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千年前に書かれた小説を読みながら時の帝など生まれながらに絶大な権力を持ったものは蚊に一度も刺されることなく一生を終えたのかとふと夢想した。肉体をたえず駆けずりまわる血液が一度も肉体の外にもれずに生を閉じたものがいるとすれば、その死因はあきらかにその血を目にしなかったことだろう。もしもそんな人間がいるとすればの話だが。仮に自負をかかげるものがあらわれたとしてもいやはやあやしい。身勝手のすぎる朝焼けの前例がだれに聴かすでもない警鐘を鳴らしている。

二月にしてはあまりにあたたかな、二か月後をさきどったようなそんな陽気の中、思わず目をうたがったのは低い空にうかぶしろさが入道雲に見えたからで、何度見直しても小ぶりな夏雲としかとらえられないのをいぶかしんだ。耳に挿したイヤフォンから流していたのは桜の散り際をうたった異国語の曲で、どこにも秋がないのに必然を感じたのはその一季とかぞえるにはあまりに短命な時期をこよなく愛するがゆえの特別視か、それとも二重の春がうらがえしの秋とも取れるとする餓鬼じみた論理を持ちだしたがゆえの自嘲か。薄手のコートのポケットに手を突っこめば、おとといもらった土産物のもみじ饅頭が包装ビニールごと人肌ほどにあたたまっていた。

四季を問わず年に一度ほどの頻度で異性の肉体を買った。その都度の心身の調子をととのえてから臨むもののついに一度も果てることがなかった。行為の最中にふとした何かしらにつまずけば持ちなおすことができなかった。相手にも自身にもはげしい嫌悪がつのり胃がきりきりと痛んだ。回数をかさねるほどに緊張し、萎縮し、傲慢になった。かろうじての数十分でさえ純粋な歓びはなく安心と欺瞞だけが腰のあいだにぶらさがった。金を渡す時の馬鹿馬鹿しさは思いかえすだけで眉間に皺が寄る。帰り道にはいつも疲労とみじめさで死にたくなった。帰宅してから何をするでもなく横になって眠ることのできない肉体を持て余した。楽な姿勢で本を読めども憂鬱で集中を欠いた。思い出したかのように異性のにおいのしみついた衣服を脱ぎ捨て、なんのためらいもなくなでられた髪を洗うために浴室にこもる。その際にいつも果てを得なかった性器をはげますようにさわるのだが、ある時肉体が完全な不感症に陥っていることをさとった。大声を出して笑った。十秒後の欺瞞が腹立たしく浴槽にあさくたまった湯を拳でたたいた。天井まではねて張りついてから一滴ずつ床面へとたれるものらがその間隔でしかかぞえられぬ静寂をかぞえた。数時間前の調子のよさはなるほど灯滅せんとして光を増すということだったのかとあとになって気づいた。使い物にならぬとわかればかえって悩むことも焦れることもないとおもうのにどことない哀しさがあふれた。どうせ、どうせ資本主義なら金で愛情を買えればよかった、と濡れた両手で顔をおおいながらつぶやいた。あたたまった五体との温度差で胃が冷たい液を喉元まで押し上げた。最後に肉体を買った日はすこし気の早い春の嵐が吹きすさんでいた。花粉と砂埃は舞いつづけ、ゆられた都内の電車ども、乗車時刻は押しに押し、狭苦しい車内ではだれもかれもが押しに押された。

 

 

頭いてえ。目のチックがヤバい。だのにぜんぜん眠れねぇ。どうすりゃええねん。小説書くのはここまでにする。漢字のひらき具合でまよっている。どうしよう。

そういえば今朝、別の小説の推敲がおわった。明確に完成した感じがある。この感じはなかなか味わえないけど、なぜか達成感はまったくないんだよな、いつも。