1/13 sat

H社長へ

 

 ぶしつけな手紙となってしまい、申し訳ございません。面とむかって話すとうまくことばにできないとおもい、勝手ながら拙文をしたためてきました。このまま捨てていただいてもかまいませんが、気が向いたら最後までお付き合いください笑

 前置きはさておきまして、社長にはまず何よりも申し訳ないことをしてしまったという気持ちがつよいです。料理経験のほとんどないじぶんにあれだけ気を、あるいは目をかけてくださったにもかかわらず、その期待を裏切ってしまったことは今考えても胸が痛いです。正直、店にいる時は目をまともに合わせて会話することさえはばかられました(今にしておもうと、それはぼくの弱さだったのでしょう)。しかし社長はぼくが退職の旨を申し出たあとにも、以前と態度を変えずに接してくださいました。それが心苦しくもあり、また救いでもありました。社長の明るさや元気に励まされるひとはたくさんいるとおもうのですが、ぼくもその中のひとりだったということです。本当にありがとうございます。そして、改めてとなりますが、本当に申し訳ありませんでした。

 約四年前(光陰矢の如し!)に東村山から横浜へと引っぱっていただいて、そこからいろんなことがありました。ご迷惑もたくさんかけました。後半こそ多少落ち着きはしましたが、店もぼくじしんの状況も目まぐるしくうごく日々がたしかにありました。その中でぼくはじぶんの至らない部分と何度も直面し、へとへとになりながらもそれを乗り越えたり、迂回したり、逃げだしたり、持久的に付き合ったりしてきました。仕事や店の中での人間関係をとおして、じぶんの性格におおきな変化があらわれたことを今しみじみと実感しています。それはすなわち他者―社会と対峙してじぶん自身を知る作業でした。仕事をこなし、おぼえながら、それでも離れられない小説と向き合うことでじぶんがこの人生で何を求めているのか、どこに価値を認めるのかがしだいにわかってきたのです。結果から言うと、ぼくは社会不適合者でした。それは四年前に危惧していた一般能力的な問題ではなく、思相的な欠陥からでした。ひらたく言ってしまえば、ぼくは一般的に価値があるとされるものをどうしても認められないのです。気味が悪いと感じてしまうのです。そして、資本主義的な意味合いから外れた場所でしか自由を見いだせず、その自由を尊ぶべきだと考えてしまうのです。冷静に自問自答をかさね、自己分析をこころみ、余計な意固地をはがしても根がこのように腐っていました。こうした事実と直面した時は非常に辛かったです。落伍者の烙印をみずからの手で押さなければなりませんでした。

 こう書いてしまうと、これから小説一本でやっていくかのようなニュアンスを帯びますが、そんなことは考えておらず、二三カ月後にはふたたび和食の料理人として働くつもりです。その前に小説や勉強をこなし、ひとと会い、なおざりにしてきた事象にけりをつけてきます。ぼくはじぶんの意思で、好奇心と向上心に重点を置きつつ、料理と小説の汽水域に立つことを決めました。その位置を拡大することがじぶんの引き受けるべき責任なのだと最近はつよく感じています。この四年間の仕事の中でまがいなりにも身に付けた技術や経験があるからこそ考えられる進路であることは重々承知しており、その点に関してはK井さんへの感謝もふかいです。先のプランを持たず、おのれの欲求にしたがってのみ生きる行き当たりばったりなぼくの人生において、天Kでの四年間は「いい経験になった」とか「勉強になった」とか、そういった次元の話ではなく、ぼくという主体と切っても切り離せない重要な時間となりました。おかげさまで多くの曖昧模糊なものをあきらめ、じぶんを見定め、覚悟を決めることができました。本当に、こころの底から、お世話になりました。社長や専務、天Kの皆さんとぼくの人生が今後交わるか、それは今のところわかりません。もしかしたら何かの縁があって、また毎日のように顔を合わせる日が来るかもしれません笑 仮にそんな日が来ないとしても、蜜月の日々の記憶はぼくから生涯消えないある種の傷として、甘酸っぱく発酵した思い出の数々をふと胸によぎらせるでしょう。そんな瞬間が、恍惚が社長にも訪れることをほんのりと期待しています笑

 まだまだお元気だとはおもいますが、どうか心身を大切に、すこやかなまま長生きされてください。天Kのますますの発展と社長の健康を祈り、結びのことばとさせていただきます。

 

 PS 神奈川新聞のエッセイ期待しています笑 かたちとなった暁には天Kまで買いに行きますので笑

 

 労働。しんどい。のこり一日。帰宅途中に社長、親方、専務、後輩へとそれぞれ手紙を書くことをおもいつき、入浴後さっそく実行したものの、社長の分=文を打ち込んだところで時間がかなり経過してしまった。そもそも文を練るのがおそいし、その上タイピングが絶望的におそい。明日はラストだというのに早出なのでそろそろ寝ないといけない。もう社長だけでいいか。清書めんどくせぇ。明日の送別会は朝方までやってくれるそうなので、眠くならないかが心配だ。

1/7 sun

労働。この日からじぶんが抜けてからのためにポジションチェンジ。ちょっとだけ緊張したけど無事にこなせた。基本的には不器用キングという自己認識だけど、意外とうまくいったので、あれ? おれってこんなんだっけ? となった。まぁ四年近くいて、できない仕事があるって方がおかしいので、当然と言えば当然なんだけど。表面のすべる安いまな板が一枚あって、親方がそれを使用していたので、使い心地はどうですか? と訊くと、にらみともどや顔つかない表情で、腕! と一言返されたのに絶句してしまった。ツッコんでいいのかもわからなかった。こういうところが苦手なんだよな。

仕事終わりにココペリで一杯、いや正確には三杯ひっかけた。昨夜前を通った時は満席だったにもかかわらず店内にだれもいなかった。奥さんが風邪で寝込んでいるとのことだったので、ご主人とふたりでくっちゃべりながらクラフトビールを飲んだ。柚子のフレーバーが効いた箕面ビールの「ゆずホ和イト」がめっちゃ好みで飲みやすかった。あと、じぶんはあまり濃いビールが得意ではないとつくづく実感した。正直腹を満たしに来たところもあったのだが、話しこんでいるのに「料理お願いします」と言うのも気が引けて、注文できなかった。今おもうと簡単なおつまみでも出してもらえばよかった。どこかのタイミングで、もう間もなく休職することをやっと話せた。それを皮切りに飲食業界全般の話になった。職人さんってつぶしが効くようで実はぜんぜん効かない、という話はじぶんの実感するところでもあった。この職に関して言えば国内では暗い見通しとなるだろう。もしかするとほとんどの職がそういった状況にあるのかもしれない。よほどの新規ビジネスでもない限り、業界は目に見えない危機と直面しているのだろうし、痛みのないナイフで徐々に削られてもいるのだろう。もしかすると金沢に住むかもしれない、と告げると輪島出身のご主人は少々おどろいた様子だった。ご主人は基本的に寡黙だし、奥で調理されているので、こうやってがっつり話す機会もなかなかないのだけど、じぶんとしては非常に話しやすい他者である。つまりじぶんとはまったく似ていない人種(元ヤン。高級飲食店でのボーイの経験もあると言う)ということで、そういう人との会話を楽しめるかどうかは相性にかかっている。相性がよければ何を話していても楽しいのだろう、きっと。最後の方になって奥さんが二階から降りてきた。やはり体調は悪そうだった。じぶんの馬鹿笑いがうるさかったのではと思いたずねると、ぜんぜんそんなことはなかったと言ってくれたので胸をなでおろした。奥さんにも仕事を辞める旨をつたえた。小説書くの? と訊かれたので、そのつもりであることと、しばらくしたらまた和食の料理人として、あまり給料のことは考慮せずにはたらくつもりであることを包み隠さず話した。嫌悪感を示さずに聞いてくれたのでうれしかった。流れは忘れたが、一月末のビアフェスにさそってもらえた。返事は保留としておいたが、できれば参加したい。というか、その方がおもしろいだろうという気がする。それに今年はこれまでの行動パターンの逆を行くというのがテーマでもあるのだ。だからおざなりにしてきた下半身を鍛えてもいる。

会計をすませ、帰宅。PCをひらくもそのまま炬燵で寝落ち。朝方になって頭痛と喉の乾きで目覚めた。とても嫌な夢を見た。過去の恋愛に甘い顔をされ、国家権力の不条理に振り回された。夢の中でキレまくっていた。目が覚めて、情けない気もちになった。いつまでおれは過去の恋愛につきまとわれるのだろう。秒速5センチメートルかよ。シャワーを浴びていると、ふと料理界の中上健次になるべきなのではないかと、義務感にも似た心情が湧いた(昼には別のやり方でカフカを志向する、みたいなことをつぶやいたばかりのくせに。舌の根も乾かぬうちに。だからお前は信用できない)。職人の悲哀を、業界そのものの暗さを、強固な筆致と構造分析にも耐えられる物語で切りとる、そういう小説もいいかもしれない。中上健次を読む口実ができた気がした。なんだかんだと中上健次は好きである。頭痛はしこっているが、目が覚めたのでこれから小説を書く。昨日からシームレスに月曜日が始まったという印象。今日は髪を切って銭湯に行きたい。あと読書も。いい加減『存在論的、郵便的』を読み切りたい。

 

完璧な比喩は誰にもとどかない。

土曜日にうかんだことばがやけにしつこく残っているので、書きだしておく。

1/5 fri

労働。営業再開。前日から仕込みにでているため、実質労働日としては二日目。親方が不在なため、非常にタイトなタイムスケジュールだった。三十分程度だったが、休憩が取れたのはよかった。その時間に英語の学習をした。ものすごく力が落ちているのを実感した。特に発音がやばい。ぜんぜん舌が回らん。もともと活舌もさほど良くないのだ。やるべきことがおおい。

帰宅してから栄養のかたよった食事、後にスクワットを百回、腹筋少々。汗をかいた。シャワー後に作文。四部を書きはじめる。文体がさだまらないため、遅々としたペース。区切りがついたら読書に移行しようとして、けっきょく炬燵で寝るパターン。あほか。

三部草稿 了 &1/2 tue

 

あの子猫たちをすべて死なせてしまったのはわたしの責任です、ふだんよりも急いで帰宅すると妻は居間の座布団に正座し、顔を窓の外に向けながら泣いていた。一週間前まで大勢でかしましく鳴き声をあげていたのが嘘のように居間はしずけさに満ちていた。生後からまもなく子猫は体調の悪化に見舞われ、みるみる数を減らした。主な原因はあきらかに母親の不在だった。長時間にわたる出産のあと、終始すずしげな顔をしていた母猫は体力を回復できず、そのまま息絶えてしまった。嘘だ! 十日前に訃報を耳にしたとき、夫はそう叫んだ。もう何年も母猫とたわむれてきた夫にはそれがどうしても現実のこととはおもえなかった。またどこかからふと顔を出すのではないかと期待を捨てられなかった。それは二年後にアパートを引っ越すまでずっとつづいた。その感覚のまま部屋の中の静寂と対峙していた。母猫のことは虚報としかとらえられないにもかかわらず子猫のことは絶対的な現実のこととおもえた。そのいびつな心境が夫からしばしことばをうばっていた。妻の水仕事で荒れた手ににぎられたタオルは特段よごれているようにも見えなかったが、汗や涙を吸いこんだせいでひどくくたびれていた。妻の涙を目にしたのがずいぶんと久しいせいで夫はあっけに取られていた。声をかけることも忘れ、ハンカチをわたすでも抱きしめるでもなく、ただ泣き顔を呆けたような顔つきで観察した。もとよりしろい頬や首元はうす紅色に、鼻っ柱はより濃い朱に染まっていた。妻の涙を目の当たりにしても夫は妻による母猫や子猫殺害の可能性をわずかにうたがっていた。それを口に出すこともできなかった。妻は夫の沈着な態度に内心怒りを燃やしていたものの、わずか二週間足らずで猫の親子がことごとく死んでしまったことに責任を感じていた。お前が殺したんだろう、茫然と大きく開けた夫の目はそう訴えているように見えた。もちろん妻はその視線を横目でしか確認しなかった。

何をどうまちがっていたんだろう……そんな自問自答をすることも最近はめっきり減っていた。とつぜん視界がまぶしくなり、熱を感じた。道路の両脇には他人の畑が広がっていた。人気のない路上で視線を落としていた彼女はじぶんが広葉樹の成す日陰を歩いていたことを忘れていたのだ。目を細めながら前方を見やった。名前を知っているはずの老婆がシルバーカーを押しながら歩いてくるのが見えた。老婆の年齢は彼女とさほど変わらなかったが、ずいぶんと老け込んでいた。その老婆を見かけるたびにおぼえる優越感がふつふつと湧き起こるのを彼女は感じた。しだいに距離がちぢまるにつれ路上をさまよっていた老婆の目線は彼女をとらえ、すれちがう前にふたりして立ち止まり朝のあいさつとかんたんな談笑をした。

「礼子さんおはよう。今日も精が出るねぇ」

「おはようございます。おたがい様じゃないですか。暑くなるみたいなので熱中症に気をつけましょうね」

老婆は感情の読めない顔つきで何度もまばたきしながらうなずいた。褐色の顔面がうごくたび皺はいっそう深く刻まれるように見えた。

「旦那さんは今日もお家におるんかい?」

「ええ、そうです。誘ってはいるんですが……」

他愛もない話がすむと、無事にふたりはすれちがった。礼子にはじぶんが無理をしてことばをつむいでいる感覚があり、おもわずため息をついた。あのひとはそれでもまだ話しやすい方なのに……数十秒後にふと振りかえると老婆の背中がやけに小さく貧相に見えた。いったい朝からどこに向かうというのだろう? 老婆に旦那が死去したことは何度もつたえたはずだが、すぐに忘れてしまうのが習いとなっているためもはや訂正することさえしなかった。でも、それもしかたないわ……非難する気になれなかったのは会話していれば自然とおもい出すはずだと慢心していた名前がまるで浮かばないせいだった。前を向きなおし、さきほどより軽快な、それでいてしっかりとした足取りですすみはじめた。広葉樹林のひんやりとした陰影にふたたび呑まれ、すこし行った突当たりを左に曲がればそこからさきは舗装のない畦道だった。礼子の古びた納屋とその隣の小ぢんまりとした畑はすぐさま視界に飛びこんだが、老眼のせいで焦点を合わせるのに時間がかかった。でも、それもしかたないわ……礼子はさきほどの会話で老婆が旦那の名前を口にしなかったことをいぶかしんでいた。日常生活の中で旦那の名前を聞く唯一の機会だった。耳にしてから数十分の間しか夫だった人間の名前を記憶にとどめることができなかった。礼子はその事実に罪の意識など感じなかった。すぐに忘れてしまう名前なんて残りわずかな人生において何の意味があるでしょう? 夏のかわいた土を踏みながらぼやけた景色がじょじょに明晰になっていくのを感じていた。かるくしめった小枝のぱきぱきと折れる音が足元から聞こえた。畦道の左側の広葉樹林から唐突にキビタキのみじかい鳴き声がひびいた。礼子は自身の所有する畑に職人めいた真剣なまなざしをおくっていた。もはや今日の収穫のこと以外頭になかった。木々をゆらす大仰にゆらす突風が吹くと、真剣なまなざしのまま風の来た方向に目を向けた。その時になってようやく麦わら帽子を玄関に忘れたのだと気づいた。

 それなりの文量の日記を書いていたが突然のシャットダウンによりおじゃんになった。この日のハイライトは名古屋のジュンク堂東浩紀存在論的、郵便的――ジャック・デリダについて』柄谷行人『哲学の起源』を購入したことと、名古屋観光をおもったほど楽しめなかったことと、今年は下半身を鍛えると決めてスクワットを行ったところ両腿がその日のうちから筋肉痛になったこと、それくらいな気がする。

母が最近友だちと疎遠になりつつあると言っていた。じぶんは友だちの非常に少ない、もしかするとひとりもいないのではないか思えるくらい交友関係のすくない人間なので、口をはさめることではないが、聞けば人付き合いを避ける理由がこちらとほとんど同じなので、こりゃあかんわと思わず笑った。でも、Tも母も仮にも友だちと呼べるひとがいるのだから、大切にした方がいいと真剣におもう。じぶんは家族以外にまともな人間関係を構築できない、できたとしても偶然でしかない、そんな性格をしているので、とくにそうおもうのだ。地元に帰ってもだれとも連絡を取らず、いや取る手段さえなく、ベランダから星をながめながらさみしさと同時に満足感を得るような、そんな人間になると十年前のおれはみじんも想像していなかった。十年前の勉強机にPCを置き、小説やブログをカタカタやっていると、何か妙な気分になってくる。覆水盆に返らず、ともちがう感覚。いや、その慣用句が持つ残酷性を半分いだきつつ、それでも結果としての今現在を肯定するような、そんなポジティヴなあきらめにも似た感覚。だれかを、あるいはじぶんを大切にするとはどういうことなのだろう? その疑問を持ったまま、今年を生きていく。ひとつわかっているのは場面場面でだれかにやさしく接することではない、ということ。それは欺瞞だ、すくなくともおれにとっては。必要なのは俗と聖の、道徳と哲学の、社会と個人の、生と死の、料理と小説の、共同体感覚と孤高の、生活と人生の、ゆらぎつづける曖昧な汽水域で立ちつづける努力をすることだ。母にも語った、おれの人生は汽水域に立つことだと。どこかに深く潜るだけの気概と才能がない人間でも生きづらさを払拭できると、持つ努力をしない人間でも他者にすがらず自己肯定ができるはずだと、たぶん信じたいんだろう。どこにでもアクセスし、帰ってこられる場所を構築すること。じぶん自身のふるさとをつくること(実家に帰るたび、なつかしくはなるが、ふるさとだとは感じたことがない)。真理はたったひとりでしか辿りつけない。もうとっくにわかっている。たぶんまだおれは、だれも大切にできたことがない。

とりあえず今年は日記とスクワット。上半期は今の小説と就職、引っ越。

1/1 mon

一度八時ごろに目を覚まし、リビングまで下りて行ったがあまりのねむさにふたたび自室に戻って睡眠をとった。そりゃ三時間半じゃきつい。おれの身体はそんな丈夫にできていない。十一時ごろにふたたび目を覚ますとまだ疲れはのこっていたものの、睡眠はもういいかなという気がした。あらためてリビングまで下りて行き、両親に新年のあいさつをし、母のつくった朝食をかるーくいただいた。雑煮の餅なしバージョンがやたらうまいとおもい、その旨をつたえると、きちんと出汁を取ったとのこと。さすが腐っても料理を生業にしているだけのことはある。ふだん朝食を摂る習慣がないため、寝起きはじぶんでもびっくりするくらい腹が減らない。実家にいた時は一日四食が当たり前だったのに。

正午前から不乗森神社へと初詣にむかう。地元の小ぢんまりした神社である。歩いて行ける距離で、去年は三人で歩いて行ったのだが、父が恒例の徒歩嫌いを発揮したため乗用車でむかった。専用の駐車場がいっぱいだったため近くの地区センターの駐車場に勝手に停めた。田舎だからできる行為だ。都会だとまず柵や鎖がしてあって侵入できないだろう。

さくさく歩く父に置いて行かれるかたちで母とふたりで境内へとむかった。風がつめたかった。何故か母がお参りのただしい方法(たぶんTVか何かで知った)を教授してくれた。人にはそれぞれ三つの大切な神社があって、うんたら、鳥居をくぐる際は、うんたら、手を洗う時の作法は、うんたら。信心深くないのでそれなりに聞いた。もちろん忘れたわけではない。今はまだ明確におぼえているけども、いつか忘れてしまってもどこかのタイミングでおもい出すだろう。それくらいにじぶんを信用してもいいという気がする。

小学生の時分にはずいぶんおおきく感じられた神社だったが、ほんとうに小ぢんまりしている。神楽殿の前で焚火をしていた。去年もそうだった。立ちのぼる煙が木漏れ日に照らされてはっきりとした光線の筋をつくっていた。昔の映画館のような(非実体験)遮光カーテンを閉じた体育館や視聴覚室で映像を見る時のような(実体験)感じがした。これとおなじことを去年もおもったはずだ。人の列にならんで五分ほどで賽銭箱の前に来た。三人でならんで鐘をならし、手をたたいたり頭を下げたりした。毎年、こころのうちでいうことはおなじだ。去年はありがとうございました。今年もよろしくね。

車にもどってから母とじぶんの都合でユニクロイトーヨーカドーに行った。ユニクロでは下着がほしかっただけなのだが、結果として他の衣服もおごってもらうこととなった。すいません。ありがとうございます。

イトーヨーカドーでは夕食の食材とキッチンタイマーを買った。夕食にサーモンのカルパッチョとトンボマグロの刺身をつくることになっていた。うまそうだったので目に入ったシマアジの柵も買った。

家にもどってから昼食。母の半手製(出来合いの、オーブンに入れて焼くだけの生地に手をくわえたもの)のピザを食した。ビールも飲んだ。枝豆も蜜柑も食った。自室にもどり、小説を書こうとおもったが、すこし書いたところで眠気が来たのでベッドに身をうつした。実家のベッドは最高に気持ちがいい。あと風呂も。バタイユ『エロティシズム』を1Pも読まないうちに眠った。目を覚ますと二十時だった。全身から疲れの大半が抜けているのがわかり、うれしくなった。そこから多少寝ぼけた頭で夕食をこしらえた。じぶんとしてはまったく空腹ではなかったが、ふたりは何か口にしたいようだった。適当に切った万葱とブロッコリースプラウトをあらかじめ白磁の大皿に盛り付けておき、うすくそぎ切りにしたサーモンでクリームチーズを巻いたものをその上に並べ置いた。その上にかるーくクレイジーソルトをふり、オリーブオイルかけ、アーリーレッドや笹切りした胡瓜やトマトでつくったマリネをのせた。黒胡椒をふり、母のつくったバジルソースやスプラウトの残りや銀杏切りしたレモンを周囲にあしらった。完成。我ながらうまそう。写真は母が撮影。f:id:lelel:20180102113304j:image

二品目は刺身。実家の包丁があまりにも切れないためおもわず笑ってしまった。これは特段いうこともなく、無難にこなした。刺身を引くのは久しぶりだという気がした。

二品つくったところでTと電話。主に新曲についてのあれこれを話した。こちらのかざらない感想をよろこんでいそうなのでよかった。意図的にやっているのだろうとばかり考えていた個所を無自覚にやっていると言うのでおどろいた。こちらの感想ではじめて気づいたらしい。天然かよ! ものをつくるさいの一回性についても話した。一回性というのは一度行ってしまった作業は取り消せないという意味で、決して即興性のことを指しているのではない。こういうことを考えるきっかけになったのはベンヤミンの影響だったけど、坂本龍一がじぶんがNHKのインタビュー番組でじぶんのイメージとまったく同じことを口にしていたのもおおきかった。Tは共感しているのかよくわからないふうだったけど、たぶんおれの説明が悪かったせいだろうな。きっとイメージは共有している、そんな気がする。

三十分ほど話したところで切り上げ、夕食をいただくことにした。ビールも飲んだ。黒豆も食った。二十一時二十分ごろだったとおもう。食後、自室に戻り、てきとうにネットサーフィンしながらちびちび小説を書いた。途中パワプロのサクセス動画にはまってしまい、時間を無駄にした。

新年の連絡をくれたあゆみさんとも多少やり取りしていた。が、途中で途切れた。

風呂にはいり、だれも観ていないのについていた『ニッポンのジレンマ』元旦SPをリビングで観ることにした。この番組はわりと好きで、録画して観るほどでもないが、やっていたら観てしまう。議論が俗っぽすぎて嫌気のさす瞬間も多々あるが、他人の視点や新しい知識をじぶんに持ちこむのにそれなりに使える気がする。内容について長々と書けそうだけど、時間がないのでやめておく。

視聴後、あゆみさんからまた連絡が来ていた。彼女のことを恋愛感情的に好きではないが、確実な好意を抱いている。そんな女性がここ一年ほどでぐっと増えた気がする。本来ひとりの恋人にあたえるはずの感情を数人に分散しているような感じがする。ちなみにだれとも肉体関係はない。きっと持ってしまえばまた感覚が変わるのだろう。この均衡をくずしたいような、くずしたくないような。

ちびちびと小説を書いていると、しだいに三部ラストのイメージができてきた。ほんとうに偶然なんだけど、今のところ三部とも約一万三千字だ。残りわずかになったところで力尽き、就寝。たぶん三時半を過ぎていた。

三部草稿 続&12/31 sun

 

……

「わたしはそれを耳にしながら朝餉の準備をしていたのです。なんとも幸せなことです。鍋の火を一度止め、味噌をホイッパーと味噌漉しで溶かしました。そのあと、切り終えた分葱をざるに入れていると、ふたたびキビタキの声が聞こえたのです。それもさっきよりずいぶんと近くで。その距離におもわず顔を上げると、窓の向こうの景色が見えました。夜がすっかり明けていると、はっきり認識しました。というのも、山から顔を出したばかりの朝陽がまぶしいくらいに照っていたのです。キッチンの窓はわたしの身長に対して低いため、ふだんならばさほど遠くまで見通せないのですが、この時は石川さん家の駐車場も、森の中でひときわ背のたかい杉の木のてっぺんも、その奥の山道のガードレールまでもはっきりと見えました。昔、車に乗っていた時によく利用した道です。あの窓から見えるガードレールはちょうど曲がり角の部分で、新鮮なひかりを浴びてつやつやしているのがわかりました。たしかに老眼ですから、景色と焦点を合わせるのに時間はかかりましたよ。だからわたしにはあの人影が、最初からあったのか、それとも途中であらわれたのか、そのあたりがさっぱりわからないのです。ひとつ言えるのは、わたしが腰をかがめた状態で、手に分葱を持ったまま窓をのぞいていると、山道にしみのようなものが浮き上がってきたということで、時間がたつにつれそれが人影だとわかったのです。虚言じみた話ですが、ご存知のとおり、わたしに嘘をつく必要などないでしょう? 背の高さからして男性だと推測しました。彼は曲がり角から景色を見ているようにも、そこから飛び降りようとしているようにも見えました。が、肝心の表情はまったく確認できませんでした。わたしはもうキビタキのことなんてすっかり忘れて、彼をじっと見つめていました。いやに細身の人影はうごくことなく、ただおごそかに立ち尽くしていたのです。わたしは何か神聖なものと向き合っているような気になっていくのを感じていました。ちょうど奈良で大きな雄鹿と目を合わせた時のような……神気を宿したものには独特の雰囲気があるのです。ただひとつ言わせてもらうならば、あの鹿を陽だとすれば、彼は陰だということです。それじゃあまるで死神のよう、そうおもうが早いか、とおくから大砲をおもわせる、どーん、という音が聞こえたのです。いえ、正確には大砲とはほどとおい音でした。大砲の音はもっと低く、すんでいるものです。あれは非常ににごっていました。どちらかといえば爆発音に近いような……わたしの五感のうち、耳がもっともまともだということは何度も説明してきたはずです。おそらく自動車同士の衝突か自損事故だろうと五秒もしないうちに予想してました。事実、それは当たったのです。このあたりのトンネルのほとんどは抜けた先がすぐカーブにさしかかるため、事故がわりとおおいのです。しかもこの時間はちょうど朝陽が逆光で、目がくらみやすいと有名なのです。ゆえに早朝ということもかんがみて、田舎好きな観光客が起こした事故だろうとふんでいたのですが、それはまちがっていました。市街地から来たヤンキーによる自損事故だったのです。死亡者が出たかどうかは聞きませんでした。そんなことにさほど興味はないのです。どうせ酒でも飲んでいたのだろうと温子は言っていました。同感です。温子はやはりこの町一番の情報通なのです。温子から電話があったのは音がして、二十分くらいしてからでした。彼女の声のうしろから、しつけの行きとどいてない犬たちのきゃんきゃんはしゃぐ鳴き声が聞こえて、とても不快でした。それは相変わらずの話です。わたしはそれをおくびにも出さず、みじかい相づちだけでだいたいの会話を済ませました。わたしたちはもう何年もこんな具合なのです。向こうからすればわたしの様子を気かけ、もっと言えば面倒を見ているような気ですらいるでしょうが、実態はまったくの反対なのです。毎朝わたしは彼女からの電話を待っているのです。それはもちろん彼女と会話を楽しみにしているわけではなく、彼女が無事に生きていることの確認、いわば生存確認ですね。向こうがそうしているようで、じつはわたしがそれを実行しているわけです。この意味を慎重に検討していただきたいところです。神と祈りの関係についても同じことが言えるのではないでしょうか、つまり無数の祈りが神をかたどる、と口にすれば恐れおおいですが、そういった側面があるのは事実だといおもいます……」

気まずそうに口をつぐんだ彼女は紅茶をそれまでよりおおく口にふくみ、時間をかけて飲みほした。一度立ちあがり、カップをキッチンのシンクまで持って行った。その際の顔つきは疲労が滲み出ているせいで、年齢より老けて見えた。先ほどまでたたえていた気品や凛々しさはどこにもなかった。カップを持つ手のふるえにより、ほとんど使用しなかったティースプーンがかちゃかちゃと小刻みにゆれた。リビングは朝のひかりに満ちていたが、暖簾で区切られたキッチンは横長の窓から明るさをうまく取りこめないため、すこしだけひんやりとしていた。換気扇の作動音が静けさを強調した。カップをシンクに置くと、ふだんより大きな音がした、と感じ眉をしかめたが、それもふくめありきたりな日常だった。外から蝉の鳴き声がよわく入りこんでいた。

彼女はふたたび席に着くと、大きくため息をついた。気だるそうな両目は眠そうにも見えるが、彼女自身その肉体に秘めた恒常的な眠気にはまるで無頓着だった。自身では睡眠を充分に取っているつもりなのが問題だった。心身の疲弊から生じる誤りは老いによる衰えとして傍目にうつった。誤りのほとんどは痛々しく、時に彼女という存在から目をそらさせる要因となっていたが本人はそれを悟らなかった。ただ、元気な時は目を宝石のようにかがやかせた。聡明というより無垢な表情で、赤子よりも体力のない目だった。老人特有の透明性と相まって、そのまま死へと移行するのではないかと、ただの物質と化してしまうのではないかと、危うさが常に付きまとった。その危うさは靭性の低い鉱物が持つ脆さに似ていた。ふかいため呼吸から地つづきにことばを放ちはじめた。うなり声を引き延ばしたように、ぼそぼそと話していたが、しだいに声量は回復した。

「そうです……視線をうつした時には、もうおそかったのです。そこに人影はなかったのです。わたしはじぶんの目をうたがいましたが何度目を凝らしても人影はおろか、動物の姿さえ見えませんでした。太陽がよりつよく照りだして、あのガードレールはもうほとんどひかっているみたいでした。わたしは身ぶるいしたのです。さっきの大きな音で事故をはやくも連想していたわたしはあの人影を死神だとおもったのです。鶸のような色をした服を着ていたはずですが、今となってはもうおぼえていません。それにしても何故身ぶるいなんてしてしまったのでしょう? 今さら死を恐れているわけでもないのに、むしろ待ち望んでいた時期があれほど長かったのに……おそらく不吉なもの、死を連想させる何かしらと、死そのものとは無関係なのです。たぶん、そうです。そうじゃないと説明できないもの……ああ、そうです、気を取り直したわたしは深呼吸をはさんでから朝餉を摂り、それから温子から電話がかかってきたのです。朝餉はやはり……どうしても味をひときわうすく感じてしまいます。もちろん身体のことを気づかって塩分をすくなくしています。味噌汁はまだ風味もあっておいしくいただけたのですが、煮っころがしはだめでした。昨夜の残りですから、常識的に考えれば昨夜より味はつまっているはずなのですが、まったく味を感じなかったのです。わたしはさきほど脳裏に浮かべた死神のイメージにとらわれていましたから、じぶんの衰えを、死を、より不吉なものと密着させて考えてしまったのです。約束の場所について、あれほど丁寧に教授していただいたにもかかわらず申し訳ないです……じぶんを恥じ、卑下するのは意味がないとおっしゃるかもしれません。また、充分に善行を積んできたと慰めてくださるかもしれません。けれど、わたしは自信がないのです。わたしはあの人を最後まで愛することができませんでした。それは果たして形式的な行いで埋められるものでしょうか? あの人はわたしを許してくれるのでしょうか?」

彼女の目は涙にうるみ、食卓上の竹製のケースに入ったティッシュボックスから二枚重ねのティッシュを二度引き抜くとそれを丁寧にたたみ、目元をかるく押さえた。涙のことごとくはティッシュへとしずみ、鼠色のしみとなった。彼女のいびつな皺をなぞる透明な筋はどこにもあらわれなかった。涙はすでに乾いていた。歳を重ねたからといってもとからゆるかった涙腺がさらにゆるくなることはなく、感情のうつろいやすさに比例して滲んだものが乾きやすくなっただけだった。用済みのティッシュを握りしめたままはげしく咳ばらいをした。最後に唾をのみ込んで喉にからんだ痰のほとんどを取りのぞいた。朝餉時のグラスに入った飲みかけの水の最後の一口をくいっと飲みほした。細く筋張った首の青白い血管が陽のひかりにさらされ、別の生き物のようにうごいた。

「それにしてもわたしは何故じぶんにしか通用しない文言を嫌うのでしょうか?  たしかに説明の際にことばが不足することはありますが、わたしが恣意的に何かをはぶいて口にすることはほとんどないはずです。わたしは昔から客観的なものが好きでした。都会より田舎を好み、団欒や喧騒より静寂や厳粛を好んできました。今まで何度もくり返し伝えてきましたが、わたしはどんな場所でもじぶんのいる位置からはじまる透視図を脳裏に描いてしまうのです。人や物の位置を鳥瞰して、何かとてつもなく大きな営みに触れているような気になるのです。それは受けてきた教育と何かしら関係があるのでしょうか?  ひとつ言えることはわたしとあの人は同郷人で、いわば幼馴染だったということです。ふたりの気質の隔たりはそのままあの時代の男女の差だった、と近頃はよくおもいます。今にして思えばふたりが一番幸せだったのは小学生の頃でした。わたしの方がいくぶんか背が高く、意地っ張りで、傲慢だった頃です。わたしたちは対等に話し、ふざけ、ささやき合っていました。そこに恋愛の緊張はなく、たがいに異性の先生にあこがれを抱いていたはずです。裸を見ることも見せることもためらいませんでした。そこにはあの人の成長? 性徴? がおそかったことも影響しているはずです。ところが、中学に進学すると状況は一変したのです。まずクラスが別になってしまいました。小学校ではずっと一組しかなかったのが、中学校はいきなり四組編成となったのです。小学生までわたしたちはいわば四つに分裂してしまったのです。その分裂を喜ぶものもいれば、すぐに慣れるものもいましたが、たぶん、わたしだけが最後まで馴染めなかったとおもいます。もちろん学校生活は難なくこなしましたよ。成績だって優秀でしたし、クラスメイトとも仲良くできました。けれど心のどこかはいつも満たされなかったのです。あの人は中学に進学すると嘘みたいに背を伸ばし、声を野太くしました。率直に言って、気味が悪かったです。野球部に入って、亀の子たわしのような浅黒い肌を誇らしげしているのも嫌でした。もちろんわたしも次第に子どもの身体から大人のそれへと変化していましたよ。けれど、それは小学校の頃から予兆があったのです。あの人の場合はほんとうにいきなりと言うか、雨上がりの筍のようで……それにあの人は露骨にわたしを避けるようになりました。わたしはずっと交流の機会をうかがっていましたが、いい加減意地を張るのにも疲れて、挨拶さえしなくなったのです。わたしたちはあの頃からすでに互いの名前を呼ばなくなっていました。夫婦というものがそれで成立するのだから不思議なものです。じっさい、自由恋愛なんてものは虚構なのです。すくなくともわたしにとっては。あやふやな感情が、既存のやり方、つまり婚姻という制度に引き渡されることでかろうじて態を成しているだけの話です。自由恋愛の歴史はあさいのだと、それだけは若者たちに伝えたかったのですが、結果変わり者だと疎まれるだけでしたね。きっと学生時代のわたしも聞く耳を持たなかったとおもいます。つまり若さとは向こう見ずでいられることです。恐れを知りながら恐れないことではないのです。中学二年生の春、藪から棒に告白してくれた遠藤くんと付き合って、デートを重ねました。何も、何ひとつ楽しくなかったです。遠藤くんは髭が濃くて、どことなく父を想起させました。彼との口づけを頑なに拒んだのはそのせいでした。口づけは処女の命、母にそう言われたことをおもい出し、躊躇したわけではありません。母は奔放な姉をずっと憎んでいました……そんな話も以前にはしましたよね? 結果、わたしは母の願いどおりに生きてきました。それはわたしの選択がたまたま彼女の願望とかさなっただけで、作為の介在する余地などありませんでした。けれどどうでしょう、わたしと姉の人生はどちらが豊かでしたか? わたしはもうとっくに思い出の世界に生きているのです。わたしに白紙の未来など必要ないのです。わたしに残されたすべての未来は過去を反芻するための時間なのです。おわかりでしょう? わたしにとって最大の幸福はあの人との間に子を成さなかったことです。わたしがあの人の肉体を愛する時期と、あの人がわたしの精神を愛する時期があまりにも離れていたのです……下手すればそれは四半世紀もの……ああ、もうこんな時間ですか。今日はゴーヤとミニトマトの収穫日です。ゴーヤは去年より大ぶりで、ミニトマトも張りがあって美味しそうです。キュウリはきれいなヒトデ型の花を咲かせました。梅雨頃のうどん粉病が嘘のようです。植物たちは今日も元気に陽のひかりを浴び、彼らのみじかい一生をまっとうするための一日を必死に生きるのです。ああ、また涙がこぼれそうです。もうわたしはじぶんが何に涙し声をふるわせるのかも……何も、何ひとつわからないのです。わたしは今、じぶんのつくった植物たちに愛着、いや愛情を感じています。わたしたちの間に子がないことは幸運でした。子というおぞましさ、親というおぞましさ、子をうしなう可能性の絶望、子に見捨てられる絶望……もうたくさんなのです。わたしは子でも親でもないのです。わたしは、ただちいさく祈りをささげるものでありたいのです。絶対者である神は子を一度も生まなかったのです。神が子を成す必要などあるでしょうか? いいえ、やはり教会はただしいのです。今年は茄子がとてもいい具合に実っています。秋には供物として本部にお届けできるとおもいます。今日も神と教会に平和の祈りをささげます。八月六日、朝。戦争が終わったあの日まであと九日」

最後のことばを言い終え、ボイスレコーダーのボタンをふたたび押し、側部にある電源スイッチをオフにしたところで大きく息を吐きだした。この吐息には充足感と教一日に対する熱意がこもっていたが、そこには死への不安がかすかにまぎれていた。欠伸をしながら皺だらけの右手で口元をかくした。目を閉じればうるんだ瞳から一滴の涙がこぼれた。まぶたをやさしく開いた両目は透明な生気に満ちていた。

農作業のための着替えや支度をととのえるのにさほど時間はかからなかった。道具の大半は畑の近くの納屋に置いてあった。春先に買った麦わら帽子はまだ色褪せておらず、玄関の帽子掛けからぶら下がっているのを確認しても、かたちをぴんと保っているのがすがすがしかった。ほうじ茶と氷の入った水筒を肩から下げると肩甲骨まわりの筋肉がきしんだ。傷だらけのバケツと土の付着した軍手をたずさえ、ドアを抜けるとまだ午前八時前にもかかわらず白昼めいたつよいひかりがアスファルトにさんさんとふりそそいでいた。電柱や木々の陰影が焼き付けたかのように濃かった。近くから蝉や鳥の鳴き声が聞こえたが、意識はどこか茫然としており個々の判別がつかなかった。気温は多少上がりはじめていたものの標高が高いため本格的な暑熱とはほどとおかった。これから趣味とも仕事ともつかない「ただの作業」へと向かうというのに足どりはおもく、覇気がなかった。彼女はさきほど口にした自身のことばを反芻しながらその行為へとおぼれていた。つまり拡張した「思い出の世界」にひたっていたのだ。ボイスレコーダーのボタンを押した時以外は必要最低限のことばしか、いや、必要最低限のことばさえ発さないのが彼女の日常だった。このボタンはボイスレコーダーを起動させるためだけのものではないのです……これもすでに語ったことばだった。十二歳で四つに引き裂かれて以来、彼女はずっと何かに人生をささげたがっていた。それはきわめて原初的な欲求だった。

歩をすすめながら四十五年前のせまいアパートでの同棲生活をおもい出していた。壁のうすい木造建築だったものの角部屋で隣人がなかったため、夜半過ぎや休日の昼間は閑静だった。若くして夫婦となったふたりに会話らしい会話はなかった。愛情をすでに終えたものと愛情の芽を無自覚にはぐくむものが共に生活することは無理があった。ふたりそれぞれ自身の結婚をうらんでいた。たがいの家の事情などじぶんたちに関係ないではないかと両家の関係に対する憤懣だけが皮肉な共通点だった。夫が仕事を終えて帰宅するとそこにはいつも気まずいがあった。夫は自宅の玄関を抜ける前にかならず大きなため息をついた。夕餉の準備やその他の家事、行うべき仕事を終えた妻は家の中で何をするでもなくじっとしている、テレビもつけず、本を読むでもなくただじっとしている、座布団の上で正座し、窓の外を、と言うより虚空を見つめている―ドアを開ければ想像した妻の姿が、想像したとおりにあった。飼っていた猫だけがのんきにあくびをしたり、平気な顔で物音を立てたりした。おかえりなさい、とかわいた声がひびけば、ただいま、とかわいた返事があった。二十代にして顔から疲れの相が消えなくなった夫はよく猫にだけ笑いかけた。それを横目で確認する妻は、その笑顔がほんとうはじぶんにも向けられていることを知りながら鈍感なふりをして夕餉をあたためることにした。ふたりは猫の世話を通じてのみ断片的な会話をするようになっていた。家々の塀をつたってベランダにやってきた野良猫を妻が無断で飼育しはじめた時にも夫はすんなりそれを受け入れたのだ。休日、パチンコや競馬を理由に家を空ける夫を妻はうらまなかった。顔を見ない方がたがいのためなのだと考えていた。意図的に距離を置いていると猫をとおして、たがいのことをおもいやれるようになった。そうなるためにかかった幾年もの時間の中で猫はどこからからか子種を授かっていた。夫は家猫にしているのだとばかりおもっていたが、妊娠を告げる妻のつめたい態度にふれて、実態をそれとなく悟った。

 

 

ラストの絵がまだ浮かびきってない。後半になるつれ迷いが生じている。

 

実家に帰った。新幹線が混みあっているせいで乗りたかったひかりに乗れず、こだまで三河安城駅までむかった。結果一時間ほど予定よりおそく地元に到着した。その時点で非常に機嫌が悪かった。さまざまな理由(主に前日までの労働や人間関係、さらに言えば今の社会に起因した)が複合して、じぶんでも情けなくなるくらい苛立っていた。そんな中わざわざ迎えに来てくれた母親と再会してしまったため、変な感じになってしまった。最悪だ、とおもいながらも一度もらしはじめた不満が堰を切ったようにとめどなくあふれてしまった。もうだれか殺してくれ、そう思って悲しくなった。それでもいざ実家に到着し、リビングの明かりの中で部屋着姿のリラックスした普段通りの父がEd Sheeran - Shape of YouのMVをAmazonのFireStickを使用してTVで流しているのを見ると、すっかり脱力してしまった。ああ、実家に帰ってきたんだなと思考する前に心身が感じていた。土産をわたし、用意してくれていた部屋着に着替えた。ちょっとおどった。実家はなんだかんだと今の仮宿よりひろいのだ。調子よくポジティヴになっていくじぶんが滑稽だった。炬燵を陣取り持ってきたPCを起動して小説の読み直しをはじめた。年末は忙しすぎて余裕がなかったためまったく小説を書くことができなかった。それをストレスにしないように意識していたが、そううまくはいかなかったなぁと三部を読み返しながらつくづくおもった。手直ししながらじぶんの中のモードが作文のそれへと切り替わっていくのを感じた。母親にうながされ三人で夕餉をとった。ビールと日本酒をすこしいただいた。一鶴の雛鳥と鳥飯と黒豆なんかを食した。うまかった。最後に何故かR1を飲まされた。食後、胃が痛むのを感じた(今もまだむかむかする)がそれを口にすることなくリビングで両親が紅白歌合戦を見るのに付き合った。持ち帰ったちぢれほうれん草のおひたしを褒めてくれたのがうれしかった。父も母もやはり自分の去就にはふれなかった。父が風呂にはいったのをきかっけに炬燵で文章をいじりはじめたが、紅白出場歌手らのあまりに下手な歌声や茶番じみた司会のせいでうまく集中できないため自室(と記しながら違和感があるのは実家を出たのはもう十年前だからか)へと移動し、作文のつづきをはじめた。途中YouTubeをひらいてしまったせいで年末のフリースタイルダンジョン特番を流し観してしまった。個人的には呂布カルマチームを応援していたが、準優勝だった。やっぱりR‐指定は抜群にうまい。正直音楽性はぜんぜん好みではないのだけど、じつはクリーピーナッツのラジオ音源は欠かさずチェックしている。彼らのラジオは楽に聞けるし、ふつうに笑ってしまう。友だち同士であほやっている感じもすごくいい。今日は聴いていたラジオ音源でDJ松永がエゴサーチの効用についてあつく語るのにペットボトルの茶をふきそうになった。あれは新横前駅で乗れなかったひかりを待っていた時のことか。同世代の人間とふれあう機会がほとんどないせいか、同世代というだけで無条件に応援したくなる変な気質が構築されつつある。その後もだらだらと、いつものペースで作文をつづけ、区切りのついたところで風呂にはいった。服を脱いだところで体重を計ると六十九キロとあって、マジかとびびった。半月前に銭湯で計った時は六十五キロだったのに。たしかに太ったよ、太ったけども。。。入浴後、気休め程度の筋トレをしながら紅白を観た。気休め程度の筋トレを終えてから自室にもどりふたたび作文とネットサーフィンをくり返し、今に至る。気づけばとっくに年を越している。両親も寝室へと移動したようだ。今日で三部をかたちだけでも最後まで書き上げたかったが、ラストのくだりを書くだけの余力がないと判断し、ブログを書くことにした。

今年、というかもう去年か、2017年はじぶんという人間が決定的にマイノリティなのだと自覚するにいたった年だった。じぶんのことを知る人間からするとおせぇよという話かもしれないが、じぶんはずっと普通の人間だとおもっていたので、その事実をおのれに突きつけなければならない時はそれなりにきつかった。どうしてどこかに「普通」のしあわせがあるって期待してんの? 結婚なんてできるとおもってたの? 馬鹿なの? じぶんを笑いながらも、ちくちく胸が痛んだ。むかしTがおれはずっと普通にあこがれていると言った時に、あくまで他人事として感傷的に聞いていたけど、おもいっきりじぶんにもあてはまってしまうのだと気づいた今年だった。狐につままれた気もちだった。才能あるマイノリティにあこがれているだけだと自己認識していたのに、蓋をあければ才能ないマイノリティだった。残念! 

そういえば今日のBGMはずっとTの新曲だった。あいつは相変わらず才能の塊でした。創作方面でじぶんの身近にいる人たちはおしなべて才能のある人たちばかりなのだけど、あいつはその中でもトップクラスにすごい。わが双子ちゃんながら、ほんとうに才能があるとおもうのでぜひ音楽をつづけてほしい。以下送ったline。音楽に関してはマジで素人なので的外れの可能性大。

聴いたよー。まず、こういう音楽だとおもってなかったからびっくりした笑 でも聴いたらやっぱりTのだなぁとおもった。むかしのTらしいメロディの感じは全然ないんだけど、どこかTらしいというか、懐かしいというか、なんかにやけちゃう感じね。
率直に、めっちゃいいとおもった。テーマ?メインメロディ?の感じは最近の高木正勝っぽくて、日本人らしいメロ感なのに急に現代音楽とかジャズっぽい要素が無理なく入るのが面白かったわ。展開の手数があって、聴き処もたくさんあるのは前と同じなんだけど、確実に違うなとおもったのはくり返しを嫌がらなくなったんじゃないかという点で、前は曲の長さからしても展開は早めにあるけどリフレインせずに切り上げるスタイルだったのに対して今回の曲はいい意味で一曲を最大公約数的に、できるだけ大きく構築しようとしているように感じたな。でもそこにやっぱり無理はなくて、奇をてらっている感じもなかった。なんというか、全体的にバランスがとてもいいとおもった。来るべきところ来るものがあるというか。
おれとしては以前のスタイルは風景を切り取る音楽で、今回のは風景を収める音楽だとおもった。つまり以前とちがって、音楽の中に時間が流れているような印象がある。だからはじまりから終わりまで必然性があるし、曲として自足している、そんな印象(以前のが完成度が低いとかそういう話ではもちろんなくて)
非常にテクニカルな音楽だと素人耳には聴こえたよ。おれにはよくわからんけど、和音とかコードとかも複雑なことをやってるんだろうなとおもった。そういえば、ピアノひとつで作り込んだ曲って、意外と聴いたことなかったかもね。装飾がないぶん、曲や構造に対して真摯に向き合ってるのがよくわかったよ。改めておくってくれてありがとね。まだPCから聴けてないから実家でじっくり聴かせてもらうわ。

 

今年2018年はとりあえず今の小説を完成させたい。そろそろ眠い。

三部草稿 冒頭&12/18 mon

「たぶん最初に見て、そのあと聞いたんだと思います」

かるく咳払いをしたあと、彼女は話しはじめた。その声がかすれていたのは決して年齢のせいだけではなく、この日初となる本格的な発声のためだった。メイクなしの部屋着のままであるにもかかわらず、リビングの大窓から射しこむ朝陽を浴びる横顔は凛として気品さえただよっていた。

「詳細はあとで述べます。まず、わたしはいつもどおり四時四分に目を覚ましました。今日も設定した目覚まし時計が鳴る一分前に目を覚ましたのです。これで四時四分に目を覚ますのは六十三回連続です。規則ただしい生活には神が宿るのだと日々実感するところです。わたしはベッドから身体を起こして、カーテンを開けました。まだ空は暗く、この日が晴れるかどうかもわかりませんでしたが、うっすらと空は白んでいました。しばしばおもうのですが、寝室から星の瞬きが見えないことがどれだけわたしの生活のさまたげとなっているでしょう。あの街灯が邪魔なのです。石川さん家の玄関口にあるあの街灯が。ご存知のとおり、わたしは石川さんにも何度もお願いしましたし、じぶんで役所に出向いていわゆる行政的な手つづきを踏もうとしたこともありました。けれど、わたしの訴えはいつもはじめの一歩で、そう、たったはじめ一歩でくじかれてしまうのです。おもえばわたしの人生はこうしたくじき、わたし自らの過失というより外から強制された失敗の連続でした。たった六十五年だとまわりは言うでしょう。人間は時に口を酸っぱくすることも必要なのです。けれど今のわたしにとってそんなのは些細なことです。あの場所の街灯のあるなしはたしかに重要な事項ですが、わたしの精神はそんなことで乱すべきではないのです。わたしは淑女です。それも最後の。ご存知でしょう?」

彼女は食卓の上の使い古されたマグカップに手をのばし、ほんの二三分前にみずから注いだミルクティーに口をつけた。その手はわずかにふるえている。視線は虚空を見つめるばかりでとらえどころがなかった。瞳は部屋の中に満ちた朝の空気と同化するようにおだやかで、澄みきっていた。波乱万丈を経た老人が帯びるある種の透明性を彼女も宿していた。それは沖合の、風すらもないひたすらな凪に似ていた。

「そう、怒りという感情をわたしはいつからか忘れはじめているのです。それは喜ばしいことであり、悲しいことでもあるのでしょう。なんせわたしの人生の原動力はまぎれもなく怒りだったからです。その怒りが失われていくこと、わたしは間違いなく死に向かっているのでしょう。まわりは言います。あなたも近い将来、旦那さんのところへ行くのね。わたしはいつも笑顔を見せながら、こころで強く否定をしているのです。嫌、そんなのはまっぴらごめんだわ、って。何故わたしが死んでまであの人といっしょにいないといけないのでしょう? あの人への感情がわたしの人生の大半を占めていたことはまさに悲劇でした。これは何度口にしても足りないくらいです。たしかにあの人が手をあげたことは一度もありませんでした。けれどご存知のとおり、精心的にはいつもなぶられ、貶められていたのです。長い苦難の果てで、ようやく自由を手に入れたとおもったら、ああ、わたしはもうずいぶんと年老いていたのです。浮いた血管だらけの手はあまりに貧相で、髪は艶もなく白髪が交じっていたのです。ご存知のとおり、この事実はわたしを打ちのめしました。しかし今やそこから立ち直ってひさしいのです。わたしはじぶんを一本の木に例えることにしたのです。わたしの命は日々風に散りゆく葉の数に比例しているのです。そうです。わたしの人生は秋の暮れにさしかかっているのです。葉は日々散っているのです。かつてそれらが青々と茂っていたころ、一枚一枚が怒りを宿す火種でもありました。生命というのは、つまるところ熱なのだ、とかつて教えていただいたことがありますね。その教えの正しさを実感するたびに胸の奥が熱くなり、両の目は涙にぬれます。わたしの熱は激しさを失いましたが、その代わりに何をあたためることを学んだのです。わたしは今、教えられたとおりじぶんの人生をあたためているのです。こうした朝にミルクティーは欠かせません。そういえば昨日も茶葉を買い忘れてしまいました。これでおそらく三日連続です。さすがにこれはまずいので、今のうちにメモ書きに書いておきましょう。ちょっと失礼」

彼女はミルクティーを一口だけすすると装着していたイヤホンマイクをはずし、机の上に置いたボイスレコーダーの再生と一時停止を兼ねたボタンを押した。指先はかすかにふるえていた。両手で椅子を下げ、よっこいしょ、と言いながら立ちあがった。やわらかい座面のため、彼女の座っていた痕がくっきりと残った。背面にある巨大な食器棚のとなりに設置された小さめの洋風たん笥から使いかけのメモ帳とインクのすくないボールペンを取りだした。骨ばった手の関節や指の細さがより強調された。丈夫な背もたれを支えにしつつ、ふたたび椅子に腰かけた。まったく同じように座ったため、若干もどりつつあった座面のへこみにそのまま尻部を当てるかたちとなった。両手で椅子を引き終わると大きく息を吐きだし、一口だけ紅茶をすすった。手元に目を近づけては離しをくり返し、焦点をうまく合わせてから「紅茶 茶葉 一」としるした。文字はどれも髪のように細く、ことごとくの線はわずかに波打っていた。メモ書きの上にボールペンを置くとすこし遠くにやり、ボイスレコーダーのボタンをもう一度押した。

「目覚めは言うまでもなくよかったです。計った血圧も正確な数値は忘れましたが、特に問題なかったはずです。今日は歯みがきと洗顔をすませたあと、朝餉に味噌汁をつくりました。朝餉に味噌汁をつくるのはずいぶんひさしぶりだという気がします。ここのところ朝食はバタートーストと目玉焼きとコールスローという定番のあれがつづいていましたから。時おりこうやって味噌汁が飲みたくなるのはやはり日本人だからでしょうね。あの人がいなくなってから一時は、味噌を見るのも嫌だったのに。不思議なものですね。ひさびさに作った味噌汁は田舎味噌が古くなっていたせいであまりおいしくなかったですが、人参や大根なんかの根菜とお揚げを入れたおかげでそれなりにうまくまとまりました。あの人は麩と若布と白葱以外必要ないと言ってましたけど、わたしはああいう具沢山の方が好きです。おそらく夏バテのせいなのでしょうが、だめですね、今朝も例のごとく一人前以上残ってしまったので、あとでタッパーに移して明日の朝にいただく予定です。野菜はちょっと大きめにカットしました。その方が歯や顎にもいいとテレビでも言っていましたし、その方が好きなのです。今でもなんでもじぶんの好みに合わせてつくることができる、もうすっかり習慣となった料理のよろこびを、わたしはこうやって今もあじわうことができます。ああ、そういえば、言っておくべきことがあったのです。ちょうど昨夜の残りの煮っころがしをあたためながら味噌汁をつくっていた最中、分葱を刻んでいた時のことです。わたしはキッチンの窓越しに夜がしだいに明けていくのを感じていました。大気の変化にともなって、さまざまなものの色やかたちがあらわになっていました。もっとも、ずっと目を向けていたわけではないので、それとなく視線を上げるたびに変化があることをたしかめるだけでしたが。キッチンの作業灯もほとんど必要性を失っていました。が、消すと消すで暗すぎるとわかっていたのでそのままにしていました。窓は開けていたので、外からそよ風と蝉の鳴き声が入りこんでいました。野菜を茹でる鍋からの蒸気や分葱の臭気にまぎれて雑草のにおいがほんのりと鼻についたのをおぼえています。近くの森からキビタキの愛くるしいさえずりが聞こえたのでおもわず笑みがこぼれました。夏の朝はキビタキの鳴き声を聞くことができるから好きだと、もう何度もお伝えしてますよね? キビタキはもちろん見た目もかわいらしいんですが、あの歌うような鳴き声がほんとうにすばらしいんです。」

やや興奮した彼女はここでミルクティーをもう一口すすった。手にふるえはほとんど見られなかった。残り半分弱となったカップの中のミルクティーはすこし冷えはじめていた。

 まだまだ中途。あと一万字弱は加筆したい。三部は割とすらすら書けそうな気がする。メルヴィル『漂流船』を読み終わった。メルヴィルはあまり良い印象のないアメリカの作家の中でも好みの部類に入るとおもった。白鯨もいつか読みたい。今日はココペリで酔っ払った。もう少し小説を書きたかったが、これだけ酔ってしまうとたぶん駄目だろう。若干気持ち悪くさえある。寒すぎて体調を崩した。寒さに年年弱くなっている、気がする。外に出るべきではなかった。録画したベイブレードバーストゴッドを観て、かるく推敲してから寝る予定。ほんとうは本日紛失した運転免許の再交付の手続きをする予定だったが、疲れと怠惰と作文欲求を言い訳に行動をおこさなかった。頭がいたい。