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昨夜は小説を書くといって書かなかった。書けなかった。録画したフリースタイルダンジョンを観た。漢がかっこよかった。やっぱ頭韻で踏んでいくスタイルはいいな。初代はR‐指定と漢が好きだった。蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像』を読みはじめた。柴崎友香きょうのできごと』にしようかまよったけど、読み応えのあるものもたまには、とおもい前者をえらんだ。しかし布団にもぐったら最後、冒頭数ページですぐに寝てしまった。四時過ぎ。

九時。朝になって、また冒頭から読んだ。こういうテキストに目を通してしまうと、じぶんごときが小説なんてたいそうなものを書くべきではないとおもえてしまう。書かないこと、書けないことの言い訳みたいだけど。というか、もうしばらくは書けないだろうな。

労働。長かった。いらだった。つかれた。帰宅してからあたらしいPCのネット接続を完了させた。へんに苦労していたので達成感がある。そんでもってうすいくせに音質がええ。

日焼けのあとが痛痒い。不愉快だ。そういえば昨日から落ちた体重をとりもどすべく、暴飲暴食ばかりしている。

考えたことを、断片的に。

・かつて自己認識として、他にくらべ中性的であるとしばしばとらえていた(フリーターないしT吉時代)し、周囲にもそう言われることがおおかったが、今は客観的に見てもきわめて無性的である。とどのつまり、性交渉をしたいとまったくおもわないし、だれかの裸体が目の前にあること、だれかの性的興奮がこちらにむくのを想像するだけで不快になってしまう。じぶんみたいな感覚の男性ってどれくらいいるのかしら?

柴崎友香とは面識などないが、彼女が同時代を生きる作家として(年齢はむこうの方がいくらか上だが)存在してくれていることに、とてつもない感謝をしている。生きててくれてありがとうございます、ってよくおもう。それくらい彼女の作品にはすくわれてきた。

・おれは、いつも汽水域を生きている。