『壱路』あるいは『壱/路』 冒頭二〇枚

 早朝のひかりが白みはじめた時にはまだ山々の輪郭の、うっすらと浮いたのを眺めることしかできずさわやかともぬるいとも形容できる微風をうつろに乾いた眼球や唇、痩せこけた頬、寝間着にした襤褸のTシャツと数年前に百バーツで購入した穴あきのタイパンツからむき出しの手足で受けて歩くさまは露骨に妖怪をおもわせる異様さで、闇の住人が何かの手ちがいで夜を抜け出してきたさまにも見えいずれ陽が昇りきれば音もなくひかりに溶けるのではないかとくだらぬ邪推をゆるすほどだとその証左に夏の休暇を謳歌する地元の若者たち(といっても彼と年齢のさほど変わらぬ)がそのうちの一人の(無論両親の全額負担による)買ったばかりだという外国製のセダンを幾度も席を替え替えしながら乗り回し、地元の古めかしいものの在住する者らには希少な憩いの場として機能するダーツバーの壁にまで染みついたアルコールとほんのり脱法めいた煙の臭いを十二分に堪能したあと、点検を怠ったネオンの不規則な点滅と巨大な蠅がどこかに引っ掛かっているかのような不快な作動音を浴びながら出発した際にはふかく更けていた夜もほとんど明けたことでいやます高揚さえ山あいのいくぶんか急なカーブを超えた先にふとあらわれたその予期せぬ登場、慣習的に点灯していた効果のとぼしくなりつつあるヘッドライトに照らされた視界への闖入をゆるした際に、もうすくなくとも十分以上我がもの顏して通り過ぎてきたこの先数kmは何もない一本道を途方もなく疲労困憊したふうな足取りでいく姿をみとめた瞬間に馬鹿騒ぎを中断し、しばしことばを失ったことをあげるのにいささか無理があるすればそれは予期せぬ登場や闖入の際にはだれもが似たような反応を取るもので乗車していた四人はたしかに困惑したものの、なんだよ今の……とひとりがつぶやけば別のひとりが、なんかやばそうだったな……と返し、それぞれが口や耳になれたことばをぶつけることで平穏を取り戻していき中断した騒ぎを次第に回復する。陽光の射さぬ山肌をヘッドライトでつぶさに照らすようにして行けども二本の光線がひかりを宿しはじめた大気にうまく刺さらずひっそりとわだかまるのは水面に浮いた油膜が消えることなくのこるのと似ていたが、そんな事実などどうでもいいのだと言わんばかりに外国製のセダンは改造したてのエンジンの放つ無粋なうねりを上げて前進したしかにすれちがった何者かをたしかに存在した恐怖の刹那をはるか後方に置いていこうと躍起になる。四人の目の前には別の山あいにまとまった数棟のペンションがあり遠目には、というより見る角度によっては森の中に点在するかのようだがおのおの創意工夫をこらしたであろう建物(あえて中古の煉瓦を使用して味のある外観にととのえたものや屋根を大きく設けることで上から見た際目立つようしてあるもの)や看板あるいは敷地内の意匠は寄れば寄るほど明晰で、一帯を貫通する竜の背骨のような山々の区分を無効化するような列なりの中でひときわ背の高い峰が、その高さを誇示するかごとくあるいはその高さがゆえに選ばれたのだと言わんばかりに輪郭を濃くし、後光と呼ぶにはまだよわいものをその頂からほんのりと放っている。四人の中でもっとも鼻のふとったするどい目つきの若者は後部座席にどっしりと深く体重をあずけながらペンションのある一画と山吹色をわずかに宿したうすい曇天によって輪郭を濃くしていく峰の刻一刻の変化を交互にさほど意識するでもなく眺めており徹夜は苦手で普段ならば自然と眠気がおそってくるはずなのに眼は一向に冴えたままで疲れだけが肩から腰にかけて重くぶら下がっているせいで不機嫌になりつつあったもののそれを悟られるのも面倒だとおもい下手な欠伸の真似をして目元を人差し指で撫でながら他の三人のすっかり復元した馬鹿騒ぎがえんえんとつづくのに嫌悪は募り、きつく握った拳の中で立てた爪はおのが皮膚を突き破らんばかりに猛っていた。四人の中でもっとも頑丈で岩石を想起させるその拳固は車内唯一の労働者であることの証であり、これからまだ一か月ほどある休暇を舐め尽くすように満喫するであろう学生身分の三人への羨望に交じった微々たる軽蔑の象徴だった。昨夜も呼び出されたのは事務所に併設された(というより元々工場内に事務室を設けていたが事業拡大のため新たに土地を買い取り約十五年前に別棟を建設したものの正門を抜けた先の駐車場からそちらの方が近いため本館として認識する者が大半で事情を知る者も呆れ顔とも得意顔ともつかぬ表情での説明を省くようになって久しい)硝子工場で仕上げの研磨作業を終えた二十一時前で本来ならば恋人の待つアパートへ直行するところだが彼のシフト上今日が休みであることをすでに知っていた三人からつよく誘われれば断るすべもないのがこの地域に在住する若者らに通底する特性なのかもしれないと周囲を顧みてふと感じることもあり、それぞれ別の大学に進学したはずの三人がことあるごとに彼をふくむ地元の仲間を呼びあつめては飲み明かすという今現在の状況からもいくぶんか結論めいて推察できるのは三人が大学生活を本人らの主張するほど順風満帆におくれていないという事実で、三者三様大学内でできたという恋人や友人の何気ない話をするのだがどこか虚構らしく空疎な印象をあたえるものであからさまな設定の欠陥は折ふし露呈しそうになったがそのたびに他者の善意とも悪意ともつかぬぎこちない一言や動作(長居しがちなサイゼリヤでのあまりにわざとらしいフォークの落とし方!)で話題はたやすく次へとうつったし、その移行は個人の意思というより場に居合わせた全員の総意といった具合で、十数年もの付き合いがあればことばなんかあんまいらねぇわな、と一週間前に語った慎吾は運転席で若干流行おくれのEDMに合わせて身体を前後に、いや過剰に加工された声の属す言語に合わせるならば後前にゆらしながら英単語をそれっぽく口ずさんでおり―慎吾は昔から英語の発音がきれいで、それは母方にイギリスの血が流れているからだとことあるごとに自慢していた。現在は地元から最も近い私立大学で英米文化を学んでいるが勉学にはほとんど集中していないため英語能力は高校時代の方が高かった、その証拠にかつて(かろうじて)聞き取れたはずのネイティヴ同士の会話を今はまったくと言っていいほど理解できなくなっている(とはいえ英単語はちらほらと拾える)ともう何度耳にしたかわからない話を酔うたびに意気揚々と口にする―その振動に合わせておどる左耳のピアスが音楽とは半拍にもとどかないほどわずかずれて絶え間ないのが山頂からいまだ姿を見せぬもののつよまりつつある陽光のしのばす山吹色と陰影をなすのを後部座席からじっと見つめながら一向におとずれない眠気をふしぎにおもった。右斜め前の助手席では外国製のセダンの持ち主(無論名義は父親)である和哉が煙草をふかしながら淡い水色のレンズが印象的なサングラス越しの視線をまっすぐ前へ伸ばしていた。髪色と髪型を頻繁に変えるようになったのは大学に進学してからで見るたびに変化する髪の具合は知己らを毎回おどろかせたが―不動産業を営む父親は豪快に笑って許してくれたものの母親はいつも苦い顔をするのだと軽蔑した口調で話すのが常で昔から母親との折り合いが悪いのは地元で付き合いのある人間はのこらず周知する事実だった―本人はいたって落ち着いており、こんなん中高の反動だから、どうせあと二年せんうちにおれら短髪に黒髪だわ、と右の口角をくいっとあげるニヒルな笑顔を見せながらも切れ長な眦と先天的な三白眼のせいでよりいっそうきわだつするどい眼光はやはりとげとげしい印象を相手に与え、その目つきはなんなのよ、ほんとうに嫌な子ね、と幼いころに母親から何度も言われたことをネタにして話すほど割り切っていると本人は口にするものの二日前に編んだばかりだという赤のエクステンションを織りこんだドレッドヘアーは自己防衛のための武装に見えると左斜め後ろからバックミラーに映る浅黒くてほどよい広さの額と生え際へと目線をうつしながらおもった。空気のよどみと全身の中途半端な硬直が長くつづいたせいで苛立ちというより不快な気分になっておりそれには大食いで有名な正勝が右隣の後部座席で二十四時間営業のマクドナルド(いやに高く大きく掲げられた看板―角がないのに明確に大文字を意識させる駱駝の瘤を想起させる芥子色の曲線ひかるM字―と埋まることを知らない広大な駐車スペースが空の広さやほぼ四方を囲む山々のひそやかな圧迫感を助長している)のドライブスルーで買ったテリヤキマックバーガーとチキンマックナゲット15ピースとマックフライポテトLとプラスチックカップ入りのサイドサラダ(これ食べてるから無問題!)とマックシェイクバニラMを海老のごとく背中を丸めたままのいかにも自閉的な姿勢―故意に伸ばした襟足が着古したTシャツのよれたネックと共に細長い首の肌理細かなうなじを八割ほど隠し咀嚼に合わせてうごくさまはどことなく水飲みに没頭するたくましい毛並みの野良猫を想起させる―でゆっくりとかつ気ままなペースで飲み食いしているのが気に入らないことも影響しており、豚みてぇだなと何度も口にしたことばをこれが最後の一回だと言わんばかりの真の侮蔑をこめてつぶやいても案の定とどかず座席に面した前後左右のドアにひとつずつ設けられたホルダーに挿しておいた飲みかけのペットボトルに入った生ぬるい烏龍茶を朝方のねばついた口内に流し入れかるくゆすぐようにして最後の一滴まで飲み干し空になった容器を適当なかたちにつぶす。じゃりじゃり、というプラスチックボトルが圧縮するとき特有のきしみが空疎にひびいたが車内は相変わらずの喧噪で外国製のセダンが山肌をなぞるのは麓と平行で、朝のうっすらとしたひかりに滲んだのはやりきれない退屈なのだと悟りながらも視線をそらすようにして深くため息をつきながら窓の外に目をこらす。ペンションのあった一画は目の前から左横に移動しており一時接近したもののそこへと降りる道を曲がらずに直進(と言っても実際は慎吾の運転の粗さもあり相当曲がりくねっているのだが)したためふたたび距離はひらきつつある。次第に後方へとずれていくのを横目でじっと見つめていたがリアピラーに隠れはじめると視界に収めることをあきらめてふたたび視線を車内へともどせばジャンクフードと男四人のかもす獣くささに煙草の煙や香水のあざといにおいが絡みつけばもはや悪臭であるとにわかに我慢できなくなり、だれにことわりもせず左手の人差し指(傷だらけの指腹にこしらえた線状の火傷痕がまだすこしひりひりする。アルコールで血流がよくなればじんわりと熱を帯び血は出ないものの熟れた苺の色がしぶとくのこる)で手元を見ることなくパワーウィンドウスイッチを操作する。唐突に開いた窓から最も素早く射しこんだのは風ではなく自動車そのものが風を切るごうごうといういくぶんかかん高い音と早朝のまろやかに澄んだ冷気で窓際に寄せた若者の前髪が明確に煽られるまでには時間的なずれ―無論窓そのものがゆっくりとしか開かないことやわずか二寸ほどの隙間ができたところで操作を終えてしまったことも関係している―があり、その頃になっても右隣の席の正勝は背を丸めたまま十二個目のチキンマックナゲットを頬張っていたし運転席の慎吾はまばらな集中力で相変わらず首と声帯をふるわせていた。ただ一人助手席の和哉だけが車内の変化に気づきヘッドレストにあずけていた首に力をこめて左後方へとひねりながら声をかけたもののうす暗い車内に不必要な淡い水色のレンズが印象的なサングラス越しには対象者の姿は曖昧にしか見えなかった。和哉自身明晰にとらえる必要を感じておらず左隣の慎吾の大きく隆起した喉仏をぼやついた視界の端にうつしながら別の生き物のようだとおもった。

「太志、おまえ気分でも悪いんか」

「あ? いや、空気がこもってるなとおもって」

 太志、と下の名前を呼ぶのは知己の中でも限られた者だけだと認識する若者が和哉からの投げ捨てるような口調を好ましく感じながらもぶっきらぼうに応答したのはダーツバーでのはした金とはいえ金のかかった(若者からすれば自ら稼いだという感覚のつよい)試合でのあからさまないかさまに腹を立てた名残が自然と採らせた無防備な強気であることを互いに理解しつつも声のトーンに差異があるのはわずかに開いた窓から射しこむいくぶんかかん高いごうごうという風の音との距離にひらきがあるせいだった。今年購入したばかりのあざやかな藍色のデニム地のハーフパンツの右ポケットに入れたスマートフォンがわずかに振動したのに気づいたのは両方の持ち主である若者だけでその十中八九まちがない相手を予想できているのもまた彼だけだった、というのも秘密主義者であるがゆえに恋人ができたことを周囲にひた隠しており(中にはその事実に気づいている者もいたがそうした話題を若者が露骨に敬遠するため風貌のいかつさや学生時代の気性の荒さも考慮してふかく追及する者はいなかった)半同棲を開始してすでに一ヵ月弱の時間が経過していた。やたら過去の恋愛を突いてきたりいつ/どこで/だれと/何を/しているか(まるで英文の授業のようだと惚気と自嘲による笑いを)を細かく聞いてきたりそれに対して何故そんなことを気にするのかと問えば別に、ちょっと気になって、と含みを持たすような顔文字を添えあるいはかるく不貞腐れるような態度で返したりと嫉妬深さの兆候は交際を開始する前から感じていたが当時はそれも可愛いものだとたかをくくっておりそもそも決まって問答の際に使用する「浮気する甲斐性も気力もない」というメロドラマめいた科白は偽りなき心情であるし疑わしいこともないと断言できる日常―たしかに知己らといかがわしいクラブまで遠出したこともあるが若者は終始乗り気ではなかった。何よりもまず騒音が不快だし見知りもしない他人と肌を寄せ合って踊る意味もよくわからないし目を引くほどきれいな異性には大抵面倒くさそうで筋肉質な同性が同伴して目をひからせているしアルコールのにおいはじぶんも飲んでしまえばさほど気にならなくなるものの独特の汗くささ、この車内にこもる「男くささ」とはまたことなる「ごった煮のような蒸気」に鼻孔は一向に慣れないし否応なく視界に飛びこむ男女問わず開いた胸元で身体となじむことなくゆれ跳ねる安いか高いかの判別不能な金属製のアクセサリーのこすれそうな映像もかるく鳥肌を立たせる、というのも幼少の頃から金属同士のこすれる音や手につたわる感触が非常に苦手でいつからかそれを想起させる映像でさえどことない緊張を強いるようになった―だったがことあるごとに互いのスマートフォンGPS機能を共有しようとすすめてくるのは疎ましいというより困惑を呼ぶもので相互監視し合うような関係は健全ではないと語気をやわらかく退けようとも時間をおいて何度も持ちかけてくる。幾度となく同じやりとりを繰りかえすうちに「すっかり馴れ合いと化した」のだと若者は自身の認識を共有するまで折れるつもりもなかったが慣習化が分の悪さにつながるのを察知せぬわけもない恋人はもう幾度となく繰りかえしてきた同じやりとり(しかし確実にことなったはずの一度目のかたちをおもい出すことは不可能)の終わり際ふだんどおりの穏便な収束を拒絶して叫んだ。その眼にはいつから浮かんでいたかもわからない涙にあふれその一滴がぷっくらとふくらんだ輪郭(本人は丸顔が嫌だと頻繁に口にしたが顎の線の細い恋人はそのたびに否定して賛辞をおくった。「頭蓋骨って模型で見るとどれも面長なのに、じっさいここある顔が丸いって神秘的な感じがする」と共感を得がたい想いを率直に伝える際の真面目な口調と真摯な目つき、それらと相反するようでいて違和感のない指先でのやさしい愛撫)に沿って流れ落ち顎の先からしたたるかにおもえたもののそのまま首筋へとうつりやがて見えなくなった。そうやって茶化さないでよ、わたし、本気で不安だし、本気で悩んでるのに、そう言われると切なさがこみあげてうつむいた恋人(眉毛にかかる程度の長さの前髪が目元を隠し肩まで届かない若干くせとそれを活かしたワックスでのスタイリングが印象的な横髪が輪郭を被っているため固く結ばれた口元しか見えない)を無性に抱き寄せたくなったが伸ばした手は無下に払われた。恋人の不安というのはおそらく交際を開始するまでの経緯に由来していると直感していた、というのも元々恋人には別の交際相手がいたもののそれを若者が寝取った(実際肉体を交わしたのは正式に交際を開始してからだが元々の交際相手は頑としてその事実を認めず若者を敵対視していたしそれ以前から恋人の心中は完全に若者へと傾いていた)かたちとなっており恋人はしきりに、ほんとうはわたしこういうふうに付き合うの嫌、太くんは特別なんだからね、と念を押すように口にしていたもののそうしたことばは重ねれば重ねるほど空疎にひびくのが常で通った高校は別であるものの狭い地元の同世代となればそれとなく相手の経歴などは知れるわけでそれなりの男遊びをしてきたことは聞き耳を立てるだけでも勝手に飛びこんでくる情報とも言えたしこうした証言よりも明白なのは一夜目にして感じた口づけや性技の熟練で相手の欲望に接した懸命な献身が当人の最も嫌がる事実を裏打ちしてしまうという皮肉な事態に気づきつつも指摘するでも後ろめたさを告白するでもなく快楽に身をゆだねつつ自身の性器を咥えた恋人の頭をそっと撫でながらも、嘘はばれないようについてくれればいい、とメロドラマめいた科白が浮かんだ内心にどこか俯瞰で白んでいたいつかの夜の心持ちで二カ月前に二人で購入したパッチワークをあしらったアイボリーのラグ(炬燵兼用のテーブルからほど近い位置に赤ワインの染みがうっすらと残っている)の上でうつむいたまま今や泣いているのかも定かではない口元しか見えないしどけない割座のままクッションを抱えて微動だにしない恋人の姿を若者はじっと見つめながら胡坐をかきかるく組んだ両手の親指の腹をこすり合わせていた。クーラーや冷蔵庫の作動音を貫通するかのような秒針のチックタックと絶え間ない営みに耳をやりながらそれらがもはや何を数えているのかもわからなくなるほどの沈黙に呑まれれば当然時間の感覚はあやしくなりカーテンを閉じきった室内を電球の白いひかりが照らすのさえ退屈に感じてしまうのはよくないとわかっていながらも次第に苛立ちが募りおおきくため息をついた。GPSのこと、もうちょっと真剣に考えるからさ、もうちょい待ってて、おれ頭冷やしてくるわ、唐突な発語に声帯はこらえきれず声音のほとんどはかすれていたが若者は咳ばらいを挟むことなく話し終えると目線を外しながら立ちあがりその際テーブル上にあった煙草のボックス(まだ十五本も残ったセブンスター)とライター(喪失したジッポの代理と言いながらもう半年以上消耗しながら使用しているモスコミュールのようなグラデーションの百円ライター)を左手に握りしめて玄関へと向かった。恋人はうつむいたまま小さくうなずいたものの若者はそれを見なかったし立ちあがった若者が玄関マットの上で振りかえることなく、泣かせてごめん、とつぶやいた時も二人の視線はてんでばらばらのベクトルのまま交わらなかった。

 

もう書くのが遅いとか集中力が持たないのはある程度仕方がないとあきらめ始めている。効率が悪いのは生き方だけじゃないという話です。

『壱路(仮)』冒頭

早朝のひかりが白みはじめた時にはまだ山々の輪郭の、うっすらと浮いたのを眺めることしかできずさわやかともぬるいとも形容できる微風をうつろに乾いた眼球や唇、痩せこけた頬、寝間着にした襤褸のTシャツと数年前に百バーツで購入した穴あきのタイパンツからむき出しの手足で受けて歩くさまは露骨に妖怪をおもわせる異様さで、闇の住人が何かの手ちがいで夜を抜け出してきたさまにも見えいずれ陽が昇りきれば音もなくひかりに溶けるのではないかとくだらぬ邪推をゆるすほどだとその証左に夏の休暇を謳歌する地元の若者たち(といっても彼と年齢のさほど変わらぬ)がそのうちの一人の(無論両親の全額負担による)買ったばかりだという外国製のセダンを幾度も席を替え替えしながら乗り回し、地元の古めかしいものの在住する者らには希少な憩いの場として機能するダーツバーの壁にまで染みついたアルコールとほんのり脱法めいた煙の臭いを十二分に堪能したあと、点検を怠ったネオンの不規則な点滅と不快な作動音を浴びながら出発した際にはふかく更けていた夜もほとんど明けたことでいやます高揚さえ山あいのいくぶんか急なカーブを超えたさきにふとあらわれたその予期せぬ登場、慣習的に点灯していた効果のとぼしくなりつつあるヘッドライトに照らされた視界への闖入をゆるした際に、もうすくなくとも十分以上我がもの顏して通り過ぎてきたこの先数kmは何もない一本道を途方もなく疲労困憊したふうな足取りでいく姿をみとめた瞬間に馬鹿騒ぎを中断し、しばしことばを失ったことをあげるのにいささか無理があるすればそれは予期せぬ登場や闖入の際にはだれもが似たような反応を取るもので乗車していた四人はたしかに困惑したものの、なんだよ今の……とひとりがつぶやけば別のひとりが、なんかやばそうだったな……と返し、それぞれが口や耳になれたことばをぶつけることで平穏を取り戻していき中断した騒ぎを次第に回復する。陽光の射さぬ山肌をヘッドライトでつぶさに照らすようにして行けども二本の光線がひかりを宿しはじめた大気にうまく刺さらずひっそりとわだかまるのは水面に浮いた油膜が消えることなくのこるのと似ていたが、そんな事実などどうでもいいのだと言わんばかりに外国製のセダンは改造したエンジンの放つ無粋なうねりを上げて前進したしかにすれちがった何者かをたしかに存在した恐怖の刹那をはるか後方に置いていく。四人の目の前には別の山あいにまとまった数棟のペンションがあり遠目には、というより見る角度によっては森の中に点在するかのようだがおのおの創意工夫をこらしたであろう建物や看板あるいは敷地内の意匠は寄れば寄るほど明晰で、一帯を貫通する竜の背骨のような山々の区分を無効化するような列なりの中でひときわ背の高い峰が、その高さを誇示するかごとくあるいはその高さがゆえに選ばれたのだと言わんばかりに輪郭を濃くし、後光と呼ぶにはまだよわいもののその頂からほんのりと放っている。四人の中でもっとも鼻のふとったするどい目つきの若者は後部座席にどっしりと深く体重をあずけながらペンションのある一画と山吹色をわずかに宿したうすい曇天によって輪郭を濃くしていく峰の刻一刻の変化を交互にさほど意識するでもなく眺めており徹夜は苦手で普段ならば自然と眠気がおそってくるはずなのに眼は一向に冴えたままで疲れだけが肩から腰にかけて重くぶら下がっているせいで不機嫌になりつつあったもののそれを悟られるのも面倒だとおもい下手な欠伸の真似をして目元を人差し指で撫でながら他の三人のすっかり復元した馬鹿騒ぎがえんえんとつづくのに嫌悪は募り、きつく握った拳の中で立てた爪はおのが皮膚を突き破らんばかりに猛っていた。四人の中でもっとも頑丈で岩石を想起させるその拳固は車内唯一の労働者であることの証であり、これからまだ一か月ほどある休暇を舐め尽くすように満喫するであろう学生身分の三人への羨望に交じった微々たる軽蔑の象徴だった。昨夜も呼び出されたのは事務所に併設された(というより元々工場内に事務室を設けていたが事業拡大のため新たに土地を買い取り約十五年前に別棟を建設したものの正門の先の駐車場からそちらの方が近いため本館として認識する者が大半)硝子工場で仕上げの研磨作業を終えた二十一時前で本来ならば恋人の待つアパートへ直行するところだが彼のシフト上今日が休みであることをすでに知っていた三人からつよく誘われれば断るすべもないのがこの地域に在住する若者らに通底する特性なのかもしれないと周りを見てふとおもうこともあり、それぞれ別の大学に進学したはずの三人がことあるごとに彼をふくむ地元の仲間を呼びあつめては飲み明かすという今現在の状況からもいくぶんか結論めいて推察できるのは三人が大学生活を本人らの主張するほど順風満帆におくれていないという事実で、三者三様大学内でできたという恋人や友人の何気ない話をするのだがどこか虚構らしく空疎な印象をあたえるものであからさまな設定の欠陥は折ふし露呈しそうになったがそのたびに他者の善意とも悪意ともつかぬぎこちない一言や動作で話題はたやすく次へとうつったし、その移行は個人の意思というより場に居合わせた全員の総意といった具合で、十数年もの付き合いがあればことばなんかあんまいらねぇわな、と一週間前に語った慎吾は運転席で若干流行おくれのEDMに合わせて身体を前後に、いや過剰に加工された声の属す言語に合わせるならば後前にゆらしながら英単語をそれっぽく口ずさんでおり―慎吾は昔から英語の発音がきれいで、それは母方にイギリスの血が流れているからだとことあるごとに自慢していた。現在は地元から最も近い私立大学で英米文化を学んでいるが勉学にはほとんど集中していないため英語能力は高校時代の方が高かった、その証拠にかつて(かろうじて)聞き取れたはずのネイティヴ同士の会話を今はまったくと言っていいほど理解できなくなっている(とはいえ英単語はちらほらと拾える)ともう何度耳にしたかわからない話を酔うたびに意気揚々と口にする―その振動に合わせておどる左耳のピアスが音楽とは半拍にもとどかないほどわずかずれて絶え間ないのが山頂からいまだ姿を見せぬもののつよまりつつある陽光のしのばす山吹色と陰影をなすのを後部座席からじっと見つめながらいっこうにおとずれない眠気をふしぎにおもった。右斜め前の助手席では外国製のセダンの持ち主(無論名義は父親)である和哉が煙草をふかしながら淡い水色のレンズが印象的なサングラス越しの視線をまっすぐ前へ伸ばしていた。髪色と髪型を頻繁に変えるようになったのは大学に進学してからで見るたびに変化する髪の具合は知己らを毎回おどろかせたが―不動産業を営む父親は豪快に笑って許してくれたが母親はいつも苦い顔をするのだと軽蔑した口調で話すのが常で、昔から母親との折り合いが悪いのは地元で付き合いのある人間はのこらず周知する事実だった―本人はいたって落ち着いており、こんなん中高の反動だから、どうせあと二年せんうちにおれら短髪に黒髪だわ、と右の口角をくいっとあげるニヒルな笑顔を見せながらも切れ長な眦のせいでよりいっそうきわだつするどい眼光はやはりとげとげしい印象を相手に与え、その目つきはなんなのよ、ほんとうに嫌な子ね、と幼いころに母親から何度も言われたことをネタにして話すほど割り切っていると本人は口にするものの二日前に編んだばかりだという赤のエクステンションを織りこんだドレッドヘアーは自己防衛のための武装に見えると左斜め後ろからバックミラーに映る浅黒くてほどよい広さの額と生え際へと目線をうつしながらおもった。空気のよどみと全身の中途半端な硬直が長くつづいたせいで苛立ちというより不快な気分になっておりそれには大食いで有名な正勝が右隣の後部座席で二十四時間営業のマクドナルド(いやに高く大きく掲げられた看板―角がないのに明確に大文字を意識させる駱駝の瘤を想起させる芥子色の曲線ひかるM字―と埋まることを知らない広大な駐車スペースが空の広さやほぼ四方を囲む山々のひそやかな圧迫感を助長している)のドライブスルーで買ったテリヤキマックバーガーとチキンマックナゲット15ピースとマックフライポテトLとプラスチックカップ入りのサイドサラダ(これ食べてるから無問題!)とマックシェイクバニラMを海老のごとく背中を丸めたままのいかにも自閉的な姿勢―故意に伸ばした襟足が細長い首のきめ細かな肌をわずかにのぞかせつつも着古したTシャツのよれたネックを隠し咀嚼に合わせてゆれるさまはどことなく水飲みに没頭する野良猫のたくましい毛並みを想起させる―でゆっくりとかつ気ままなペースで飲み食いしているのが気に入らないことも影響しており、豚みてぇだなと何度も口にしたことばをこれが最後の一回だと言わんばかりの真の侮蔑をこめてつぶやいても案の定とどかず座席の左右のドアにひとつずつ設けられたホルダーに挿しておいた飲みかけのペットボトルに入った生ぬるい烏龍茶を朝方のねばついた口内に流し入れかるくゆすぐようにして最後の一滴まで飲み干し空になった容器を適当なかたちにつぶす。じゃりじゃり、というプラスチックボトルが圧縮するとき特有のきしみが空疎にひびいたが車内は相変わらずの喧噪で外国製のセダンが山肌をなぞるのは麓と平行で、朝のうっすらとしたひかりに滲んだのはやりきれない退屈なのだと悟りながらも視線をそらすようにして深くため息をつきながら窓の外に目をこらす。ペンションのあった一画は目の前から左横に移動しており一時接近したもののそこへと降りる道を曲がらずに直進(と言っても実際は慎吾の運転の粗さもあり相当曲がりくねっているのだが)したためふたたび距離はひらきつつある。次第に後方へとずれていくのを横目でじっと見つめていたがリアピラーに隠れはじめると視界に収めることをあきらめてふたたび視線を車内へともどせばジャンクフードと男四人のかもす獣くささに煙草の煙や香水のあざといにおいが絡みつけばもはや悪臭であるとにわかに我慢できなくなり、だれにことわりもせず左手の人差し指(指腹にこしらえた線状の火傷痕がまだすこしひりひりする。アルコールで血流がよくなるとじんわりと熱を帯び血は出ないものの熟れた苺の色がしぶとくのこる)で手元を見ることなくパワーウィンドウスイッチを操作する。唐突に開いた窓から最も素早く射しこんだのは風ではなく自動車そのものが風を切るごうごうといういくぶんかかん高い音と早朝のまろやかに澄んだ冷気で窓際に寄せた若者の前髪が明確に煽られるまでには時間的なずれ―無論窓そのものがゆっくりとしか開かないことやわずか二寸ほどの隙間ができたところで操作を終えてしまったことも関係している―があり、その頃になっても右隣の席の正勝は背を丸めたまま十二個目のチキンマックナゲットを頬張っていたし運転席の慎吾はまばらな集中力で相変わらず首と声帯をふるわせていた。ただ一人助手席の和哉だけが車内の変化に気づきヘッドレストにあずけていた首に力をこめて左後方へとひねりながら声をかけたもののうす暗い車内に不必要な淡い水色のレンズが印象的なサングラス越しには対象者の姿は曖昧にしか見えなかった。和哉自身明晰にとらえる必要を感じておらず左隣の慎吾の大きく隆起した喉仏をぼやついた視界にうつしながら別の生き物のようだとおもった。

「太志、おまえ気分でも悪いんか」

「あ? いや、空気がこもってるなとおもって」

太志、と下の名前を呼ぶのは知己の中でも限られた者だけだと認識する若者が和哉からの投げ捨てるような口調を好ましく感じながらもぶっきらぼうに応答したのはダーツバーでのはした金とはいえ金のかかった(若者からすれば自ら稼いだという感覚のつよい)試合でのあからさまないかさまに腹を立てた名残が自然と採らせた無防備な強気であることを互いに理解しつつも声のトーンに差異があるのはわずかに開いた窓から射しこむいくぶんかかん高いごうごうという風の音との距離にひらきがあるせいだった。今年購入したばかりのあざやかな藍色のデニム地のハーフパンツの右ポケットに入れたスマートフォンがわずかに振動したのに気づいたのは両方の持ち主である若者だけでその十中八九まちがない相手を予想できているのもまた彼だけだった、というのも秘密主義者であるがゆえに恋人ができたことを周囲にひた隠しており(中にはその事実に気づいている者もいたがそうした話題を若者が露骨に敬遠するため風貌のいかつさや学生時代の気性の荒さもかんがみてふかく追及する者はいなかった)半同棲を開始してすでに一ヵ月弱の時間が経過していた。

 

コピペすると傍点なくなるのね。

三人称で書きはじめた小説の冒頭 『壱路』(仮)

 早朝のひかりが白みはじめた時にはまだ山々の輪郭の、うっすらと浮いたのをながめることしかできずさわやかともぬるいとも形容できる微風をうつろに乾いた眼球や唇、痩せこけた頬、寝間着にした襤褸のTシャツと数年前に百バーツで購入した穴あきのタイパンツからむき出しの手足で受けて歩くさまは露骨に妖怪をおもわせる異様さで、闇の住人が何かの手ちがいで夜を抜け出してきたさまにも見えいずれ陽が昇りきれば音もなくひかりに溶けるのではないかとくだらぬ邪推をゆるすほどだとその証左に夏の休暇を謳歌する地元の若者たち(といっても彼と年齢のさほど変わらぬ)がそのうちの一人の(無論両親の全額負担による)買ったばかりだという外国製のセダンを幾度も席を替え替えしながら乗り回し、地元の古めかしいものの在住する者らには希少な憩いの場として機能するダーツバーの壁にまで染みついたアルコールとほんのり脱法めいた煙の臭いを十二分に堪能したあと、点検を怠ったネオンの不規則な点滅と不快な作動音を浴びながら出発した際にはふかく更けていた夜もすっかり明けたことでいやます高揚さえ山あいのいくぶんか急なカーブを超えたさきにふとあらわれたその予期せぬ登場、視界への闖入をゆるした際に、もうすくなくとも十分以上我がもの顏して通り過ぎてきたこの先数kmは何もない一本道を途方もなく疲労困憊したふうな足取りでいく姿をみとめた瞬間に馬鹿騒ぎを中断し、しばしことばを失ったことをあげるのにいささか無理があるすればそれは予期せぬ登場や闖入の際にはだれもが似たような反応を取るもので乗車していた四人はたしかに困惑したものの、なんだよ今の……とひとりがつぶやけば別のひとりが、なんかやばそうだったな……と返し、それぞれが口や耳になれたことばをぶつけることで平穏を取り戻していき中断した騒ぎを次第に回復する。陽光を避けるようにして山肌を沿う四人の目の前には別の山あいにまとまった数棟のペンションがあり遠目には、というより見る角度によっては森の中に点在するかのようだがおのおの創意工夫をこらしたであろう建物や看板あるいは敷地内の意匠は寄れば寄るほど明晰で、一帯を貫通する竜の背骨のような山々の区分を無効化するような列なりの中でひときわ背の高い峰が、その高さを誇示するかごとくあるいはその高さがゆえに選ばれたのだと言わんばかりに輪郭を濃くし、後光と呼ぶにはまだよわいもののその頂からほんのりと放っている。四人の中でもっとも鼻のふとったするどい目つきの若者は後部座席にどしりと深く体重をあずけながらペンションのある一画と山吹色をわずかに宿したうすい曇天によって輪郭を濃くしていく峰の刻一刻の変化を交互にさほど意識するでもなく眺めており徹夜は苦手で普段ならば自然と眠気がおそってくるはずなのに眼は一向に冴えたままで疲れだけが肩から腰にかけて重くぶら下がっているせいで不機嫌になりつつあったもののそれを悟られるのも面倒だと思い下手な欠伸の真似をして目元を人差し指で撫でながら他の三人のすっかり復元した馬鹿騒ぎがえんえんとつづくのに嫌悪は募り、きつく握った拳の中で立てた爪はおのが皮膚を突き破らんばかりに猛っていた。四人の中でもっとも頑丈で岩石を想起させるその拳固は車内唯一の労働者であることの証であり、これからまだ一か月ほどある休暇を舐め尽くすように満喫するであろう学生身分の三人への羨望に交じった微々たる軽蔑の象徴だった。

 

 もうすこし文体を安定させないといけない。というか、いずれ冒頭から書き直すかもしれない。めずらしくコンセプトと物語の軸をきっちり持った作品になりそうなので、じっくり丁寧に書き進めていきたい。

 英語勉強の合間にプロットを考えていたら、最初に書いた糞の足しにもならない小説と似た構成を取りたがっていることに気がついた。あれからどれだけやれるようになったか試すという意味でもきちんと書き収めたいという欲求がある。どうやらじぶんは小説の理想をウルフの中に認めているらしい。