仮題『湯気の皮、朝の顔』 冒頭

移り行く景色を常夜灯でかぞえる癖がついたのはいつからだろうとおもいだそうといくら指を折ろうとも最初にかぞえてしまうのは右手の親指がなす「一」で、どうあがいても「零」にはたどり着けない、というのはいくらか比喩的で、いや、比喩的というより詭弁で(だってそうやん? ちかいものにせぇ、とおいものにせぇ、あんたはすでにどっちの過去もかぞえようとしとらんのやけん)、ここで詭弁ということばをもちいてしまうことがまた比喩的であることをわたしは十分に承知していて、それだけでわたしは十二分に罪を背負っているとも言えるし、そうではないとも言えるが、そもそも罪を判定すること自体わたしにあたえられた役割ではないし、罪とはいつだって相対的なものではなかったかと自問しているじぶんに気づいて、ふと目を覚ましたような気になった。

そう、わたしは確実に眠っていたのだ。指折りかぞえていたはずの常夜灯をしめす手指のかたちはあいまいで、赤子のような無防備で、だれかの手をつかもうとしているかのよう見えた。最後にかぞえた数をおもいだすことなどできないのに妙にねばってしまうじぶんのしつこさに辟易として、すこしだけ、笑った。笑った分だけまじめだったのだと、またその分ふざけていたのだとおもった。笑うとカーテンの隙間の冷えた窓ガラスはしろくにごった。にごった向こう側から射していたひかりのうすくにじんだのに、あたたかさを感じた。それは車体の移動と共にずれ、また窓自体のにごりもしだいに消え、元に景色にもどった。いや、もとに近い景色となった。空がぼんやりと帯びはじめた色は藍色で,とおくの山々はじぶんにできた闇と影のちがいをしずかによろこんでいるように見えた。反射した息の生あたたかさに安心してかるく咳ばらいをすると、もうすこしちかくの工業地帯は視界の端でひかえめにきらめいた。わたしを乗せた夜行バスに乗客はすくなく各自の席もそれなりに離れていたため、出発時からもとより車内はしずかだったが、発した咳払いがあまりにも空虚にひびいたため、わたしはこのバスの乗客がじぶんだけなのではないかとつよくおもった(その思考に不安があったかって聞いたら、あんたはどうせ「わからない」とか言うんやろ? 恥じらいもなく、少年性を誇示するようなあの目つきのまま)。座席の合間から後部をのぞこうとも人気は感じられなかった。しかし、よくよく耳をすませば寝息のようなものがかすかに聞こえた。さらに後部からは押しこらえたような低いあくびが聞こえた。首をうごかしたことで寒冷期にひどくなる肩の凝りとヘッドレストにあずけた後頭部の頭髪がぺたんとつぶれていることを自覚したわたしは、よくよく耳をすませて本当によかった、と感じる。耳をすますことはじぶんの特権であるかのような気がして、饒舌に何かを語りたいという欲求にかられた。しかし、それは指を離したら消えてしまうライターの火のようにすぐに消えてしまった。欲求というのは満たされないで消えてしまえば、はじめからそこになかったことになるのではないか? わたしの思考はすでに冴えていたが、わずかにぼんやりしたところを残していた。それは夢の残り香のようだった。ところで、残り香というものは死のにおいがしないだろうか? 欲求の消えた理由にはおそらくもろもろあるのだろうが、おしなべて早い朝のせいにすることができる。朝は、そのあわさゆえにすべての運動に静寂を課す。だから、Tのように早朝のジョギングを習慣化することは絶対的にただしいし、やかましいいびきを堂々としているものは打擲されてしかるべきだし、このバスもこうやって高速道路をおだやかに走らざるを得ないのだ。朝はやさしい暴力をふるい、あらゆるものの頭をなでる。頭のないものは、首や背その手つきを感じることができる。それは白昼の荒々しさや、夜のにぎにぎしさとは確実にことなる繊細さをたたえている。唯一対抗できる夕刻のあの赤さはあまりにもセンチメンタルで下品だという気が、最近のわたしにはしている。その感覚もどこまでつづくかわからないが。朝は、言い換えれば祝福なのだ。女性らしいやわらかさで今日一日をさずける。そう、朝は文字どおり来るものだ。朝に行くことなどだれにもできない。朝はさずけものの顔をしている。本当はさずけものでも何でもない、ただの暴力のくせに。じぶんの座席に設けられたボトルホルダーから挿してあった飲みかけの缶ビール(どうせいつものクリアアサヒやろ。あの500のやつ。たまの旅行なんやからもっとええやつにせやええんに)を手に取ると、おもったより量があることにおどろくものの、昨夜にほとんど口をつけなかったことをおもいだし、なるほど、と認識を腑に落としながらビールを喉に流しこむ。売り立ての冷えをうしなった常温の、気の抜けて味のにぶったビールを想像していたのに、ほとんど味を感じることができない。飲んだことのない茶のような味が、舌の上にひろがって、すぐに消える。それをもう一度くり返すうちに、わたしはじぶんの首が不自然にかたむいていることに気がつく。飲み物は口元からこぼれることなく、ゆっくりと喉を通過していく。 

 

無数にとおりすぎたはずの常夜灯の、そのうちのひとつの灯りがやけにまぶしく目に刺さった。それで目を覚ました。唐突だったものの、無理に起こされた、という感じでもなかった。目をつむってヘッドレストに首をあずけていただけという気がした。しかし浅い眠りの内側で夢を見ていたのはたしかで、わたしは口を開けて寝てしまうので、口内がいやに乾いていた。おそらく乗車時から点いていた暖房は今の今までとぎれることなく作動していたのだろう。夜はまだ明けていなかったものの全体にうっすらと藍色を帯びていた。晴れた空にうかぶ雲のかたちがいくぶんかはっきりと見えた。その印象をかすめ取るかのように通過していく常夜灯は今もなお明るい。時刻を確認する気にはなれなかった。夢の中でむかえたはずの朝は、まだ生まれていなかった。となりの運転席を見るとTはふだんどおりのりりしい顔つきで、生まれたこの方眠気や疲れなど一度も感じたことのないような目の色で、前方をまっすぐに見ていた。めっちゃ真剣に前見るやん、と口にすると、あ、起きたん? とわたしの起き抜けのかすれ具合と対照的な明瞭な声でこたえた。車内に流れる音楽に合わせて、かるく身体をゆらしていた。一度逮捕されたことのある電子音楽家が活動を再開してから発表した楽曲で、最近のふたりのお気に入りだった。多少ビートがつよいとは言え、こんな歌詞のない音楽を流していて眠くならないのだろうか? 疑問を口にするにはじぶんの声があまりにもかすれすぎていることを自覚していた。運転席とペットボトル助手席の間のボトルホルダーから烏龍茶のはいったタンブラーを手に取り蓋をゆるめた。ぬるい湯気と共に烏龍茶の香ばしさが、さらにその奥からは古いステンレスの臭いが立ちのぼり、鼻先をほのかにあたためた。口にすると想像よりぬるかったが、乾いた咽喉に水分が行きわたるのがわかった。おれにもちょうだい、とTが前方を見つめながら言った。さし出された左手にうすく湯気がのぼったままのタンブラーをわたすとそのまま口へとはこんだ。骨ばった喉仏が脈打つようにうごいた。ながく細い首のせいで誇張されるそのうごきは、どこか痛ましく見えた。やっぱ金属くせぇな、と言いながらTはかすかに眉をしかめた。目の色はあいかわらず生気に満ちていた。ぬるくなると余計にね、そう口にしながら返されたタンブラーの蓋をきつく締め、もとの位置にもどした。手に感じるゴムパッキンの反発と、キュッと小気味よく鳴る音がここちよかったので、最後まで両手を添えていた。そのさまは贈答のように仰々しく、ちょっとした別れの挨拶のように気軽だった。手をはなすと腕を組み、背もたれに一段とふかく体重をあずけた。やさしくまぶたを閉じれば、しぜんとあくびが出た。あくびちゃんやん、とTが言うのに、そうそう、と返す。眠くないん? たずねると、おれ? ぜんぜん大丈夫よ、神戸まで運転してくれてたやん、と返答があったものの、わたしはそれまでじぶんが高松から神戸までこの軽自動車を走らせていた事実をすっかりわすれていたので変に動揺してしまったが、それを悟られないように、あぁ、そっかそっか、と目をつむりながら返した。断片的にだが、Tと談笑しながら自動車を走らせた記憶がよみがえってきた。しかしそれはあまりにも昔の出来事のようにおもわれた。じぶんもTもまだ若く、すくなくとも数年前にあったことだとおもえてならなかった。わたしはこの狂いを認識しながら、じぶんの方が圧倒的にまちがっていることを十分に承知していた。まだ頭がぼんやりとしているのだ。ふいに胃のあたりがきゅるきゅると鳴った。それはわたしにしか聞こえないほどのちいさな振動だったが、飲み干した烏龍茶が体内ではしゃいでいるような気がしてうれしくなった。暖房の効いた車内で、わたしは雛鳥のように安心していた。まぶた越しに一度ひかりの途絶えたのがわかった。オレンジ色の蛍光と走行音の変化からトンネルにはいったのだと理解した。数秒後に両耳のつまりを感じた。違和感はあったものの、トンネルを抜けるまではやかましさを防ぐにちょうどいいかとそのままの姿勢でいた。さきほどまで常夜灯より早い速度で流れゆく蛍光のせいか、あるいはトンネルの時間感覚をまどわせる密閉性のせいか、それとも若干の下り坂だったせいか、水の中を沈んでいくような気分だった。おだやかな呼吸のまま、かたくなに目をひらこうとしなかった。