仮題『汽水の花』

夏至のちかい六月上旬ともなれば夜が明けるのも早く、午前四時をすぎた時点でしだいに空は白みはじめている。とうとう漆黒へと染まりきらなかった夜闇は透きとおった藍色へと変相し、雲ひとつない空は凪海のように澄みわたっている。あまりにも透徹した藍色の底をさぐろうと目をこらしても徒労におわる。比較対象はなく、直感ではかるふかさはすがすがしさと幾許かの恐怖をうむ。そもそも底や天井もない話だ。すずやかな風が街路樹の肌を冷やし、生垣の躑躅の顔をゆらす。花々の色はすでに明晰で、濃淡に差のない彼らはおなじ漏斗型をしている。中心からのびる花芯は大気とあやしくふれあっている。かわきながらうるおっている。ひそかな、繊細な、それでいて大胆な交信がたえまなくおこなわれている。間断ないもの、あるいはありふれたものというのはその緊張をたやすく見のがされる。港から吹きつける風はわずかに潮をふくんでいる。

新緑の季節はみじかく、葉脈のすける萌黄色はすでの過去のものだ。番町の中央公園では無粋な雀らがけたたましい。鴉のほとんどはまだ夜の木陰に溶けている。本州から海をわたってきたトラックがよそ者であることをしめすように瀬戸大橋通りを抜け、最終的な行き先を告げるように志度街道を行く。豪快な走行音もまだ朝と呼ぶには早い時間帯では街や海に呑まれてしまう。床についた住民らの睡眠はすこしも邪魔されず、歓楽街の雑居ビルでは空が白みはじめていることも知らない中年の男女が酒と古い歌にひたっている。昨夜をいつまでも引きずり、今日をこばむためにおぼれようとする者もいれば、退屈とあくびを必死でこらえながら液晶画面に目をこらす者もいる。閉じた空間でこもった空気と煙を吸いつづけた彼らは一時間もすればむなしいまでにさっぱりと精算をすまし、おのおのの感覚で朝の澄んだ空気のあじわうことになる。水色と橙をひろげた空はその刻一刻の変容をもって一日のプロローグとする。はじまりのはじまりは、とうにはじまっている。

 

星のまたたきは数を減らし、低い位置で三日月のなごりがしろくかげっている。一等地のマンションや県庁といった背のたかい建造物が標高のひくい山々といびつな輪郭を成している。廊下を照らす明かりのせいで巨大な常夜灯となったマンションはいくつもの眼を持つ化け物のようだ。高松駅近くのシンボルタワーや県庁の屋上は航空障害灯が赤い点滅をはなっている。それぞれ担っていた役割も終わりをむかえようとしている。終わりをむかえると共に別の役割をまた受け持ち、それが終わればまた別の……そうしているうちにまたおなじ仮面をかぶり、おなじふうにして役割を終えるのだろう。眠らない静物の一日は継ぎ目なしにはじまり、はじまってしまうとそれ自体こわれるまで終わることができない。あるいはだれもいなくなるまで。

ふいにおとずれた不眠にあらがうでも投げやりになるでもなく自宅でひっそりとすごす男がいる。欠伸は何度も出たが、午前一時ごろに一度タイミングを逸してからは無理に寝付こうせず、しぜんな眠気がおとずれるのを待っている。錦町の六階建てのマンションは商店街や片原町へとつづく道路に面しており、男の住む五階の部屋のベランダはその道路側を向いている。男は南向きのベランダで、砂埃をまとった手すりに肘を置いている。冷えた空気とやわらかな風をよろこんでいる。着古した部屋着がここちよく肌になじんでいることをあらためて実感している。道路向かいにさほど背のたかい建造物がないこともあり、ある程度とおくまで見とおすことができる。目線を下に落とせば夜間用の信号が黄色く点滅している。夜が明けたとおもうものとおもわないもの、その境目があいまいなうちはまだ夜と呼ぶべきなのか、そんなことをぼんやりと考えながら東からのぼるものを爽快な気もちでむかえようとしている。一枚羽織ればよかった、そう後悔しつつも網戸を抜けてジャージを取りに行くのを無粋だとも面倒だとも感じている。空き家の屋根にひそんでいた鴉がだしぬけにひと鳴きして飛び立つと、それが夜明かしの一羽なのだと妙に執着したくなる。あいまいなすがたを目で追ううちにすばやく旋回し、住まうマンションの壁で見切れ、そのままになる。

睡眠と飲水のあさい欲求からリラックス効果ありとのうわさを耳にしたジャスミン茶をマグカップについだのは午前二時前だった。しばらく文庫本を読んでいたが、頁をめくるのにふいに飽きると型がくずれるのも気にせず読みかけのままベッドの上に裏返した。点けっぱなしにしていたPCで適当なネットサーフィンを開始したものの、暇をつぶしているという感覚がつよく、根ざした退屈はたえず精神にくらい影を落としていた。心身に快楽はなく、ただ惰性で目を覚ましていた。木製のかたい椅子に低反発のクッションをしき、ほとんどおなじ姿勢を取りつづけていた。肩から背をへて腰まで一枚板のような凝りがしこっていた。もとより慢性的なものがこうした夜をかさねることで根深く、やっかいなものへと変質していくのが実感されるときゅうくつな気分になった。足元がいやに冷えたものの靴下をはくことなく、足を交互にかさねたり指先を波打つようにうごかしたりと自身の体温と努力で妙な我慢をしていた。ものごころついたころから横着が身に付いていた。その横着がゆえに体調をくずすことも過去には多々あった。何時からか部屋の明かりを消しており、かわいたひかりをはなつステンレス製の読書灯だけで部屋をともしていた。PCのブルーライトを目にするのもあきあきすると、だしぬけに伸びをして無理に欠伸をした。立ちあがると視界がわずかにくらみ、ステップを踏むようによろけた。大げさだと笑いながら緊張した筋肉を自己流のストレッチでほぐした。読書灯を消し、カーテンを開けた。すき間から漏れるひかりの気配をすでに感じていた。窓を開け、サッシを超える際にベランダ用のサンダルへと足をすべらせた。雨風や日射しで劣化した安物のサンダルの、ざらついた感触が好きだった。裸足でそれを味わうために靴下をはかなかったのだと満足感をおぼえた。くらい気もちのほとんどは夜とともに消え去るのだとわかっていた。口元には快活なほほえみがうかんでいた。

十年前、大学生の時分にはこのベランダからのぞむ景色をまったくことなる心情でながめていた。当時はまだ不眠とよべるほどのものはなかったが、それでも寝付くのに苦労する夜はたびたびおとずれた。目標や情熱のない人生、ひいては将来に対する漠然とした巨大な不安が孤独感をあおり、みじめな気もちから死の衝動に駆り立てられた。すなおに眠れない夜はおなじようにしてベランダに出て外の空気を浴びることがおおかった。快晴の空にうかぶ月を見て、そのひかりとじぶんとをつなぐあいだに何もよけいなものがないことが奇跡のようにおもえた。そんな経験を何度もくりかえしていた。無風の、どこか張りつめた静寂を頬で感じるたびにじぶんの鼻息がうるさくおもえた。ここから飛び降りればたやすく死にことができる、ゆえにあえて今日をえらぶ必要もないか、と言い訳めいた答えをだすことでかりそめの安心を手に入れた。それはかりそめであるがゆえにたやすく消滅した。根本的な治癒はなく、何度も摂取する必要があるという意味では睡眠導入剤と大差ない役割と言えるかもしれない。友人や恋人では満たせない空虚、むしろ彼らによって活性化される究極的に自己でしか満たせない空虚が男のこころを支配していた。日中ではごまかせた怠惰や情けなさは為すべきことのない夜の大気を吸って肥大化した。勉学や部活動に打ちこむ者をねたむだけねたみ、妙なプライドと生へのこだわりのせいで何もはじめることができないじぶんを恥じていた。恥じらいは自殺の想像と直結した。苦しみを相談することでかえってくる答えが容易に想像できるがゆえにだれにも吐露することはなかった。ハラキリですねー、と笑う同じゼミの留学生を夢想した夜があり、以降さほどしたしくもなかった両者はそれから卒業までまともに口をきかなかった。男に罪悪感や気まずさはなく、留学生にも男を不快におもう理由はなかった。今やたがいに名前さえわすれている。

中途半端に二日はたらいたせいでリズムをつかみそこねている、言い訳にもならないことを切実に考えるでもない。約六時間後の出勤までにせめて三時間は寝たいものだとまだ気楽にとらえている。十年前とくらべれば自殺を志向する気もちはほとんどなくなっているものの、それを成長のあかしとはとらえたことが一度もない。社会に適応するための経年変化だとしかおもわず、じしんの性根はあのころのままなのではないかと疑問符が頭からぬけない。しかしあのころにはやりすごせなかった夜をかんたんに乗りこなしてしまった、いやそれどころか乗りすごしてしまった、そうおもうと快活な気分になる。朝のすずやかな大気の中では空気のわずかなうごきさえ敏感にできる。肉体はとうに冷えはじめている。肉のすくない二の腕は鉱物のようにつめたい。空があかるくなるにつれ、街や物々の色彩が明確になる。早朝から営業を開始するセルフのうどん屋は茹で窯から立ちのぼる蒸気を換気扇や窓から逃がしている。市内に点在する学校の体育館では屋根裏にすむ大量の蝙蝠らが羽をやすめている。航空障害灯はまだ赤く、マンション下の信号はまだ黄色く点滅している。それぞれことなるリズムで朝までの時間をかぞえている。九年前にはコンビニエンスストアだったマンションの一階部分は来店型保険ショップに変わっている。二軒となりの一軒家の一階部分を店舗にしたラーメン屋はまだつづいている。学生の時分でも今でも朝や昼にはうどんばかり食していたが、夜になると時おりこの店の味噌ラーメンと餃子が無性に欲された。白髪混じりの長髪をゴムとねじった祭り柄の手拭いでぴっちりと留めた頑固な雰囲気の親仁と、いかにも田舎の善人らしい女将の対比が好ましい。生まれ育ちが名古屋だと告げてしばらくしたある日、ちいさなサイズの味噌カツ丼をサービスで出してくれた。あの人が間ちごうておおめにやったやつやけん、気にせんといて、と笑う女将の奥でわずかに口角を上げてほほ笑む親仁の角ばった顔を今でもおぼえている。どうもすみません、ありがとうございます、と何度も頭を下げた。こんな雨の日にごめんねぇ、と言うのに、いやいやむしろありがとうございます、あのまま家に居たら餓死するところでした、と軽口をたたいた。あの日は直撃した台風のせいで、朝からまったく陽がささず、昼間なのにひどく暗かった。ない食材をどうにかすることもできず、かといって通いのうどん屋までもむかうのも豪雨のせいでおっくうだった。じぶんひとりならば具なしのインスタント麺でもよかったものの、前日から泊まりの恋人がいたため近場で昼食を摂るよりほかなかった。男にとって味噌カツは故郷の味でも何でもなかったが、ひじょうに美味くいただいた。最初の一口を食べたかつての恋人は、カツがやわらかいとよろこんでいた。

 

非常に中途半端だが、これからTと会う。