最近のこと。適当に。

最近も相変わらず無職ライフを謳歌している。基本的には六時前に目覚め、筋トレをして、ジョギングをするというルーティンをこなしているのだが、最近は雨や雪のせいでジョギングをしないこともあった。それに睡眠時間が足りず布団から出るのがどうしてもおっくうな時もあり、そうした場合は怠惰に身をゆだね、サボってしまう。人気のない時間帯しか走りたくないという意固地があり、それは醜態をさらすまいとする過剰な自意識でもあるのだが、じっさい昼間は歩行者や自動車が邪魔でうまく走れないだろうという気もする。まあそれは言い訳だけども。今日は朝に怠惰を発揮したため、夕方からルーティンをこなした。ふだんより楽に感じたのは何故だろう。空気がさほど冷たくなかったから?

前にも書いたが一日があっという間に終わってしまう。特に麻痺しながら推敲をしていると、ほんとうに時間の流れが早い。そういう時は読書や英語勉強に切り替えればいいのに変にねばってしまう。それがよくない。気分は落ち込んでくるし、今日一日で何ができたかと振り返ると情けなくなる。こんなんだったら働いている方がよっぽどか有意義だ。

来週は火曜から三泊四日で金沢旅行である。一応和食の勉強のつもりではあるが、以前から金沢には憧れがあったので観光客らしく兼六園やら美術館やら茶屋町やらの観光を満喫してこようとおもう。輪島まで移動しようか迷っているが、来週はまた寒波の影響でえらく冷え込むらしいので交通機関が止まることを考えるとむつかしいかもしれない。ホテルと晩飯を摂る場所はすでに予約済みである。初日はT矢さんの親友(心友?)でありじぶんの双子兄Tの専門学校時代の同級生であるTさんの知り合いがやっているという八七というかほく市にあるお店へと伺うことになっている(Tばっかやんけ!)。二日目三日目は地元で有名な和食屋さんを念入りにググり、予約した。一番行きたかった店は何度電話してもつながらないので諦めた。残念。

最近ヴァルザーを読み返している。やはりおもしろい。と、同時に発見がある。何かを読み返すたびに一度目の読書でじぶんがいかに読めていないがわかる。じぶんの読書のきっかけはT矢さんのブログで言及されていたカフカとヴァルザーを大学の図書館で借りたことだと認識している(しかしどうだろう? TからT矢さんのブログを教えてもらった時点できっかけと言えるのでは?)ため、ヴァルザーには非常に思い入れがある。よくわからんがおもしろい! よくわからんが豊かな営みがあるぞ! とたしかに感じたあの瞬間のよろこびは今でも思い出すし、じぶんが小説を書く以上は忘れたくないと高揚である。

今日はじぶんの次の仕事について、知り合いの職人さんと話をしてきた。時期が合わないと小説を理由に一度ことわったが、その辺を考慮するからとふたたび誘っていただいた話である。いろいろと話してみて、魅力的な面のおおい職場だと感じた。業務的にはかなりきついものの自由な時間は以前の職場よりおおく取れそうである。じぶんの場合、料理を年齢がおそいことや左利きであることなど色々と面倒なのだが、そのあたりを折り込み済みで考えてくれているだけでも助かる。何より勉強になりそうだと率直におもった。発展途上の店をスタッフ一丸となって盛り上げていくのは好きだ。心が一気に働く方向へと傾いている。再来週中には返事をすると言って別れた。決まれば三月上旬から働きはじめることになる。あと一ヵ月だとおもうと、もっと今のうちに金を使わなければと感じる。とりあえずPCでも買うか。

帰宅後、推敲にひと区切りついたところで母に電話をした。最近痩せたかもしれないと伝えると、あんたこれ以上細なってどうすんの、この前(横浜に来た帰り)Tとも話したけどな、正直あんた顔つきが貧相やで、こういっちゃ悪いけど、何というか脂分がまったくないのよ、めっちゃ老けて見えたわ、とぼろくそに言われたので悲しくなった。じぶんでも顔の肉があまりにもすくないことは自覚していたが、やはり他人に言われると傷つく(おととしT矢さんと再会した際にも「げっそりした」と言われた)。特にじぶんは何かと顔から痩せてしまうタイプだし、咀嚼回数が少ないせいで顎の線も細い。もっと肉を食うべきなのか? 動物性たんぱく質を卵でしか摂取しない生活である。数年でここまで顔の肉が削げた人間をじぶんはじぶんとサカナクションの山口一郎しか知らない。とりあえず高菜と葱のチャーハンを食らった。

さて、この適当な文章も書くことがなくなってきたので、そろそろ閉じよう。

1/24 wed

六時前から目覚めていたものの、布団のぬくもりにすこし甘えてしまった。なんだかんだと六時二十分前に起床。三十分ほど筋トレ。のちにジョギング。路上にはまだ雪がちらほらと残っていたものの、この日は問題なく走ることができた。路肩や電柱の下に寄せられた雪塊は土やその他諸々で茶色くにごり、一度溶けた表面は完全に氷の状態になっていた。溶けるのに時間のかかるやつだ。三日ぶりのジョギングだったものの、そこまで辛いとは感じなかった。空気もそこまで冷たくなかったし、雪のおかげか、やけに澄んでいるような感じがした。森林公園のせまい方の広場は周囲をぐるりとかこむ歩道以外きれいに雪におおわれていた。上空から見ればみごとな白い円ができていたはずである。ジョギングを開始から富士山をはじめて垣間見ることができた。それでも六合目あたりからは雲におおわれていたため、完全な姿にはほどおかった。焦らされている。広い方のランニングコースも、それ以外の場所はほとんど雪におおわれていた。ふだん芝生を走っている飼い犬たちの姿も見えなかった。濃い向日葵ような色をした太陽が夕陽のように周辺の空を染めていたが、空全体としてはやはり朝のそれといった印象で、透明がかった水色が大半の部分を占めていた。じぶんと逆回りに走る外国人男性二人組に、お早うございます、と流ちょうな日本語で挨拶されたので、くぐもった声で返した。こういう外国人のフレンドリーな感じはすごく好きである。じぶんが外国人相手にはフレンドリーに接することができるのは、相手がまずフレンドリーの土台にいてくれることを確信しているからかもしれない。相手の方がペースが早かったのか、それともじぶんとコースがちがうのか知らないが、こちらが一周する手前でもう一度すれちがった。三人ともことばを交わさず、目だけでほほえみをつくった。ブレイク中、鴉の鳴き声がやたらと耳についた。最近気づいたのだが、鴉の鳴き声というのはふしぎなもので、一匹が声をあげると、返事をするかのようにすこし離れた場所のもう一匹が鳴く、その声に反応して別の離れた一匹が鳴く、という伝言ゲーム的な構図になっているらしい。一匹の鳴き声に対して別々の方角の二匹がほとんど同時に声をあげることもあり、そうすると伝言ゲームはふたつの流れで平行することになる。別々の方角へと伸びていき、しだいに離れていく。肩で息をしているじぶんの耳にも聞こえなくなる。どこかで途切れたのか、はたまた単純に距離がひらきすぎたのかはわからない。最初の一羽はどうして鳴いたんだろう。それとも最初だとおもっていた鳴き声も、実はどこかからの流れを受けたものだったのか。

復路を走りはじめると、脇腹が妙な痛み方をしたのでペースを落とした。これまでジョギングで腹が痛くなることはなかったので意外な感じがした。帰宅してシャワーを浴びているうちに痛みはどこかへ消えた。

着替えてからは、少々おもうところがあり、F田さんのブログにアクセスし、年明け分から約十日分の記事に目をとおした。ほとんどの記事は一度読んでいたため再読のかたちとなった。TがF田さんは天才だとおもうと、この前会った時に言っていた。じぶんもそうおもうと書いてしまうとおべっかを使っているようで嫌だが、事実なので仕方ない。というか、これは前にも書いた気がするが、じぶんのまわり(といってもきわめて少数。希薄な人付き合いの結果)で何かしらの創作にたずさわっている人間はみんな才能がある。下手なプロよりよっぽどか実力がある。それで食えていないというも共通点ではあるが、ぜひぜひつづけてほしいと身勝手かつ無責任なことをついおもってしまう。

ブログを更新した。たいしたことも書いてないのに時間だけがかかる。文章をこしらえながら腹がぐるぐると鳴ったので、更新してから昨夜の残り物である甘酒をふたたびあたためてから飲んだ。きのうよりも味がつまっているせいか、おいしく感じられた。風味は確実に飛んでいるはずなのに。バカ舌だとかるく情けなくなった。

甘酒を大量に摂取したあとは推敲。二部から。二部は文体が妙にややこしいので、全体の手直しという視点ではどうしても見づらく、局所的な手直しと調整をメインでおこなった。途中あきらかに整合性を欠く部分があったので手直ししたのだが、それにどえらく時間がかかった。いや、じっさいどれくらいの時間がかかったかはわからないが、たしかに立ち止まっている感じ、にっちもさっちもいかない感じ、いまいち集中を欠く感じがした。前後も含め書き直すことでどうにかおさめたのだが、後日読み返してどう感じるかはわからない。十三過ぎになって胃が空きつつのを感じたので、長葱と木綿豆腐の卵とじをつくり、白米と共に食して昼飯とした。眠気はこなかったが、食後はいっそう集中を欠いた気がした。どれくらいかはわからないが、Youtubeばかり観ている時間があった。おれは何をしているんだろうと情けなくなった。かすかにだが、死にたくなった。こうした時はあきらめて他の作業に移行すればよいのだが、馬鹿みたくねばってしまう怠惰な性分である。二部の推敲に区切りをつけた時点で十六時過ぎだった。時間の流れがほんとうに早い。今週は特にひどい。こんなのあんまりだ。その後録画したNHKの英語勉強番組を一回分視聴し、三部の推敲にとりかかった。焦りがあった。こんなに早い時間の中で小説に区切りをつけ、二月に石川旅行をし、三月からふたたび働けるのかと疑問におもった。なんにせよまだ考えるのも時期尚早だ。とにかく小説と向き合うしかないとテキストファイルをふたたびひらいた。何か、とんでもない間違いをしているとような不安が常にあった。それから逃げるようにしてじぶんの書いた文章と向き合った。三部は二部とくらべて手直しのしやすい文章ではあるが、以前から考えているテコ入れの、テコを入れる部分を探しているうちに読み終わってしまった。三部に関しては一度おおきく時間をおくべきだろう。二十時になっていた。腹は減っていなかったが、何か食べておいた方が懸命だとおもい、白菜の浅漬けに食べるラー油(今さらながらはまっている)をぶっかけておかずとし、昼の残りの白米と共に食らい、晩飯とした。

その後四部の推敲に移行した。この時点で目が非常に疲れているのを自覚していた。両目がチック的に同時痙攣したのにはおもわず笑ってしまった。目を閉じて眼球をうごかしたりしたが、じぶんの目の不調を感じるだけで何も改善しなかった。麻痺っているのもあるだろうが、推敲そのものはわりに簡単に、さくさくすすんだ。途中、また書き直しの部分があった。書き直したあとに、部分ごとまるまる削ったほうがすっきりすると気づいた。こういう無駄足をふんでしまうことはたびたびあるが、この時はどっと疲れた。四部は短いこともあり、二十二時半にはけりがついていた。その後かるくストレッチをしてから読書に移行した。目が疲れているせいであまり集中できなかったが、眠気はなかったのでなんとか読みすすめた。日付を超えたのはおぼえているが、いつの間にか炬燵で寝落ちしていた。倹約、ぜんぜんできてないよね。

1/23 tue

六時過ぎに目覚めた。立ちあがり、窓の外へと目を向けると路上に雪が積もっているのがわかった。車道は自動車がとおったせいで霙状の轍が何本かひかれており、自室からでも凍結している部分がちらほらと確認できた。あれはあれであぶないのではないかとおもった。が、それをどうにかしようとはおもわなかった。とりあえず筋トレを三十分こなしたものの、外に出て様子をたしかめるとジョギングはあきらめざるを得なかった。路上の雪は早くも溶けはじめており、足をとられるうえにすべってあぶないとわかったのだ。その後一度自室へともどり、厚着をしてから散歩に切り替えようとふたたび外に出たが、エントランスから数十歩行ったところで引き返してきた。やはり足元が危うかったし、何より寒すぎて散歩なんて楽しめないとおもった。外では自宅まわりの雪かきを行っている人がいた。全員おじさんだった。こういう作業は家長のつとめ、みたいな風潮があるのだろうか? 雪かきなどやったことのない身からすれば、お疲れさまです、としか感じなかった。と同時に家を持つことはこうした面倒を引き受けることなんだろうと、俗っぽいことを考えた。なんにせよ面倒くさがりの性格なので、それだったらずっと賃貸でいいや、とおもった。同時に仕事だったらやれるだろう、ともおもった。けっきょく二度手間を食ったことに苛立ちながら風呂に入った。ジョギングで汗を流せないぶん、半身浴でまかなうつもりだったが、妙なことにいつまで経っても身体が芯からあたたまらないので、もういいや、と切り上げて身体と髪を乾かした。時間だけがそれなりに過ぎていたので、こんなん詐欺やんけ、とまた苛立ちをつのらせた。

きのう中途半端にしてしまった英語の勉強をとりあえず終わらせておいた。今日のノルマ分はまた別である。それからブログを書いた。書きながら、部屋の中がみるみる明るくなっていくのがわかった。外を見ると、まだ雪かきを行っているおじさんがちらほらいた。更新したあとか、する前かおぼえてないが、胃がぐるぐると鳴ってうるさいので早めの昼食をとった。冷蔵庫に卵や野菜がなかったので、厚揚げだけを炊いて煮物した。煮ている間にも腹が減りつづけていたので、冷凍ご飯を解凍して煮汁をぶっかけて食らった。なんちゅう飯だよ、とおもいながらやはり野菜は高くても一食ごとに多少は摂取しないといけないという気になった。炊いた厚揚げも食し、腹はふくれたがくだらない食事をしてしまったことに嫌気がさした。

ブログを更新してからは五部の推敲にとりかかった。冒頭部分をがっつり(と言っても六百字程度)書き足しただけで一時間以上が経過しており、ちょっとあせった。途中、藪から棒に猛烈な頭痛がしたので、痛み止めと胃薬を併用して飲んでおいた。しばらくしたら治った。じぶんの場合に時系列や全体としての統合性を維持できているか、あるいは文章としてよどみなく流れているかという大局的な視点と、一文単位でおかしなところはないか、もっとよく表現できないかと工夫を凝らす集中的な視点を持って推敲にのぞむ(かっこつけてるね!)のだが、ついつい後者に傾きすぎてしまうきらいがあるので、そうした兆候を察知した時には意図的に他の作業(玄米茶をつくったり、肩回りのストレッチをしたり、Tおすすめのゲーム実況動画やじぶんのはまっているラジオ音源の抜粋を視聴したり、BGMを変えたり、Xvideoでお世話になったり(これに関しては抜きなしのことの方がおおい。身体を鍛えていると男性ホルモンが活性化されて性欲が増すと耳にしたことがあるが、じぶんにはほとんど当てはまらない)、TVを適当につけては二三分で消したり)に移行し、気晴らししてからまた文章にのぞむという方式を、以前から採用していたはいたのだが、今作からより積極的に行うようにしていて、そのおかげかは知らんが、はかどると言えばたしかにはかどるし、集中力も以前よりは増した気がするのだけど、いかんせん時間の経過がどえらく早く感じられるようになってしまった。五部の推敲をやっとこさ終えた時(といっても一周目なので、まだこれから何周もすることにはなる)にはもう外が暗くなりはじめていた。マジかよ、とおもった。浦島太郎になったような気さえした。身体はそれなりに凝り固まっていたが、時間の流れの早さがやはり嘘のようにおもえた。日に日に早くなっている。

これ以上小説と向き合えそうにもなかったので適当に着替えて外に出た。夕陽はすで見えなかったが、夕焼けの終わりをながめることができた。高架下、家々の輪郭が菜の花色を帯び、その上に水色の透き通った層ができるさまやまだ夜になりきらない空の藍色とも紺色ともつかないのがじょじょに暗くなっていくのを観察するのは本当に好きだ。おもわず足を止めて見入ってしまう。朝焼けの雄大な感じよりも、夕焼けのしんみりした感じが好きである、ってこれは昔書いた小説にもつづったぞ、しかも女の子視点で。

タリーズに移動し、コーヒーを注文してからカウンターで受け取った。注文の際のじぶんの声が、ひどくちいさく掠れているように聞こえた。というか、確実にふだんより発声がとどこおっていた。おもえば昨日の午後からずっと声を出していなかった。どうやら喉という器官は唐突の発声に耐えられないらしい(同じようなことをT矢さんもブログに書いていた)。奥まった一人用のテーブル席に腰かけ、英語のノルマを三分の二程度こなした。今朝よりもいっそう物覚えが悪いような気がした。ぜんぜん頭にはいってこなかった。一時間ほど経過したところであきらめ、読書にうつった。柴崎友香『春の庭』。しょっぱなからほどよく力の抜けた文章、キメきらない文章がならんでおり、ああ、柴崎友香だなぁとおもった。このひとの小説を読むと、いつもじぶんの書いているものに力が入りすぎているとおもわさせる。じっさい、そう感じるだろうと予想して読みはじめてもいた。推敲に活かす脳みそで小説を読みすすめた。スマートフォンにかるくメモを取りもしたが、たいしたことは書いてなかった。一時間ほど読みすすめたところで退店した。すでにすっかり夜である。風が非常につめたく、薄着をしてしまったと後悔した。石川町の青葉に移動し、買い物をした。腹が減って仕方なかったので、帰ってすぐに調理できるものをとサッポロ一番味噌ラーメンを迷いなく買いもの籠に入れた。じぶんが唯一購入するインスタント麺であり、父親の好物でもある。もやしを大量ゲットしようとしたらすでに売り切れていた。ふだん山ほど積んである売り場なので、もろもろの野菜の高騰により需要が伸びているのだろうとおもった。漬物、牛乳、卵、長葱、油揚げ、水、濃口醤油も合わせて購入した。一枚二円のレジ袋がぱんぱんになった。やぶれないか心配だったけど、無事だった。

帰宅してさっそく晩飯をこしらえた。サッポロ一番味噌ラーメンと共に長葱の青い部分の小口切りと卵を煮込んだ。それをおかずに白米も食らった。食欲旺盛である。食後にはなんとなく甘酒が飲みたくなったので、酒粕とみりんと砂糖と水で適当につくった。本当は麹からつくると激うまなのだが、そんなことをするほどまめじゃない。

食後はふたたび小説にのぞんだ。二周目の推敲である。一部の冒頭から読み直した。すると意外にイケているので安心した。が、やはりこまかなところで修正を加えはした。非常に集中できた気がする。一部の推敲を終えたところで二十三時を過ぎていた(早い!)ので、英語勉強に移行した。二部は文体がややこしいので、すすむ気力もなかった。一応ノルマを終えたところで日付は変わっていたが、眠気はほとんどなかったので読書に移行した。眼鏡の鼻当てにふれる部分がやたらと痛むので姿鏡に近寄って確認すると、ものすごく赤くなっていた。一応へこんではいたが、腫れていてもおかしくないようにおもえた。石榴みたいだった。一時前には寝ていた。明かりは点けっぱなしだった。

1/22 mon

五時前に一度目が覚めた。嫌な夢を見た気がする。その時から胃の調子がおかしかった。あと一時間で回復するとはおもわなかったが、薬も飲まずに目を閉じた。眠ることはできず、ただ目を閉じて布団の中で暖をとった。今にしておもえば、ああいう時間が本当に無駄である。六時過ぎに身体を起こした。やはり胃の調子がおかしかった。パンシロンを白湯で飲み、玄米茶をすすった。外を見るとまだ雪は降っていなかったが、窓をあけるとえらく寒い風が吹いていた。こりゃ雪がふりまっせ、と芝居めいたひとり言を口にした。昨夜入らずじまいだった風呂に入った。湯を溜めて、胃をあたためるようしたが効果はいまいちだった。

この日のルーティンはすでに崩壊していた。①筋トレ②ジョギング③ブログ④英語勉強の流れである。結果的に③④は夜に行った。朝っぱらから玄米茶を飲みながら推敲をはじめた。空がくもっているせいか時間感覚がやけにあいまいだった。暖房をつけて炬燵に入っていたおけげで寒さはまったく感じなかった。が、終日やけに手が冷えた。何度もじぶんの首筋や肩回りににふれて手をぬくめた。十時前になると身支度をととのえて不動産屋に向かった。賃貸の更新である。場所はココペリのすぐ近く、すなわち近所なので、歩いて五分もかからなかった。外は早くも雪が降っていた。昼過ぎからの降雪だと聞いていたので、虚を突かれた気分になった。不動産屋の社長?とは顔なじみなので、署名をして判を押し金を払った後にも少々雑談した。早く帰りたかったが、向こうがやたらと話を振ってくるのでなかなか退散できなかった。横浜人は地元大好き人間が多いというのは四年住んで学んだことだった。当然ながら仕事を辞めたことは言わなかった。店内の電話が鳴って向こうに応対が迫られた時、これぞとばかりに挨拶をして外に出た。横浜に来てもう四年になるのだと、しみじみおもった。とても早い。時間の流れが早いというのはじぶんにとって、すごくありがたい時とそうでない時があるのだが、主に前者の感覚で生きているため、この時もすこしだけうれしい気もちになった。早くこの人生が終わってくれればいい、というのがじぶんの根底にある価値観なのだ。これは決してネガティヴではない。

次の就職先が決まればほぼ間違いなく引っ越しをするため、更新に際してはもったいないという気もちもはたらいたがしかたない。実家にもどるなんてありえない。足早に帰宅して、くだらないネットサーフィンをして、昨日とおなじ炒飯を適当につくって昼食とした。昨日の食いすぎを反省し、量を減らしたのだが、それでも腹がぱんぱんになった。しばらくして作業を再開した。二部は予想どおりくせもので、手間と時間がかなりかかった。一応それらしく修正したものの、もう一度読み直す必要があるのはわかっている。三部は独白部分が大半で、内容そのものはほとんどないため、推敲もさほど手こずらなかった(とは言え粗はおおかったし、後半の内容とされる部分の修正には難儀した)が、そもそもの文章としての面白さに何度も疑問をいだいてしまった。三部はいずれ大幅に書き換えるかもしれない。三部の推敲を終えた時点で夕方になっていた。他の作業にうつるべきかまよったが、そのまま四部の推敲もはじめた。まずは以前から引っかかっていた最後の描写をがっつり書き換えることとした。四部はかなり書き換えた部分がおおいような印象がある。途中行き詰ったので、白菜の漬物と絹ごし豆腐とモヤシナムルと中華スープをおかずに白米を食らって晩飯としたり、録画したベイブレードバーストゴッドを観たりした。また、ふと思い出して親方に病院での検査の如何をラインでたずねた。すぐに既読がついたかとおもうと、検査は来週で、結果は再来週だと返ってきた。じぶんの勘ちがいだったと謝罪すると、それとほぼ同時にじぶんが抜けてからの仕事の忙しさが半端じゃないことを知らせるメッセージがとどいた。何とも言えない気持ちになった。じぶんの言えたことではないが、とりあえず身体に気を付けてくださいと返した。おれも大変だけど髙橋くんがもっと大変だ、文句も言わないでやってくれているので頭が上がらない、と即座に返信があった。つづけて、飯はちゃんと食ってるか? と訊かれたので、天Kでもらったご飯を冷凍して貯め込んでいるおかげでなんとかなっていると返した。すぐに既読がついて、そのあとは何も返ってこなかった。あらためて気合を入れなければ、とおもった。「働きたくねぇなら、絶対怠けちゃいけないんだって」「生き甲斐だけで生きたいんなら、絶対怠けちゃいけないんだって」(竹原ピストル)というわけだ。ふたたび作業を再開してからはよく集中できた感じがあった。四部までの推敲をとりあえず終わらせたところで二十二時を過ぎていた。非常につかれていたが、ルーティンをうやむやにしていた気持ち悪さがあったので、とりあえずブログを書くことにした。PC画面とながく向き合いすぎているせいで目がしぱしぱと痛くなった。ドライアイですわな。また肩と腰に過度な負荷がかかっているのも数時間前から実感していた。とりあえず記事をアップすると、首周りのストレッチをした。その後英語学習に移行したが、室内のあまりの寒さに集中がとぎれてしまった(じぶんの今の部屋の都合、炬燵から出ないと英語学習ができない、というかそういう布陣をとってしまっている。改善しなければ)。ノルマの五分の四程度こなしたところで布団にもぐりこんで眠りについた。暖房と明かりは点けたままだった。倹約しろよバカ。

1/21 sun

六時十五分起床。五分ほど布団の内でごろごろとしてから起床。三十分の筋トレ。のちにランニング。この日は前日の銭湯のおかげか、筋肉痛や背中の痛みをほとんど気にせず運動することができた。やはり銭湯は偉大である。前日より空気が冷えていたせいか、途中耳が嫌な感じで痛くなった。足を止めたくなったが、そうしてはこのジョギングの効果がうすれてしまうと貧乏根性でどうにか耐えた。タイムはブレイクも含めて自己ベストで、三十分を切っていた。ブレイク時の朝陽がひじょうにまぶしく、こんなにまぶしくなくてもいいんじゃないかとおもった。濃いオレンジ色をしていたので、夕陽みたいだった。

シャワーを浴びてからブログを書いた。こうやってブログを書きはじめてから一番時間を割いて文面をこしらえたこともあり、ちょっと疲れてしまった。それに前日分の記事にもしるしたように、このブログの存在価値がじぶんの中でさだまらず、投げやりな気分となってしまった。

その後ちょっとだけだらけてから英語の勉強をはじめた。この日は調子がよく、ふだんよりも速いペースでこなせた。どうせ鶏頭なのだから何度もたたきこまなくてはいけない。

その後昼食に炒飯をつくり、たらふく食ったところで猛烈な眠気がおそってきたので、これは無理しても意味ないぞと言い訳して一時間だけ眠ることにしたのだが、起きてびっくり! 三時間も寝てしまったではないか。喉の渇きとやっちまった感で絶望的な気分になった。とりあえず玄米茶をつくって気分を落ち着けることにした、それとなくTVをつけると、全日本卓球の男子決勝戦がちょうど行われるところで、結果から言うと玄米茶をすすりながらぜんぶ観てしまった。卓球のTV観戦は昔から好きである。それに水谷対張本となれば試合結果も気になった。じぶんとしてはおなじ左利きで同世代の水谷を応援していたのだが、いかんせん張本がつよかった。会場では水谷を応援する雰囲気にやや傾いていた気がする。そこにはきっと張本の生い立ちや立ち振る舞いに起因した、ヘイトな感情も多分にひそんでいた。なんとなく嫌な予感がしてTwitterで「卓球 張本」で検索すると張本に対するくだらないヘイトツイートが大量に流れており、心底辟易とした。十四歳の少年におおくのものを求めすぎだろう、と率直におもった。大概の人間、中二の時なんてクソ以下のどうしようもない洟垂れだろうが。著名人におおくをもとめる人たちの気持ちというのが正直まったく理解できない(じぶんが怒るとすれば政治について)のだが、そうした人たちはじぶんという人間をどうとらえているのだろう? 決勝戦は単純にいい試合だった、おめでとう。それじゃダメなんだろうか。

イラついた気持ちのまま小説の読み直し、手直しをはじめた。予想はしていたが、一部から粗だらけでやりがいがある。ありすぎる。ぜんぜん終わらんぞ。というか先にすすまんぞ。という具合で、一部の半ばに達した時点で完全に止まってしまった。一度休憩をはさみつつ、粘るうちにどうにか突破口が見えた。これは推敲あるあるだとおもうが、一か所だけの手直しのつもりが芋づる式にさまざまな問題を浮上させることがあって、そうした時は現前した問題の複雑さにただただ唖然とするしかない。現前したものを無視するわけにもいかないので、ちょっとずつああでもないこうでもないと手を入れたり、おもいきってけずったり、あたらしく文章をこしらえたりするわけである。結果として変質した文章に納得がいけばまだマシだが、よく……なったのか? と首をひねりたくなることがほとんどで、翌日以降に読み返すと、ああ、やっぱ変だな、とおもう。つまり推敲は時間と手間がかかるわけで、特にじぶんのように日本語が不自由な書き手は誤字脱字や誤用のたぐいも半端ないのでなおのことである。あー推敲ってほんとめんどくさい。でも、推敲している時がいちばん小説と触れ合っている気もする。ようするに恋人とおなじですよ。よくわからんけど。

ちなみに推敲のやり方を今作からすこし変えた。感覚的なことなので、わざわざ書くことでもないが、なるべく俯瞰で、距離をおいて作品にふれているつもりではある。大人な付き合い方というわけです。ようするに恋人とおなじなわけですから。

二十時すぎ、一部に目途をつけたところでココペリに飲みに行った。この日は端からそうするつもりだったので、作業中に腹が減っても玄米茶と飴ちゃんで我慢しつづけた。席に着くとKさんが退職記念?に日本酒を一杯ついでくれた。じぶんを含め五人の客がいたのだが、そのうちの三人が無職という強者ぞろいだった。

ココペリでは五十代の夫婦と知り合った。天ぷら屋で和食をやっていたと告げると、えらく食いついてくれて、話がどんどんひろがった。夫婦ともに和食が好きらしく、横浜や東京のおすすめの店を教えてくれた。あと、石川町のかわかみがつぶれたことも教えてくれた。もともと常連だったらしいが、去年末に何の連絡もなく突然店をたたんだらしい。なんかあったんだろうと、強烈に強面(スキンヘッドにサングラス、みじかく整えられた白い顎鬚)な旦那さんは言っていたが、まぁおそらくなんかあったんだろう。何にせよ非常に残念である。夫妻いわく、この近辺の和食屋では断トツだったらしい。食のことは話題にしやすいなぁとあらためて実感した。食を通じてだれかと仲良くなることは、言ってしまえばちょろい。小説を通して仲良くなるのは、きっとかなりむつかしい。

小説を書いていることは言わなかった。途中、三月くらいからどこかではたらくつもりだと口にした。それは本音だった。和食いいよね、まだまだこれからだね、充電期間だね、と障碍者施設(学校?)で働いているという奥さんはしきりに口した。日本酒を口にしながら、とおい目をしながらほほ笑んでいるさまは、何か過去の記憶を反芻しているようだった。

奥にすわっていたお姉さん方ふたりが退店すると、のこりはじぶんと和食好きの夫妻だけとなった。旦那さんにやたらと初々しいと言われた。ふたりにとってじぶんはお子さんたちの世代にあたるらしい。Kさんにならって、いつの間にかこちらのことを直ちゃんと呼び始めていた。旦那さんは元ガチガチのラガーマンらしく、過去のトレーニングの過酷さを自慢された。高校時代は片手に五キロずつのダンベルを持って、毎日三時間ほど走っていたらしい。バケモンだ。どうでもいいが、旦那さんのサングラスは目が悪いからだそうで、威圧の意図はすこしもないのだとか。ただ、強烈な強面なことは自覚しており、それを逆手に取ったコミュニケーションの図り方はたくみだった。飼い猫と奥さんをこよなく愛するギャップが、ベタにかわいらしかった。鋼の錬金術師でこんなキャラいたよなあ。

その他さまざまな雑談をした。たくさん飲み、たくさん笑った。途中充分に酔いが回ったのを自覚したため帰宅したくなったが、夫妻より先に退店するのがなんとなくはばかられた。じぶんよりもべろべろ酔った旦那さんを奥さんが引っ張りながら帰って行ったのは二十三時過ぎだったか。その後ひとり残った店内でココペリ夫妻とかるく会話をし、ラインを交換してから店を出た。五千円弱の出費だった。

過度に酔っ払った自覚があったので、帰宅してすみやかに寝た。こうした時に風呂にはいるとろくなことにならないと経験則から学んでいた。まちがえてつけてしまったTVに蔦谷好位置が出演していた。こんな顔だっけな、とおもいながら即座にTVを消し、瞼をとじた。十二時過ぎだったと記憶している。

1/20 sat

五時前に一度起床し、炬燵で寝てしまったことを後悔し、布団で寝直した。背中と肋骨の内側がかなり痛かった。六時十五分にふたたび起床。約三十分筋トレしてからジョギングに移行した。痛みがあるため本来ならば行わない方が賢明だとおもわれたが、習慣化しているものがなし崩しになりそうだと予感し、無理やり実行した。腹筋を鍛える動作が背筋にぴきぴきときた。外に出ると前日よりも十五分ほど早い時刻だったことと曇天が影響してかなりうす暗かった。走りはじめは雨がふっていた、がじきに止んだ。走りはじめてからしばらくして右足の裏に痛みがあることを知った。身体をいたわるように姿勢を意識し、前日よりもゆっくりと走った。走ること自体には慣れてきているようで、疲れはそこまで蓄積しなかった。これまでのジョギングの中でもっとも着込んで走ったせいか汗が止まらなかった。雨のせいで湿度が高くなっていたせいかもしれない。高湿度を特別苦手とする体質である。そんなのみんなそうだろうと思われそうだが(だれに?)、幼いころの高熱や思春期にありがちな緊張癖のせいで自律神経が狂っているため、汗腺や尿の機能がぶっこわれているのだ。これはもはや体質だからしかたないのだが、痩身のひょろ長い眼鏡男がよくわからない場面でひとり汗をかくというのは傍目にひどく不自然にうつるらしく、今まで何度もツッコまれてきた経験がある。ちなみに手汗も唐突にひどくなることが多々あり、意識してしまうと余計にダメである。

ペースを落としていたせいか、前日よりも若干長い距離を走ることができた。ブレイクをはさんでいると、一羽のカラスとじっと目が合った。近づいていくとどこかへ飛んで行った。威嚇のつもりもなかった。恨まれていたら嫌だな、とおもった。カラスは人を判別し、おそうこともあるといつかTVで観たことがあった。だから余計ひるんではいけないとおもっているのかもしれない。舐められたら終わり、舐めても終わり、というわけだ。唾奇のlyricでそんなのがあった。

へとへとになって帰宅し、シャワーを浴びた。背中がぴきぴきと痛んだ。全身のこわばりもあるので、今日は銭湯に行くと決めた。シャワーを浴びながら銭湯に行くことを決めるのは何か変な感じがした。身体をかわかしてからブログを書いた。正直、何のために書いているのかぜんぜんわからない。あまりたのしいともおもえない。タイピングがおそいせいで時間だけがかかる。じぶんに合わない書き方をしているのかもしれない、ばくぜんとおもうが、いかんせん改善するほどの意欲もない。ここのところ毎日更新しているせいか、アクセス数は伸びてはいる。しかし、じぶんで書いていてこれのいったい何がおもしろいのかと疑問におもう。じぶんだったらまず読まない。そもそもじぶんでもブログなんてほとんど読み返さない。こう言ってしまうのもなんだが、書いている小説の方がよっぽどかおもしろい。ブログはおれの戦場じゃない。かといってストレッチや柔軟の場になっているわけでもない。きっとまだなじみがないのだ。よくわからない他人のようだ。ブログのほうでも、きっとおれのことがよくわからないだろう。いきなりディープキスはできない。おたがいの距離感を知ることが大事だとおもうんだよね、クッソだせぇ台詞を恥ずかしげもなく口にするサラリーマン風の男が脳裏でちらついた。いつか焼き鳥屋で見た醜悪なカップルだった。

ブログを更新したあと、そのまま作文へと移行する気になれず、英語の勉強を怠惰にこなした。やる気がでなかった。やる気がでないと悲しくなった。AmazonPrimeで映画でも観ようかとおもったが、それも気がすすまなかった。ウォッチリストに作品だけがたまっていく現状だった。映画がきらいなわけではなかったが、ここ数年妙にさけてしまう傾向にあった。観れば面白いとおもうし、もっとディグりたいなと素直に感じるのだが、そこからなかなか踏みだせない。時期じゃないのだろう、そうおもいはじめてからどれくらいの月日が流れたか。

油揚げと長葱の卵とじをおかずに白米をくらったあと、自室に閉じこもるのも嫌だったので、外にでて予定どおり銭湯へと向かった。寿町が近いこともあってか、ガラの悪い客の多さが特徴である。禁止であるはずの刺青をしている老人、あからさまなヤクザ、伊勢崎町あたりでヤンチャしてそうな派手な若者、そんなのがごろごろいる。そういうひとたちを怖いとも何ともおもわなくなった。まがいなりにも調理師業界を見てきたおかげだろう。こちらから接触しなければ彼らは何もしてこない、むしろ穏やかなものだと中上健次もスラム街の住民や路上のひとびとを指して言っていた。脳みそを空っぽにしてジェットバスの噴射を浴び、他に入浴者のいない浴場でストレッチをし、足裏や肩や腰を念入りにもみほぐした。これだけで疲れが抜けていくのがよくわかる。まったく性的ではない、純粋な肉体的快楽というものがあるのだとここに来てはじめて知った。調子にのって長湯すると気持ち悪くなるとわかっていたので早めに切り上げ、バスタオルで全身をかるく拭いてから脱衣所のベンチに座り、汗がひくのを待った。背中の痛みが狙いどおり軽減していたのでうれしくなった。ジェットバスと大浴場は正義である。いつ訪れても見かける、いかにも主らしき坊主頭の刺青爺さんが他の客と大相撲の文句を垂れ流していた。その江戸っ子風の抑揚を耳にしながら目を閉じた。

その後、着替えてから元町のタリーズに移動し、読書をした。混みあっていた。なんとなく息苦しい感じがした。本を開くも、いまいち集中できない時間がつづいた。正直、内容があまり好みではなかった。この日で読みきれるとおもったが、最後の一篇だけ残してしまった。隣席にすわった七十前くらいの着飾った老女がスマートフォンを使っていたので、さすが元町あたりの年寄りはちがうなぁと元職場と比較しながらおもっていると、ちらっと見えた画面からポケモンGOをやっているのだとわかった。ちょうど何かしらのポケモンをゲットしているところだった。こちらとおなじくおひとりさまの老女が土曜日の混みあったコーヒーショップでポケモンGOをやっているという事実がおもろしくもあり、また悲しくもあった。犬の鳴き声が店内から聞こえたのでおどろいてそちらを向くと大型の、毛並みのきれいなレトリバーがおとなしく座っていた。あいつが鳴いたのかと疑問におもったが、他に犬らしき存在はなかった。どうやらペットも入店可の店舗らしい。特別不快感はおぼえなかったが、これを嫌がる他の客はいるだろうなぁとおもった。入り口付近の席だったため、自動ドアが開くたびに冷たい風が足元を冷やした。

タリーズをあとにし、帰宅すると眠気がおそってきたので、十五分だけ過眠をとった。その後ようやく本日の作文をはじめた。加筆作業というより全体の調整からはじめたのだが、おもいのほかうまく場面がおおく、うれしかった。Twitterにも書いたが、描写を足そうしてエピソードそのものが変質し、場面としてゆたかになることある。そうした瞬間に遭遇すると、小説を書いていてほんとうによかったとおもう。ささやかだが、よろこびというものがたしかにある。修正をしているつもりだったが、いつからか本格的な加筆作業に入っていた。二日前にも感じたような、文章のすべるような感覚があった。以前とはことなり不安はなく、落ち着いて書きすすめた。途中、あえてペースを落とすために焼き豆腐の炒め物をつくり、白米と共に食らって晩飯とした。その後もなんだかんだと粘り、草稿段階ではあるものの、五部を最後まで書ききった。

タイピングしながら、じぶんがいままでの小説とは趣のことなるテキストを構築していることに気づいていた。これまで四部書いてきたが、五部がもっともじぶんの中では異質である。こうしたものが書けたのはウルフ『ダロウェイ夫人』を再読した、さらに言えばフォークナー『響きと怒り』を読んだおかげだった。特に前者から得た展開方法のインスピレーションは大きかった。誤解を恐れずに言えば、五部は非常にベタな人物や物語、心理描写で構成されている。しかし、じぶんが注力したのはそうしたものをいかに配置し、時間軸に沿ったなめらかなうねりや必然性を生み出せるかという点だった。メロディアスな、それでいて技巧も効かせたピアノ曲をつくっているような感覚があった(この前の送ってくれたTの楽曲?)。文学的にあたらしいことはおそらく何もしていない。そうした仕事はできないし、やることに興味もない。しかし、じぶんにとってはこの五部の作文はある種の冒険だった。そしてそれにある程度の区切りがついた。久々にじぶんの小説における領分が拡大したことを実感できた。達成感とよろこびでハイになった。

この時点で二十二時過ぎだった。飲みに行ってもいいかとおもったが、すぐに眠くなるだろうと取りやめた。それに銭湯やコーヒーショップで使った金を気にしてもいた。収入がないのだから、もっと倹約しないといけない。しかし、倹約のための倹約となってはいけない。

けっきょく読書に移行した。すぐに眠気がきた。もうすこしだったものの、読み切ることができなかった。この日はちゃんと布団で寝た。しかし明かりと暖房を消し忘れていた。どこが倹約やねん。

1/19 fri

六時半過ぎに起床。三十分の筋トレ。この時点で肋骨の内側と内腿が筋肉痛を起こしていることを知った。その後ジョギング。二日目。前日と同じコースを走った。前日よりもやく三十分早いスタートだったため、その分だけうす暗かった。人はおなじようにまばらで、バスはおなじようにすくない乗車客を乗せて走っていた。ジョギングに関しては前日よりもはるかに楽に感じられた。もちろんきついことにきつく、汗もかくのだが、へんに耳や喉が痛くなることはなかった。前日よりもすこしだけ長い距離を走ってからブレイク。森林公園についてからはとにかく朝日がまぶしかった。広場から見えるはずの富士山はまったくもって見えなかった。帰宅するまでのタイムも若干ちぢんでいた。上下のウィンドブレーカーを脱いでシャワーを浴びていると、立ちくらみがした。その後も午前中は妙に視界のぐらつく感覚があった。たとえば用を足している時に壁を見つめていると、それが油でにじんだかのようにゆらゆらゆれた。こういう時はたいてい水分が足りていないというのが経験則なのだが、そんなこともないようにおもえた。一応パックで煮だした玄米茶をおおめに飲んではみたが、すくなくとも午前中に改善は見られなかった。

シャワーを浴び、身体を乾かしてからブログを書いた。このタイミングで書けば筋トレージョギングの流れに次いで朝のルーティンになるのではないかとジョギング中におもいついたのをそのまま実行した。この時から背中に違和感をおぼえはじめていた。仕事をしている時にもおぼえた、左肩甲骨付近の筋のこわばりである。おそらくジョギングのせいだろう。あまり気にすると生活に支障が出るのはわかっていたのだが、時間を追うごとに違和感は増していった。夕方過ぎには明確に痛みとなっており、夜中の作業は痛みが気になって集中できない時間さえあり、とにかく苛立った。

ブログを書いてからは作文へとうつった。前日のすべるような感覚は完全にうしなわれており、エンジンをかけるのに時間がかかった。それでもやはり昨夜のような感覚まではいたらず、じぶんとしてはまあまあのペースで書いた。全体としてはまずまず。途中で厚揚げと長葱のチャンプルーをつくり、白米と共に食らい昼食とした。食いすぎた。小休憩はさみつつ、一時前までねばった。その後元町の上島珈琲へと移動し、ミルク紅茶を飲みながら読書をした。店内はにぎわっており、客のほとんどは老人だった。空いている席がすくなかったのもあり、ぐるりを老人にかこまれるかたちとなった。オセロみたいにじぶんも老人となる、くだらない想像をした。老老介護をしているとおもわれる夫妻とその母親が隣に座っていた。母親が口元からサンドイッチをこぼしながら食べるのを補助する妻(娘?)の熱心さに、すこし胸を打たれた。先日母と会ったからかもしれない。会うたびに母の衰えを実感し、反動的に思いのほか元気な部分を見て安心する、というのが近年のならいとなっている。Tもふくめ、子どもに何もしてあげられない、と母はよく言う。別に何をしてもらいたいわけではないが、その気持ちはこちらにだってあった。つまり親孝行らしいことが何もできない、という心情だ。あまり書くとネガティヴになりそうなのでやめておく。

読書は後藤明生コレクション4のつづき。増していく背中の違和感もあり、集中するのに時間がかかった。大阪ワッソ、四天王寺ワッソは個人的にすごく好きだった。後藤明生のエッセイ風掌編に関しては、終わらせ方がどれもかっこいい。彼の文章にふれていると、どうしてもブリコラージュということばがちらつく。

……。そもそも代用品とは変化するものである。変化するから代用品なのである。……                     『蜂アカデミーへの報告』

こうした発言は、「その場で手に入るものを」寄せ集めて自分で作る」というブリコラージュの概念との親近性を示しているかのようだ。じぶんがこういった類の小説を書くとしたら、それは二三年以上先の話だとは思うが、手法や感覚というのは非常に勉強になる。途中、勉強になる、という感覚で読書をしているじぶんに気づいた。この日も約百頁読んだ。上島珈琲をあとにすると、急に腹を下した感覚におそわれた。早足で帰宅した。下痢生活四日目である。よくなっているものの、まだまだ本調子ではない。帰宅してから久しぶりにDUOを使って英語の勉強した。はじめたところですぐに着信があった。福島さんだった。とらずに一呼吸おいた。だれかからじぶんが仕事を辞めたことを聞いたのだと、仕事を紹介してくれるのだと直感した。メモ帳を片手に掛け直すと、すぐにつながった。予想はぜんぶ当たっていた。場所は関内駅近くの雑居ビルの二階、つまり元職場のすぐ近くで、福島さんとふたり仕事(ふたり仕事をさそってくれるということは実はすごくありがたいし、うれしいことである)という話だった。ふたりで四十席を回し、鍋もやっているらしく、相当にきついことが想像できた。ランチはなく、夜だけで十七時半オープン二十二時半がラスト、休みは日曜のみの週一だと聞いた。給料はそれなりに良い、くわしい話は面接した際に店長に聞けばいいと福島さんは言っていた。言い方や仕事内容的にもそれはまず間違いないようにおもえた。しかし急募という話らしく、じぶんとしてはせめてあと一ヵ月は欲しいというのが本音だったし、前の職場とあまりに近いことや、仕事内容的にも若干の不満があった(じぶんとしては金より勉強になるところがいい。居酒屋的な仕事はあまり興味がない。何にせよ中途半端におもえた)。とりあえず話は受けておき、後日ふたたび電話する旨をつたえた。こうした話を一度で決めてしまうのは何かと良くないと、そういった処世術も多少は学んできたのだ。そして時間をおけばおくほど、もらった話を受けるのはちがうなと感じるようになった。

出鼻をくじかれたものの(もちろんありがたい話ではあるのだけど)英語学習を再開した。じぶんの頭の悪さに辟易としながら一時間ほどやったところで作文へと移行した。途中でモヤシナムル(このナムルが天才的にうまかった!)をつくり、白飯と共に食らって晩飯とした。背中の痛みが増すのを刻々と実感し、銭湯に行くべきかと考えたが、今さら外に出るのもおっくうだった。同じ理由でかわかみかココペリに行こうとぼんやり考えていたのも取りやめた。日付が変わるころまでだらだらと、体勢を変えたり、玄米茶を飲んだりしながらねばった。二日前に考えた構成とはだいぶ変わってきたが、それはそれでありだと感じている。一部ごとに形式を変えたいという狙いもそうだし、五部に関しては五部でおもしろいことができそうな気がしている。微細なものの微細なものによる微細な再上演、というのがひとつテーマなのかもしれない。結局風呂にも入らず、服もろくに着替えないまま、背中にシップを貼るなどの処置もせず、たいだに炬燵で寝てしまった。無職になってから炬燵で寝たのは初めてかもしれない。一日の終わりがあまりにもおそまつで、笑うこともできない。