読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

葛か海老(仮題)

駅前の河津桜は満開で、焦げ茶色の細い幹や枝に絡みつくツツジ色の―花の色を形容するのに他の花の名を借りなければならぬとは皮肉な話だ―花弁はほとんど無数で、その一枚がはらりと風にさらわれると道路を挟んで二手にわかれた駅舎の南側へと飛んで行った。…

雨と埃(仮題)

透明 陽のささない廊下の空気はどことなく硬く、冷たく、そして青みがかっていた。晴れた空の青さを、雲が太陽をかくした時の翳りをそのままうつしていた。地上三階、トイレの脇の手洗い場、しまりのわるい蛇口からもれる水滴がちいさくしきつめられたタイル…

千年前に書かれた小説を読みながら時の帝など生まれながらに絶大な権力を持ったものは蚊に一度も刺されることなく一生を終えたのかとふと夢想した。肉体をたえず駆けずりまわる血液が一度も肉体の外にもれずに生を閉じたものがいるとすれば、その死因はあき…

『ゆらるゆらり』

味のないガムを噛んでいるみたいだと口にした。ほんとうに味のなくなったような気がした。あれからずっと噛みつづけている、味のないガムを。 生活は平々凡々、やろうとおもえば何でもやれると勘ちがいした時期はとうにとおりすぎて、何にもできないとすべて…