雑記雑文のつづき

「また振り出しに戻るような気がして まだ降りだした雨はやまない」と最近知ったカフェインと恋人についての歌の冒頭ばかり口ずさんでいる。休日にクーラーの効いた部屋で何かしらの文章を書こうとしている。すこしだけ曇っているけど外は暑くて、耳をすませば弱々しい蝉の声や風にそよぐ隣家の竹葉のここちよいざわめきも聞こえる。もちろん向かいのマンションの工事の音も。こんな暑い中で作業をするひとたちは本当にえらいとおもう。それだけでだれかのすごく褒められていいはずだ。令和初の夏は冷夏だとニュースでは言うけどぼくにとっては十分暑いし、たぶんそれは外で働いているひとたちにとってもそれはおなじだとおもう。窓の外に目をやればさっき干したばかりの洗濯物がゆれている。隣家の竹は長身痩躯で、ぼくたちが住む二階建てのマンションよりもずいぶんとたかい位置でゆらゆら頭を振っている。

「我がやどの いささ群竹 吹く風の 音のかそけき この夕かも」

大伴家持のこの歌をおもいだした。正確にはおもいだしてからインターネットで調べた。インターネットはここ何十年かずっと偉大で、もれからもっと偉大になっていくんだとおもう。それはきっと人間を超えて。人間はじぶんたちの神様をみずからの手で創ろうとしているみたいだ、とよくおもう。それはきっと社会の話、法律の話、あるいは宗教の話。そんなことはどうでもいい。そんな死にかけのカミキリムシみたいな顔しないで。

今は午前中で、まだ黄昏るにはまだ早いけど大伴家持もぼくも竹葉のざわめきを聴いて何かしらの感慨にふけったみたいだ。それはいいことのようにおもえる。歴史がほんのりとおもたい。歴史はぼくたちを通底していて、それは日常の細部にまで力をはたらかせている。ぼくはよく選択されなかった過去のことをかんがえる。そちらが選択されていれば現在は……と想像するのではなく、選択されなかった過去が確固としてあったこと、そのうえで現在の世界が成り立っていること、それがすごく不思議なことのようにおもえる。奇跡のようなバランスだとさえ感じる。ぼくがこうしてだれに向けるでもない文章を書いていること、カフカやヴァルザーの小説ないし散文が日本語訳されて多くのひとたちに読まれていること、あの子がもうすぐ家に来てくれること、Tが嫌な職場で一生懸命働いていること、ぼく不在の職場が今日も当たり前のように営業していること、外の工事の音がこんなにもむなしくて力づよいこと、日曜に選挙があったこと、PCの横に使いかけのラップとティッシュとコーヒー粉(レギュラーコーヒー400g/リッチブレンド)と紫キャベツが無造作に置かれていること……そして去年渋谷の映画館であの子と観た濱口竜介寝ても覚めても』の主題歌tofubeats『RIVER』がこのPCから流れはじめてぼくはおもわず鳥肌を立ててしまう。それはたぶん切なさのせいだった。イントロのピアノの音がすごく愛おしくて。

原作の柴崎友香の小説がすごく好きで、おそらく十回以上読んでいる。そんなことはどうでもよくて、あの映画を観終えて当時住んでいた横浜に移動して夕食を行きつけのクラフトバルで摂り、それからほろ酔いの状態であの子に告白したこと、彼女を自宅へと送る態での散歩中で、バス停の前で前ぶれもなく立ち止まって脈絡もなくことばを口走ってしまったこと、そちらの方が重要な気がする。重要? だれにとって? 知らない、何も知らない。眠たいのか腹が減っているのか、寒いのか罅のはいった肋骨が痛むのか、肩が凝っているのか今のじぶんに音楽が必要なのか、そもそも文章をつづることに何の意味があるのか、メモをまとめることや献立を考えることから逃げているだけではないか、やることをおざなりにして時間をつぶしているだけではないか、何もわからない、正確な判断などできない、できるわけがない。今は足がつりそう。とにかく時間がない。日本語ラップでも口ずさもう。話はぜんぶそれからだ。

まるで音楽の中で音楽のことを語るかのようだ。要はどの口が何かを言うかってこと。それだけ。

 

 

 

説明しがたい感情、一言で言い表せない感情というのはたしかに存在するはずで、そうしたものを語るにはその感情が生まれる背景やそこに至るまでの過程を丁寧に描かなければならないはずで、こうした七面倒な仕事を経ないと「説明しがたい感情」を炙りだすことはどうしてもできない。筆者自身も筆舌に尽くしがたいと感じているからこそ直接的に書き起こすことができず、その脳内のイメージを物語や文体(本来ふたつを別けること自体間違っているのではないか?)に宿し文字で間接的に、具体的な描写を交えながらも本質的にはきわめて抽象的なものを彫刻していく。小説における芸術性とはこうした営みから発生するものだと率直におもう。

だから、ぼくの書くものはもはや小説ではないし、もちろん芸術でもない。

ぼくはただじぶんと会話しているだけだ。じぶんが何を欲しているのか、何を考えているのか、何に満足して何に不満を持っているのか、文章を書いているとそうした自問自答を自然と脳の片隅で行ってしまう。そして何かしら書き起こしたことで、気持ちに何かしらの整理をつけ次の段落へと移行する。

要はごまかしなのかもしれない。しかしぼくには嘘でもつかないと、何かをごまかさないとやっていけない、という気もちが常にあるのも事実だ。ここに事実と書いたことが事実だと保証するつもりなんてぼくには一切ない。それよりも書いておきたいのは、ぼくがじぶん自身についてあまりにも未知であることだ。ぼくはじぶんのことをろくに知らない、とよくおもう。じぶん自身の連続性や歴史を感じてハッとする瞬間もあるし、それ自体が感動的だと胸を打つことだって多々あった。それでもそうした実感は基本的に生活の中にふかく埋没していて表面にうかぶことはほとんどない。これはさみしいことなのだろうか? ぼくにはそれさえわからない。未知と既知のちがいもわからず、道にまよったようだと口走りながらただ疲れていて、既知なんて百害あって一利なしだと適当におもったことをかさねて口にする。風呂場のこもった空気に反響するじぶんの声を濡れた耳で聞いている。シャンプーの残った髪と背中にはどうか冷水とあたたかいタオルを。

既知は害、そんなことがあるだろうか? どうせみじかい命を燃やすだけの人生だ。異常はない。罅のはいった肋骨をかばうせいで腰と背中が痛い。いじめ甲斐のない身体。まったくもって吉じゃない。いいことだって少ないし、子どもの頃にTとつくった裏庭の秘密基地なんてもうとっくにない。知らないひとたちが住むアパートに様変わりしている。そう、気づけばもう夏に変わっている。甲子園に出場する高校が全国各地で決まりつつあると名前の知らない報道番組で昨夜知った。吉本興業の芸人に叱咤激励のことばを送る街中の通行人たちの声と顔も数分後には報道されていた。ところで報道ということばには何故「道」という文字が使われるのだろう? 剣道、茶道、弓道、柔道、こうしたものを挙げながらTさんが日本人は何でも道にしたがる、そこに道徳的なものを重ねて追究したがる、こうした旨を彼の語彙でいつかのブログにつづっていたことをおもいだした。この記憶だって定かじゃない。じぶんのたどってきた道をただしく振りかえることができない。それは小説でたとえるなら前までの段落の内容を忘れてしまうようなものだ。もちろん大げさな言い方だが、だからこそ、であるかして、ぼくはじぶんを物語化することができない。物語のちからは強固で、この複雑怪奇で不条理な現代社会において自己肯定をするのに有効かつ危ういツールであることで十分承知しているのだけど、それをうまく駆使することができない。それはたぶんかなしいことだ。踊り方を知らない曲でただしい身ぶりを要求されているみたいだ。また話がそれてしまった。とりあえずぼくは報道ということばに「道」という文字が使われることに違和感をおぼえる。これは本音だ。だれもが井戸端会議に夢中になって「じぶんことばかり考えるのが普通らしい」と好きなラッパーも歌っていたように、ぼくもあんたも醜悪で、俯瞰で見た風の素ぶりと口ぶりでじぶんの科白に酔っている。酒があればなおのことで、悪酔いしたひとは社会に与えられた役割をますます滑稽に演じる。醒めたふりしたニヒリストは安い感動にだけ涙をながし、それもじぶんのためだと知りつつ生活のすべてと性欲を排泄しながら思考の八割を停止して今日を生きている。金がすべてだと思い込もうとしている。ゆたかさなんてどこにもないとじぶんに言い聞かせている。「おれは忙しいんだ」「あたしだって」「昔はよかった」。耳をふさいだって声が聞こえてくる。今日もだれかが孤独に泣いていて、貧しいひとは瞳の奥で憤りを燃やしている。ぼくだって燃やしている。嘘と欲望を燃費のわるい燃料として燃やしている。

「もう切ないとは言わせない」

だれに? ぼくはぼくの口からしかそのことばを聞いたことがない。あるいはいつかの映像の中。目にうつす液晶画面の画質は年々向上している。

 

 

雑記雑文『今朝の空気』

今朝はいやに空気が冷えていて、せっかくしまった春物の服を引っ張り出すのも面倒で八分丈のパンツと薄手の長袖シャツを着ているとやはり肌寒く、それだけで今日一日を無駄にしてしまうのではないかと嫌な予感にとらわれるのをあまりにもネガティブだと頭では理解しながら感覚は冷めたままで、季節の変わり目には決まってひどくなる手荒れのせいで掃除や洗濯に精を出すのもどこか違う気がしていて、そんなときには眠ってしまうのがいちばんいいとわかってはいるくせに、みょうな頭痛、喉の風邪っぽさをかかえているくせにどうしてもベッドに行こうとしないのは新たなステージにじぶんが移行しつつあるからだとおもう。

 

行こうと移行で踏んだところでちっともおもしろくないのはだれかの威光や意向を気にしているせいか、あるいは結局だれそれ以降みたいな言われ方をするのが目に見えるからで、それはおれがクソな文章を練り上げる、いやひねり出すのにあまりにもまっとうな理由だという気もするがそんなことなど今はみじんも関係なくて、結局は文章で風景描写をするのが苦手だからという一点にすべては着地する。

 

文章にかぎらず絵画でも音楽でも風景を描写することがついにできなかった。それが三十年の集約だ。できることを束ねるよりできないことを束ねたほうがじぶんという人間をきれいに説明できるのではないか? 部屋の中の換気扇の音が耳にうるさい。眠たい。煙たい。昔から聞いてきたはずの音、いつも耳につく、そしてどことない安心を与えてくれる音。すべてが靄がかっている。靄と霞。どちらも漢字で書けない。霞が関、がどこにあるかも知らない。カシミアとウールの違いもわからない。わからないことがあまりにもおおい。わからないことだらけなのを、ちゃんと知っている。でもわかることをあきらめたくない。そうおもっていたらあっという間に三十年。低空飛行のナイトフライトで、低い雲のなかをずっと走ってきたみたい。雲の中はいつも靄がかっている。一寸先は闇。つまり三センチ先は何も見えないってこと。いやはや、地球の自転に合わせて歩くのさえこわいね。ただ高い位置でかがやく月だけが満ち欠けして、潮の満ち引きを生んで、波の導きが何をどこにつれて行くかを知っていた。眠れない夜はすぐにだれかを疲れさせて、歳を取らせて、すべての時計は一定の速度ですすむのに歯車がずれているせいでどこかちぐはぐで、止まってしまった腕時計は今も部屋の片隅にころがっている。夢の中、左回りの時計はとてつもない速度でまわろうとしていた。これは比喩か? 話しかけんな恥さらし。眠気。疲れ。腹が減らないのにあんなにも食べてしまってごめんね。うるせぇ、話しかけんな恥さらし。やっとこでぜい肉をきつくつまんでやろうか。

 

朝の空気は水の味。じゃあ夜の空気は? そう聞かれたら大きく息を吸い込んで、その時におもったことを言ってやればいい。たぶん夜の空気はいる場所の味がする。住んでいる町の味、過ごした一日の味、だれかの食った米の味、ひっくるめて言えば季節の味。だっせぇ。ふるい感じの和食をおもわせる語感だ。「笑え、いいことあるんやから」。ばあさんのこと、最近よくおもい返す。たるんだ身体とよごれた歯、耳がとおいせいでまともに会話もできない。でも、もっと笑ってほしかった。十年前からずっとそうだった。あの頃のおれはよく蝉の声に打たれていた。

 

 神奈川と東京の県境、多摩川の上を最終電車、あるいは終電後の回送列車が走っていく。距離があるおかげか、それとも自動車の走行音がうるさいせいか、電車の走行音は質素にしか聞こえない。ガタンゴトンとゆっくりひびかせながらとおざかるさまや、ひらけた場所でつつましいひかりを放ちながら移動するさまが好きで、いつも目をやってしまう。神奈川と東京の県境、多摩川下流の河川敷をながめながら丸子橋を超えるおれはいつも今日一日を脱ぎ捨てようとしていた。ブルートゥースのイヤフォンできみと話しながら、いつも今日一日を脱ぎ捨てようとしていた。そう、おれはいつもイヤフォン越しの何かを聴いていたし、何かしらを目に入れていた。ベッドで横たわりながら話すきみとはあまりにも距離があった。温度にもちがいがあった。それでもたがいがたがいの癒しとなったのはまちがいなくて、おれたちはそのとおさをさみしくおもいながら愛おしんでいた。だからおれは丸子橋で今日を脱ぎ捨てる時にいつも世界を愛してしまった。この疲れとむなしさにつつまれたクソな人生を愛してしまった。すぐに嘘をついてしまうよわいじぶんと他者をむき出しにする満月や視界の奥でたたずむ二子玉川沿いのタワーマンションとたわむれるほそい三日月に恋焦がれてしまった。かぐや姫でもないのに月を見るとなつかしくなって帰りたくなる。空を染めるナイトブルーに好感しか、あわい月光をあびる薄雲に羨望しかいだけない。おれはきっと月から生まれた生物なのだ。母親はほんとうにおれを産んだんだろう。しかしおれはきっと月で生まれたのだ。「生む」と「産む」の差の有無なんてどうこう言う気はさらさらなくて、初心なきみは舌を絡ませるキスにさえまだ慣れてなくて愛情をこちらにそそぐそのまなざしにすこし胸がくるしくなるのはおれがきっとよごれた人間だからだろう。おれはいつもきたなさを脱ぎ捨てようとしてきた。水に流そうとしてきた。脱皮してつよくなるのではなくマトリョーシカのようにちいさくなりたかった。消えてなくなりたかった。しかし結果的にずぶとくなってしまった。三十年も生きてしまった。飲食業できたえられたこの両手のように、何度もおなじ場所にできた痂皮のようにごつごつとしてしまった。河川敷にころがるあの岩々のひとつ、そう、あの中くらいのがおれです。蹴とばしてください、川の中に投げ込んでください、賽の河原の鬼さんみたく雑に扱ってください、なんなら棍棒で砕いてください。夏がもうすぐ来ようとしている。風にふくまれた湿気がそう言っている。

 

何度でもしるすがおなじ日におなじ文章、センテンスを書いているとおもうなよ。お前暇なの、おれは暇じゃない。週一休みで一日十五、六時間も働いているんだ、こちとら、しかも休憩ほとんどなしの薄給で。唾でも吐きかけてやろうか。路地裏のひんやりとした場所で咲いた季節外れの椿の花が腐りかけている。白より赤。包帯より血、男より女、マスカットより巨峰、みたいな。いや単純にワインでたとえたほうがきれいか。でもワインは白の方が好きだし、なんならロゼがいちばん好き。ロゼの色は昔じいさんがよくくれたファイバーミニを想起させるんだ、そんなこともきみには話したっけ? 丸眼鏡の優男風で、長身痩躯の人畜無害をよそおっているけどほんとうはどうしようもない人間で、だからじぶんを律する必要があるとおもっているんだ、「善く生き」ようといつも試行錯誤しているんだ、ソクラテスをじぶんの中心にすえているんだ、いつからか、いつかそんなことをきみに話したっけ? ぼくがおしゃべりなせいで、顔を合わせていてもいなくてもぼくばかりがことばをかさねてしまうね、きみのやさしさに甘えてしまうね、きみのまなざしはやさしくて(ときどき眠気に満ちていて)、それを受け取るぼくはいつもそれが誤解から発されたものだと認識しながらもうれしくおもってしまうんだ、さぁ酒におぼれよう、怠惰におぼれよう、酒浸りながら叫び倒してしまおう、どうせ一夜だけの話だ、ぼくらはハードワーカーで、なのにどこか世間ずれしているせいで贅沢ばかりしてしまう、もっとも罪深いのは贅沢を贅沢と認識できないことかもしれない、似たようなことを言った過去の偉人がいたとしてもぼくとそいつの感覚はかなりちがうははずだ、何故ならぼくは嘘つきで、嘘つきのパラドックスに笑いながら苦しんでいる人間だからだ、そういえば次はいつ会えるの? え? 五日後かな。

 

 

何を書いているんだろう。小説じゃないのはたしかだけど。

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こめかみのあたり

自由は非力だと君は言った

するどい西日が目に刺さった

茜色に染まった空はカーテンの隙間から

影をしのばせて

太陽はおおきな鱗のようで

そこかしこに一石を投じて 

物干しざおにかけた玉ねぎが

微動だにしない

温度は今

息を止めて

一度死んだ

あたたかさも冷たさも反故にされて

ほら、君の言う通り

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赤くなる前に腐りたい

もがれた青林檎はひとりごち

そのくぐもった声は

適当な闇に溶けて

記憶もすでに

どんづまりの静謐

ぜんぶ物体とおなじ

不忍池にできたきれいな波紋

うなじ

だれかがうまれた

雑記

一週間ぶりの休みは半休で、この一週間はほんとうに大変で、毎日へとへとで、きのうもTの沸かしてくれた風呂に入った方が心身的に絶対にいいとわかっていたにもかかわらず、どうしようもない疲れのせいで服もそのままに寝てしまって、今朝ももっと眠っていいはずなのに早く目を覚ましてしまって、今もこんな文章を書かずに昼寝をしてしまえばいいのにYouTubeのCHILL OUT(日本語ラップMIX)を聴きながら適当にタイピングしている。

書こうとおもったことは他愛なくて、自由は非力だということをつくづく実感した二十代前半には毎日死にたくて、じぶんは三十まで生きてないだろうと確信していたにもかかわらずもうあと二か月もすればその歳に達してしまうことの滑稽やむなしさ、過去を見つめるたびにあふれるどことないやさしさ、愛おしさ、せつなさ、そんなしょうもないことで、今はほとんどなくなった死への衝動はどこへ行ったのか、消化(昇華?)したのかと考えると、それはぜんぜん立ち消えてなくて、ただ仕事やら社会やら人間関係やらに伴う責任にしばられて発動できない状況になっているのだとじぶんではおもう。この状況はほんとうにありがたい。じぶんの存在意義や非存在意義について考えると気が滅入ってしまう。端的に言ってこの世にいる意味がないと過去と同じ結論を出してしまう。だからじぶんをしばることはおれにとって必要で、そうした拘束を他者や社会は当然のようにたやすく求めてくる。その手をおれは拒まない。拒みたくない。けれど、今週のようにくったくたになるくらい忙しいと逃避したくなる、つまり責任をほうり投げてしまいたくなるのも事実だ。絡みつく手はいつでも振りほどけるのだ。おれの意志で。覚悟で。しかしおれは自由は非力で不安と一心同体だと身をもって知っているから、ほどほどの拘束をのこしてほしがっている。これは弱さか? ずるさか? 兎角いい匙加減の自由が欲しい。せめて本くらい読ませてくれ。風の気持ちいい日に窓を開けさせてくれ。季節の野花の香りをかがせてくれ。氷の溶けてうすまったアイスコーヒーや紅茶を飲ませてくれ。

自由が丘の和食屋(GWと命名)ではたらきはじめてもう二か月になる。日に日にじぶんが将来やりたいこととのギャップをつよくしている。けれど勉強になるのは事実で、この二か月で料理人としてはかなりまともな方向へと軌道修正してもらった気がしないでもない。でも、ちがう。なにかちがう。いつもそうおもっている。正直、いつまで今の店舗にいるかも、今の会社にいるかもわからない。人生は一度きりで、体裁や他人からの評価なんか気にしていたらあっという間に大切な時間を無駄にしてしまうから、もっとまじめに、これからのことを考える必要がある。おれは何がしたいのか? その問いはもうとっくに出ている。じぶんにしか造れない店を、場所を、空間を造る。すべてはそのための準備だ。じぶんにしかつくれないもの、というのは小説を書いていても、つよくおもっていたテーマで、最後に書いた『四つのルパン、あるいは四つ目の』なんかはその意識を全面に出した気がする。というか今気になってあれを送った第十回小島信夫文学賞の結果を見てみたら案の定ダメだった。残念、無念。まぁそんなことはどうでもいい。将来のことを考えて不安が減ったのは、たぶん手に職がつきはじめている、というかある程度はついたからだろう。しかし、それは同時に将来をおもい描く際の空想やら妄想やらが削がれているということでもある。二十代前半の、あの不安と自由がひどく恋しくなった。あのひりつくような、油断すれば干からびるような毎日の中で頭に禿をつくったり身勝手な恋をしたり笑ったりしていた。あの頃の自由は完全な混沌で、そこに唯一あったゆるい規律は小説と向き合うことだった。けっきょくおれは小説と向き合えなかった。逃げたのだ。横浜に移動してからは小説と料理の二足の草鞋を履いてじぶんの営みとしてきた。それはどちらもほどほどに、中途半端にすることに他ならなかった。ただ、両方ともをここまでやった人間はなかなかいないだろう、とはおもう。しかし、そんなことはどうでもよくてどちらも中途半端なのは事実だ。そしてその事実は重い。そして今は料理と向き合うこと求められている。なかば強要されている。必要なのは痛いくらいわかっている。よろこぶべき事実なのはわかっている。でも、逃げ出したくなるのは何故だろう? 学生時代あるいはフリーター時代、散歩やサイクリングの際に目にしたうつくしかった風景のいくつかが脳裏によみがえる。ああしたみずみずしさを求めることは身勝手なのだろうか? いつだって新鮮な気もちで生きていたい。よころびを感じて生きていたい。善く生きていたい。生き方は、まったくもってひとつではない。自由は行使するのではなく、手元にあることが重要なのだ。自由のための金、金のための自由。野に咲く花のように矛盾したおもいがいつもはげしく交錯しては散る、時間というのはそれをただ無常にかぞえあげるだけだ。あーあ、出勤時間までマンスフィールドでも読もう。

『浮いた熱の中』冒頭 追加三千字

マスクをしていると視界がかすむのは吐く息のぬくもりで眼鏡のレンズがにごるからで、視界がかすむとなんだか息苦しくなるような気がして、マスクを下あごまで下げると、いつも空気ってこんなにも冷えていたんだっけ、となる、この時期、外にいると。

 

朝からくもっているせいで今が何時かよくわからない。いや、時計を見ればわかるんだけど、感覚が理解してくれない。十一時? なんで? 小田原城天守閣から見た景色、南伊豆の方の空は、あんなにもはっきりとピンクがかっているのに。それでまたよくわからなくなった。防寒しすぎたせいで寒いのか暑いのかもよくわからなくて、頭の中は世界中のどこよりもぼんやりとしていた。それはテレビで見た南国の愛に似ていた。テレビで見た南国の愛は、いつもおだやかで、のんびりとしていた。だから天守閣の中ではみんなに迷惑をかけていたとおもう。たぶんそうだ。でも、あの時も今もぜんぜん気にしてない。南国の愛を急がせることはだれにもできないし、周囲の人たちだってほんとうはそれをのぞんでいないのだ。靴下が厚手なせいで階段をすべって踏みはずしそうになった――あれ? 靴って脱いでたんだっけ? あれは犬山城の話? まぁいっか――太い木製の手すりをおもわずにぎりしめた。よわい握力だったけど、その時はそれが限界値で、最高だった。ふだん、何かをおもいきりにぎりしめることってそんなにない、ってこともないけど、風邪をひいていれば手に力を入れづらいのは道理で、ほらごらんとおりです、かるくしりもちをついて、にぶい痛みはあったけれども生地のあつさにすくわれたか、にぶさは一度も牙を見せることなくにぶいままじりじりと引っこんでしまった。それは頭のない蛇の後退のようで、そんなものを見たことがあるのか問われれば、もちろんないけど、夢の中のイメージやあいまいな映画の記憶から引っ張ってこられるのは自前の自由な思考のおかげです、ってだれに自慢するでもなく得意になるのは酔っぱらいのようで質が悪いでしょう、そそ、酔ってりゃあだれだってタチが悪かろうて、と赤ら顔にからまれたのはずっとずっと前のことだったんです。からまれたと言っても直接的な暴力を振るわれたわけではなく、むしろ反射的に顔面を殴ってしまったことをかんがみれば被害者はむこうだったのかもしれないが、すでに無効となった事項をいつまでも引きずれないのをいくらむごいと非難されようとも自己責任のひとことで、あらゆる自己と事故を接着するヤクザのやり口で、どうにか切り抜けてしまった旧い記憶はすべて嘘っぱちのドンパチさわぎかもしれないとの可能性を示唆されたのはまだ最近の出来事で、それ以降何かしらの「身辺調査」が行われているはずだけど、結果の報告もかしこまった集金の呼び声も聞くことはない。それはそうと。

 

吐く息でかすむ視界はふくらんだりしぼんだり、象の心臓のようだ、とおもっていた。歩いていた。天守閣から広場へとつながる石階段は途中、するどく折れる箇所があり、ちかくには桜の木が幾本か植わっている。しかしあいにく冬とあっては景色に可憐なうすべに色を散らすこともかなわない。かなわんなぁ、と赤松の近くのベンチに腰掛けたおじさんがはっきりと口にするのにおどろいてしまった。視線をむけてしまったが、あきらかにひとりごとだった。おじさんは背を丸めたままふかくうなだれていた。足元を見ているのか、目をつむっているのかもよくわからなかった。顔はいつかの酔っぱらいのように赤かったけど、たぶん酔ってはいなかった。過剰におどろいてしまった理由はただひとつ。亡くなった祖父のものと発声の妙もふくめ、そっくりだったのだ。もう一度声を耳にしたかったけど、わざわざ話しかけるのもちがうとおもい、そのままとおりすぎた。左目の上のあたり、眉間とこめかみのあいだに頭痛がずうずうしく寝ころがっていた。眼球の上のほうのくぼみを、まぶたと呼ぶには上に位置する皮膚ごしに押してみてもたいして効果がないのは知っているけど、ついやってしまう。悪化するわけでもないので特に意味のない行為だけど、つよく押すと視界にうつるものが二重三重になってずれ、色も単調になるのがどことなくおもしろくて、ついやってしまう。だいだい頭痛が寝ころがるときはこの位置かこめかみのどちらかなので、左目の上の皮膚はそこそこの頻度でつよく押されている。しみになったらどうしよう、昔ふとそうかんがえて、しみについてインターネットで検索したところ、主な原因は紫外線とあったので、すごく安心して、頭痛もないに例の位置をつよく押してやった。押した分の痛みは頭痛とくらべればかわいいもので、あとくされもないから、こういう類の刺激はからだにどんどん与えるべきだろうと昔はかんがえていた。しかしどうだろう? 中途半端な痛みは何かをごまかすだけで本質的な解決にはならないやん、ってだれに言われたんだっけ? 

そう、中途半端な痛みは依存の本質そのもので、依存は快楽より痛みでおおく構成されているのですよ、そもそも痛みはあらゆる感知に内在している……ここで感覚や知覚についてどうこういう言う気はありません、ただ、こちらとしては中途半端な痛みというのは便利なもので、それは例えるなら食べものに安易に添えられた温泉玉子や明太マヨネーズみたいなもので、ってこれは決して否定的な意見ではありませんよ、わたしは温泉玉子も明太マヨネーズも大好きですから、それにコーヒーも、酒も、それにアレも……そう言って黄色くて四角い短い歯列を見せた顔をおもい出したけど、はっきりとした見覚えはなくて、あれは夢だったっか、それとも何かしらの映像作品をとおして見たものだったか、それとも妄想だったのか、よくわからない。よくわからないことをよくわからないままにしておくことは本当はよくないことだと知っているけど、それでもそうしないと時間も両足も前にすすめない。歩くとは流すことで、流すとは中止と延期を同時にふくんでいて、歩き流すとはよく言ったものだと感心して、シロナガスクジラは30mくらいあって、小田原城はぜんぜん長すぎないけど天守閣内は歩き流すにはちょうどよかったなぁとおもい返して、今ここからシロナガスクジラの全長分歩くだけで人生はおおきく変わるのかもしれない、そうおもいながら、靴裏から砂利のごつごつとした感触を味わっている。そして、こめかみをつよく押している。うすよごれた歯列の、すきまがヤニでよごれていたのを決して見逃さなかった。おもい出した。おもい出してばっかりだ。世界は思い出でできている。ここで「出」がつくことの重要性っていうのはある。「思い」と「思い出」では意味がぜんぜんちがってしまう。現在と過去がごっちゃになってしまう。いや、別にそれ自体は悪くないのだけど、そもそも現在なんて過去と今流れている時間がごっちゃになってでんぐり返ししている状況そのものだけど、「思い」だけだとあまりにも抽象的になってしまう気がする。ここははっきり「思い出」と断言してやる方がいいのだ。どちらにせよ抽象的だとしても。そんな断言ショウミ重いで、と関西弁でツッコミが脳内で、みずみずしくひびきわたる。もちろんこれはダジャレだ。関西弁など、ここ小田原で持ち込む理由などどこにもないのだ。もっと真剣にやるべきだ。ふざけるにしても、もっとまじめにふざけないと。そんでもって。

 

世界は思い出でできている――六文字目から八文字目に注目すると、「出でで」となっている。世代としてデデデ大王を想起してしまう。『星のカービィ スーパーデラックス』をどれだけやりこんだことか。二等身ぺンギン、あるいは黄色タラコ(クチビル)、そんなふうに呼んでいた彼のにぎるハンマーは地面を叩くと星が出た。あれは打ち出の小槌みたいなものか。なんであれに触れるとカービィはダメージを受けたんだろう? 今下りている幅の広い石階段を一段下りるたびに記憶の引き出しが開いたり、開こうとしたりする。このかかとも打ち出の小槌みたいなものか。地面とふれるたびに、何かしらの刺激となって脳内にイメージをひろげる。三分の二ほど下りたところでふりかえると、ゆったりとカーブした石階段の列は開けてしまった記憶の引き出しみたいに見えたけど、それはあまりにもご都合主義だろうと広場の中央に植わっている赤松が思考に釘を刺すような小豆色の樹皮をてらてらと外気にさらしている。それこそ斜めに幹を伸ばす赤松はピサの斜塔のようなバランスで立っている。あの場で強烈に根を張っているのだ、とおもった。根なんて張りたくない、根無し草でいたい、と反射的に感じた。それは年明けの八百富神社での祈りのように明確で、幼稚園児がえがく将来像のようにあわかった。くもっていて今が何時かもよくわからないはずなのに、広場のあたりにはやわらかい光線が落ちていた、音もなく。マジかよ。何本かの光線の塩梅は広場の端のまだ蕾さえちいさな白梅の、枝先まできちんと落ちていた。その様子にアワくったのは事実。けどマスクの下で堂々と呼吸していたのも事実。あーあ、慣用句はなんて不自由なんだろう。実際にだまってアワくうなんてできるはずがない。慣用句のせいで比喩は比喩としての権利をうばわれていて、比喩はそのことをあたり前だとおもってへらへらしているんだから。天守閣から見た南伊豆方面のあのピンクがかった空のピンクは、世界にあるどこかのピンクをうばったものかもしれない。もしかしたら白梅の内側の、まだちいさなピンクを寄せ集めたものかもしれないし、今年の秋に咲く予定のコスモスからすこしずつおすそ分けしてもらったのかもしれない。こうした非科学的なことを、ほんとうに信じている。というより、科学というものをうたがっているからこういう発想が抜けきらない。そもそも斜にかまえるのが好きなのかもしれない。七年前の早朝、栗林公園のひょうたん型をした蓮池で蓮の花が……ポンっと音を立てて開くのを見た時からその実感が止まらない。蓮の花はどれもまっすぐ茎をのばし、天にむかって花開いていた、ささげものような神聖さをまとって。声なきささげものが好きだ。もちろんそれはフレッシュなものに限定すべきで、年期のはいった声なきささげものは厳粛な気もちに、さびれていればうらさびしい気もちになる。厳粛な気もちも、うらさびしい気もちも、フレッシュな声なきささげものの前では何の力も持たない。さわったことはないけど、生後間もない赤ん坊のうんちにふれたらおなじような感動をしそうな気がする。将来子どもを持つことがあれば、ぜひ両手で受け止めてみたい。そしたらこの気もちも変わるかもしれない。そういえばあの朝、一帯にひびいたサギの力づよい一鳴きがあって、それはこちらの感動を代弁してくれているのだとおもった。うれしかった。だからあえてこの喉から感嘆めいた声をだす必要はなかった。ちかくで鑑賞していた初老男性はじっとビデオカメラをかまえていた。それにもかかわらず散歩に来ていたおばちゃん二人組はでかい声で話しながら池のまわりをうろうろしていた。無粋なヤツラめ、そうおもっているとまた花が……ポンっと咲いた。無粋なのはどっちだ、と恥じらった。初老男性は早朝の冷えた空気を浴びながら、じっとビデオカメラをかまえていた。ここで、話はもどって。

 

ピサの斜塔に根はない。だからあれはえらい。根がないのにかたむいていられるのはバランスを取る能力に長けている証拠だ。バランスに長けているものは見ていてここちよい。だからひとはピサの斜塔に上りたがるし、サッカーにおいてはフィジカル、つまりボディバランスをすぐれた選手に称賛がおくられる。体幹をきたえる人は年々増えていると体感していて、そこには隆司もちろんこの熱で浮いた肉体もかぞえられる。ところで今現在おもうのは、身体が熱で浮くことにかんして体幹はなんの役にも立たないということだ。そもそも体幹自体がふわふわ浮いてしまっているのだ。そうなるとやはり根を張る行為はある程度必要なのかもしれない。三日前に食べた芹鍋も、根の部分がいちばんおいしかった。根無し草ではなく、根そこそこある草を目指していこう。そして根は、わかりやすく張ることが大事だ。そうじゃないとどこにも移ることができなくなる。野に咲くたんぽぽのような入り組んだ長い根はぜったいに必要ない。やさしくて、おいしい人間になろう。

 

となりでこちらの体調を心配しているちゃん丸はもろもろの自傷的な思考をひどく嫌うので、マスクの下で呼吸に集中しながらずっと口角を上げていた。

 

 

頭がわるいので頭のわるい一人称しか書けない。おれはそれを、ぜんぜん哀しいこととはおもわないけど。

仮題『浮いた熱の中』冒頭 

マスクをしていると視界がかすむのは吐く息のぬくもりで眼鏡のレンズがにごるからで、視界がかすむとなんだか息苦しくなるような気がして、マスクを下あごまで下げると、いつも空気ってこんなにも冷えていたんだっけ、となる、この時期、外にいると。

朝からくもっているせいで今が何時かよくわからない。いや、時計を見ればわかるんだけど、感覚が理解してくれない。十一時? なんで? 小田原城天守閣から見た景色、南伊豆の方の空は、あんなにもはっきりとピンクがかっているのに。それでまたよくわからなくなった。防寒しすぎたせいで寒いのか暑いのかもよくわからなくて、頭の中は世界中のどこよりもぼんやりとしていた。それはテレビで見た南国の愛に似ていた。テレビで見た南国の愛は、いつもおだやかで、のんびりとしていた。だから天守閣の中ではみんなに迷惑をかけていたとおもう。たぶんそうだ。でも、あの時も今もぜんぜん気にしてない。南国の愛を急がせることはだれにもできないし、周囲の人たちだってほんとうはそれをのぞんでいないのだ。靴下が厚手なせいで階段をすべって踏みはずしそうになった――あれ? 靴って脱いでたんだっけ? あれは犬山城の話? まぁいっか――太い木製の手すりをおもわずにぎりしめた。よわい握力だったけど、その時はそれが限界値で、最高だった。ふだん、何かをおもいきりにぎりしめることってそんなにない、ってこともないけど、風邪をひいていれば手に力を入れづらいのは道理で、ほらごらんとおりです、かるくしりもちをついて、にぶい痛みはあったけれども生地のあつさにすくわれたか、にぶさは一度も牙を見せることなくにぶいままじりじりと引っこんでしまった。それは頭のない蛇の後退のようで、そんなものを見たことがあるのか問われれば、もちろんないけど、夢の中のイメージやあいまいな映画の記憶から引っ張ってこられるのは自前の自由な思考のおかげです、ってだれに自慢するでもなく得意になるのは酔っぱらいのようで質が悪いでしょう、そそ、酔ってりゃあだれだってタチが悪かろうて、と赤ら顔にからまれたのはずっとずっと前のことだったんです。からまれたと言っても直接的な暴力を振るわれたわけではなく、むしろ反射的に顔面を殴ってしまったことをかんがみれば被害者はむこうだったのかもしれないが、すでに無効となった事項をいつまでも引きずれないのをいくらむごいと非難されようとも自己責任のひとことで、あらゆる自己と事故を接着するヤクザのやり口で、どうにか切り抜けてしまった旧い記憶はすべて嘘っぱちのドンパチさわぎかもしれないとの可能性を示唆されたのはまだ最近の出来事で、それ以降何かしらの「身辺調査」が行われているはずだけど、結果の報告もかしこまった集金の呼び声も聞くことはない。それはそうと。

吐く息でかすむ視界はふくらんだりしぼんだり、象の心臓のようだ、とおもっていた。歩いていた。天守閣から広場へとつながる石階段は途中、するどく折れる箇所があり、ちかくには桜の木が幾本か植わっている。しかしあいにくに冬とあっては景色に可憐なうすべに色を散らすこともかなわない。かなわんなぁ、と赤松の近くのベンチに腰掛けたおじさんがはっきりと口にするのにおどろいてしまった。視線をむけてしまったが、あきらかにひとりごとだった。おじさんは背を丸めたままふかくうなだれていた。足元を見ているのか、目をつむっているのかもよくわからなかった。顔はいつかの酔っぱらいのように赤かったけど、たぶん酔ってはいなかった。過剰におどろいてしまった理由はただひとつ。亡くなった祖父のものと発声の妙もふくめ、そっくりだったのだ。もう一度声を耳にしたかったけど、わざわざ話しかけるのもちがうとおもい、そのままとおりすぎた。左目の上のあたり、眉間とこめかみのあいだに頭痛がずうずうしく寝ころがっていた。眼球の上のほうのくぼみを、まぶたと呼ぶには上に位置する皮膚ごしに押してみてもたいして効果がないのは知っているけど、ついやってしまう。悪化するわけでもないので特に意味のない行為だけど、つよく押すと視界にうつるものが二重三重になってずれ、色も単調になるのがどことなくおもしろくて、ついやってしまう。だいだい頭痛が寝ころがるときはこの位置かこめかみのどちらかなので、左目の上の皮膚はそこそこの頻度でつよく押されている。しみになったらどうしよう、昔ふとそうかんがえて、しみについてインターネットで検索したところ、主な原因は紫外線とあったので、すごく安心して、頭痛もないに例の位置をつよく押してやった。押した分の痛みは頭痛とくらべればかわいいもので、あとくされもないから、こういう類の刺激はからだにどんどん与えるべきだろうと昔はかんがえていた。しかしどうだろう? 

 

はーい、おでかけします。

この文章はもうすこしながく続けられそう。もしかしたら短編くらいの量までもっていけるかも。

仮題『湯気の皮、朝の顔』 冒頭

移り行く景色を常夜灯でかぞえる癖がついたのはいつからだろうとおもいだそうといくら指を折ろうとも最初にかぞえてしまうのは右手の親指がなす「一」で、どうあがいても「零」にはたどり着けない、というのはいくらか比喩的で、いや、比喩的というより詭弁で(だってそうやん? ちかいものにせぇ、とおいものにせぇ、あんたはすでにどっちの過去もかぞえようとしとらんのやけん)、ここで詭弁ということばをもちいてしまうことがまた比喩的であることをわたしは十分に承知していて、それだけでわたしは十二分に罪を背負っているとも言えるし、そうではないとも言えるが、そもそも罪を判定すること自体わたしにあたえられた役割ではないし、罪とはいつだって相対的なものではなかったかと自問しているじぶんに気づいて、ふと目を覚ましたような気になった。

そう、わたしは確実に眠っていたのだ。指折りかぞえていたはずの常夜灯をしめす手指のかたちはあいまいで、赤子のような無防備で、だれかの手をつかもうとしているかのよう見えた。最後にかぞえた数をおもいだすことなどできないのに妙にねばってしまうじぶんのしつこさに辟易として、すこしだけ、笑った。笑った分だけまじめだったのだと、またその分ふざけていたのだとおもった。笑うとカーテンの隙間の冷えた窓ガラスはしろくにごった。にごった向こう側から射していたひかりのうすくにじんだのに、あたたかさを感じた。それは車体の移動と共にずれ、また窓自体のにごりもしだいに消え、元に景色にもどった。いや、もとに近い景色となった。空がぼんやりと帯びはじめた色は藍色で,とおくの山々はじぶんにできた闇と影のちがいをしずかによろこんでいるように見えた。反射した息の生あたたかさに安心してかるく咳ばらいをすると、もうすこしちかくの工業地帯は視界の端でひかえめにきらめいた。わたしを乗せた夜行バスに乗客はすくなく各自の席もそれなりに離れていたため、出発時からもとより車内はしずかだったが、発した咳払いがあまりにも空虚にひびいたため、わたしはこのバスの乗客がじぶんだけなのではないかとつよくおもった(その思考に不安があったかって聞いたら、あんたはどうせ「わからない」とか言うんやろ? 恥じらいもなく、少年性を誇示するようなあの目つきのまま)。座席の合間から後部をのぞこうとも人気は感じられなかった。しかし、よくよく耳をすませば寝息のようなものがかすかに聞こえた。さらに後部からは押しこらえたような低いあくびが聞こえた。首をうごかしたことで寒冷期にひどくなる肩の凝りとヘッドレストにあずけた後頭部の頭髪がぺたんとつぶれていることを自覚したわたしは、よくよく耳をすませて本当によかった、と感じる。耳をすますことはじぶんの特権であるかのような気がして、饒舌に何かを語りたいという欲求にかられた。しかし、それは指を離したら消えてしまうライターの火のようにすぐに消えてしまった。欲求というのは満たされないで消えてしまえば、はじめからそこになかったことになるのではないか? わたしの思考はすでに冴えていたが、わずかにぼんやりしたところを残していた。それは夢の残り香のようだった。ところで、残り香というものは死のにおいがしないだろうか? 欲求の消えた理由にはおそらくもろもろあるのだろうが、おしなべて早い朝のせいにすることができる。朝は、そのあわさゆえにすべての運動に静寂を課す。だから、Tのように早朝のジョギングを習慣化することは絶対的にただしいし、やかましいいびきを堂々としているものは打擲されてしかるべきだし、このバスもこうやって高速道路をおだやかに走らざるを得ないのだ。朝はやさしい暴力をふるい、あらゆるものの頭をなでる。頭のないものは、首や背その手つきを感じることができる。それは白昼の荒々しさや、夜のにぎにぎしさとは確実にことなる繊細さをたたえている。唯一対抗できる夕刻のあの赤さはあまりにもセンチメンタルで下品だという気が、最近のわたしにはしている。その感覚もどこまでつづくかわからないが。朝は、言い換えれば祝福なのだ。女性らしいやわらかさで今日一日をさずける。そう、朝は文字どおり来るものだ。朝に行くことなどだれにもできない。朝はさずけものの顔をしている。本当はさずけものでも何でもない、ただの暴力のくせに。じぶんの座席に設けられたボトルホルダーから挿してあった飲みかけの缶ビール(どうせいつものクリアアサヒやろ。あの500のやつ。たまの旅行なんやからもっとええやつにせやええんに)を手に取ると、おもったより量があることにおどろくものの、昨夜にほとんど口をつけなかったことをおもいだし、なるほど、と認識を腑に落としながらビールを喉に流しこむ。売り立ての冷えをうしなった常温の、気の抜けて味のにぶったビールを想像していたのに、ほとんど味を感じることができない。飲んだことのない茶のような味が、舌の上にひろがって、すぐに消える。それをもう一度くり返すうちに、わたしはじぶんの首が不自然にかたむいていることに気がつく。飲み物は口元からこぼれることなく、ゆっくりと喉を通過していく。 

 

無数にとおりすぎたはずの常夜灯の、そのうちのひとつの灯りがやけにまぶしく目に刺さった。それで目を覚ました。唐突だったものの、無理に起こされた、という感じでもなかった。目をつむってヘッドレストに首をあずけていただけという気がした。しかし浅い眠りの内側で夢を見ていたのはたしかで、わたしは口を開けて寝てしまうので、口内がいやに乾いていた。おそらく乗車時から点いていた暖房は今の今までとぎれることなく作動していたのだろう。夜はまだ明けていなかったものの全体にうっすらと藍色を帯びていた。晴れた空にうかぶ雲のかたちがいくぶんかはっきりと見えた。その印象をかすめ取るかのように通過していく常夜灯は今もなお明るい。時刻を確認する気にはなれなかった。夢の中でむかえたはずの朝は、まだ生まれていなかった。となりの運転席を見るとTはふだんどおりのりりしい顔つきで、生まれたこの方眠気や疲れなど一度も感じたことのないような目の色で、前方をまっすぐに見ていた。めっちゃ真剣に前見るやん、と口にすると、あ、起きたん? とわたしの起き抜けのかすれ具合と対照的な明瞭な声でこたえた。車内に流れる音楽に合わせて、かるく身体をゆらしていた。一度逮捕されたことのある電子音楽家が活動を再開してから発表した楽曲で、最近のふたりのお気に入りだった。多少ビートがつよいとは言え、こんな歌詞のない音楽を流していて眠くならないのだろうか? 疑問を口にするにはじぶんの声があまりにもかすれすぎていることを自覚していた。運転席とペットボトル助手席の間のボトルホルダーから烏龍茶のはいったタンブラーを手に取り蓋をゆるめた。ぬるい湯気と共に烏龍茶の香ばしさが、さらにその奥からは古いステンレスの臭いが立ちのぼり、鼻先をほのかにあたためた。口にすると想像よりぬるかったが、乾いた咽喉に水分が行きわたるのがわかった。おれにもちょうだい、とTが前方を見つめながら言った。さし出された左手にうすく湯気がのぼったままのタンブラーをわたすとそのまま口へとはこんだ。骨ばった喉仏が脈打つようにうごいた。ながく細い首のせいで誇張されるそのうごきは、どこか痛ましく見えた。やっぱ金属くせぇな、と言いながらTはかすかに眉をしかめた。目の色はあいかわらず生気に満ちていた。ぬるくなると余計にね、そう口にしながら返されたタンブラーの蓋をきつく締め、もとの位置にもどした。手に感じるゴムパッキンの反発と、キュッと小気味よく鳴る音がここちよかったので、最後まで両手を添えていた。そのさまは贈答のように仰々しく、ちょっとした別れの挨拶のように気軽だった。手をはなすと腕を組み、背もたれに一段とふかく体重をあずけた。やさしくまぶたを閉じれば、しぜんとあくびが出た。あくびちゃんやん、とTが言うのに、そうそう、と返す。眠くないん? たずねると、おれ? ぜんぜん大丈夫よ、神戸まで運転してくれてたやん、と返答があったものの、わたしはそれまでじぶんが高松から神戸までこの軽自動車を走らせていた事実をすっかりわすれていたので変に動揺してしまったが、それを悟られないように、あぁ、そっかそっか、と目をつむりながら返した。断片的にだが、Tと談笑しながら自動車を走らせた記憶がよみがえってきた。しかしそれはあまりにも昔の出来事のようにおもわれた。じぶんもTもまだ若く、すくなくとも数年前にあったことだとおもえてならなかった。わたしはこの狂いを認識しながら、じぶんの方が圧倒的にまちがっていることを十分に承知していた。まだ頭がぼんやりとしているのだ。ふいに胃のあたりがきゅるきゅると鳴った。それはわたしにしか聞こえないほどのちいさな振動だったが、飲み干した烏龍茶が体内ではしゃいでいるような気がしてうれしくなった。暖房の効いた車内で、わたしは雛鳥のように安心していた。まぶた越しに一度ひかりの途絶えたのがわかった。オレンジ色の蛍光と走行音の変化からトンネルにはいったのだと理解した。数秒後に両耳のつまりを感じた。違和感はあったものの、トンネルを抜けるまではやかましさを防ぐにちょうどいいかとそのままの姿勢でいた。さきほどまで常夜灯より早い速度で流れゆく蛍光のせいか、あるいはトンネルの時間感覚をまどわせる密閉性のせいか、それとも若干の下り坂だったせいか、水の中を沈んでいくような気分だった。おだやかな呼吸のまま、かたくなに目をひらこうとしなかった。