやじどのも、それをのぞんでいなかった、さいきんだと授業は、ぜんぶ、ゆみりん先生が、うけおっていた、わたしたちは、なぜか、授業ごとに、教室を移動した、その移動で、時には、授業が、まるまるつぶれてしまうことも、あった、ゆみりん先生は、わたしたちより、さきに教室をでているはずなのに、かならず、わたしたちより、おそく、教室にはいった、それなのに、わたしたちの遅刻を、ひどくせめた、ちんぷんかんだ、けど、わたしたちは、おこられている時は、ちゃんと反省するように、していたから、いつも、落ちこんだ、あとになって、どうやって遅刻せずにすむか、かんがえてみたけど、ぜんぜん、わからなかった、まよっていたわけではなかった、ただ、たんじゅんに、教室と、教室のあいだが、とおすぎるのだ、かとおもえば、すぐとなりの、教室で、つぎの授業を、おこなうことも、あって、わたしたちは、たくさん歩かなくて、すむから楽だ、と、その時には、ふかくかんがえない、いろいろと、わからないことが、おおい、きっと、おとなになったら、もっとおおくのことが、わかって、わたしたちは、ルールに、当てこまれるだけの存在から、ルールを、当てこむ側の、ちからと、知恵をえるのだろう、それにしても、ゆみりん先生は、どうして、あんなにも、もの知りなんだろう、そして、もの知りなのに、どうして、いつも不機嫌で、急にやさしくなったと、おもったら、さみしそうな顔をするのだろう、ゆみりん先生は、きっとじぶんのことを、たのしくする方法が、わからないのだろう、それなら、わたしたちに、聞いてくれれば、かんたんに、おしえてあげるのに、ゆみりん先生は、とくべつだから、ゆみりん先生は、わたしたちを、決して、とくべつあつかいなんか、しないけど、授業が、おわると、ゆみりん先生は、三階にある、じぶんの部屋に、もどって、それから朝まで、わたしたちと、顔をあわせることは、ない、ゆみりん先生は、結婚していないのか、とたずねると、していないけど、いずれするわ、とおしえてくれた、恋人は、どうやら、ずっととおくにいるらしい、ずっととおくにいるということは、死んでいることではないか、と、わたしたちは、おもったけど、それを口にするのは、勇気が、ひつようで、その時は、勇気が、たりなかった、年をとって、うしなうものが、あるということは、なんとなく、わかっていた、おやじどのなんて、わかりやすく、前歯がなかった、それでも、わたしたちは、おとなになりたかった、何より、おおきなからだが、ほしかった、いろいろと、わからないことが、おおい、わからない時は、ねるにかぎるから、おやすみ、わたしたちは、はっきりと、声にだして、きょうにわかれを告げるのだ、そうすると、わたしたちは、すぐに、どこかに、なげだされる、目をとじていても、わかる、屋根と、カーテンが、あるだけで、ほんとうに、どこかに、なげだされていた、日付が変わる前、わたしたちは、いつも、とほうにくれていた。

 

わたしたちは、みんな転校生で、このがっこうに来るまで、かきあげを、食べたことが、なかった、給食の、いちばん、人気で、月に、いっかいほどの、ペースで、でた、かきあげには、なすと、エビと、玉ねぎと、みつばと、ホタテが、はいっていた、かきあげを、うまくつくれるのは、いいコックさんだと、おもったし、おやじどのも、そう言っていた、食堂で、給食を、つくってくれるのは、ワックスさんで、ワックスさんは、絵本売りの、ゼブラおばあさんの、むすことも、おとうととも、言われていた、けど、あまり似てなかった、どちらにせよ、ワックスさんには、あまり、きょうみが、なかった、ワックスさんは、だまって、料理だけ、つくっていればいい、というのが、わたしたちの、意見だった、ワックスさんは、たぶん、ゆみりん先生のことが好きで、むかし、ろうかで、話しこんでいるのを、見た、なんで、あなたばかり、つらい目に、あうんでしょうね、と、言いながら、ゆみりん先生の、手を、おおうようにして、あのでかくて、ごつごつの手で、さすっていた、ゆみりん先生の手に、キスまで、しようとするものだから、わたしたちは、がまんできなくなって、ワックスさんに、とっしんした、ワックスさんは、ちょっとだけういて、とても、びっくりしていた、まるで、ばけもの、でも見るみたいに、こっちを見ていた、ゆみりん先生のほうは、見なかったけど、きっと、わたしたちのことを、ありがたがっていると、おもった、そのあと、ふたりが、話しているのは、見たことが、ない、ワックスさんは、料理が、うまいから、きらいになれない、というか、むしろ好きだ、なのに、とっしんしてしまったから、気まずかった、でも、とっしんしたあとに、すぐ、かきあげが、でたから、ゆるしてあげることにした、ワックスさんは、基本的に、ぼらんてぃあ、なのだと、あとで聞いた、ぼらんてぃあ、というと、生きていることは、ぼらんてぃあ、になるのか、とおもった、ぼらんてぃあは、やさしいひとしか、できないと、おやじどのが、おしえてくれた、わたしたちは、いつか、ぼらんてぃあに、なって、じぶんたちいがいの、ぼらんてぃあを、ぜんぶ、この世から、けしてあげたいと、おもった、やさしいひとは、どうやら、つらい目に、あうらしいので。

 

わたしたちは、授業のない日だと、日曜日以外、だいたい、はたらいていた、ひろい学校の敷地内には、せんようの、さぎょう場があって、そこは、体育館に、似ていたけど、中にはいれば、ぜんぶちがった、すこしも似ていなかった、そこで、わたしたちは、いろんなものを、つくった、高級ソファーも、自動車のドアも、本場ドイツ顔負けの、本格的なソーセージも、いかにも安っぽいバッグも、コンドームのパッケージも、わたしたちは、みんなぶきようだけど、何かになれるのは、たぶん、はやかった、いわば、わたしたちは、ひとつの工場のようなもの、だった、最初のだんどり、しくみさえできてしまえば、こっちのものだった、わたしたちに、つくれないものは、なかった、わたしたちは、ある意味、それくらいには、じゅくれんしていたのだ。

この工場、つまりわたしたちを、とりしきっているのは、エドワードだった、エドワードは、ゆみりん先生と、おなじで、先生だったけど、わたしたちは、先生と、よびたくなかった、それにはおもに、ふたつのりゆうがあった、ひとつは、エドワードが、もとは、わたしたちの中に溶けていた、というまぎれもない事実に、ゆらいするもので、そう、エドワードは、たしかに、ある時期までは、わたしたちの中にいた、それなのに、いつの間にか、エドワードは、先生になっていた、あの、先生として、はじめてわたしたちの、前にすがたを、あらわしたとき、あの時の、何とも言えない、勝ちほこったような、とくいげな、顔つきが、わたしたちの、さげすみに、火をつけた、ライターなど、なくても、わたしたちは、かんたんに、何かを、燃やすことが、できる、こころの中での、話となれば、なおのこと、そうだった、そもそも、わたしたちは、おやじどのは、べつとして、先生は、ゆみりん先生以外、まるでみとめていなかった、どれも、わたしたちの、先生を、名のるには、よわすぎた、エドワードの前にも、先生は、何人かいたけど、みんな、わたしたちが、いやだったのか、それとも、がっこうや、にんげん関係が、いやだったのか、すぐに、やめてばかりだった、つづかなかった、その点、エドワードは、なかなか、よくやっていた、とおもう、わたしたちにも、ほどよいきびしさと、やさしさで、せっし、作業のこうりつは、あがるいっぽう、だった、エドワードは、いつの間にか、わたしたちより、すいぶんと、おおきな、からだをしていた、わたしたちのなかに、いた時は、あんな、おおきな、からだを、していなかったのに、きっと、何か、わるいりゆうが、あるに、ちがいない。

ふたつ目の、りゆうは、エドワードが、ひどくバカだ、という点に、ゆらいするもので、じっさい、エドワードは、まともに、たし算や、かけ算が、できなかった、ひき算だけが、うまくできるというのが、すごく、エドワードらしい、だから、さぎょう場で、どれだけのものを、どれくらいのペースでつくるか、という計算を、わたしたちは、それぞれ、じぶんで、やらないと、いけなかった、こんなことは、はじめてだった、こんなかんたんなことが、できなくなるのだったら、わたしたちは、ずっと、ちいさいままで、いい、ほんきで、そうおもった、でも、エドワードは、わたしたちを、なかなか、うまくつかうから、作業のこうりつは、あがるいっぽう、で、それをおやじどのに、ほめられると、もっととくいげな、顔をした、それが、いちばんの、さげすみの、たねだった、わたしたちの、きげんをそこねたのが、わかったのか、あとでぜんいんに、アイスキャンディーを、こっそりと買いあたえてくれた、それくらいへでも、ないほどの給料を、もらっているというしょうこでも、あった、味は、レモン、ソーダ、ピーチ、オレンジ、で、レモンが、いちばん人気だった、アイスキャンディーを食べるのは、みんな、ひさびさだったから、よろこんだ、けど、やっぱり、エドワードを、先生と、呼ぶことは、なかった、エドワードは、授業なんて、できないし、ただ、さぎょう場で、指示を、だすだけ、いや、どうだろう、まともに、指示すら、だしていないのかも、しれない、ただ、わたしたちを、かんししている、だけ、エドワードは、時どき、アイスキャンディーを、買ってくれるようになった、もらえるものは、もらっておく、というのが、わたしたちの、やりかた、だったから、わたしたちは、いつも、それを、よろこんで、うけとった、ただ、マーフィーは、アイスキャンディーがきらいだ、と言って、食べなかった、どうだ、おいしいだろう、と笑いながら、言ってくる、エドワードの顔は、もう、ぜんぜん、わたしたちに、似ていないけど、やっぱりどこか、わたしたちに似ていた、チョコレート色にそめた髪の毛は、くるくると、なまいきにも、パーマをかけて、ほっぺや、鼻には、にきびができて、あごは、しゃくれていて、目も、わたしたちより、ずいぶんと、たれさがっているけど、それでも、どこか、わたしたちに似ていた。

 

マーフィーは、左耳が、ほとんど聞こえなかった、だから、わたしたちは、いつもマーフィーの、右側から、話しかけた、だから、わたしたちは、マーフィーの、右顔ばかり、覚えている、壁画みたいな顔の、マーフィーは、何をかんがえているか、ぜんぜん、わからなかった、やっぱり、壁画みたいな顔だった、あと、いちじくを、きれいに半分に、切った時の、感じにも、よく似ていた。

 

わたしたちは、時どき、三階の、おやじどのの部屋によびだされ、買い物を、たのまれた、いわゆるおつかい、というやつだ、おやじどのは、見るたびにふとっていく、くろいサスペンダーが、しずむように食いこんで、うごきづらそうに、なっている、もとからすくない歯は、ますます黄ばんで、鼻息も、ずいぶんとあらくなって、じぶんのことばを、さえぎるかのようだった、目は、ひどい血ばしりのせいで、ひとみの位置が、わかりづらかった、どこを見ているのか、よくわからなかった、そんな状態でも、おやじどのは、おやじどのだし、おつかいは、わたしたちにとって、がっこうをでる、数すくないきかいの、ひとつだった。

がっこうには、正門と、裏門が、あって、どちらを、抜けても、いずれ、町には、つくと聞いていた、けど、わたしたちは、いつも、正門から、でた、はじめのおつかいで、正門を、つかったから、そうしないと、町にたどりつけないような気が、していた、それに正門は、正門と言うだけあって、辛気くさくて、ちゃちな裏門より、がっしりしていて、たよりがいがあった、正門から、町までは、がっこうの窓から見える、たんちょうで、ふかい森が、あったけど、道は、一本で、しかも、ふとかったから、まようことはなかった、けど、歩いている時は、いつも、まよっている気分だった、森は、あまりにもしめっていて、木のにおいが、しすぎていた、そのせいで、寒気がした、とちゅう、どうかんがえても、町になんか、たどりつけないと、何度もおもった、けど、ふとした瞬間に、森は、おわって、目の前には、町があった、森と町は、ちかすぎて、森から来たにんげんは、町のりんかくを知ることが、できなかった、町のひとたちは、みんな、ふしぜんなほど、しんせつだった、わたしたちを、一目見ただけで、がっこうから来たのだと、わかるようだった、町中の道は、ぜんぶ石だたみに、おおわれていて、とてもあるきづらかった、気になる場所は、たくさんあったけど、町につくと、いつも夕がたになっていたから、ささっと買い物をすませて、帰るくらいのことしか、できなかった、買い物のだいたいは、薬屋や、本屋ですむものだったから、町中の景色は、ある意味、見なれていた、どこかの家からシチューや、からあげのにおいがもれると、ものすごく、せつなくなった、帰り道は、いつも影が、こく落ちて、空は、まだオレンジ色をしているのに、道は、ひどくくらかった、カラスが、いやみなくらい鳴きまわった、わたしたちは、こわくなって、最後は、はしった、汗をびっしょりとかきながら、はしった、そうすると、ふとした瞬間に、森は、おわって、門をくぐり抜けていた、おなじ道を往復したはずなのに、裏門からもどっていることが、多々あった、りゆうは、わからないし、こわいから、だれにも、言わなかった、裏門のほうから、がっこうをながめると、いつも、ぜんぜん、べつの場所に見えた、昼間に森を歩けば、きっとたんじゅんなりゆうが、見つかるにちがいない、そう言い聞かせて、わたしたちは、ますます裏門を、さけるようになった。

 

森は、ひどくふかく見えるのに、時どき、ものすごくちかくで、パトカーのサイレンが、聞こえた、がっこうにサイレンは、ないけど、がっこうのどこかに、パトカーがいる、という可能性は、あった、ただ、わたしたちとしては、パトカーは、森のそとに、あってほしかった。

 

年に二度、夏やすみと、冬やすみに、わたしたちは、ふるさとに、かえることが、ゆるされた、わたしたちの半分は、行きさきも告げず、ふるさとに、かえった、けど、もう半分は、かえる場所が、なかったから、そのままがっこうにいた、ゆみりん先生も、ふるさとに、かえったから、がっこうには、わたしたちの半分と、おやじどのと、あと、マーフィーだけが、いた、給食は、ないから、食べるものは、ぜんぶ、じぶんたちで、つくった、絵本売りの、ゼブラばあさんがくれた、おかしばかり、食べて、晩ごはんを、つくらないこともあった、おやじどのは、そういうことでは、おこらなかった、おこるのも、やすんでいたのだろう、ちなみに、食堂の、だいどころは、いつも、きれいにしていた、ワックスさんには、かりをつくりたくなかったのだ、マーフィーは、いつも、どこかの教室にいて、じゅぎょうも、しごともないから、窓のそとを、じっとながめて、絵本も、教科書も、よまずに、かわいたせき、ばかりしていた、くびすじに、ういた、血管は、わるさをするヘビの、ようだった、そのヘビが、だんだんと、ふとく、くっきりと、もりあがっていることを、わたしたちは、知っていた。

ゆみりん先生の、ふるさとは、ほっかいどう、らしい、とてもさむいと、うわさ、だから、こごえて、かちんこちんに、ならないでね、と、いつも約束、してから、見おくった、おみやげで、いつも、しろいこいびと、をくれた、マーフィーが、いつも、じぶんのぶんを、くれたから、すこし、むねが、いたかった、マーフィーも、おなじ、しろいこいびとだ、と言うと、

よく意味がわからないなぁ

と、かえして、

あまいのは、あんまり好きじゃないんだ

と、つけくわえた、マーフィーは、ずっと、しろいこいびとだった。

 

がっこうには、さまざまなしゅるいの、鳥が、やってきた、ぜんしゅるいの、名前を、ゆみりん先生に、おしえてもらったけど、ぜんしゅるいわすれてしまった、わたしたちに、そんなささいな、ちがいは、ひつようなかった、鳥は、鳥、花は、花、それだけで、じゅうぶんだった、だいたい、名前をつける、ということじたい、いいことだとは、おもえなかった、ものすごい、ごうまんだ、とマーフィーに言うと、めずらしく、マーフィーは、

そのとおりだね

とやさしく、笑いながら、言ってくれた、マーフィーは、そのあと、すぐに、せきこんで、目を、ねむたげに、あけたり、とじたりした、わたしたちは、そっと布団を引いて、マーフィーを、横に、させた、マーフィーは、やがて、ひとりになった、わたしたちは、部屋からでたのだ、ドアをとじたあと、そこにもたれて、マーフィーの、笑顔を、おもいかえした、ろうかの窓から、満月が、わたしたちを、まっすぐに、なんのしょうがいもなく、まんべんなく、てらしていた、わたしたちと、月の、あいだには、何もなかったのだ、なんてしずかで、すきとおった夜なんだ!  わたしたちは、そうさけぶのを、やっとのことで、こらえた、窓をゆらす、風さえも、ふいていなかった、がっこうのそとの、森も、まったく、うごいていなかった、わたしたちは、そこから、しばらく、うごくことが、できなかった、こんな時に、うごくなんて、ひどく場ちがいな、気がした、まばたきも、なるべく、すばやく、最小限の数で、すませた、月は、しだいに、かがやきをましていくようで、空気は、みるみる、すみわたっていくようで、わたしたちは、きんちょうしていく世界に、つよく感動していた、ところが、一羽の鳥が、そのきんちょうをといた、ほーぉ、と森の手前から、まぬけな鳴き声が、ひびいた、たぶん、ふくろうだとおもった、ふくろうは、夜行性だと聞いていたから、じっさい、その鳴き声は、わたしたちを、すくったのかもしれない、どれだけの時間、じっとしていたのか、今となっては、知るよしもないけど、歩きはじめると、からだのふしぶしが、いたんだ、もし、あのまま、朝までじっとしていたら、わたしたちは、きっと、石像になっていただろう、それは、それで、わるくないか、そんなことを、おもいながら、なるべく足音を、たてずに歩いた、マーフィーを起こさないように、細心のちゅういを、はらっていた、さっきまで、背中にあった、ドアにしみる、じぶんの体温を、マーフィーの寝息に見立てていた、と、じぶんたちの、部屋について、とじたドアにもたれたとき、気づいた、わたしたちは、うたがいようもなく、マーフィーに、恋していた。

雨と埃(仮題)

透明

 

陽のささない廊下の空気はどことなく硬く、冷たく、そして青みがかっていた。晴れた空の青さを、雲が太陽をかくした時の翳りをそのままうつしていた。地上三階、トイレの脇の手洗い場、しまりのわるい蛇口からもれる水滴がちいさくしきつめられたタイル、しろくくすんだ正方形のひとつをぴちりぴちりと一定の間隔で打ちつづけていた。音はきわめてちいさく、ひびかなかった。しずくとしずくの間隔もひろいため、意識しなければその律動をたやすくつかみそこねてしまうだろう

階段をのぼったさき、見なれたはずの一本道をふと意識をうばわれ、どれくらいたたずんでいたのだろう。おそらく一分にも満たない静止だったが、この場所から知りうるすべてを見つくしたような気になった。人気のない校舎、だれもいない校舎というのはこんなにも人をまどわせる。外で部活動にいそしむ上級生らの声が、大会を間近にひかえたマーチングバンドの気合のはいった練習のさまがとおくに聞こえる。廊下に面した窓はおしなべて閉じ切っており、なでつけるように吹く風にがたごととふるえた。おおきく息を吐きだしてから廊下を歩きはじめた。やたらとおおきくひびく足音に禁忌を犯すかのごとくあまく、かさねればかさねるほど強気になった。のどからしぼりだすように声をはなった。それは歌だったかもしれない。あるいははなってから歌になったのかもしれない。声も最初はかすれ、いかにもたよりない具合だったが、慣れてくるとふだんどおりの鼻歌程度の声量となった。各教室前のロッカーの上には空気の抜けかけたバレーボール、引き解け結びでまとまったピンクやオレンジのビニールひも、使い古された縄跳び、図工の授業でつくった何かしらの作品や筒状にまるめられたポスター、やたらと分厚い資料や教科書、その間にはさまれたプリント、体育館用のシューズ、絵の具や粘土、赤白帽など、さまざまなものが雑多に置かれていた。すべてがどことなく硬く、冷たい空気におかされ、青みがかっていた。廊下から空をのぞいても太陽は見えなかった。校庭の外につらなる水田、稲は青々としげり断続的に吹く風に波打っていた。その奥の冗長にながい車道をオレンジの自動車がはしっていた。反対車線から鈍い銀色をした大型トラックが近づいて、両車はスピードをゆるめないまますれちがった。こういう光景を目にすると、いつもぶつからないか心配になった。いや、心配というよりぶつからないことがふしぎにおもえた。あの道の幅も、二車線あることも、きちんと知っているはずなのに。陽をかくしていたおおきな雲がながれたのか、とおくの景色から順に陽光をあびていく。じょじょにこちらへと移動する陽光に、そのためらいのなさに、圧倒的な力づよさに、すこしだけ身体がこわばった。本人すらこわばったことを認識しないほど、ほんのわずかに。校舎の影がうきぼりとなり、とおくの景色からはふたたび陽光が消えていた。晴れてはいたが、雲のおおい一日だった。初夏のさわやかな日だったのか、梅雨時の晴れた一日だったのか、もはや正確な日付をおもいだすことは不可能だった。歩調をゆるめて窓の外をながめ、別の二台が何事もなくとおりすぎたのを確認してからもとのように廊下をすすんだ。

午前中で授業の終わる土曜日、廊下の一番奥の教室に忘れ物をしたのだと、友だちと歩く通学路で気がついた。ながく弛緩してつづく列の最後尾をだれよりもだらだらと歩いていたゆえに、振りむいてもと来た道をたどってもだれともすれちがわなかった。正門を抜ければ、校庭で部活にそなえた上級生らがおのおののペースで持参した弁当を食べすすめたり、器具やら楽器やら測定器やらさまざまなものをはこんだりするさまが見えた。校舎、校庭の奥の裏門あたりの一階部分には職員室があり、そこから直接外に出られるつくりとなっているため、数人の教員が上級生らの様子を見るともなしに何かしらの話をしているのがうかがえた。まっすぐに校舎へと近づいて、そのまま吸いこまれるように昇降口から侵入した。だれにも気に留められず、とがめられることもなかった。人気のない昇降口はひんやりとしていた。すがたは見えなかったものの、上級生らのさわぎ声がちかくから聞こえた。たぶん音楽室から楽器を運搬するマーチングバンドだったかもしれない。兄の声がそこに混じってないか、注意ぶかく聞いたもののわからなかった。

ひとつ年上の兄がいた。兄は上級生で、マーチングバンドの練習に参加していた。夕食や風呂の際に話を聞くのが好きだった。大会に向けて懸命に励む兄はすなおにかっこうよく、あこがれの対象だった。それはあくまで努力のさまを見て感じたもので、音楽そのものに食指はうごかなかった。生来ひどく不器用で、手先のものとなれば最悪の出来だった。当然興味も関心も湧きづらかった。また兄の専門となればちがう道をさがすのが筋だろうといかにも弟らしい発想をした。ソフトボールひいては野球にいっそう打ちこみはじめたのはやはり一年後だった。音楽や美術に正当な興味を抱くころにはもはや歳を取りすぎていたし、今さら何かをはじめるには情熱も時間も足りなかった。当時身長がおなじくらいで、体格もおなじくらいだったゆえか、はじめに兄弟と紹介された時にはどちらが兄かわからないとよく言われた。そこにどことない恥ずかしさと申し訳なさを感じていたのはこの時期前後一年くらいだったとおもう。成長期をすぎ、たがいに親元をはなれ一人暮らしをするようになれば、どちらがはた目に年上らしく見えるかなど気にもしなくなった。ふたりで会うたびに変わらないと言われたが、こちらから見れば兄は順当に歳をかさねているように見えた。いや、兄もほんとうはこちらの加齢を実感していたのかもしれない。それでも口癖のようにおなじ科白を放ったのだとすれば、読み取れるさまざまな感情に哀愁が付与される。生活の苦労を心配されたが、それはお互いさまだと杯を合わせかさねるなかでぽつりと漏らした。

渡り廊下や音のやたら反響する躍場を抜け、階段をのぼるうちに喧騒はとおくなった。ひんやりとした空気はつづいていた。陽のささない廊下の透きとおった青みがかった印象ははじめてではなかった。ひとりでここを通るのも教室に忘れ物をしたのもあの日がはじめてではなかった。もちろんわざと忘れ物などしなかった。そこまで賢しくもなれなかった。忘れ物を気づいた時にはいつでもはっとし、悔やみ、面倒くさがった。くり返した印象の総合なのか、おもいだせる場面はほとんど画一的だった。それもまた一貫してきたかと言われればあやしいが、たしかめる術を持ちあわせるはずもなかった。忘れたのは体操着と算数のテクストだった。テクストのほうはべつに忘れてもたいしたことなかったが、体操着は前日の忘れ物だったゆえにどうしてもこの日持ち帰る必要があった。母親の説教と父親のおだやかな嫌味は前日だけでもう充分だった。上履きが床をぺちんぺちんと打つ音が力なくひびくのに耳を、いや身体全体をあずけていた。前進するというより、その音に沿う感覚で足を前後にうごかした。荷物のすくない背中のランドセルの、肩ベルトや背当てのかるい感触までもがいやにはっきりと意識された。のぼってきたのとは別の階段と面したトイレを通りすぎれば、目的の教室はすぐそこだった。横目にのぞいたトイレは仄暗く、どことない陰気くささを感じた。行くつもりのない踊り場に上履きの音が反響した。その余韻にひたるうちに閉じた木製の二枚扉を前にしていた。足を止めることなく片方をいつもどおりの力で横にスライドさせた。その瞬間に風が吹いて、かぶっていた黄色い通学帽が頭から落ちかけた。ベランダに通じる奥の窓と、その手前の二枚が全開だった。だれかいるかとおもったが、だれもいなかった。麻色のカーテンがおおきくゆれ、うしろの黒板の上に四隅を画鋲で留められた書道用の半紙、クラス人数分の「星雲」の二文字がぱりぱりとかん高い音を立て、なかには今にも外れ落ちてしまいそうなものもあった。教室には陽がさしこんでいた。外からチューバの低音がひびき、それにつづいてスネアドラムの軽快な音が鳴った。だれかがだれかに指示を出しているのが聞こえる。まだ部活の午後練習のはじまる時間ではなかった。何故窓が開いていたのかはわからなかった。閉じ忘れにしてはあまりに大胆で、信じがたい開き方だった。ゆえに閉じるのもよくないとおもわれ、そのままにしておいた。通学帽がいやにうっとうしく、脱ぐと前髪が汗でしめっているのがわかった。汗をかくほど暑かったのか、それとも単純に蒸れていたのか、記憶の中で温度というものはあいまいで、ただ吹いていた風がここちよかったことはおぼえている。教室の真ん中あたりにあった席から算数のテクストと脇のフックにかかった体操着入れを取った。その前に椅子を引いた。ふだんと同じもののはずなのに、ふだんより重く感じた。床とこすれる音がうるさかった。お気に入りのコンパスで掘った机に消しゴムのカスがみっちりとたまっていた。指で表面をなぞればまるで穴など空いてないようだと授業中にひとり満足してにやけることがおおかった。もう決してあたらしくはない金属と木でできた机椅子、ひいては校舎そのもの、そこでの生活には金属と木のにおいが染みついていた。机に鼻をよせると鉛筆の芯のにおい、汗のようなすっぱいにおいがした。椅子に座り、ひざを机の裏面、教科書や道具箱をしまう金属部分にあてるとひんやりした。あの日鼻をよせて嗅ぎ、膝をひんやりする部分にあてたかは定かではない。椅子に座り、机に頬と耳をあてた。ベランダのほうを向き、金属製の柵と青い空と陽のひかりをぼんやりとながめた。おそらくトランペットだとおもわれる音が主旋律らしきメロディを奏でていた。兄かもしれない、とおもったが、それにしてはうますぎるとおもった。二年後の兄は非常に上手だったが、当時はまだはじめて数か月しか経っていなかった。兄は立派なトランペット奏者だった。サッカー部がゴールをうごかす時の掛け声が聞こえてきた。お腹がすいていないわけでも、昼食を食べたくないと意固地になっているわけでもなかった。ただ一度机につけてしまった頬と耳がここちよく、次にうごくだけの力が身体から抜けていた。……

 

 

滅びの日

 

回想していたのか夢うつつだったのかよくわからぬまま目をひらくと部屋が真っ赤に染まっていた。冷えた床に直接しいた座椅子に座り、背もたれをすこしだけ倒し足をのばしていた。口がやたらとかわいていた。物干し場に面する窓から西日が狙いすましたかのごとくするどくさしこんでいた。住宅に囲まれた日当たりのわるい部屋なのに晴れた日の夕暮れ時には真っ赤に染まることが多々あった。赤くなった部屋に身を置くとき、肉体や物々の濃くなり長くなった影をじっと見つめるのが常套だった。その先には玄関があった。明かりがないゆえ暗く、安アパートの木造建築らしく陰気だった。いや、そもそもが異常な陰気で、たとえ明かりがあったにせよそれは視界的にある程度の鮮明さをもたらすだけで、陰気さそのものはかえって白々しく増してしまう。ドアポストに広告や光熱費の請求書が容赦なく投げこまれると、その大げさな音に逐一におどろいた。廊下からひびく足音でこちら近づいているのを察知するだけでどことなく気味がわるかった。築四十年木造のすえたにおいと下見に来た時からぬぐえない線香くささ、冬でもどことなくしめった空気がただようこの玄関からは死や腐敗といった印象を拭い去ることができなかった。極端にうすい壁のせいで、隣人のまた隣人のくしゃみや咳まで聞こえることがあった。ロフトがある分天井は高かったが、真上に住む者の生活音もひどくひびいた。二階建ての一階、角部屋の物干し場には雑草の生い茂った塀の脇を抜ければ簡単にたどりつくことができるし、そもそも塀自体がたよりなく低い。それに各部屋との区切りは気もち程度の衝立があるだけでまったくもって明確ではない。こうした特徴のせいで建物の掃除に来た大家に中を何度ものぞかれたことがあった。ふと窓の外をのぞくと知らない人間が物干し場にいるというのは単純におそろしくおもえた。じっさい華奢な大家とは別の、太った男性らしき人影がこちらをうかがっていたこともあり、その時にはあまりの緊張で身うごきすら取れなかった。陽のささない昼下がり、遮光カーテン越しに目は合っていた。しばらくすると人影は隣の部屋の衝立の方へと消えていった。見た瞬間に泥棒だと直感したが、それをたしかめることもうったえることもしなかった。しばらく緊張したまま窓際をうろついた。この部屋においてはセキュリティやプライバシーという概念がまるで無視されていた。そのせいか、周辺で暮らす野良猫との遭遇率は異常だった。物干し場に出ればかならずと言っていいほど野良猫と出会った。塀の角に乗ってこちらを見つめるものもあれば、積まれたブロックコンクリートのくずれた部分からひょっこり顔をだすものもいた。毎回出会うものは変わった。愛想がよく、もう一度会いたいとおもったものはもう二度とやってこなかったが、不細工で何をするでもなくふてぶてしく去っていくものとは二三度同じ場面を演じた。性格から見た目までさまざまな猫が物干し場には来た。ほとんどの猫が痩せていた。こちらを警戒していないようならば部屋にある牛乳や菓子パンを適当にあたえ、それを摂取するさまを見ていた。餌付けしようなどとはおもっていなかった。痩せているものに食料をあたえるのは何か当然の義務のようにおもえた。一度塀の向いがわの住宅の主婦と目が合い、ひどく気まずい想いをした。忠告はされなかったが、あからさまにこちらの行為を責める侮蔑的なまなざしだった。平日の昼間から何をしているんだとあきれてものも言えなかったのかもしれない。夜になればさかった猫特有のやかましさが近隣にはひびくのをかんがみれば、一見してこちらをとがめたくなる気持ちも理解できた。しかしここに住みはじめた当初から猫はさかっていたし、そもそも餌付けしていたわけでもなかった。玄関扉の向こうで遮断機がかんかんかんと鳴りはじめ、建物全体がかるくきしんだ。一分後、窓はふるえ電車が都心から郊外へと抜けていくのがわかった。夕暮れ時から午後八時すぎくらいまでは頻繁に電車が往来し、そのたびにかんかんかんと遮断機は機械的に無機質に音をたて、安アパートの窓はゆれた。住みはじめた当初はなれない電車にかんするもろもろをわずらわしくおもったが、一か月もすればほとんど気にならなくなり、半年もすれば部屋にこもりがちな生活においてのゆるい外部との接続のように感じられた。しかし気持ちがふさぐ時期には当初のわずらわしさがよみがえり、通過する電車からそれにかかわる人らへ、人らから社会へと嫌悪感がふくらみ、やがてそれが収縮すると自己嫌悪へと帰着し、無性にみじめな気もちになった。

真っ赤に染まった部屋からさしこんだ西日のするどさを見つめるうちに遮断機が鳴りはじめたのに必然性を感じていた。ひかりの向こうの塀の上、ちいさな影がうごくのがわかった。表の道路、ぱゆんぱゆんとはねるおおきめのゴムボールを投げてあそぶ子どもの声が聞こえた。数十秒後に遮断機が鳴りおえると、静寂がひろがった。西日がすこしずつ沈み行くのに並行して、部屋の中には夕闇がしのびつつあった。目をひらいた時には明確に見えた机の上の小物や書類の輪郭が影と一体化し消えていった。そのさまをながめるうちに西日が直接部屋をさす時間はおわっていた。窓の外は赤かったが、部屋の中は相当暗くなっていた。陽が落ちきる前に買い物に行こう、そうおもいながら立ちあがった。今日は魚が食べたいと午前中からかんがえていた。魚は近くのスーパーでも売っているが、新鮮で扱う種類が豊富なのは国道沿いのすこしはなれた場所にある専門店だった。そこまで行くには線路を超えたすぐさきの霊園を抜けるのが一番早かった。線路沿い、ついで霊園という立地、さらに築四十年という条件が相まったがゆえの家賃の安さで、その安さゆえに生活が成り立っていた。部屋着と外着を兼ねたタイパンツのひもを結びなおし、水道水で口をゆすいでから、サンダルを履いて部屋を出た。陽の当たらない暗い廊下は室内と空気の質感が同じだった。それは季節を問わずいつでもそうだった。入り口付近、部屋の数だけある郵便受けにはどれもぎっしりと広告がつまっている。素通りして表に出ると、また遮断機が鳴りはじめた。その前で待つのも退屈だろうとゴミ捨て場の横の自動販売機で烏龍茶を買った。手に取ると冷えていて気持ちよかった。栓を開けて飲めば、身体に染みわたるのがわかった。左後方から電車が近づきつつあった。遮断機が一定のリズムを刻むなか、錠を解いた自転車に乗ってペダルをこいだ。数メートルすすめば遮断機の前で、足をおろす前から目の前を電車が走り抜けていた。風が前髪をゆらすと、すこし肌ざむかった。夏はもう終わりかけているのだとあらためておもった。部屋にも冷房は入れてなかったし、なんとなく着ていた七分袖のうすい麻地のシャツの感触がここちよかった。あの部屋で冷房を入れるのは真夏のどうしようもない暑さの時だけだった。基本的に陰湿で、常にひんやりとした空気があった。ずっと陽のささない木造だとかえって蒸れるはずだと気味悪がった兄は一度だけ部屋をたずねたきりもう二度と敷居をまたがなかった。冬ではなおのこと冷え、帰宅してすぐの部屋の中心は外よりもずっと冷たい空気が流れているようにおもえた。線路を超えるとすぐに霊園を囲む高い木々が見えた。赤い空に貼りつけた手の込んだ切り絵のようだと感じた。烏の鳴き声が聞こえたが、姿は見えなかった。

巨大な霊園には自動車の入れる正門以外にもいくつかの入り口があり、そのうちのひとつから自転車に乗ったまま侵入した。本来ならば一度降りなければならなかったが、二輪車進入禁止の柵のあいだ、車体をまっすぐにしたままするりと抜けた。タイヤの細いスポーツタイプであるがゆえに動作もなかった。木々の影にまぎれて土や木の葉を轢いてすすんだ。犬を散歩させる老人、端に設けられた水汲み場でタオルをぬらす別の老人とすれちがった。そうとおくないどこかで烏が鳴いていた。碁盤の目のごとく規則正しく区切られた通路に出てからは徐行してすすんだ。迷惑にならぬようにとひとつ目の角を曲がり、中央にひろく設けられた十字路を行くことにした。園内中ほど、トイレや簡易警備室ちかくの木々に何かしらのほどこしをくわえる業者らのすがたが目についた。あたりを見わたせば等間隔でならぶ墓のうちのいくつかには花が供えてあり、さらにそのうちのいくつかの前にはひとのすがたがみとめられた。街灯はまだともっておらず、ひとの顔もうまく読み取ることができなかった。地上のものは霊園を囲む背の高い木々の陰影に染まり、見えていたはずの色は個性をうしなっていく。園内はいつにもまして静かだった。業者らの声や専用車の作動する音は聞こえていたが、それ以外耳に入るものといえば風にゆれる木々のざわめきくらいだった。国道を行くはずの自動車、都心と郊外を行き来するはずの電車、走行音がまるで聞こえなかった。耳が詰まっているようだとおもったが、そんなことはなく園内の空気の質感が硬くとどこっているのだとわかった。この空気のせいでやけに静かなのかと、腑に落ちぬ論理と知りつつ腑に落とした。自転車をゆっくりとこぎながらライトをつけるべきかなやんでいた。前を歩く人も何かとぶつかりそうな予感もなかったが、これだけ暗ければ点けるのが常識的な行動なのかとおもわれた。ぼんやりと目の前の道にだけ集中して足をうごかしていると、突然後方から大量の烏の鳴き声が聞こえておもわず振りかえった。黒と赤を入り混ぜたあまりに邪悪な様相の空に三十羽ちかい烏が一斉に木々から飛び立ったようだ。何がきっかけかはまったくわからなかったが、あの烏たちはもう二度とこの霊園を訪れないだろうと直感した。去りゆく数十羽の姿を目で追いながら、まるで滅びの日のようだとおもった。地球最後の日、こんなふうにあっけなくむかえてしまうのかもしれない。烏が視界から消えたところで地面におろしていた足をふたたびペダルに乗せた。ついでにライトも点けた。今日が滅びの日でもべつにかまわないとおもいながら一本道を突き当りまですすんだ。

滅びの日を見たのは二回目だったと魚屋で買い物しながらおもい返していた。一度目は大学生の時分、雪の降る日だった。帰省した際に地元の田園風景を兄とふたりで散歩していた。県外の大学に進学したこちらとは対照的に県庁所在地にある音楽の専門学校に通う兄は当時実家に住んでいた。家を出た時からすでに空の色はうす紫で、風がないせいか、さほど寒くなかったが雪はしんしんと積もることなく降っていた。ふたりで他愛もないことを話し合っていた。兄の音楽観、学校でどういった音楽をつくろうとしているかという話を興味深く聞き、奏でることも作ることもできない素人らしい感想や質問をくり返した。雪の降る音が録りたい、ふいにそう言った兄は人目のつかない公園のしげみにボイスレコーダーを設置した。今おもえば田舎ならではふるまいだった。小学校を超え、さらにその奥の二級河川に沿って歩けば土ばかり目立つ畑がつづく田舎道にいたった。ここにくると多少気温が下がり、風も頬にふれるようになった。このあたりから、たがいの恋愛に関する話をするようになっていた。おたがいうまくいかぬことといくことの狭間にゆれ、誠実に愛を語るものと不誠実に快楽を語るものにわかれた。ここでならばとある種の告白がなされれば、突き放すこともけなすこともせず、ただたんたんと受けとめ合った。この頃は将来に対するあわい期待がたしかにあった。しかしそれよりも不安の濃度がはるかに高く、人生にぼんやりと絶望し、犯しつづけているはずの途方もない間違いを見て見ぬふりする日々を流していた。どちらもみじめさを自覚しながらもつよがり、手袋をした両手をポケットにしまい、さみしい目をしながら逆風を浴びていた。目的はなかったがサイクリングロード沿いの小高い丘のような場所にいたると、そこから往路と復路が切り替わった。滅びの日を見たのはその瞬間だった。暗澹とした、あらゆる紫の類をちりばめ、斑にし、さらに濃い灰色と、一滴の白と黒をそれぞれ足し、筆で全体をかき混ぜたかのような、あまりに邪悪な、しんしんを雪が降りつづけていること自体何かの間違いかのごとく感じさせるような、今にもあの渦の中心から魔王なり悪魔なりが下りてきてもおかしくないと冗談半分本気半分でおもいながら、ふたりして空を見つめ、なんだあの空はどうしたんだと言い合った。確実に冷えつつある身体で興奮していた。空を観察しながら人気ない道を歩いた。本当に交わりたい人とは交われないものだと、肉欲ともプラトニックな意味合いともとれることばをどちらともなく言い合いながら、今日が地球最後の日でもおれはかまわん、とみじかく突き放すように言った。あの時突き放したもの、突き放したふりをしたもの、あるいは突き放したようでその実突き放されていたもの、そうしたことにぼんやりと想いを馳せていた。深くうなずきながらも兄の生きづらさを当時はまだ真摯に想像できていなかった。呼吸とともに白く立ち昇る息を見て竜になったかのようだとふいにはしゃげば、高校生の時分も毎年同じ科白を口にしていたと指摘された。その白さにふいに気づいたのは空の暗さが増す中で、息の白さだけが際立ったのかもしれない。しんしん降るものも土や植物の上にあさく積もったものも一様に鈍い銀色をしていた。ともりはじめた家々の明かりにも反応せず、ひかりを帯びることをみずから禁じているかのようだった。この空から生まれたものが白さをまとえないのは至極当然のこととおもわれた。帰り際に公園の茂みに寄るのを忘れかけたものの忘れなかった。録音されたもの聞けば、ぬれた路面を行く自動車の走行音くらいしか挙げるものはなく、基本的には風にゆれる茂みががさごそとうるさかった。そもそも雪の降る音など録れるはずもないのだと、あとになって母親と三人笑い合った。この日の夕食は母親らしい味をしたビーフシチューだった。

買ったのは勘八と烏賊の刺身、鮪の中落ち、くずれ明太子で、もともとは舌平目でも買ってムニエルにしようかとおもっていたもののいざ品を見ながら回るうちに小麦粉をつけて焼くのが手間に感じてしまい、ならば常備してあるチューブの山葵もあることだしと手を抜くことした。……

 

中途も中途、すべてが中途半端。二つの小編を同時に書いている。四つの小編をまとめてひとつの小説にしようと企てている。あとの二つも並行して書く予定。{2+2=4}=1の小説。記号の使い方があやしい。もう女性の一人称の語りで小説を書くことはないだろうと最近よく思う。前作でもうやりつくした、というのもあるけど、そうやって書くことにまるっきり興味がなくなっている。

千年前に書かれた小説を読みながら時の帝など生まれながらに絶大な権力を持ったものは蚊に一度も刺されることなく一生を終えたのかとふと夢想した。肉体をたえず駆けずりまわる血液が一度も肉体の外にもれずに生を閉じたものがいるとすれば、その死因はあきらかにその血を目にしなかったことだろう。もしもそんな人間がいるとすればの話だが。仮に自負をかかげるものがあらわれたとしてもいやはやあやしい。身勝手のすぎる朝焼けの前例がだれに聴かすでもない警鐘を鳴らしている。

二月にしてはあまりにあたたかな、二か月後をさきどったようなそんな陽気の中、思わず目をうたがったのは低い空にうかぶしろさが入道雲に見えたからで、何度見直しても小ぶりな夏雲としかとらえられないのをいぶかしんだ。耳に挿したイヤフォンから流していたのは桜の散り際をうたった異国語の曲で、どこにも秋がないのに必然を感じたのはその一季とかぞえるにはあまりに短命な時期をこよなく愛するがゆえの特別視か、それとも二重の春がうらがえしの秋とも取れるとする餓鬼じみた論理を持ちだしたがゆえの自嘲か。薄手のコートのポケットに手を突っこめば、おとといもらった土産物のもみじ饅頭が包装ビニールごと人肌ほどにあたたまっていた。

四季を問わず年に一度ほどの頻度で異性の肉体を買った。その都度の心身の調子をととのえてから臨むもののついに一度も果てることがなかった。行為の最中にふとした何かしらにつまずけば持ちなおすことができなかった。相手にも自身にもはげしい嫌悪がつのり胃がきりきりと痛んだ。回数をかさねるほどに緊張し、萎縮し、傲慢になった。かろうじての数十分でさえ純粋な歓びはなく安心と欺瞞だけが腰のあいだにぶらさがった。金を渡す時の馬鹿馬鹿しさは思いかえすだけで眉間に皺が寄る。帰り道にはいつも疲労とみじめさで死にたくなった。帰宅してから何をするでもなく横になって眠ることのできない肉体を持て余した。楽な姿勢で本を読めども憂鬱で集中を欠いた。思い出したかのように異性のにおいのしみついた衣服を脱ぎ捨て、なんのためらいもなくなでられた髪を洗うために浴室にこもる。その際にいつも果てを得なかった性器をはげますようにさわるのだが、ある時肉体が完全な不感症に陥っていることをさとった。大声を出して笑った。十秒後の欺瞞が腹立たしく浴槽にあさくたまった湯を拳でたたいた。天井まではねて張りついてから一滴ずつ床面へとたれるものらがその間隔でしかかぞえられぬ静寂をかぞえた。数時間前の調子のよさはなるほど灯滅せんとして光を増すということだったのかとあとになって気づいた。使い物にならぬとわかればかえって悩むことも焦れることもないとおもうのにどことない哀しさがあふれた。どうせ、どうせ資本主義なら金で愛情を買えればよかった、と濡れた両手で顔をおおいながらつぶやいた。あたたまった五体との温度差で胃が冷たい液を喉元まで押し上げた。最後に肉体を買った日はすこし気の早い春の嵐が吹きすさんでいた。花粉と砂埃は舞いつづけ、ゆられた都内の電車ども、乗車時刻は押しに押し、狭苦しい車内ではだれもかれもが押しに押された。

 

 

頭いてえ。目のチックがヤバい。だのにぜんぜん眠れねぇ。どうすりゃええねん。小説書くのはここまでにする。漢字のひらき具合でまよっている。どうしよう。

そういえば今朝、別の小説の推敲がおわった。明確に完成した感じがある。この感じはなかなか味わえないけど、なぜか達成感はまったくないんだよな、いつも。

 

『ゆらるゆらり』

味のないガムを噛んでいるみたいだと口にした。ほんとうに味のなくなったような気がした。あれからずっと噛みつづけている、味のないガムを。

生活は平々凡々、やろうとおもえば何でもやれると勘ちがいした時期はとうにとおりすぎて、何にもできないとすべてをあきらめる時期すらとおりすぎようとしている。何か、ポジティブな自己肯定につつまれる日々、もしかするとこれが歳をとるということなのかもしれない。

仕事は平々凡々、だれにでもできる仕事を馬鹿にしていた時期はながかったが、けっきょくはその場所に埋没するのが一番いいやり方なのだとおもう時期にさしかかった。仕事に期待することがらをすくなくすれば人生における負担の何割かはのぞけるのだとさとった。仕事をアイデンティティとするのは途方もないまちがいだとさけびたくなることがあった。そんな時は毒杯をあおるようにウィスキーをぐっと飲み干すのが一番いいやり方なのだとさとってからの数年がある。

朝焼けを見たことがなかった。正確には朝焼けを見たことがないと思いこんでいた。それもそのはずで早起きがむかしから苦手だった。高校から大学にかけては遅刻の常習犯だった。そんな為体でも三年四年とできっちり卒業できるのだから楽なものだとおもった。学生でなくなってからは一度も遅刻をしていない。どれだけ酒を飲もうが、疲れていようが、たとえ休日だろうが毎朝七時二十五分、きまった時刻に目がさめるようになった。一年目の桜が散る頃、生活と仕事をぬい合わせる機械になったかのようだとあわく感じたが、その感覚をどことなく引きずるうちに機械の役割を心身ともに引き受けることになった。つまり機械のような人間なのではなく、人間のような機械へと経年変化を遂げた。これらの隠喩のうちに煮え切らぬ化し切らぬジレンマがある。今もまだ無限に散りつづける桜の片が舞っている。

朝焼けをはじめてみた時に、これがはじめてではないのだとさとった。睦月、真冬の冷めた空気の中、すべての色をたたえた空のもっとも低い位置で太陽があまりにもまぶしかった。見なれた街のかたちは消え、首を上にかしげば雲雲が天使のように浮かんでいた。十歳、初夏、学校から三十キロほどはなれた山での自然教室、同級生たちと泊まったテントから抜け出してトイレに行こうと際の記憶がよみがえった。それは山山の向こうから唐突にさした強烈な、あまりに強烈なひかりだった。そのひかりに関するもろもろをなぜ今の今まで忘れていたのか。おそらくあまりにつよさに思わず目をつむったこと、しろさだけが霞のごとくのこったこと、その一連の流れにこたえを見ることができるだろう。テントに戻るまで道のりうんぬんはどうしても思いだせなかった。記憶はよみがえった瞬間からたちまち輪郭をうしない、ひかりの印象を中心にぼんやりとした映像として胸の内にちいさく折りたたまれてのこった。一度ひらいてしまったびっくり箱のようなもので、ひろげるのは他愛もない動作だった。朝焼け、おそらくは何度も夢に見ていたのだと、しばらくしてからさとった。平々凡々な仕事からの、ひとり酒におぼれてからの帰り道でのことだった。空風が吹けば首や指さきはさむかったが、顔は火照ってあつかった。歌をうたいたくなったが、何をうたっていいのかわからずに鼻をおおきくすすった。歩きながら振りむけば住宅の向こうでしろく浮かぶ小舟のような三日月がじっと息をひそめていた。

声もなく 晴天に伸ぶ 枯れ木の手

高校生の頃、大人に見られようと粋がった苦闘の日日があった。多少きらわれようとも同級生とはむやみにまじわらず教師やアルバイト先の大学生と背伸びした会話をしては悦にひたり、休日には歳不相応の恰好ばかりして喫茶店で煙草も吸えぬくせにあさく区切られた喫煙席にあえてすわっては向こう側での同い年らしきにぎわいに侮蔑のまなざしをおくった。はじめのうちはただひとりでカフェラテをたのしむだけの無意味な時間だったが、しばらくすると無沙汰を解消するために流行りの小説を持ちこむようになった。その趣味の悪さを自覚するに至るまでどれだけの駄文をむさぼり、どれだけの副流煙で肺を黒く染めたことか。化け物になりたい、とつよくおもったことは外見のみに固執した他人からの判断にゆだねる稚拙な認証欲求だった。禁煙席でひとりコーヒーを飲みながら窓の外をながめるひとみのうちに棲まう化け物を自覚する時期に至れば、ぶあつく区切られた向こう側に過去の似姿を横目ながらに探すこともそうむつかしくはない。