三部草稿 了 &1/2 tue

 

あの子猫たちをすべて死なせてしまったのはわたしの責任です、ふだんよりも急いで帰宅すると妻は居間の座布団に正座し、顔を窓の外に向けながら泣いていた。一週間前まで大勢でかしましく鳴き声をあげていたのが嘘のように居間はしずけさに満ちていた。生後からまもなく子猫は体調の悪化に見舞われ、みるみる数を減らした。主な原因はあきらかに母親の不在だった。長時間にわたる出産のあと、終始すずしげな顔をしていた母猫は体力を回復できず、そのまま息絶えてしまった。嘘だ! 十日前に訃報を耳にしたとき、夫はそう叫んだ。もう何年も母猫とたわむれてきた夫にはそれがどうしても現実のこととはおもえなかった。またどこかからふと顔を出すのではないかと期待を捨てられなかった。それは二年後にアパートを引っ越すまでずっとつづいた。その感覚のまま部屋の中の静寂と対峙していた。母猫のことは虚報としかとらえられないにもかかわらず子猫のことは絶対的な現実のこととおもえた。そのいびつな心境が夫からしばしことばをうばっていた。妻の水仕事で荒れた手ににぎられたタオルは特段よごれているようにも見えなかったが、汗や涙を吸いこんだせいでひどくくたびれていた。妻の涙を目にしたのがずいぶんと久しいせいで夫はあっけに取られていた。声をかけることも忘れ、ハンカチをわたすでも抱きしめるでもなく、ただ泣き顔を呆けたような顔つきで観察した。もとよりしろい頬や首元はうす紅色に、鼻っ柱はより濃い朱に染まっていた。妻の涙を目の当たりにしても夫は妻による母猫や子猫殺害の可能性をわずかにうたがっていた。それを口に出すこともできなかった。妻は夫の沈着な態度に内心怒りを燃やしていたものの、わずか二週間足らずで猫の親子がことごとく死んでしまったことに責任を感じていた。お前が殺したんだろう、茫然と大きく開けた夫の目はそう訴えているように見えた。もちろん妻はその視線を横目でしか確認しなかった。

何をどうまちがっていたんだろう……そんな自問自答をすることも最近はめっきり減っていた。とつぜん視界がまぶしくなり、熱を感じた。道路の両脇には他人の畑が広がっていた。人気のない路上で視線を落としていた彼女はじぶんが広葉樹の成す日陰を歩いていたことを忘れていたのだ。目を細めながら前方を見やった。名前を知っているはずの老婆がシルバーカーを押しながら歩いてくるのが見えた。老婆の年齢は彼女とさほど変わらなかったが、ずいぶんと老け込んでいた。その老婆を見かけるたびにおぼえる優越感がふつふつと湧き起こるのを彼女は感じた。しだいに距離がちぢまるにつれ路上をさまよっていた老婆の目線は彼女をとらえ、すれちがう前にふたりして立ち止まり朝のあいさつとかんたんな談笑をした。

「礼子さんおはよう。今日も精が出るねぇ」

「おはようございます。おたがい様じゃないですか。暑くなるみたいなので熱中症に気をつけましょうね」

老婆は感情の読めない顔つきで何度もまばたきしながらうなずいた。褐色の顔面がうごくたび皺はいっそう深く刻まれるように見えた。

「旦那さんは今日もお家におるんかい?」

「ええ、そうです。誘ってはいるんですが……」

他愛もない話がすむと、無事にふたりはすれちがった。礼子にはじぶんが無理をしてことばをつむいでいる感覚があり、おもわずため息をついた。あのひとはそれでもまだ話しやすい方なのに……数十秒後にふと振りかえると老婆の背中がやけに小さく貧相に見えた。いったい朝からどこに向かうというのだろう? 老婆に旦那が死去したことは何度もつたえたはずだが、すぐに忘れてしまうのが習いとなっているためもはや訂正することさえしなかった。でも、それもしかたないわ……非難する気になれなかったのは会話していれば自然とおもい出すはずだと慢心していた名前がまるで浮かばないせいだった。前を向きなおし、さきほどより軽快な、それでいてしっかりとした足取りですすみはじめた。広葉樹林のひんやりとした陰影にふたたび呑まれ、すこし行った突当たりを左に曲がればそこからさきは舗装のない畦道だった。礼子の古びた納屋とその隣の小ぢんまりとした畑はすぐさま視界に飛びこんだが、老眼のせいで焦点を合わせるのに時間がかかった。でも、それもしかたないわ……礼子はさきほどの会話で老婆が旦那の名前を口にしなかったことをいぶかしんでいた。日常生活の中で旦那の名前を聞く唯一の機会だった。耳にしてから数十分の間しか夫だった人間の名前を記憶にとどめることができなかった。礼子はその事実に罪の意識など感じなかった。すぐに忘れてしまう名前なんて残りわずかな人生において何の意味があるでしょう? 夏のかわいた土を踏みながらぼやけた景色がじょじょに明晰になっていくのを感じていた。かるくしめった小枝のぱきぱきと折れる音が足元から聞こえた。畦道の左側の広葉樹林から唐突にキビタキのみじかい鳴き声がひびいた。礼子は自身の所有する畑に職人めいた真剣なまなざしをおくっていた。もはや今日の収穫のこと以外頭になかった。木々をゆらす大仰にゆらす突風が吹くと、真剣なまなざしのまま風の来た方向に目を向けた。その時になってようやく麦わら帽子を玄関に忘れたのだと気づいた。

 それなりの文量の日記を書いていたが突然のシャットダウンによりおじゃんになった。この日のハイライトは名古屋のジュンク堂東浩紀存在論的、郵便的――ジャック・デリダについて』柄谷行人『哲学の起源』を購入したことと、名古屋観光をおもったほど楽しめなかったことと、今年は下半身を鍛えると決めてスクワットを行ったところ両腿がその日のうちから筋肉痛になったこと、それくらいな気がする。

母が最近友だちと疎遠になりつつあると言っていた。じぶんは友だちの非常に少ない、もしかするとひとりもいないのではないか思えるくらい交友関係のすくない人間なので、口をはさめることではないが、聞けば人付き合いを避ける理由がこちらとほとんど同じなので、こりゃあかんわと思わず笑った。でも、Tも母も仮にも友だちと呼べるひとがいるのだから、大切にした方がいいと真剣におもう。じぶんは家族以外にまともな人間関係を構築できない、できたとしても偶然でしかない、そんな性格をしているので、とくにそうおもうのだ。地元に帰ってもだれとも連絡を取らず、いや取る手段さえなく、ベランダから星をながめながらさみしさと同時に満足感を得るような、そんな人間になると十年前のおれはみじんも想像していなかった。十年前の勉強机にPCを置き、小説やブログをカタカタやっていると、何か妙な気分になってくる。覆水盆に返らず、ともちがう感覚。いや、その慣用句が持つ残酷性を半分いだきつつ、それでも結果としての今現在を肯定するような、そんなポジティヴなあきらめにも似た感覚。だれかを、あるいはじぶんを大切にするとはどういうことなのだろう? その疑問を持ったまま、今年を生きていく。ひとつわかっているのは場面場面でだれかにやさしく接することではない、ということ。それは欺瞞だ、すくなくともおれにとっては。必要なのは俗と聖の、道徳と哲学の、社会と個人の、生と死の、料理と小説の、共同体感覚と孤高の、生活と人生の、ゆらぎつづける曖昧な汽水域で立ちつづける努力をすることだ。母にも語った、おれの人生は汽水域に立つことだと。どこかに深く潜るだけの気概と才能がない人間でも生きづらさを払拭できると、持つ努力をしない人間でも他者にすがらず自己肯定ができるはずだと、たぶん信じたいんだろう。どこにでもアクセスし、帰ってこられる場所を構築すること。じぶん自身のふるさとをつくること(実家に帰るたび、なつかしくはなるが、ふるさとだとは感じたことがない)。真理はたったひとりでしか辿りつけない。もうとっくにわかっている。たぶんまだおれは、だれも大切にできたことがない。

とりあえず今年は日記とスクワット。上半期は今の小説と就職、引っ越。