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六時前から目覚めていたものの、布団のぬくもりにすこし甘えてしまった。なんだかんだと六時二十分前に起床。三十分ほど筋トレ。のちにジョギング。路上にはまだ雪がちらほらと残っていたものの、この日は問題なく走ることができた。路肩や電柱の下に寄せられた雪塊は土やその他諸々で茶色くにごり、一度溶けた表面は完全に氷の状態になっていた。溶けるのに時間のかかるやつだ。三日ぶりのジョギングだったものの、そこまで辛いとは感じなかった。空気もそこまで冷たくなかったし、雪のおかげか、やけに澄んでいるような感じがした。森林公園のせまい方の広場は周囲をぐるりとかこむ歩道以外きれいに雪におおわれていた。上空から見ればみごとな白い円ができていたはずである。ジョギングを開始から富士山をはじめて垣間見ることができた。それでも六合目あたりからは雲におおわれていたため、完全な姿にはほどおかった。焦らされている。広い方のランニングコースも、それ以外の場所はほとんど雪におおわれていた。ふだん芝生を走っている飼い犬たちの姿も見えなかった。濃い向日葵ような色をした太陽が夕陽のように周辺の空を染めていたが、空全体としてはやはり朝のそれといった印象で、透明がかった水色が大半の部分を占めていた。じぶんと逆回りに走る外国人男性二人組に、お早うございます、と流ちょうな日本語で挨拶されたので、くぐもった声で返した。こういう外国人のフレンドリーな感じはすごく好きである。じぶんが外国人相手にはフレンドリーに接することができるのは、相手がまずフレンドリーの土台にいてくれることを確信しているからかもしれない。相手の方がペースが早かったのか、それともじぶんとコースがちがうのか知らないが、こちらが一周する手前でもう一度すれちがった。三人ともことばを交わさず、目だけでほほえみをつくった。ブレイク中、鴉の鳴き声がやたらと耳についた。最近気づいたのだが、鴉の鳴き声というのはふしぎなもので、一匹が声をあげると、返事をするかのようにすこし離れた場所のもう一匹が鳴く、その声に反応して別の離れた一匹が鳴く、という伝言ゲーム的な構図になっているらしい。一匹の鳴き声に対して別々の方角の二匹がほとんど同時に声をあげることもあり、そうすると伝言ゲームはふたつの流れで平行することになる。別々の方角へと伸びていき、しだいに離れていく。肩で息をしているじぶんの耳にも聞こえなくなる。どこかで途切れたのか、はたまた単純に距離がひらきすぎたのかはわからない。最初の一羽はどうして鳴いたんだろう。それとも最初だとおもっていた鳴き声も、実はどこかからの流れを受けたものだったのか。

復路を走りはじめると、脇腹が妙な痛み方をしたのでペースを落とした。これまでジョギングで腹が痛くなることはなかったので意外な感じがした。帰宅してシャワーを浴びているうちに痛みはどこかへ消えた。

着替えてからは、少々おもうところがあり、F田さんのブログにアクセスし、年明け分から約十日分の記事に目をとおした。ほとんどの記事は一度読んでいたため再読のかたちとなった。TがF田さんは天才だとおもうと、この前会った時に言っていた。じぶんもそうおもうと書いてしまうとおべっかを使っているようで嫌だが、事実なので仕方ない。というか、これは前にも書いた気がするが、じぶんのまわり(といってもきわめて少数。希薄な人付き合いの結果)で何かしらの創作にたずさわっている人間はみんな才能がある。下手なプロよりよっぽどか実力がある。それで食えていないというも共通点ではあるが、ぜひぜひつづけてほしいと身勝手かつ無責任なことをついおもってしまう。

ブログを更新した。たいしたことも書いてないのに時間だけがかかる。文章をこしらえながら腹がぐるぐると鳴ったので、更新してから昨夜の残り物である甘酒をふたたびあたためてから飲んだ。きのうよりも味がつまっているせいか、おいしく感じられた。風味は確実に飛んでいるはずなのに。バカ舌だとかるく情けなくなった。

甘酒を大量に摂取したあとは推敲。二部から。二部は文体が妙にややこしいので、全体の手直しという視点ではどうしても見づらく、局所的な手直しと調整をメインでおこなった。途中あきらかに整合性を欠く部分があったので手直ししたのだが、それにどえらく時間がかかった。いや、じっさいどれくらいの時間がかかったかはわからないが、たしかに立ち止まっている感じ、にっちもさっちもいかない感じ、いまいち集中を欠く感じがした。前後も含め書き直すことでどうにかおさめたのだが、後日読み返してどう感じるかはわからない。十三過ぎになって胃が空きつつのを感じたので、長葱と木綿豆腐の卵とじをつくり、白米と共に食して昼飯とした。眠気はこなかったが、食後はいっそう集中を欠いた気がした。どれくらいかはわからないが、Youtubeばかり観ている時間があった。おれは何をしているんだろうと情けなくなった。かすかにだが、死にたくなった。こうした時はあきらめて他の作業に移行すればよいのだが、馬鹿みたくねばってしまう怠惰な性分である。二部の推敲に区切りをつけた時点で十六時過ぎだった。時間の流れがほんとうに早い。今週は特にひどい。こんなのあんまりだ。その後録画したNHKの英語勉強番組を一回分視聴し、三部の推敲にとりかかった。焦りがあった。こんなに早い時間の中で小説に区切りをつけ、二月に石川旅行をし、三月からふたたび働けるのかと疑問におもった。なんにせよまだ考えるのも時期尚早だ。とにかく小説と向き合うしかないとテキストファイルをふたたびひらいた。何か、とんでもない間違いをしているとような不安が常にあった。それから逃げるようにしてじぶんの書いた文章と向き合った。三部は二部とくらべて手直しのしやすい文章ではあるが、以前から考えているテコ入れの、テコを入れる部分を探しているうちに読み終わってしまった。三部に関しては一度おおきく時間をおくべきだろう。二十時になっていた。腹は減っていなかったが、何か食べておいた方が懸命だとおもい、白菜の浅漬けに食べるラー油(今さらながらはまっている)をぶっかけておかずとし、昼の残りの白米と共に食らい、晩飯とした。

その後四部の推敲に移行した。この時点で目が非常に疲れているのを自覚していた。両目がチック的に同時痙攣したのにはおもわず笑ってしまった。目を閉じて眼球をうごかしたりしたが、じぶんの目の不調を感じるだけで何も改善しなかった。麻痺っているのもあるだろうが、推敲そのものはわりに簡単に、さくさくすすんだ。途中、また書き直しの部分があった。書き直したあとに、部分ごとまるまる削ったほうがすっきりすると気づいた。こういう無駄足をふんでしまうことはたびたびあるが、この時はどっと疲れた。四部は短いこともあり、二十二時半にはけりがついていた。その後かるくストレッチをしてから読書に移行した。目が疲れているせいであまり集中できなかったが、眠気はなかったのでなんとか読みすすめた。日付を超えたのはおぼえているが、いつの間にか炬燵で寝落ちしていた。倹約、ぜんぜんできてないよね。