『ぜんぶマーフィーのせい』

わたしたちは、みんな転校生だった、だから、うまれた場所も、ある程度おおきくなるまでそだった場所も、ぜんぶちがったけど、わたしたちの顔は、どれも、とてもよく似ていて、似すぎていて、だから似ている、という事実すら、わすれてしまうほどだった、だいぶ前にだれかが、わたしたちは、みんな顔が、似ているから、ここにあつめられた、と言っていたけど、そんなはずはないに、きまっていた、そんなわけないぞー、そんなわけないぞー、わたしたちは、ぜんりょくで抗議して、その声は、がっこうぜんたいをつつみこんで、しまった、ゆみりん先生が、三階から、こらーうるさーい、とどなったから、わーわー、とさけびながら、ちりぢりになった、わたしたちの、はしりかたは、それぞれ、どくとくで、世界中のはしりかたを、ぜんぶあつめても、まだ足りないくらいだった、でも、はやさは、そんなに変わらないと、知っていたから、だれも、競わなかった、だれかと、だれかが、はしりかたを、交換することも、よくあった、はしりかたを、たくさんおぼえておくのは、いいことだと、だれもが、知っていた、そのうち、変なことを言っただれかは、どこかに消えてしまった、まるで最初から、いなかったみたいだった、わたしたちの中に溶けたんだね、おかえり、そう口にした、だれかの声が、聞こえたけど、それもまた、だれか、わからなかった、だって、わたしたちの顔は、どれもひどく似ているから、あたり前のように、声も、似ていた、ふりむく必要も、なかった。

 

わたしたちは、みんな八歳から十二歳のあいだの、ねんれいだと、言われていた、でも、それがせいかくだと知る方法は、なかった、だって、がっこうの中に、カレンダーは、ないし、わたしたちが、カレンダーの存在を知ったのは、ついさいきんのことで、その時も、おやじどのは、カレンダーなんてぜんぶウソっぱちなんだと、わたしたちに、おしえたから、わたしたちは、やっぱりせいかくなことを、知ることが、できなかった、ここに来て一年だと言われても、三年だと言われても、はたまた十年だと言われても、わたしたちは、そのことばを、しんじるしかなかった、そんなことは、一度も、言われなかったけど、けど、どうかんがえても、十二歳を超えていたものもいた、きっと、わすれられていたんだと、おもう、でも、身長は、ある程度の、たかさから、ずっと一定で、ゆみりん先生や、おやじどのには、てんでとどかなかった、わたしたちは、もうずっとこのままのおおきさなのだと、わたしたちの中でも、中くらいの身長のだれかが言った、言ったあと、へんな沈黙がうまれて、がっこうの中をはしる、風の音が、きこえるみたいだった、ひゅるるるー、わたしたちは、肩を寄せ合って、教室のかたすみで、じっと、息をおしころしていた、べつべつの場所を見て、何かを警戒していた、これは、わたしたちの習性だった、ゆみりん先生にも、おやじどのにも、おしえられたわけでは、なかった、わたしたちは、ばらばらの背のたかさで、声のうわずりかたも、ちょっとちがったけど、みんなやせていて、肌は、たまご色で、目が、ぎょろっとしていて、歯は、黄ばんでいて、八重歯のあるものも、いたけど、顔は、似ていて、やっぱり声そのものも、似ていて、見た目は、ぜんぶ、かわいかった。

 

わたしたちは、まずここに転校してきてから、すぐ、はだかにさせられて、あのきたない、ゆがんだペンチで、おやじどのに、奥歯をいっぽん、あるいは、にほん、抜かれた、血を、止める処置も、されないから、ずっと血の味が、していて、最初の食事は、みんな、血の味しかしなかった、と口をそろえた、最初の夜は、りゆうも、なく、ずっと泣いていたけど、つぎの日には、みんなが、友だちになってくれるから、さみしくなくなった、歌をうたった、はじめてうたったのか、それとも、以前にも、うたったことが、あったのか、よくわからなかった、ただ、だれにも、おしえられはしなかった、みんなが、うたっている歌をおぼえるのは、いつも簡単だった、歌が、うまいというのは、わたしたちの、とりえだった。

 

わたしたちは、授業のあいだ、だれも、ノートを取らないから、テストの時は、みんなひどくこまった、みんな、勉強は、好きなのだけど、授業のあいだ、だれも、ノートを取る、という発想にならないのだ、ゆみりん先生は、基本的に、ずっと黒板のほうを向いていて、チョークで何か書いては、消す、何か書いては、消す、という作業をくりかえしていた、しんじられないことに、ゆみりん先生は、黒板に書くことと、しゃべっていることが、てんでばらばらだった、わたしたちは、ノートを取らないぶん、耳をすましていたし、目をもぱっちりと開けていたから、情報を追うので、せいいっぱいだった、ある意味、いったいどうすれば、ノートなど取れるだろう? わたしたちは、分業、というものが、苦手だった、分業すれば、はかどる、とわかっていることでも、いざ分業しようとすると、かたほうにかたよってしまう、もし、だれかがノートを取りはじめたら、わたしたちは、いっせいに鉛筆を持って、だれも、授業の内容など、理解しようとしなくなるだろう、それに、わたしたちにあたえられた、鉛筆は、それぞれ最初からみじかくて、卒業生のおさがりだと、おやじどのはおしえてくれたけど、とぎかたはおしえてくれなかったから、わたしたちは鉛筆けずりを、何の器具だが理解するのに、一年以上かかった、つまり、最低でも一年は、鉛筆をつかわなかった、ということになる。

あの頃は、よく雷が、鳴っていた、近くに落ちたことも、あった、地面が、ばりばりと割れて、そのままぜんぶ落っこちてしまうかとおもった、けど、雷が、落ちても、地面は、ちっともゆらがなかった、竜が、空にのぼっていくのを見た、と言うものもいた、大声をだして、泣いていたと言う、竜のなみだ、世界は、ぜんぶ、竜の何かしらでできている、と聞いたことがある、竜の子、人の子、土くれにかえしてやろうかね、絵本売りの、ゼブラおばあさんの、せりふ、ゼブラおばあさんは、きっと宇宙でいちばん、かしこいにちがいない、キャンプファイヤーの火の粉を見ながら、わたしたちは、しずしずと泣いた、りゆうは、それぞれちがった、かえる場所が、ない、とか、ふざけんな、だれかが、だれかに、なぐりかかれば、もみくちゃになって、いつの間にか、キャンプファイヤーは消えかけていた、ほんとうのことを言えば、わたしたちは、キャンプなんてしたことが、なかった、マーフィーが、来るまでは、ただ、どういうわけか、校庭でやる、キャンプファイヤーは、得意だった、それも、これも、ぜんぶ、おやじどののせいだし、おかげだった、おやじどのは、火が、好きだった、だから、わたしたちの髪は、しばしば、おやじどのによって、燃やされた、ジッポライターをカチカチやる音は、わたしたちにとって、恐怖以外の、何ものでも、なかった、おやじどのは、けじめだ、と言った、よく笑う人なのだと、笑顔が似合うのだと、はじめて知った、ゆみりん先生は、けじめの時になると、いつも目をそらしていた、おもえば、あの頃のわたしたちは、とても元気だった、だれも、ノートを取らないから、テストの時は、みんなひどくこまっていた。

 

マーフィーが、転校してきた日は、絵本売りの、ゼブラおばあさんが、ちょうどがっこうに、来ていたから、ふたりは何か、関係が、あるかとおもったけど、何もないんだと、あとになって、わかった。

マーフィーが、転校してきた日は、ふだんどおりで、べつに変わったことは、なかったけど、あの日は、朝から空が、ずっとピンク色で、昼になっても、ピンク色、夕がたになって、やっとオレンジが、まじったとおもえば、すぐに陽が、しずんで、くらくなった、マーフィーは、初めて来た日なのに、まったく泣く気配が、なかった、夜になって、マーフィーの肌の色が、わたしたちより、ずいぶんと、それは、もう病的なほど、しろいのに気がついた、マーフィーは髪の毛も、しろかった、それは転校してきたその瞬間から、わかっていたから、おどろかなかった。

 

マーフィーは、わたしたちと見た目が、すこし、いや、かなりちがった、けど、これは以前にもあったことで、そういったものも、時間がたてば、しぜんと、わたしたちの中に溶けていく、と知っていたから、あせらなかった、けど、マーフィーは、いくら時間がたっても、ぜんぜん、わたしたちの中に溶けなかった、顔はある程度、わたしたちに、似ていた、けど、肌や、髪は、しろいままだし、かんがえることも、なかなか、奇抜だったし、何より、話しことばから、妙なくせがぬけなかった、

きみたちはなんでそんなに変なしゃべりかたをするんだい? 

とマーフィーが、聞いたことが、あった、わたしたちは、はじめ、くすくすと笑って、そのうち、笑いが、こらえきれなくなって、口をけんめいに閉じながら、ふーふー、とけものみたいに、息を吐いて、そのうち、笑いそうになっている、という事実そのものが、おかしくなってきて、一分後、くらいには、聞いたこともない、見たこともない、巨大な笑いのうずが、できあがっていた、それは、ほとんど泣きさけんでいるのと、変わらなかった、わたしたちは、むせたり、なみだを、ながしたりしながら、その笑いのうずに、ただのまれつづけた、ゆみりん先生は、きっと何か言っていたけど、わたしたちには、無意味で、いくらぶたれても、注意されても、わたしたちは、笑うことに、熱狂していた、こうした熱狂は、たぶん三十分もしないうちに、あとかたもなくなってしまった、おさまるのに、きっかけなんてなかった、台風と、おなじようなものだ、とだれかが、口にして、たしかにそうだと、みんな首をたてにふった、わたしたちは、笑いつかれてしまった、ただ笑っていただけなのに、教室の中は、ぐちゃぐちゃに、ちらかっていて、それにちょっとだけうしろめたさを感じて、だれともなくかたづけはじめて、ああ、この気持ちが、うしろめたさなんだなー、とわたしたちは、きわめて瞬間的に、学んだのだろう、きわめて瞬間的に学ぶ能力を、わたしたちは、いつものばそうと努力していた、こんなにも、わたしたちを笑わせるなんて、マーフィーは、きっと天才にちがいない、教室が、きれいになりかけたころ、だれかが、マーフィーをほめようとしたのに、マーフィーは、どこにもいなかった、ゆみりん先生も、どこにもいなかった、わたしたちは一瞬、とんでもない恐怖感に、おそわれた、けど、すぐ、あたまをはたらかせた、きっとふたりは、わたしたちが、あまりに熱狂的に笑うから、あきれて、どこかに行ってしまったんだろう、空をぶあつい、雲が、おおっているせいで、時間が、わからなかった、教室の中は、こんなにもくらかったっけ、ってくらいくらくて、黒板の上の、時計の針をよみとることもできなかった、わたしたちは、みんな目が、わるかった、がっこうのそとの、森が、ざわざわと、ゆれていた。

 

わたしたちは、マーフィーが、溶けないことを、ずっとふしぎにおもっていたけど、べつにいやなことだとはおもわなかった、ただ、マーフィーが、溶けないせいで、わたしたちは、以前よりずっと、おしゃべりになった、他愛もないことを、話すようになった、たとえば、天気のこと、気温のこと、そんなこと、わたしたちには、どうでもいいことだし、それは一生変わらないはず、なのに。

 

マーフィーは、せきよくしていた、せきをするたびに、くびすじに、血管がういた、わたしたちは、やさしいし、やさしくなろうと、つねに努力しているから、せなかをさすってあげることが、おおかった、マーフィーは、いつもよくたべては、やすんだけど、わたしたちのだれよりも、やせていたし、体力が、なかった、でも、中くらいだった背は、ぐんぐんのびた、そのうち、わたしたちのだれよりもたかくなるんだろうと、だれもがおもっていた、マーフィーは、はい色の、ひとみをしていた、そのことに気がついたのは、せきをしすぎた、マーフィーが、血をはいた夜のことだった、あの夜のことは、よくおぼえている、がっこうで、つまらない映画をみたあとだったから、マーフィーのひとみは、ずっと、青色だと、おもいこんでいた、マーフィーは、わたしたちとおなじで、青い服ばかり着ていた、だって、わたしたちは、青色の服しか、もっていなかった、ちょうどそのころ、わたしたちは、月を見て、その経過を、日によっての、みちかけや、きどうの変化を、こまかく観察しはじめたところだった、今はもう、すっかりなくなった習慣だった、わたしたちには、こうやって、なくしていった習慣が、たくさんあった、マーフィーは、いっしょに、月を見てくれたけど、風にあたると、さむい、と言って、わたしたちの観察日記だけを、勝手によみあさるようになった、そういうずるいところが、わたしたちは、いやで、たびたびけんかした、手がでると、マーフィーは、かならず鼻血をだした、だれかが、なぐったのか、それとも、勝手にマーフィーが、血をだしたのか、わからなかった、マーフィーの血は、いつも、くろくにごっているように見えた、ぜんぜん、さらさらとしていなかった、その血を見ると、わたしたちは、もう何も、できなくなった、そんなにも、しろいからだで、髪の毛で、はい色のひとみで、どうしてそんなにくろい血が、流れているのか、ぜんぜん、意味が、わからなかった、わたしたちは、いつしか、マーフィーを、なぐらなくなった、そういうルールが、いつの間にか、できあがっていた、わたしたちは、マーフィーを、すごく、たいせつにおもっていた。

 

がっこうは、とても、ひろかった、ぜんぶの場所を、行きつくすことは、きっと、だれにも、できないまねだった、なんとなく、がっこうは、巨大化している、ような気がした、じっさい、おなじ場所、おなじ教室、おなじ校庭には、二度と行けなかった、でも、きっと、それは、かんちがいだった、おやじどのは、がっこうのそとだと、校長先生、と呼ばれていたけど、わたしたちは、校長先生、と口にしなかったし、おやじどのも、それをのぞんでいなかった、さいきんだと授業は、ぜんぶ、ゆみりん先生が、うけおっていた、わたしたちは、なぜか、授業ごとに、教室を移動した、その移動で、時には、授業が、まるまるつぶれてしまうことも、あった、ゆみりん先生は、わたしたちより、さきに教室をでているはずなのに、かならず、わたしたちより、おそく、教室にはいった、それなのに、わたしたちの遅刻を、ひどくせめた、ちんぷんかんだ、けど、わたしたちは、おこられている時は、ちゃんと反省するように、していたから、いつも、落ちこんだ、あとになって、どうやって遅刻せずにすむか、かんがえてみたけど、ぜんぜん、わからなかった、まよっていたわけではなかった、ただ、たんじゅんに、教室と、教室のあいだが、とおすぎるのだ、かとおもえば、すぐとなりの、教室で、つぎの授業を、おこなうことも、あって、わたしたちは、たくさん歩かなくて、すむから楽だ、と、その時には、ふかくかんがえない、いろいろと、わからないことが、おおい、きっと、おとなになったら、もっとおおくのことが、わかって、わたしたちは、ルールに、当てこまれるだけの存在から、ルールを、当てこむ側の、ちからと、知恵をえるのだろう、それにしても、ゆみりん先生は、どうして、あんなにも、もの知りなんだろう、そして、もの知りなのに、どうして、いつも不機嫌で、急にやさしくなったと、おもったら、さみしそうな顔をするのだろう、ゆみりん先生は、きっとじぶんのことを、たのしくする方法が、わからないのだろう、それなら、わたしたちに、聞いてくれれば、かんたんに、おしえてあげるのに、ゆみりん先生は、とくべつだから、ゆみりん先生は、わたしたちを、決して、とくべつあつかいなんか、しないけど、授業が、おわると、ゆみりん先生は、三階にある、じぶんの部屋に、もどって、それから朝まで、わたしたちと、顔をあわせることは、ない、ゆみりん先生は、結婚していないのか、とたずねると、していないけど、いずれするわ、とおしえてくれた、恋人は、どうやら、ずっととおくにいるらしい、ずっととおくにいるということは、死んでいることではないか、と、わたしたちは、おもったけど、それを口にするのは、勇気が、ひつようで、その時は、勇気が、たりなかった、年をとって、うしなうものが、あるということは、なんとなく、わかっていた、おやじどのなんて、わかりやすく、前歯がなかった、それでも、わたしたちは、おとなになりたかった、何より、おおきなからだが、ほしかった、いろいろと、わからないことが、おおい、わからない時は、ねるにかぎるから、おやすみ、わたしたちは、はっきりと、声にだして、きょうにわかれを告げるのだ、そうすると、わたしたちは、すぐに、どこかに、なげだされる、目をとじていても、わかる、屋根と、カーテンが、あるだけで、ほんとうに、どこかに、なげだされていた、日付が変わる前、わたしたちは、いつも、とほうにくれていた。

 

わたしたちは、みんな転校生で、このがっこうに来るまで、かきあげを、食べたことが、なかった、給食の、いちばん、人気で、月に、いっかいほどの、ペースで、でた、かきあげには、なすと、エビと、玉ねぎと、みつばと、ホタテが、はいっていた、かきあげを、うまくつくれるのは、いいコックさんだと、おもったし、おやじどのも、そう言っていた、食堂で、給食を、つくってくれるのは、ワックスさんで、ワックスさんは、絵本売りの、ゼブラおばあさんの、むすことも、おとうととも、言われていた、けど、あまり似てなかった、どちらにせよ、ワックスさんには、あまり、きょうみが、なかった、ワックスさんは、だまって、料理だけ、つくっていればいい、というのが、わたしたちの、意見だった、ワックスさんは、たぶん、ゆみりん先生のことが好きで、むかし、ろうかで、話しこんでいるのを、見た、なんで、あなたばかり、つらい目に、あうんでしょうね、と、言いながら、ゆみりん先生の、手を、おおうようにして、あのでかくて、ごつごつの手で、さすっていた、ゆみりん先生の手に、キスまで、しようとするものだから、わたしたちは、がまんできなくなって、ワックスさんに、とっしんした、ワックスさんは、ちょっとだけういて、とても、びっくりしていた、まるで、ばけもの、でも見るみたいに、こっちを見ていた、ゆみりん先生のほうは、見なかったけど、きっと、わたしたちのことを、ありがたがっていると、おもった、そのあと、ふたりが、話しているのは、見たことが、ない、ワックスさんは、料理が、うまいから、きらいになれない、というか、むしろ好きだ、なのに、とっしんしてしまったから、気まずかった、でも、とっしんしたあとに、すぐ、かきあげが、でたから、ゆるしてあげることにした、ワックスさんは、基本的に、ぼらんてぃあ、なのだと、あとで聞いた、ぼらんてぃあ、というと、生きていることは、ぼらんてぃあ、になるのか、とおもった、ぼらんてぃあは、やさしいひとしか、できないと、おやじどのが、おしえてくれた、わたしたちは、いつか、ぼらんてぃあに、なって、じぶんたちいがいの、ぼらんてぃあを、ぜんぶ、この世から、けしてあげたいと、おもった、やさしいひとは、どうやら、つらい目に、あうらしいので。

 

わたしたちは、授業のない日だと、日曜日以外、だいたい、はたらいていた、ひろい学校の敷地内には、せんようの、さぎょう場があって、そこは、体育館に、似ていたけど、中にはいれば、ぜんぶちがった、すこしも似ていなかった、そこで、わたしたちは、いろんなものを、つくった、高級ソファーも、自動車のドアも、本場ドイツ顔負けの、本格的なソーセージも、いかにも安っぽいバッグも、コンドームのパッケージも、わたしたちは、みんなぶきようだけど、何かになれるのは、たぶん、はやかった、いわば、わたしたちは、ひとつの工場のようなもの、だった、最初のだんどり、しくみさえできてしまえば、こっちのものだった、わたしたちに、つくれないものは、なかった、わたしたちは、ある意味、それくらいには、じゅくれんしていたのだ。

この工場、つまりわたしたちを、とりしきっているのは、エドワードだった、エドワードは、ゆみりん先生と、おなじで、先生だったけど、わたしたちは、先生と、よびたくなかった、それにはおもに、ふたつのりゆうがあった、ひとつは、エドワードが、もとは、わたしたちの中に溶けていた、というまぎれもない事実に、ゆらいするもので、そう、エドワードは、たしかに、ある時期までは、わたしたちの中にいた、それなのに、いつの間にか、エドワードは、先生になっていた、あの、先生として、はじめてわたしたちの、前にすがたを、あらわしたとき、あの時の、何とも言えない、勝ちほこったような、とくいげな、顔つきが、わたしたちの、さげすみに、火をつけた、ライターなど、なくても、わたしたちは、かんたんに、何かを、燃やすことが、できる、こころの中での、話となれば、なおのこと、そうだった、そもそも、わたしたちは、おやじどのは、べつとして、先生は、ゆみりん先生以外、まるでみとめていなかった、どれも、わたしたちの、先生を、名のるには、よわすぎた、エドワードの前にも、先生は、何人かいたけど、みんな、わたしたちが、いやだったのか、それとも、がっこうや、にんげん関係が、いやだったのか、すぐに、やめてばかりだった、つづかなかった、その点、エドワードは、なかなか、よくやっていた、とおもう、わたしたちにも、ほどよいきびしさと、やさしさで、せっし、作業のこうりつは、あがるいっぽう、だった、エドワードは、いつの間にか、わたしたちより、すいぶんと、おおきな、からだをしていた、わたしたちのなかに、いた時は、あんな、おおきな、からだを、していなかったのに、きっと、何か、わるいりゆうが、あるに、ちがいない。

ふたつ目の、りゆうは、エドワードが、ひどくバカだ、という点に、ゆらいするもので、じっさい、エドワードは、まともに、たし算や、かけ算が、できなかった、ひき算だけが、うまくできるというのが、すごく、エドワードらしい、だから、さぎょう場で、どれだけのものを、どれくらいのペースでつくるか、という計算を、わたしたちは、それぞれ、じぶんで、やらないと、いけなかった、こんなことは、はじめてだった、こんなかんたんなことが、できなくなるのだったら、わたしたちは、ずっと、ちいさいままで、いい、ほんきで、そうおもった、でも、エドワードは、わたしたちを、なかなか、うまくつかうから、作業のこうりつは、あがるいっぽう、で、それをおやじどのに、ほめられると、もっととくいげな、顔をした、それが、いちばんの、さげすみの、たねだった、わたしたちの、きげんをそこねたのが、わかったのか、あとでぜんいんに、アイスキャンディーを、こっそりと買いあたえてくれた、それくらいへでも、ないほどの給料を、もらっているというしょうこでも、あった、味は、レモン、ソーダ、ピーチ、オレンジ、で、レモンが、いちばん人気だった、アイスキャンディーを食べるのは、みんな、ひさびさだったから、よろこんだ、けど、やっぱり、エドワードを、先生と、呼ぶことは、なかった、エドワードは、授業なんて、できないし、ただ、さぎょう場で、指示を、だすだけ、いや、どうだろう、まともに、指示すら、だしていないのかも、しれない、ただ、わたしたちを、かんししている、だけ、エドワードは、時どき、アイスキャンディーを、買ってくれるようになった、もらえるものは、もらっておく、というのが、わたしたちの、やりかた、だったから、わたしたちは、いつも、それを、よろこんで、うけとった、ただ、マーフィーは、アイスキャンディーがきらいだ、と言って、食べなかった、どうだ、おいしいだろう、と笑いながら、言ってくる、エドワードの顔は、もう、ぜんぜん、わたしたちに、似ていないけど、やっぱりどこか、わたしたちに似ていた、チョコレート色にそめた髪の毛は、くるくると、なまいきにも、パーマをかけて、ほっぺや、鼻には、にきびができて、あごは、しゃくれていて、目も、わたしたちより、ずいぶんと、たれさがっているけど、それでも、どこか、わたしたちに似ていた。

 

マーフィーは、左耳が、ほとんど聞こえなかった、だから、わたしたちは、いつもマーフィーの、右側から、話しかけた、だから、わたしたちは、マーフィーの、右顔ばかり、覚えている、壁画みたいな顔の、マーフィーは、何をかんがえているか、ぜんぜん、わからなかった、やっぱり、壁画みたいな顔だった、あと、いちじくを、きれいに半分に、切った時の、感じにも、よく似ていた。

 

わたしたちは、時どき、三階の、おやじどのの部屋によびだされ、買い物を、たのまれた、いわゆるおつかい、というやつだ、おやじどのは、見るたびにふとっていく、くろいサスペンダーが、しずむように食いこんで、うごきづらそうに、なっている、もとからすくない歯は、ますます黄ばんで、鼻息も、ずいぶんとあらくなって、じぶんのことばを、さえぎるかのようだった、目は、ひどい血ばしりのせいで、ひとみの位置が、わかりづらかった、どこを見ているのか、よくわからなかった、そんな状態でも、おやじどのは、おやじどのだし、おつかいは、わたしたちにとって、がっこうをでる、数すくないきかいの、ひとつだった。

がっこうには、正門と、裏門が、あって、どちらを、抜けても、いずれ、町には、つくと聞いていた、けど、わたしたちは、いつも、正門から、でた、はじめのおつかいで、正門を、つかったから、そうしないと、町にたどりつけないような気が、していた、それに正門は、正門と言うだけあって、辛気くさくて、ちゃちな裏門より、がっしりしていて、たよりがいがあった、正門から、町までは、がっこうの窓から見える、たんちょうで、ふかい森が、あったけど、道は、一本で、しかも、ふとかったから、まようことはなかった、けど、歩いている時は、いつも、まよっている気分だった、森は、あまりにもしめっていて、木のにおいが、しすぎていた、そのせいで、寒気がした、とちゅう、どうかんがえても、町になんか、たどりつけないと、何度もおもった、けど、ふとした瞬間に、森は、おわって、目の前には、町があった、森と町は、ちかすぎて、森から来たにんげんは、町のりんかくを知ることが、できなかった、町のひとたちは、みんな、ふしぜんなほど、しんせつだった、わたしたちを、一目見ただけで、がっこうから来たのだと、わかるようだった、町中の道は、ぜんぶ石だたみに、おおわれていて、とてもあるきづらかった、気になる場所は、たくさんあったけど、町につくと、いつも夕がたになっていたから、ささっと買い物をすませて、帰るくらいのことしか、できなかった、買い物のだいたいは、薬屋や、本屋ですむものだったから、町中の景色は、ある意味、見なれていた、どこかの家からシチューや、からあげのにおいがもれると、ものすごく、せつなくなった、帰り道は、いつも影が、こく落ちて、空は、まだオレンジ色をしているのに、道は、ひどくくらかった、カラスが、いやみなくらい鳴きまわった、わたしたちは、こわくなって、最後は、はしった、汗をびっしょりとかきながら、はしった、そうすると、ふとした瞬間に、森は、おわって、門をくぐり抜けていた、おなじ道を往復したはずなのに、裏門からもどっていることが、多々あった、りゆうは、わからないし、こわいから、だれにも、言わなかった、裏門のほうから、がっこうをながめると、いつも、ぜんぜん、べつの場所に見えた、昼間に森を歩けば、きっとたんじゅんなりゆうが、見つかるにちがいない、そう言い聞かせて、わたしたちは、ますます裏門を、さけるようになった。

 

森は、ひどくふかく見えるのに、時どき、ものすごくちかくで、パトカーのサイレンが、聞こえた、がっこうにサイレンは、ないけど、がっこうのどこかに、パトカーがいる、という可能性は、あった、ただ、わたしたちとしては、パトカーは、森のそとに、あってほしかった。

 

年に二度、夏やすみと、冬やすみに、わたしたちは、ふるさとに、かえることが、ゆるされた、わたしたちの半分は、行きさきも告げず、ふるさとに、かえった、けど、もう半分は、かえる場所が、なかったから、そのままがっこうにいた、ゆみりん先生も、ふるさとに、かえったから、がっこうには、わたしたちの半分と、おやじどのと、あと、マーフィーだけが、いた、給食は、ないから、食べるものは、ぜんぶ、じぶんたちで、つくった、絵本売りの、ゼブラばあさんがくれた、おかしばかり、食べて、晩ごはんを、つくらないこともあった、おやじどのは、そういうことでは、おこらなかった、おこるのも、やすんでいたのだろう、ちなみに、食堂の、だいどころは、いつも、きれいにしていた、ワックスさんには、かりをつくりたくなかったのだ、マーフィーは、いつも、どこかの教室にいて、じゅぎょうも、しごともないから、窓のそとを、じっとながめて、絵本も、教科書も、よまずに、かわいたせき、ばかりしていた、くびすじに、ういた、血管は、わるさをするヘビの、ようだった、そのヘビが、だんだんと、ふとく、くっきりと、もりあがっていることを、わたしたちは、知っていた。

ゆみりん先生の、ふるさとは、ほっかいどう、らしい、とてもさむいと、うわさ、だから、こごえて、かちんこちんに、ならないでね、と、いつも約束、してから、見おくった、おみやげで、いつも、しろいこいびと、をくれた、マーフィーが、いつも、じぶんのぶんを、くれたから、すこし、むねが、いたかった、マーフィーも、おなじ、しろいこいびとだ、と言うと、

よく意味がわからないなぁ

と、かえして、

あまいのは、あんまり好きじゃないんだ

と、つけくわえた、マーフィーは、ずっと、しろいこいびとだった。

 

がっこうには、さまざまなしゅるいの、鳥が、やってきた、ぜんしゅるいの、名前を、ゆみりん先生に、おしえてもらったけど、ぜんしゅるいわすれてしまった、わたしたちに、そんなささいな、ちがいは、ひつようなかった、鳥は、鳥、花は、花、それだけで、じゅうぶんだった、だいたい、名前をつける、ということじたい、いいことだとは、おもえなかった、ものすごい、ごうまんだ、とマーフィーに言うと、めずらしく、マーフィーは、

そのとおりだね

とやさしく、笑いながら、言ってくれた、マーフィーは、そのあと、すぐに、せきこんで、目を、ねむたげに、あけたり、とじたりした、わたしたちは、そっと布団を引いて、マーフィーを、横に、させた、マーフィーは、やがて、ひとりになった、わたしたちは、部屋からでたのだ、ドアをとじたあと、そこにもたれて、マーフィーの、笑顔を、おもいかえした、ろうかの窓から、満月が、わたしたちを、まっすぐに、なんのしょうがいもなく、まんべんなく、てらしていた、わたしたちと、月の、あいだには、何もなかったのだ、なんてしずかで、すきとおった夜なんだ!  わたしたちは、そうさけぶのを、やっとのことで、こらえた、窓をゆらす、風さえも、ふいていなかった、がっこうのそとの、森も、まったく、うごいていなかった、わたしたちは、そこから、しばらく、うごくことが、できなかった、こんな時に、うごくなんて、ひどく場ちがいな、気がした、まばたきも、なるべく、すばやく、最小限の数で、すませた、月は、しだいに、かがやきをましていくようで、空気は、みるみる、すみわたっていくようで、わたしたちは、きんちょうしていく世界に、つよく感動していた、ところが、一羽の鳥が、そのきんちょうをといた、ほーぉ、と森の手前から、まぬけな鳴き声が、ひびいた、たぶん、ふくろうだとおもった、ふくろうは、夜行性だと聞いていたから、じっさい、その鳴き声は、わたしたちを、すくったのかもしれない、どれだけの時間、じっとしていたのか、今となっては、知るよしもないけど、歩きはじめると、からだのふしぶしが、いたんだ、もし、あのまま、朝までじっとしていたら、わたしたちは、きっと、石像になっていただろう、それは、それで、わるくないか、そんなことを、おもいながら、なるべく足音を、たてずに歩いた、マーフィーを起こさないように、細心のちゅういを、はらっていた、さっきまで、背中にあった、ドアにしみる、じぶんの体温を、マーフィーの寝息に見立てていた、と、じぶんたちの、部屋について、とじたドアにもたれたとき、気づいた、わたしたちは、うたがいようもなく、マーフィーに、恋していた。