無題(仮)

母は蜥蜴を飼っていて、それは物心ついた時からずっとそうだったので、母親というのは蜥蜴を飼うものだとおもいこんでいた。蜥蜴は母にだけなついて、指先で頭部をなでられても嫌がらず、というよりむしろよろこんで、檻がなくとも逃げることなくそのしろい肌の上を這い、肩の上にとまったり、衣服の中にかくれたりした。あのぎょうぎょうしい真四角の檻は他の家族への配慮ではなく、あくまで蜥蜴を守るためのものだったと知ったのは、ずいぶんとあとのことだった。母はきっと、ぼくが蜥蜴をひそかににくんでいたことを知っていたのだろう。

母の飼う蜥蜴はあざやかな青緑のしっぽをしていた。つやつやとしていて、そこだけ作り物みたいだった。青蜥蜴というのだとおしえてもらった。蜥蜴の子ども。青蜥蜴のしっぽはずっと青いままだったから、ぼくもずっと子どものままなのだとおもっていた。それはとても自然な勘ちがいだった。

母はよくひとり言を言っていた。蜥蜴に向けて話していたけど、きっとあれはひとり言だった。蜥蜴はいつもトルコ石みたく目をくりくりさせて、どこを見ているのかぜんぜんわからなかった。先の割れた細ながい舌をちろちろと出して、何をかんがえているかぜんぜんわからなかった。

じっさい、ぼくは何度も蜥蜴を手にかけていた。さいしょは母のいないあいだ外に逃がすだけだったけど、いつも勝手に家の中へともどってしまうから、次は土に埋めるようになった。これでだいじょうぶだとおもって安心しながらもどると、蜥蜴は何事もなかったかのように母の愛撫を受けているのだ。ぼくはとてもおどろいた顔をしていたにちがいない。母はそんなぼくの様子などたいして気にとめず、いつもどおり「おかえり」と言ってくれたけど、ぼくにはじぶんがうまく返事をできたかすらわからなかった。次の日になって土をほじくり返してみると、やっぱり蜥蜴はいなかった。しばらくはそれをくり返していた。埋め方や穴の深さを変えても、結果はおなじだった。それでも土に蜥蜴を埋めるということ、わずかながらでも家の中から、あるいは母の視界から蜥蜴を消せたことにはよろこびがあった。くり返しているうちに、ぼくは埋めるという行為自体を信用しなくなっていた。仮にじぶんが土に埋められたとしても、そんなことは罰にも嫌がらせにもならないのだとおもうようにもなった。じっさい、土に埋めるというのはたいした行為ではないのだ。ぼくだってかならず自力で這い上がれるだろうし、それはどんなにちいさな生物でもおなじなはずだった。いや、むしろちいさければちいさいほど、土の中からたやすく抜けだせるのかもしれない。なんせ土には無数の穴が空いていて、それはどんなに上からきつく押してもなくならない、ある意味普遍的なものだった。だから身体のおおきな父なんかは、土に埋めてしまったら出てこられなくなるかもしれない。

さいしょに蜥蜴を殴殺したのは、とても暑い日だった。暑すぎて、いらいらしていた。出先からもどると、家にはだれもいなかった。母は働いていないから、家にいないとなればだいたいは買い物に行っているのだった。あの日もたぶん買い物に行っていたのだろう。陽はまだたかくのぼっていたのに母はどこかへ出かけていたのだ。ふだんあんなにも肌が焼けるのをいやがっているくせに。たぶん行きつけの喫茶店で優雅にアイスクリームでも食べていたのだろう。母はアイスクロームのよく似合うひとだった。ふくよかな深緑の髪はいつもつやつやとしていて、ほそい目やちいさくて赤いくちびるをきわだたせていた。父は母の髪を海中の若布のようだと言ったことがあって、それは褒めているのかけなしているのかわからなかった。なんせぼくはまだ海を見たことがないのだ。海の音を聞いたことはあった。それは父がむかし取ってきたという法螺貝の殻を耳に当てた時だった。海の音を聞いていると、たまらなくなつかしい気もちになった。帰れないのに帰りたくなる場所なのだと直感した。ぼくはなつかしさが嫌いだから法螺貝の殻は友だちにあげた。父は法螺貝のことなどまるで忘れていたから、ぼくに行方をたずねなどしなかった。たぶん父は、じぶんがこわしたとでもおもっていたのだろう。

母は手足だけでなく、指も一本一本がながかった。母の蜥蜴への愛撫が他人を不快にするのは、そのせいかもしれない。近所の主婦たちのあいだでも母はうしろ指を指されていた。父の稼ぎはさほどよくないのに母は働きもせずしゃれこんでいる、どこかに他の男がいるにちがいない、彼女たちの口にすることばは嫉妬にみちみちていて、おなじ内容がくり返されていた。

「さふあれは 蜥蜴を飼っている女」

地方新聞に載っていた俳句はあきらかに母を意識したものだった。じっさい投稿者の住所はこの近辺だった。父も母もそんなのぜんぜん気にしていなかったけど、ぼくは母がはずかしめられているようで、耐えがたかった。

「さふあれは 狐化けたままの女 そんな句じゃなくてよかったな」

酒を飲んだ父は母から目をそらしながら笑った。母は聞いていないふりをして蜥蜴を愛でていた。父はぼくの生まれる前から母を化狐だとおもっていた。

居間まで行くと檻にはいった蜥蜴がちろちろと舌を出して、こっちを見ているのに気がついた。ぼくはそれだけで激昂して、檻を強引に開けて蜥蜴をわしづかみにして、脱いだばかりの靴を履きなおして近くの空き地まで連れて行った。空き地というものがおうおうにしてそうであるように、かわいた黄土色の砂と丈のみじかい雑草とだれかの捨てたゴミで地面をなしていた。余計なものは何もなかった。すくなくともぼくにとっては余計なものは何も。空き地をかこむ家々の屋根は暑熱のせいでふくらんで、ゆらいでいるように見えた。あやふやな屋根の継ぎ目と一体化していた鴉がとうとつに飛び立って、ちいさな穴があいた。その奥の空は水色にくすんでいた。空き地にだれもいないのは都合がよかった。もっとも、あの時は他人のことなどまったく気にしていなかったけど。そこで右手ににぎったままの蜥蜴を落ちていた適当な石で殴り殺したのだ。ぼくは左利きだから殴るのは簡単だった。左利きなのに蜥蜴を右手で持っていたのは、たぶん偶然ではなかった。右手も自由に使えるようにしようと努力していた時期だったのだ。きっかけみたいなものはほとんどなくて、母にも父にも矯正など一度もされなかった。両手をおなじようにうごかせたら、いろんな局面で役に立つだろうと想像できるくらいにはかしこかったし、それで決意して両手を自在にうごかせるようになるくらいには努力家だった。努力家だから蜥蜴を殺すことくらいお手の物だった。骨のくだけるなまなましい感覚があった。その感覚がどちらの手からつたわったものか判断する間もなく蜥蜴は死んでいた。頭はこなごなにつぶれていて、顔はあとかたもなかった。トルコ石みたいな目はなくなっていて、それにひどく安心したのをおぼえている。ぼくはきらきらした小粒のものが苦手で、それはもしかすると蜥蜴の目をこわいと感じたいつかの瞬間からずっとそうなのかもしれない。そういう意味ではぼくは鴉と真逆の生きものだと言えるかもしれない。じっさい、ぼくは空も飛べないし、あんなに黒くもなかったし、ひとびとから忌み嫌われてもなかった。死骸を空き地の端に投げ捨ててから家にもどるとまだ母は帰ってなくて、ぼくは開けっぱなしにしていた檻の上扉を閉じて、関節のない腕のようなつくりの錠をおろした。証拠をいんめつするつもりなどなく、たんに開けっぱなしにしておくのが嫌だった。そういう几帳面なところは父とよく似ていた。母の嫌いな父の一面がそのままぼくの思考にもぺたりと貼りついていた。夕刻、陽が沈みかけたところで母は帰宅した。あついあついと口ぐせのように言っていたけど、表情はいつもどおりすずしげだった。大窓を開けると閉じ切った空気がながれ、湿気をはらんだ風と共に庭のにおいと鳩のものかなしげな鳴き声が入りこんできた。空気が閉じ切っていたのを、その時になって知った。蜥蜴が檻にいないことはすぐにばれるとおもったけど、母はぜんぜん気がつかなかった。いつばれるだろうとずっとそわそわしていたけど、いっこうにばれる気配はなかった。まるでこれまで家に蜥蜴などいなかったようだとおもうと、めまいがしそうになった。鼻歌混じりの母が丹精こめてつくってくれた夕飯はいつもどおりおしかったけど、まともに味がしなかった。ぼくは食べものを口にはこぶので精一杯だった。包丁でまな板をたたく音がずっと頭の中で反響していた。調理はもうとっくに終わっているのに。母はおだやかな表情で何かしゃべりつづけていたけど、まったく意味を取れないからてきとうにうなずいて聞きながした。ぼくは右手を使うルールをわすれて、なれた左手をうごかしていた。それくらい動揺し、緊張していたということだ。けれど、左利きのぼくが左手を使って夕飯を食べているという事実は、とてもたのもしかった。すべてがあやふやになっても、ぼくはいつでもこの左手の事実にかえってこられるという確信が胸の中で燃えていた。その炎のおかげで、ねばついた汗をかきながらも母とのやり取りをどうにか切る抜けることができた。そのうち父が仕事から帰ってきた。父は上機嫌で、もしかするとそれはぼくが蜥蜴を殺したことと何か関係があったのかもしれない。父が上機嫌だと、母も自然とよく笑うようになる。ぼくは母の笑顔が大好きだから、つられてふやけたように笑う。一家団らん、めでたしめでたし、というわけだ。理想的な家族像が目の前で成立していることを素直によろこべないのは何故だろう? ぼくはかんがえることを放棄したとき、ふやけたように笑うくせがあった。つまりそれはぼくが母の笑顔の前では何もかんがえていないことを意味していた。ぼくはそのままながれに身をまかせて時間をたゆたった。時間の奴隷として、すべてに従属した。習慣どおり風呂場で身体を流し、口をゆすぎ、大量の水を飲んでから寝床で横になって、眠った。気がつくと朝になっていた。雀たちの声で目が覚めたのだ。寝ぼけ眼のまま居間へと移動した。父も母もまだ眠っているらしく、家の中は早朝特有のすんだ空気に満たされていた。部屋の一角に沿うかたちで置かれた檻にそっと近づいた。一見するだけだと檻は箱のように映る。朝のひかりが柵の線や陰影を消してしまうのだ。中をのぞくと蜥蜴がいた。青蜥蜴だった。腹と四本の足を柵につけたまま、目をくりくりとさせていた。きのう殺した蜥蜴とはべつの一匹なのだと、身体のおおきさからさとった。ぼくが檻の前でじっとすわりこんでいると、父より一足先に布団を抜けだした母がうしろに立っていた。母は寝ぐせの髪を手でときながら、やさしい目で笑っていた。おはよう、今日もいい一日になりそうね、そう言ったのにただだまってうなずくことしかできなかった。紅を塗っているわけでもないのに、母のくちびるは躑躅色に染まっていた。いやに腫れぼったく見えたそれは何かのつぼみのようだった。

母は蜥蜴のことを「あなた」と呼んでいた。母が「あなた」と呼ぶのは蜥蜴と父だけだった。父はそのことにひどく不快におもっていて、母と口論になっているのもしばしば見た。けんかの原因はどれもささいなことだったけど、父はいつも蜥蜴を捨てろと叫んでいた。母はそのことばを無視して、蜥蜴を指先で愛でていた。父はどれだけ怒っても決して母に暴力をふるわなかったけど、その代わり物にはよくあたった。家にある物のほとんどは一度父に放り投げられていた。あの檻も。金属でできているから、かえって床が傷ついただけで檻には何の支障もなかった。母は片づけるのが得意だったので、父があばれてもすぐにきれいになった。障子が多少やぶれようが、たたみが傷つこうがそんなことはどうでもよかった。すべては消耗品だというのがぼくと母の認識だった。

母はぼくのことを「ひき」と、父は「かえる」と呼んだ。父はぼくが蛙の子だと信じていた。だから蜥蜴を見るのとおなじ目つきでいつもぼくのことをながめた。父が蜥蜴を捨てろ、と言うのは同時にぼくのことを捨てろ、とも言っているのだ。それを面と向かってぼくに言えないのが父の弱さだった。ぼくだって、父が真正面からそう告げるならいつだってこの家を去るつもりでいた。ぼくがこの家にいるのはある意味善意からだった。ぼくだって厄介ごとはごめんだ。父はかつてぼくのことを忌み子だとののしった。そう口にしたあと、すぐに目をそらして苦い顔をした。ぼくは父のこういう顔がとても嫌いだった。父はきっと、世界にただしさを求めすぎているのだ。だから母とぼくと共に生活をするのは父にとってただしいことではあるけど、おおきな苦しみであるにちがいない。

名前がふたつあるということは、けっしてわるいことではなく、むしろほこらしいことなのだと次第にわかってきた。どうやら社会的なのは「かえる」で、「ひき」は母だけの使う呼称らしかった。だからぼくは名を名乗る時はいつも「かえる」と口にし、必要に応じては文字をなぞった。この名前に文句をつけてくるやつは友だちの中にもたくさんいたけど、そんなことはどうでもよかった。名前というのはどうしたって記号で、ぼくは記号じゃないけど、名前はぼくを瞬間的に切り取って、それを記号まで押しつぶしてしまう力をもっていて、母にとってぼくはずっと記号で、ただの記号にすぎなくて、母が固有の名前でぼくを固有に押しつぶすなら、それは何か特別な意味をになって、ぼくの胸で鼓動をきざむ記号となる。ひどく抽象的で、ぜんぜんうまいことは言えないけど、そんなことはどうでもよかった。名前はずっと前から抽象的なものだったはずで、肉体にきざまれると共に両者を永遠にへだてるものだったにちがいないのだから。つまるところ、ぼくは極端で、かつ単純でいたいのだ。抽象と具体とをできるだけ引きはなして、そのあいだにおおきな空洞をつくりたかった。

「ねぇあなた、あなた」

と母の話す声で目を覚ましたことがあった。ぼくは居間の座布団を枕にしてうつらうつらとしたみじかい眠りを取っていて、そういう時はいつもそうなのだけど、じぶんが家の中のどこでどういった向きで寝ているのかわからなくて混乱するから、ぱちりと目を開けた時にはまずじぶんの位置を確認するようにしていた。足を折りたたむようにして横になっていた。母は麻の暖簾で区切られた台所にいるようで、そこでずっとひとり言を言っていた。部屋は夕陽のせいで真っ赤に染まっていて、台所からは並行してまな板を包丁でたたいている音も聞こえた。ぼくはやけに身体がおもいせいで頭を持ちあげることさえできなかった。真っ赤に染まった部屋の空気は凍てついたようにしずかで、母の様子は直接見えずとも手に取るようにわかった。たたみの上を一匹のちいさな蟻が歩いていた。その蟻をぼくは指先でそっとつぶした。ぼくの指がたたみにふれる瞬間と母の奏でる包丁の音はかさなっていた。井草の向きに沿ってこすりあげた。手を裏返すと、蟻はちいさくていびつな点と化していた。それを確認してから目を閉じた。眠たかったわけではないけど、目を閉じるとふたたび眠気はおそってきた。いつの間にか包丁の音は止んでいて、油で何かを炒める音がしていた。母はまだひとり言を言っていた。真っ赤に染まっていた部屋に夕闇がしのびこんでくるのをまぶた越しに感じていた。物同士の輪郭がうばわれていくのを想像してよろこんでいた。ぼくもこの部屋の闇に溶けてしまいたい、それができないなら母の炒める鍋の中に入れてほしい、そんなことをかんがえていた。当時のぼくは想像力がゆたかで、すべてのひとやものの気もちになれるのだと、馬鹿げたことをおもいこんでいた。