1/21 sun

六時十五分起床。五分ほど布団の内でごろごろとしてから起床。三十分の筋トレ。のちにランニング。この日は前日の銭湯のおかげか、筋肉痛や背中の痛みをほとんど気にせず運動することができた。やはり銭湯は偉大である。前日より空気が冷えていたせいか、途中耳が嫌な感じで痛くなった。足を止めたくなったが、そうしてはこのジョギングの効果がうすれてしまうと貧乏根性でどうにか耐えた。タイムはブレイクも含めて自己ベストで、三十分を切っていた。ブレイク時の朝陽がひじょうにまぶしく、こんなにまぶしくなくてもいいんじゃないかとおもった。濃いオレンジ色をしていたので、夕陽みたいだった。

シャワーを浴びてからブログを書いた。こうやってブログを書きはじめてから一番時間を割いて文面をこしらえたこともあり、ちょっと疲れてしまった。それに前日分の記事にもしるしたように、このブログの存在価値がじぶんの中でさだまらず、投げやりな気分となってしまった。

その後ちょっとだけだらけてから英語の勉強をはじめた。この日は調子がよく、ふだんよりも速いペースでこなせた。どうせ鶏頭なのだから何度もたたきこまなくてはいけない。

その後昼食に炒飯をつくり、たらふく食ったところで猛烈な眠気がおそってきたので、これは無理しても意味ないぞと言い訳して一時間だけ眠ることにしたのだが、起きてびっくり! 三時間も寝てしまったではないか。喉の渇きとやっちまった感で絶望的な気分になった。とりあえず玄米茶をつくって気分を落ち着けることにした、それとなくTVをつけると、全日本卓球の男子決勝戦がちょうど行われるところで、結果から言うと玄米茶をすすりながらぜんぶ観てしまった。卓球のTV観戦は昔から好きである。それに水谷対張本となれば試合結果も気になった。じぶんとしてはおなじ左利きで同世代の水谷を応援していたのだが、いかんせん張本がつよかった。会場では水谷を応援する雰囲気にやや傾いていた気がする。そこにはきっと張本の生い立ちや立ち振る舞いに起因した、ヘイトな感情も多分にひそんでいた。なんとなく嫌な予感がしてTwitterで「卓球 張本」で検索すると張本に対するくだらないヘイトツイートが大量に流れており、心底辟易とした。十四歳の少年におおくのものを求めすぎだろう、と率直におもった。大概の人間、中二の時なんてクソ以下のどうしようもない洟垂れだろうが。著名人におおくをもとめる人たちの気持ちというのが正直まったく理解できない(じぶんが怒るとすれば政治について)のだが、そうした人たちはじぶんという人間をどうとらえているのだろう? 決勝戦は単純にいい試合だった、おめでとう。それじゃダメなんだろうか。

イラついた気持ちのまま小説の読み直し、手直しをはじめた。予想はしていたが、一部から粗だらけでやりがいがある。ありすぎる。ぜんぜん終わらんぞ。というか先にすすまんぞ。という具合で、一部の半ばに達した時点で完全に止まってしまった。一度休憩をはさみつつ、粘るうちにどうにか突破口が見えた。これは推敲あるあるだとおもうが、一か所だけの手直しのつもりが芋づる式にさまざまな問題を浮上させることがあって、そうした時は現前した問題の複雑さにただただ唖然とするしかない。現前したものを無視するわけにもいかないので、ちょっとずつああでもないこうでもないと手を入れたり、おもいきってけずったり、あたらしく文章をこしらえたりするわけである。結果として変質した文章に納得がいけばまだマシだが、よく……なったのか? と首をひねりたくなることがほとんどで、翌日以降に読み返すと、ああ、やっぱ変だな、とおもう。つまり推敲は時間と手間がかかるわけで、特にじぶんのように日本語が不自由な書き手は誤字脱字や誤用のたぐいも半端ないのでなおのことである。あー推敲ってほんとめんどくさい。でも、推敲している時がいちばん小説と触れ合っている気もする。ようするに恋人とおなじですよ。よくわからんけど。

ちなみに推敲のやり方を今作からすこし変えた。感覚的なことなので、わざわざ書くことでもないが、なるべく俯瞰で、距離をおいて作品にふれているつもりではある。大人な付き合い方というわけです。ようするに恋人とおなじなわけですから。

二十時すぎ、一部に目途をつけたところでココペリに飲みに行った。この日は端からそうするつもりだったので、作業中に腹が減っても玄米茶と飴ちゃんで我慢しつづけた。席に着くとKさんが退職記念?に日本酒を一杯ついでくれた。じぶんを含め五人の客がいたのだが、そのうちの三人が無職という強者ぞろいだった。

ココペリでは五十代の夫婦と知り合った。天ぷら屋で和食をやっていたと告げると、えらく食いついてくれて、話がどんどんひろがった。夫婦ともに和食が好きらしく、横浜や東京のおすすめの店を教えてくれた。あと、石川町のかわかみがつぶれたことも教えてくれた。もともと常連だったらしいが、去年末に何の連絡もなく突然店をたたんだらしい。なんかあったんだろうと、強烈に強面(スキンヘッドにサングラス、みじかく整えられた白い顎鬚)な旦那さんは言っていたが、まぁおそらくなんかあったんだろう。何にせよ非常に残念である。夫妻いわく、この近辺の和食屋では断トツだったらしい。食のことは話題にしやすいなぁとあらためて実感した。食を通じてだれかと仲良くなることは、言ってしまえばちょろい。小説を通して仲良くなるのは、きっとかなりむつかしい。

小説を書いていることは言わなかった。途中、三月くらいからどこかではたらくつもりだと口にした。それは本音だった。和食いいよね、まだまだこれからだね、充電期間だね、と障碍者施設(学校?)で働いているという奥さんはしきりに口した。日本酒を口にしながら、とおい目をしながらほほ笑んでいるさまは、何か過去の記憶を反芻しているようだった。

奥にすわっていたお姉さん方ふたりが退店すると、のこりはじぶんと和食好きの夫妻だけとなった。旦那さんにやたらと初々しいと言われた。ふたりにとってじぶんはお子さんたちの世代にあたるらしい。Kさんにならって、いつの間にかこちらのことを直ちゃんと呼び始めていた。旦那さんは元ガチガチのラガーマンらしく、過去のトレーニングの過酷さを自慢された。高校時代は片手に五キロずつのダンベルを持って、毎日三時間ほど走っていたらしい。バケモンだ。どうでもいいが、旦那さんのサングラスは目が悪いからだそうで、威圧の意図はすこしもないのだとか。ただ、強烈な強面なことは自覚しており、それを逆手に取ったコミュニケーションの図り方はたくみだった。飼い猫と奥さんをこよなく愛するギャップが、ベタにかわいらしかった。鋼の錬金術師でこんなキャラいたよなあ。

その他さまざまな雑談をした。たくさん飲み、たくさん笑った。途中充分に酔いが回ったのを自覚したため帰宅したくなったが、夫妻より先に退店するのがなんとなくはばかられた。じぶんよりもべろべろ酔った旦那さんを奥さんが引っ張りながら帰って行ったのは二十三時過ぎだったか。その後ひとり残った店内でココペリ夫妻とかるく会話をし、ラインを交換してから店を出た。五千円弱の出費だった。

過度に酔っ払った自覚があったので、帰宅してすみやかに寝た。こうした時に風呂にはいるとろくなことにならないと経験則から学んでいた。まちがえてつけてしまったTVに蔦谷好位置が出演していた。こんな顔だっけな、とおもいながら即座にTVを消し、瞼をとじた。十二時過ぎだったと記憶している。