だれのためでもない近況報告

今の職場を来年の一月末で辞めることになった(勤務期間11ヵ月!)。二月の上旬から自由が丘の和食屋で働くことが決まっている。仕事を辞めるタイミングで引っ越しもすることになっている。双子のTとルームシェアする予定である(場所は新丸子から自由が丘の間? 東横線沿い?)。これで五年近く住んだ横浜から離れることになる。最初は単純に住処を変えること、職場を変えることに対する期待(あるいは不安)しかなかったのだが、ここにきて感傷的な気もちがちらほらと顔をのぞかせるようになっている。恋人のYがこちらの移住をさみしがっているせいだけではない。働きに出てきたはずの横浜に、みょうな愛着を抱いてしまったらしい。おれは根無し草で、根無し草として生きてきて、根を張ることにいつも嫌悪感をおぼえてきたはずだし、それは今も同じはずなのに、どうして後ろ髪をひかれる気もちになってしまうのだろう。きっと、ここで根を張る選択肢が明確にあって、それがすこしだけ魅力的におもえるせいだろう。でも、それはまやかしで、子供だましで、おれはもう大人で、大人はいつまでも故郷にとどまるべきではないと坂口安吾は言っていて、おれは坂口安吾を敬愛していて、彼のことばに救われてきて、横浜はおれの料理人としての故郷で、そこから離れることはきっといいことなんだと直感していて、きっとそれはただしくて、だからおれは横浜を去るんだけども、切れない縁がいくつかあることで、どうにか繋がっていられることに安心もしている、そういうじぶんのずるさをおれはいつから憎めなくなったのだろう。

 

話は変わるが、今の職場にいるひとたちはみなとても愚かで、コントの世界に入り込んだのかと錯覚するほど滑稽な状況が生じている。特にFさんは本当にだめだ。じぶんはあそこまで気味が悪くて、馬鹿で、執拗で、コミュニケーションが下手な人間を他に知らない。よく半世紀近くも、これで生きてこられたな、と単純に感心する。じぶんの生きづらさを、常に他者に転嫁している。あまりにも醜くて、正直ふつうに話すだけでも苦痛なのだが、その中で信頼を得て、くだらない所作で合わせているじぶんはなかなか役者だとおもう。作り笑顔の奥で歯を食いしばるのがくせになったのはここ二、三ヵ月の話ではないか。こんな場所で愚痴っても仕方ないのだが、どうしようもなく人と会話ができなくて、愚かで、妄想に憑りつかれているひとはたくさんいるのだと今の職場に来て実感せざるを得なくて、じぶんは決して賢いとはおもわないけども、相対的に見て、すくなくともここまで馬鹿ではないなと安心もできた。それはある種の自信ともなっていて、今の「人見知らず」に直結している。というか、じぶんという人間はこの一年でおおきく変わった。ほんとうに変わった。どこを、どう、どんなふうに、と聞かれれば、見た目以外ほぼぜんぶ、と答えて差し支えないのではないか。小説も書かなくなった。今のじぶんに作文は負担としかならないのだと判断して、無理に小説を書くのをやめることにした。結果、すごく楽になった。この一年をいずれ小説にしたいという欲望はあるが、それも決してつよくかたくななものではない。それよりも今は料理だ。料理の知識と技術を身に着けて、金をがっつり稼げる人間にならないといけない。もっとやれる、こんなもんじゃない、もっと遠くへ、たかい場所へ行けるはずだと毎日おもっている。毎日、何かしらかたちで料理の勉強(予習、復習、実践)を行っている)。小学生のころ、異常な情熱でソフトボールやミニバスケットボールと向き合っていたあのスポコン感が、たしかに芽吹いている。じぶんの未熟を常に実感しているからこそ、とても貪欲になれている。この貪欲な感じを、何故だかひどく気に入っている。無知の知だからこそ、すこしでも前進したい。慢心も諦念も要らない。まったく要らない。おれは、おれの可能性をみじんも閉じたくない。よく「歳を取ったらじぶんの限界をしぜんと悟る」みたいことを耳にするが、おれはそんなの悟りたくないし、そうやってじぶんでじぶんの可能性を限定することに何の意味もないとおもっている。はっきり言って、すごくダサいとおもっている。ずっとしつこくまとわりついていた希死念慮もどこかへ消えてしまった。今死ぬのはもったいないとつよくおもうようになった。おれは、もっとおもしろいことができるし、さまざまな可能性を秘めている。ここで死んでしまうのはドラマや映画をうつしている画面が急に破壊されるのとおなじで、あまりにも消化不良だ。

 

よく耳にする「人生なんて糞ゲーだ」的な発言には今や疑問しか感じない。社会はたしかに糞だけど、そういう発言をするひとたちはもれなく人生をゲームだとおもっていないような気がする。ほんとうにゲームだとおもっていたら、もっとなりふりかまわないのではないか。金を得るため、レベルを上げるため、イベントをクリアするために乾いた努力をするのではないか。結局、悲観が客観に勝っている。「今のじぶん」みたいな、あやふやなものを大事にしすぎている、そんな気がする。今受けている不条理はことごとくじぶんのせいだ、みたいな発言が東京喰種にあったはず(金木くん?)で、それには同意しかない。受けている不条理からのがれるには、じぶんか環境を変えるしかないだから、どちらにせよ行動は必須なはずではないか。

おれは、じぶんの大切なひとたちの希望となっていたい。あいつぐらいの人間がここまでやれるなら、おれだって、わたしだって、とおもわせたい。灯台へ灯台へ。火は、あわく灯っている。

よくわからないけど、熱くなっている。たまっていた熱をどこかに出したかっただけだ。性欲が激減したぶんの射精だ。これまでの夜とおなじで、だれも孕ませない。だれにもとどかない。ことばは子種。いつかのじぶんの背中に刺されば、足はしぜんとうごくだろう。